文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

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著者 : 夏目漱石
  • 新潮社 (2002年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101010182

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文鳥・夢十夜 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 夢十夜の「第四夜」について書く。

     この話には、「臍の奥」に住み、「あっち」へ行こうとしているほろ酔い加減の幾年か分からない御爺さんが登場する。御爺さんは手拭を出し、「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る」などと唄いながら河に入って行き、「深くなる、夜になる、真直になる」と言いながら見えなくなるまで歩き続ける。よくよく考えると手拭が蛇になるはずはないのだが、〈自分〉は酔っぱらいの御爺さんの言うことを信じてじっと待っている。けれども御爺さんは、子どもの〈自分〉に期待を持たせたまま河から上がってくることはなかった。
     一見、御爺さんが〈自分〉を騙したように見えるのだが、その様子にはなぜか物悲しさを感じる。御爺さんは笛を吹いたり輪の上を何遍も廻ったりと様々なパフォーマンスを披露するが、浅黄色の手拭は何も変化しないままである。御爺さんのこの行動からは、何かを成し遂げようとして様々なことを試みるものの結局それが叶うことはない、という人生の儚さのようなものを感じた。しかし、子どもたちに自分の生き様を見せつけ、御爺さんはいなくなったのだ。それは無謀な挑戦だったかもしれないが、御爺さんは最後まで唄いながら真直ぐ歩いていった。御爺さんは、蛇は人に見せてもらうものではなく自分自身で見つけるしかないものであり、蛇という理想へ辿り着くためには細い道を歩かねばならない、ということを〈自分〉に示してくれているのだろうと思う。
     一方、〈自分〉は最後の最後まで御爺さんが手拭を蛇に変えるものだと信じて疑っていないし、河の中に入って見えなくなってからもたった一人で何時までも待っている。ただ待っているだけで、自分から河の中に入って御爺さんを探して見ようとは微塵も思っていない。人を心から信じられる純粋さは尊いものだと思うが、いくらか行動力に欠けているように思う。見ているだけでは何にもならないし、待っているだけでは何も始まらない。自分から河の中に飛び込んでみなければ、何時まで経っても何も分からないままなのではないだろうか。
     また、河の中に入って行ったのは御爺さんだけで、〈自分〉は河の傍でそれを眺めているだけであった。河の中で何が起こっているのか。それを知っているのは河の中に入った御爺さんだけである。もしかしたら、〈自分〉はまだ河の中に入れないのかもしれない。それを眺めることはできても、実際に河の中に入ることはできない。河の中の様子は実際に入ったことのある人間にしか分からず、しかも、一旦その中に入るともう二度と出てくることができないのではないだろうか。河の中に入るという行為は、死そのものを表現しているのではないだろうか。

    【補足】
     この作品全体を通してみると、人間の一生を表現している作品ではないかと思った。「臍の奥」に住んでおり、「あっち」へ行こうとしている御爺さん。店の中にいる御爺さんは、「臍の奥」、つまり子宮の中に住んでおり、ほろ酔い加減で未だ存在が確定していないのではないか。そして、店を後にすることでこの世に生れ落ち、「あっち」へ向かって人生を歩み始める。そこで、「蛇になる、今になる、きっとなる」などと唄いながら子どもたちに様々なパフォーマンスを披露する。最後に、河に入って行き、〈自分〉の前からいなくなってしまい、二度と上がってくることはない。この一連の行動が、人間の生き様を描いているのだと思った。

