浮雲 (新潮文庫)

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著者 : 二葉亭四迷
  • 新潮社 (1951年12月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101014036

浮雲 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 関川夏生原作、谷口ジロー作画の「坊ちゃんの時代」の二葉亭四迷、長谷川辰之助の眠るような死の場面。あの船上のシーンを読んで以来、四迷を読もうと思っていた。谷口ジローさんのカバーの本書を店頭で見つける。

    達者だなあ、という印象は巻頭から最後まで。言文一致の初めと云われるが、むしろ戯作調だと思う。意外なくらいスラスラ読める。調子の良さにホント感嘆する。多少、不明な言い回しもあり、巻末の注のお世話になるが。
    でも、読んだなと思っても、意外にページが進んでいない。文章の濃さと昔の言葉遣いに手間取ったのかな。

    失職した若手官吏、内海文三が主人公。作家の分身と解説にあるが、作家は冷たく突き放しているように思う。大体、お勢ちゃんにチャンとプロポーズしていないよね。それで裏切ったのなんだの言うのは筋違いじゃないかな。まあ、彼女も昇ごとき助平にふらふらするのは底が浅いとは思うけど。

    未完といわれるが、これで充分完結していると思う。
    しかし、これほどの作家が文学に執着しなかったんだなと思うとなんだかねえ。
    前に読んだ吉本隆明はロシア文学の影響で文学を否定していた。だから、現在も人気がないと解説していた。そうなんだろうね。複雑な人だったんだな。

    「其面影」「平凡」もいつか読もなければ。

  • 「くたばつてしめへ」こと二葉亭四迷は今年が生誕150年であります。たぶん。
    彼の出世作『浮雲』は、明治も20年を経過した時分に登場し、当時の読書子を感嘆させたといはれてゐます。
    周知のやうに、言文一致で書かれた最初の小説といふことで、一大センセエションを巻き起こした作品。今では当り前すぎることですが、何でも最初にやつた人は苦心するものです。

    江戸文学の戯作調を残しながら、日本現代文学の嚆矢となつた『浮雲』。文体のみならず、近代人の苦悩を描いて余すところがありませぬ。後半になるに従ひ戯作調は影を潜め、それまでの国産文学に馴染の薄かつた心理小説としての面が強くなります。無論現在から見るとそのぎこちなさは否めませんがね。

    主人公の内海文三くんは役所から暇を出された若者。免職ですな。どうやら組織の中で働くには向いてない男のやうです。一方友人の本田昇くんは、意に沿はぬことがあつても上司のご機嫌を窺ふことが出来る、そつのない人間であります。
    内海くんは止宿先の娘さん「お勢」に気がありますが、はつきり言へません。彼女のフルネームはどうやら「園田勢子」といふらしい。

    内海くんは自らの狷介さもあつて、お勢との仲がまづくなります。それどころか彼女は本田くんに心を寄せてゐるやうに見える。内海くんは懊悩するのであります。傍で見てゐると、まことに面倒臭い男と申せませう。
    ラストに於いては、明るい兆しを感じさせて幕となりますが、この後事態は好転するかの保証はないのであります。(未完といふ説もあり。)さういふ面に関しても、従来の小説(物語)とは一線を画してゐますよ。要するに、何から何まで斬新な作品であつた。

    文庫版では「現代かなづかい」に改められてゐることも手伝ひ、案外現代人にも読みやすいと思ひます。少なくとも「読書好き」を自任する貴方なら、すらすら読める筈であります。
    さあ、本屋へ行き(ネット書店でも好いけど)本書を入手しませう。
    では、さらば。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-181.html

  • 四迷は、評論「小説総論」を著して、現実をそのまま写し取るのではなく、現実の奥に潜む本質を説いた後、言文一致の文体で書かれた「浮雲」を発表。内容も文体も新しい近代小説の先駆的作品となる。「浮雲」は未完のままに終わるが、第三篇の末尾には「終」と明記されている。それでも未完とされるのは続編の構想と思われる作品メモが発見されたからであり、二葉亭の意思として未完であったかどうかはわからない。本田がお勢を弄んで捨て、文三は失望と身辺の不幸が重なって身を持ち崩し、精神的に追い詰められていく予定だったという。

