地獄変・偸盗 (新潮文庫)

  • 1851人登録
  • 3.74評価
    • (164)
    • (186)
    • (319)
    • (11)
    • (1)
  • 170レビュー
著者 : 芥川龍之介
  • 新潮社 (1968年11月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025025

地獄変・偸盗 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 「地獄変」「薮の中」「六の宮の姫君」等、芥川龍之介の”王朝もの”6篇を集めた短編集。

    私は泥臭い人間の上に、劣等生気質じみた嫉妬深さがあるせいか、どうも芥川龍之介に対する「あこがれ」がないようである。
    理知的でかっこよく、格調高くてシャープな文体とその内容をうらやましいと思いはすれど、あまりそこに惹かれない。晩年の作品を読んでいないための思い込みだろうか?

    なんとなく、芥川龍之介は「あこがれ」られている人だなー、というイメージがある。
    そういう位置の人なのだろうなぁ、と、勝手に思ってしまっている。
    一言で言うと、なんだか身近に感じないのだ。彼の痛みは高尚すぎる気がしてしまうのかもしれない。

    なので、この短編集で私がもっとも好きだったのは「六の宮の姫君」だった。
    もとより評価の高い短編らしいが、私はこの作品をもっとも「生きてる」と感じた。「地獄変」ではその炎の熱さを感じなかった私だが、この短編では風の冷たさを感じた。氷よりももっと冷え冷えとした、雨の匂いを感じた。

    「あれは極楽も地獄も知らぬ、腑甲斐ない女の魂でござる。御仏を念じておやりなされ」  ――六の宮の姫君 より

  • 「偸盗」
    「羅生門」の続編ということで、読みたくなったので購入。(今更だけど)
    いやぁ、描写がすごい。面白い。

    沙金の生々しさ(色艶があって、肥っていて、美しい女って想像が出来ないけど……)に、やられる太郎・次郎兄弟。
    でも、太郎は沙金の心が持っていかれることに嫉妬を感じ、次郎は沙金が他人の身体と触れ合うことに嫉妬を感じる。ここって、ちょっと考える。
    それぞれの拠り所が心か、身体か、ということか。

    クライマックスのスピード感が半端ないし、阿漕の聖性が最後には沙金に勝る所も、好き。

    「竜」
    三月三日に猿沢池に行きたくなりました。

    「薮の中」
    超有名作。
    でも、三者三様というところ以外、忘れかけていたので、改めて読んでみた。
    結局、皆が男を殺したことになっている。
    男でさえも。
    誰もが自分ではない、と言い張るよりも、誰もが自分と言い切ることの罪を考える。

    「六の宮の姫君」
    意外にこの話が一番キツかった。
    母も父もいず、自分を見初めた男でさえ、単なる庇護者以上の愛を感じることが出来ない。
    抱かれることの喜びもなく。
    そうして、生きることに疲れてしまう姫君の生とは、一体何だったんだろう。
    最期、念仏を唱えることも出来ず彷徨う姫君を、誰が嘲ることが出来るんだろう。
    あまりに、「あり得る」結末で、怖かったし……そこに思い至る芥川も怖い。

    「地獄変」は言わずもがな。
    ちくま文庫版でレビューを書いたので省略。

  • 今まで読んだ本の中で一番強烈で、一番面白く、一番スリリングで惹きつけられた物語が芥川の『地獄変』。
    暗いし、怖いし、結末は悲惨だし、なんでこの話がこんなに好きなのか、と自分でも思うけど、初めて読んだ時から心をわしづかみにされた。
    炎に包まれた牛車が目の前に鮮やかに描き出されるようで、その迫力には何度読んでも息をのんでしまう。
    大好きな、大好きな、物語。