  • 漱石の頭の中を少し覗けるような、そんな本。短編や随筆、小品がたくさん収録されてて、なんとも贅沢。ほんと多作だなぁ。

  • 『文鳥』からは、今で言うSNS疲れを感じさせられました。


    ■内容
    知人に勧められて金が掛からないならいいか程度の心持ちで文鳥を飼い始めた主人公。

    餌やりの為の早起きもままならず、お手伝いさんの助けを借りる飼育生活。少しずつ文鳥に興味を抱き始めるも仕事の忙しさから放置してしまい、ある日文鳥が死ぬ。

    主人公は責任をお手伝いさんに押し付ける一方、自分で後始末はしない。

    勧めてくれた知人に事情を綴った手紙を出すも、お手伝いさんに対する愚痴に関しては何の共感も得られなかった。




    ■SNS疲れ
    友人に勧められて登録し、最初は何が楽しいのかわからない。けれど段々と感覚的に楽しみを見出だせてくる。

    かといってドップリはまる訳でもなく、次第に飽きてしまう。友人の近況が気になった時に覗いてみると、知らない間に色々とあったみたいだ。なんだか出遅れた。

    日記を書いたり呟いたり、その反応が気になったり気になる自分が嫌だったり。妙な疲れが溜まっていく。

    嫌なら止めればいい。それだけのことなのに、いざ放置すると孤独を感じてどうすればいいのかわからない。


    『文鳥』には若者特有の他人のせいにしたがる傲慢さや言い訳が孤独とごちゃ混ぜになってるどうしようもなさが漂い、読み応えがありました。

  • 朝日新聞での漱石作品「再連載」シリーズは、『門』が終了して今度は『夢十夜』であります。もつとも、短い作品なので、先日既に連載は終了しました。聞くところによると、四月からは何と『吾輩は猫である』の連載が開始するさうです。しかし、『猫』の掲載誌は「ホトトギス」ですよ。もはや朝日新聞の再連載シリーズではないですな。朝日新聞版「漱石全集」の完結を目論んでゐるのでせうか。

    さて『文鳥・夢十夜』には表題二作を含む全七篇の作品が収められてゐます。
    冒頭の「文鳥」は、「自分」が鈴木三重吉に勧められて文鳥を飼ふやうになつた話から始まります。この文鳥の描写が素晴らしいのですよ。確かな観察眼は、『猫』で「吾輩」の生態を活写した文章で、我我は既に知つてゐます。家人は文鳥の世話を忘れがちです。「自分」も忙しさにかまけて、文鳥を気にしながらも放置することが多い。何だか胸騒ぎがするではありませんか。
    「夢十夜」は、各章が「こんな夢を見た」で始まる連作集。幻想文学作家としての夏目漱石が十二分に楽しめます。女の墓前で100年待つた男の話や、背負つた子供が急に重くなる話など、玄妙かつ不気味な味はひを持つたエピソオドが印象に残るのであります。
    「永日小品」は、随筆なのか短篇小説なのか、俄かに分類し難い短文が集められてゐます。「元日」「モナリサ」「蛇」「泥棒」「過去の匂い」「猫の墓」「人間」などがわたくしの好みと申せませう。

    そして「思い出す事など」。忘れるから思ひ出す、まさにその通り。小林旭の渡り鳥シリーズで、アキラが亡くなつた恋人の事を、浅丘ルリ子に語る場面があります。ルリ子が、さうして彼女の事を思ひ出すわけね、などと言ふ。アキラは「思ひ出す事なんかない」と一見冷たい返事をしますが、その真意は「思ひ出すつてのは、忘れるからだらう。俺は彼女を忘れた事はない。だからわざわざ思ひ出す事もない」といふ事です。キザなのであります。
    まあそれはそれとして、本作では所謂「修善寺の大患」を語つてゐます。明治43年8月24日の大吐血の後、三十分間の「死」を体験した漱石。意識が恢復した後の、この旺盛な執筆意欲は何なのでせうか。やはり死期を意識して、これだけは書き記してから逝きたい、との願望なのか。
    かかる深刻な内容の作品でも、漱石の諧謔精神は活発であります。生死を彷徨ふ描写なのに、「うん? ここは笑つていいところか?」と読者を惑はすのです。

    更に、恩師を語る「ケーベル先生」、病室での不気味な音を訝しがる「変な音」、短篇小説の側面が強い「手紙」が収録されてゐます。
    三部作など長篇作品でお腹一杯になつた方も、本書は別腹で十分召し上がれます。美味。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-621.html

  • 小品集といった趣。
    話は文鳥ぐらいしか記憶に残らなかった。
    夢十夜の書き出しは好き。

  • 夢十夜の独特の雰囲気がすき。
    意外と読みやすい文体なので、詩を読むように楽しめる。

  • 夢十夜だけ読んで積んでいたのをようやく全て読みました。四夜辺りが好きです。
    でも本当に一番読みたかったのは文鳥で、ぎゅっとつぶしたくなるよーな鳥っこがどんな風に出てくるのかと期待しまくっておったら、ちよちよと可愛かった。
    読み終わってみると、「思い出すことなど」が一番おもしろかった。病気のときのおっさんの一人称いい。すーんと入ってきた。