  • 二葉亭四迷の作品を初めて読んだが、はしがきの中での言葉遊びのしかたがとても好きで浮雲を選んだ。
    作中でも本田のセリフは言葉遊びの要素が多く、本田の性格によくあっていたように思える。
    文三の扱いにとても悲しくもなったが、彼自身も悪いところがあったのであまり同情はできないと思う。
    思っていた以上にさくさくと読むことが出来た。

  •  ナメクジみたいな主人公だと思った。いつまでもジメジメ、ウジウジ考え続けるばかり。しかもお勢ちゃんに気持ちが伝わってなかったというオチまでついて、なんかもうほんとに救えないヤツになっている。
     それでも、読んでて不思議と不快感はない。それはたぶん、文三の弱い部分に自分の影を重ねてしまうからだと思う。無駄に高いプライドに振り回され、苦しめられる。それは誰もが多かれ少なかれ抱えている本質的な短所だと思うし、それを描き出すのがきっとこの小説の主題だ。
     他の男には負けたくないし世話になりたくないから、自分が損しても意地張っちゃう。好きな女の子に嫌われて傷ついてしまうのが怖くてしょうがないから、素直に好意を伝えられないし、体面かなぐり捨てて正面から向き合うこともできない。オレもかなりのヘタレだから、この気持ち結構わかるんだよなあ~。わかる! わかるけどそれじゃダメだぞ文三! と言ってヤツの背中を叩いてやりたい。昇みたいにハッキリ伝えないとダメだぞと。
     やっぱ男の嫉妬って醜いし、男のプライドってクソの役にもたたないんだなと改めて実感した。それと、気になる女の子にはちゃんと好きだと言わなくちゃってのも教訓として胸に刻んだ。

     あと、文三は暇なら家事手伝えよって思った。
     でも考えてみれば、当時の人はあんまり違和感なかったのかもしれない。というのも、男は外で稼ぎ、女は家を守るっていう性別による役割分担(古い!)が今よりよっぽどかっちりしてたから。それだけに、きっと失職は今より大ピンチのはずだ。存在意義を揺さぶられるような事態のはずだ。だからさ、お勢ちゃんと妄想でおしゃべりするのもいいけど、早く仕事探せよ!

  •  言文一致の近代小説の始まりとされている本作だが、その読みやすさと面白さには驚かされた。もっと注目されて良い小説なのではないだろうか。

     とにかく内海文三という男には終始イライラさせられる。優柔不断で、煮え切らず、決断力もなく、自意識過剰。しかしなぜだかもっと彼のことを見ていたくなる。
     主要な登場人物は文三の想い人のお勢とその母お政、そして文三のライバル的存在の本田昇のみ。登場人物の少なさもこの作品の読みやすさの一因であろう。明治20年に執筆された作品とは到底思えない程の読みやすさだ。
     登場人物の相関図を見ると、これは正に大正3年に書かれた夏目漱石の「こゝろ」とほぼ同じである。もちろん「こゝろ」とは、主人公よりもライバルの方がやり手である点などで相違があるが、私が最も「こゝろ」と違う点、いや「こゝろ」よりも「浮雲」が優れている点は、ヒロインの生き生きとした描写、女性像であろう。「こゝろ」におけるヒロイン「お嬢さん」も二人の男を狂わせる魅惑を放つが、「浮雲」のヒロイン「お勢」はそれ以上のしたたかさを持ち、そして惜しげもなく感情を発露させる。「お嬢さん」よりも「お勢」の方が遥かに、全身で画面いっぱいに明治の「新しい女」の躍動を見せる。

     作品は未完となっており、物語は唐突に途絶える。残念ではあるが、図らずも未完であることによって、読者の中の文三は自己を責め続け、自己を慰め続け、そして悶え続ける。浮雲は消えることなく、行方も定まらずに漂い続けるのだ。

  • 無器用な文蔵とおせいちゃん。世渡り上手な友人の本田。ヤキモチから反対の態度でおせいに辛くあたつ文蔵。いつの時代もこんな恋心はあるんだな。

  • 主人公の内海文三は人員整理で役所を免職になってしまった。
    しかし友人の本田昇は人員整理を免れて出世し、従妹のお勢の心は本田の方を向いていく。お勢の心変わりが信じられない文三は、本田やお勢について自分の中で様々な思いを巡らしながらも、結局は何もできない。