  • 短編集だが、地獄変についてのみ感想。言い得て妙なタイトルで、良秀が描く絵と物語の中の現実がタイトルによってリンクしている。現実の「地獄」の方は娘の愛らしさ、健気さ、伺候の事情などと対比されて凄惨さが際立つ。この娘を含め、登場人物や事件の詳細は第三者の視点から丁寧な口調で語られる。良秀については「描く」という行為に付随する傲慢なまでの気難しさ、及び奇矯な振る舞いと娘を溺愛する様子が特化して言及されている。才能と執着の先に幸福の極致を見出そうとするのはバランス感覚を放置して生きているようなものだ。加えて彼は己の心を占めるものへの妥協とは無縁な男である。
    そのような人物にありがちな、自らの精神的要求をそのまま言動に表わした結果として良秀はパトロンと似たような立場にある大殿の不興を買う。目の前で牛車ごと焼き殺される愛娘を食い入るように見ている様は事を仕掛けた大殿には到底理解の及ばない範疇だったであろう。

    以前、或る存命の日本画家がこれ以上一筆でも加えれば絵が崩壊する寸前まで筆を入れるという旨のことを語っていた。画家とはこのように手掛ける一枚の絵ごとに艱難辛苦の道のりと果ての登頂を繰り返している人々なのだと思う。しかし良秀はそうではなかった。
    絵筆を握り続けた人生で、彼が確とした登頂感を得たのは恐らく最後の地獄絵図だった。そしてその登頂感は到達した本人が二度と経験できないと即座に理解してしまう類のものだったのだ。
    この「絵」は娘が命を散らした時点で完成していたのではないだろうか。彼は現世の地獄を目に焼き付け、脳裏に描き切った。筆に乗せ、紙に写す作業は昇華である。最後の仕上げである。それより後は「崩壊」であった。いくら他者から絶賛されようとも、満足とは程遠いものが出来上がるに違いない。良秀はたった一度だけの最上級の満足を知ってしまった。描き続ける意味は、もうない。

    良秀の自死という結末は当然だ。絵筆を折るということは、自分の半身、否、その身の殆どを失ったと同義である。その上娘は死に、この世に彼を縛り付けるものはもうなかった。
    キリスト教と違い、自死は仏教では厳罰の対象ではない。釈迦も場合によっては自死を容認しているとする叙述もあるようだ。そして日本では自らの矜持を保つために、或いは身の潔白を証明するために命を絶つということは一種の美しさを持つ誇り高いことという認識があり、良秀のようにある境地に達したから生きるのをやめるといった死に方も黙認されていた。自死を選んだからと言って非難される土壌ではない。極楽には行けないであろうが、かといって地獄に落ちるという確実性もない。しかしそれでも、良秀は自ら望んで地獄道に落ちて行ったように思える。
    もし娘が生きていれば、案外以降の人生を単なる変わり者の男として生き延びた可能性もないではない、とも思う。しかしあの女房が娘でなければ地獄の絵は登頂点になり得なかったであろう。良秀は砂で出来た坂を這い上がるような心持で、他者からは瞠目されながらも自身では不足を感じる絵を不機嫌な面持ちで描き続けていたのではないか。
    生きるも地獄、死ぬも地獄。
    顛末の不条理よりも業について考えさせられた一編だった。

  • (1999.08.14読了)(1998.09.04購入)
    (あ-1-2)
    収録作品
    ・「楡盗」
    ・「地獄変」
    ・「竜」
    ・「往生絵巻」
    ・「薮の中」
    ・「六の宮の姫君」
    「これらの諸篇は、すべて『今昔物語』もしくは『宇治拾遺物語』の説話集に出典をあおいでいる。」(213頁)
    『今昔物語』からの作品:「楡盗」、「往生絵巻」、「薮の中」、「六の宮の姫君」
    『宇治拾遺物語』からの作品:「地獄変」、「竜」

  • 地獄変に関して、物語の大すじ以外、古典的描写に僕は少し退屈だが、映像化できれば楽しいだろう。偸盗はよい。野党の汚い世界だが、随所に挟む空模様で、景色の限られた古来日本の風景に広がりを持たせている。全肯定はできないが、気持ちのつながりより、血のつながりを感じた。