  • いわゆる『夢オチ』が嫌いだった私にとって「夢十夜」は、夢オチや幻想的な小説が好きになるきっかけの作品。夏目漱石の長編作品を読むきっかけになった作品でもあります。
    夢だから何が起こってもおかしくないと分かっているのに、読むたびに感動してしまいます。

  • 「夢十夜」ほど幻想的で完結された短編はないのではないか?と思うくらいには好み。

    特に第一夜。愛しい人を百年待ち続けるなんて不可能なはずなのに、すんなり入ってしまうのは何故か…。百年を経て咲いたや百合の花にキスをする瞬間の恍惚!
    もちろん他の話もアイロニー漂ってて好き。

  • 高校生の時の夢十夜の授業が一番心に残っているのは、夢十夜が幻想的で魅力的な、まさに夢物語のようなものであるからと私は考えています。
    どこか不気味でとても不思議な夏目漱石のファンタジー短編といっても過言ではないと思います…

  • 表題作の夢十夜は所々読んでいてぞくりとした。エッセイのような「思い出すことなど」は、予想以上に読みやすく、昔の人も今と同じようなことを考えていることがわかって面白かった。「好意の干乾びた社会に存在する自分」という言葉が心に残っている。

  • オチなしのどうということもない話を集めた短編集。
    夏目漱石の人柄が垣間見える。なんかオラオラ系で頑固で絡みにくいオヤジだな~と最初のうちは思っていたけれど、意外とお茶目で憎めない・・・

  • 飼った文鳥が、不注意により死んだみたいな話がなんでこんなに上手くかけるんだろうという、漱石のセンスにはもはや脱帽である。

  • これ以上無いってぐらいの美しさと、ユーモア。
    草枕と比べると、老いているせいか程良い脱力感がある。
    それでも漱石さんは、やっぱりお洒落な人だなと思う。

  • 失礼ながらその他の作品は皆様のレビューにお任せいたしまして。

    表題作である『夢十夜』。
    中でも第一夜については
    事前に話は聞いていたので流れも落ちも知っていたにも関わらず

    しかもたった四頁足らずだと言うのに、涙が止まらなくなりました。

    切なさと暖かさと妖しさ。

    そして【夢】が与えるあの何とも言えぬ空虚感。

    まるで自分がその夢を見たような気持ちにさえなりました。

    【I LOVE YOU 】を 【月が綺麗ですね】と訳したと言われる夏目漱石氏。

    自分なら何が良いかなと思案した事がありますが、
    これを読むと【100年待っています】と訳しても良いかしらなどと思ってしまいました。


    何にしてもロマンチック。

  • 最初は読みづらいけど、こういう文体・漢字の使い方に久しぶりに触れるとすごく新鮮。

    (2016.07.23再読)
    表題の2作が秀作です。小品として綺麗なまとまりのあるお話でした。
    夏目漱石さんの魅力がつまった一冊です。

  • 『文鳥』
     鳥籠に入れた自分の手の無骨さを厭う描写がたいへんかわいかったです先生。
     かわいいし、好きだけど、上手に継続して世話してやれない。私が恐れて動物を飼わない理由が、実体験として書いてあって、あー、やっぱそうだよねーってなった。
    『夢十夜』
     とりとめもない夢の話。美しさに酔わされたり、「なんじゃこりゃー!」って思ってから「なんだってそうか、夢か……」って思わされたり。第二夜、六夜、七夜が好き。
    『永日小品』
     いくつかのお話で「吾輩は猫である」を思い出して、ちょっとほっこりした。霧がおもしろかった。
    『思い出す事など』
     今の世で力強いように広められてるニーチェさんが「弱い男であった」と哀れまれていて、なんだかせつない。敵だと思っていた社会の優しかったこととか、人からの手紙に励まされたこととか、一回死んだ事とか。興味深く読めた。
     七(自然における生死の些事なこと) 十七(余は一度死んだ) 十九(見舞いのこと) 二三(社会にいるぎこちなさ) 二五(子供の無邪気)が好き。

     全体として、やっぱり漱石だなぁと思わされる、とんとんと歩いて行くような文が読んでて心地よかった。

  • 文鳥さんしんじゃった!?