  • 作者、長谷川辰之助が24歳のときに書き始めた小説である(発表1886〜1889年)。主人公は内海文三、旧幕臣の子で明治時代の初期に苦学して、やっと官吏の末端の職についたけれど、官制改革で失業した。文三は叔父の家に居候している。ほかに登場人物は叔母の政と、その娘の勢、役所の同僚だった本多昇である。
     失業したことを知らせる前は、政も文三と勢を夫婦にしようと思っており、文三をみならって勢も英語の稽古などをしている。しかし、文三が失業したと言うと、叔母は文三を罵倒するようになり、勢からも嫌われるようになって、家に遊びにくるようになった昇に勢をとられ、結局、罵倒も尽きて、文三が家族から「腫れ物」のように扱われる話である(解決はなし)。文三を見かけると、笑っていた家族が黙るようになるのである。
     同僚の本多昇は世渡りの才があり、課長の家族を世話をしたりと、いろいろ親切に(文三からすれば卑屈)に働く。昇は役所で一等進み、話も楽しいので、政と勢はひきつけられていく。文三は勢に恋していたが、昇と宴会をしていた勢に、ついに「浮気もの」といってしまい、ここで勢は明治の開花女性の仮面をかなぐりすてて、文三を罵倒し、バカにするようになる。
     切ない話であるが、特殊な話ではないと思う。現代でも失業者となれば、発言権はないし、長所がすべて短所となる。失業者に「いい所」なんてないのである。勉強熱心は頭でっかちになり、落ちついているのは怠惰になり、(課長に復職させてくれるように願うような)「狡いこと」に躊躇すれば「お高くとまっている」となる。こういう言い方は文三のような境遇にはつらいと思う。かといって、まわりの人も神さまではないから、分からなくはない。多少の優越感を交えるのはしかたがないにしても、基本的にはよかれと思ってやっているのであろう。
     作者の二葉亭四迷は東京外国語学校でロシア語を学んだ。冗談のようなペンネームとは裏腹に重厚な人柄だったらしく、坪内逍遙や夏目漱石がそのように書いている。『浮雲』は作者にとって理想とはほど遠かったらしく、こんなものを書いて「不埒な人間」になったのが耐えられなかった。ロシア語の教師をやったり、ウラジオストックやハルピンで貿易商をやったり、内藤湖南の推薦で日露戦争勃発時から東亜関係の記者をやり、45歳のときペテルブルクに派遣され、当地で結核にかかり死亡した。
     『浮雲』のなかには、面白い言葉がたくさんある。とくにルビが面白い。 朱子学でいう「豁然」に「からり」と仮名をふっている。たぶん、この読み方はもっと古いのだろうが。

  • 鬱小説か。。。序盤はなんか甘ずっぱいすれ違いドラマ感あったけど後半の雰囲気ヤバすぎる。登場人物全員欠陥があって(人間ってそういうもんだよね)何もかもうまくいかない。
    でもお勢がふっと変わるんだよね。この子は本当によくわからない子だ。印象がころころ変わる。つまりまだ人間が出来上がっていない少女なんだろう。ある意味お勢の成長物語なのかもしれない。内海は成長できなかったから。(あと3ページあったら成長してたかも)
    お勢の夜の変革を含む第三編第19回(最終章)の文章は素晴らしい。全編有名な言文一致のため非常に読みやすい(J-POP並)が、この最終章は芸術的で読みにくくなっている。

    お勢は21世紀に生まれていたらサークラと呼ばれていたと思う。
    あと登録してるの自分が持ってる版じゃないけどなかったからこれで。

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江戸文学のなごりから離れてようやく新文学創造の機運が高まりはじめた明治二十年に発表されたこの四迷の処女作は、新鮮な言文一致の文章によって当時の人々を驚嘆させた。秀才ではあるが世故にうとい青年官吏内海文三の内面の苦悩を精密に描写して、わが国の知識階級をはじめて人間として造形した『浮雲』は、当時の文壇をはるかに越え、日本近代小説の先駆とされる作品である。

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