  • たしかこの中に、「袈裟と遠盛」が入っていたような。
    耳元で犇めき合う言葉のやり取りが、いいんだよね。
    二者のそれぞれの思惑が手に取るようにわかる描写が最高に好き。

  • 芸術と道徳の相剋・矛盾という芥川のもっとも切実な問題を、「宇治拾遺物語」中の絵師良秀をモデルに追及し、古今襴にも似た典雅な色彩と線、迫力ある筆で描いた「地獄変」は、芥川の一代表作である。

  • ・偸盗
    最後に読み終えた。
    一番面白かった。
    気が違えた父母を持つ悪魔の女に魅入られ
    堕ちていった兄弟の話。
    カルメンとゆう話のオマージュらしい。
    沙金を伐つハッピーエンドが
    批評を買っているようで
    釈然としないのは同感だが
    「次郎」と叫ぶ描写では
    ありありと目の前に情景が広がり
    襲いかかる文の幾多もの波に取り込まれ、
    愛に心を打ちひしがれた。
    そのシーンだけでも読み返してしまった。

    ・地獄変
    絵仏師良秀の話。
    りょうしゅうじゃないの?
    と混乱したが、本作中ではよしひでとしている。
    創作意欲と、人としての愛の間の葛藤に
    苦しみ悶えながらも
    今後目の当たりに出来ないであろう
    現実世界の地獄絵図の行方を見届け
    満たされる芸術家としての
    狂気の真髄は感慨深かった。

    ・竜
    鼻に通づる話。
    人間は周りの風潮に流される生き物って感じかな。
    現れるはずもない竜を
    恵印自身が一番わかっているのに
    現実逃避から竜が出てくるんじゃないかと
    無理に信じてしまいそうになる心理に共感。

    ・往生絵巻
    難解。
    ドグラ・マグラよりよっぽど気が狂いそう。
    儀式化された信仰ではなく、
    心からの敬虔なる信仰心が重要ってことかな?

    ・藪の中
    真相は藪の中。名作。
    形式が思っていたのと
    全然違っていて面白かった。
    主観では最後の忍び寄る人影に
    引っ張られて木こりが犯人?
    とか単純思考に考えるたり
    経験論に基づくと盗人が犯人であり
    愚かな女を見捨てていた気がする 。

    ・六の宮の姫君
    考えさせられるオチ。
    極楽も地獄も知らぬ不甲斐なさ。
    波風ないことが一番もの悲しいのかな。

  • ■ 偸盗
    芥川龍之介は駄作と言うが,私は結構好きだった.メロドラマというけれど,恋愛なんて良くも悪くもそんなもんだろう.
    沙金と阿漕の対比が良い.美人の悪魔とブスの天使と言ったところか.
    阿漕に子供が産まれたシーンは,この小説の救いだった.全体的に血なまぐさいけど,このシーンだけちょっと心が潤う.

    ■ 地獄変
    良秀が最後に自害するシーンで救われた.ああ,この人も普通だったんだというか.

全170件中 1 - 10件を表示

芥川龍之介の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ドストエフスキー
ヘミングウェイ
ヘルマン ヘッセ
梶井 基次郎
有効な右矢印 無効な右矢印

地獄変・偸盗 (新潮文庫)に関連する談話室の質問

地獄変・偸盗 (新潮文庫)に関連するまとめ

地獄変・偸盗 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

地獄変・偸盗 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

地獄変・偸盗 (新潮文庫)の作品紹介

"王朝もの"の第二集。芸術と道徳の相剋・矛盾という芥川のもっとも切実な問題を、「宇治拾遺物語」中の絵師良秀をモデルに追及し、古金襴にも似た典雅な色彩と線、迫力ある筆で描いた『地獄変』は、芥川の一代表作である。ほかに、羅生門に群がる盗賊の悽惨な世界に愛のさまざまな姿を浮彫りにした『偸盗』、斬新な構想で作者の懐疑的な人生観を語る『藪の中』など6編を収録する。

ツイートする