  • 第一夜から一気に引き込まれた。
    美しい、という形容詞はこの話のためにあるんじゃないか。
    ・・・というくらいの強烈な美である。

    個人的には第六夜の運慶が仁王を彫る話と、
    第七夜の船から海に飛び込む話が好き。

  • 夢十夜の内容が朧げになったので再読するつもりが、「文鳥」の軽やかで仔細、かつふくよかな表現、刻々と変化する心の機微への洞察力を楽しんだ。
    こんな時間の流れの中に何もかもを眺める事ができたら、それはどんな日常だろうかと、憧れのように思う。
    そして変に胸がいっぱいになった。

  • 4/13
    夢と現実、小説と随筆のあいだ。

  • 「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから」

    第一夜のこのフレーズの美しさときたら。

  • 夢と現を織り交ぜたようなお話たち。
    ほとんどが漱石の実体験に基づくものらしい。
    言葉の遣いかたがとてもチャーミングで思わずニンマリしてしまう。
    それでいて折々にハッとする深い言葉や考えがあることに気づく。
    私的に『夢十夜』の第一夜が幽玄の美しさがあってとても好み。
    持病で死の淵にたった話もとても興味深かった。

  • 新潮文庫から出ている七編の短編小説集。

    『文鳥』
    三重吉に勧められて一羽の文鳥を飼う話。
    「先生」の身勝手な愛情と、
    それに揺さぶられる愛らしい文鳥のはかない命が淡々と綴られます。
    作中には文鳥を女性と重ねる描写とかも幾度か出てきます。
    籠の掃除をする際に「絶えず眼をぱちぱち」する文鳥と、
    先生のいたずらに「不思議そうに瞬」していた美しい女など。
    しなやかな美を持つ文鳥と、愛らしい媚態を持つ女性。
    いたずらな「先生」からどちらもするりと飛び立ってしまうのですが(ある意味で)
    身勝手な飼い主(男)にぴしゃりと締める終わり方が
    全体の愛らしい文章の流れをうまく終わらせていてよかったです。

    『夢十夜』
    『こんな夢を見た』という出だしから始まる掌編十連作。
    漱石の内面の分析資料としてもしばし注目される作品群ですが、
    それはさておきロマンティシズムあふれる第一夜がやはり大好きです。
    何度も何度も読み返すけど、あの不思議な雰囲気が堪りません!
    ロマンスおじさん漱石の本領発揮です。

    『思い出す事など』
    後半になるにつれどんどん好きになっていった掌編集。
    二十二とか、二十九~三十三とか絶品です。
    『尤も夜は長くなる頃であった。暑さも次第に過ぎて、雨の降る日はセルに羽織を重ねるか、思い切って朝から袷を着るかしなければ、肌寒を防ぐ便とならなかった時節である。山の端に落ち込む日は、常の短い日よりも猶の事短く昼を端折って、灯は容易に点いた。そうして夜は中々明けなかった。余はじりじりと昼に食い入る夜長を夜毎に恐れた。眼が開くときっと夜であった。これから何時間位こうしてしんと夜の中に生きながら埋もっている事かと思うと、我ながらわが 病気に堪えられなかった。』
    繊細な神経と、美麗なロマンティシズムと、仄暗いとろりとした時間の進行。
    結構好みの漱石が見られて楽しかったです。

    『変な音』『手紙』
    洒落の利いた小品二作品。
    『変な音』は生きる者と死に逝く者とのささやかな違いを、
    『手紙』は男心のおかしさをさらっと書いています。
    軽めで面白い漱石。さらっと愉快に読めてしまいました。

  • 「夢十夜」今さらですが、課題で再読しました。
    間違いなく、漱石の中で一番好き!
    イメージのなかで夢うつつ、耽美な言葉に酔いしれていたいのに
    ゾッとさせられるホラーテイストがぴりっと効いてる。

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