奉教人の死 (新潮文庫)

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著者 : 芥川龍之介
  • 新潮社 (2001年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (231ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025049

奉教人の死 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 芥川龍之介の短編集。大学で読まされたんだけど面白かったので。

  • 元ネタがあるときの芥川龍之介は流石の名文。

  • 江戸時代のキリスト教徒にまつわる寓話が収められた作品集。かなり、伝承からの引用が多く、どこまでが芥川の筆によるオリジナルの文章なのかが分かり辛い。個人的には可もなく不可もない童話集といった趣を感じた。

  • 奉教人の死は、長崎の教会「さんた・るちあ」に、「ろおれんぞ」という美少年がいた。彼は自身の素性を周囲に問われても、故郷は「はらいそ」(天国)、父は「でうす」(天主)と笑って答えるのみだったが、その信仰の固さは教会の長老も舌を巻くほどだった。ところが、彼をめぐって不義密通の噂が立つ。教会に通う傘屋の娘が、ろおれんぞに想いを寄せて色目を使うのみならず、彼と恋文を交わしているというのである。長老衆は苦々しげにろおれんぞを問い詰めるが、彼は涙声で身の潔白を訴えるばかりだった。
    ほどなく、傘屋の娘が妊娠し、父親や長老の前で「腹の子の父親は『ろおれんぞ様』」と宣言する。皆から愛されていたろおれんぞも、姦淫の罪によって破門を宣告され、教会を追い出される。身寄りの無い彼は乞食同然の姿で長崎の町を彷徨うことになったが、その境遇にあっても、他の信者から疎んじられようとも、教会へ足を運んで祈るのだった。一方、傘屋の娘は月満ちて、玉のような女の子を産む。ろおれんぞを憎む傘屋の翁も、さすがに初孫には顔をほころばせるのだった。
    そんなある日、長崎の町が大火に見舞われる。傘屋の翁と娘は炎の中を辛くも逃げ出すが、一息ついたところで赤子を燃え上がる家に置きざりにしたことに気がつき、半狂乱となる。そこにろおれんぞが現れて……。

    煙草と悪魔は、天文18年(1549年)、フランシスコ・ザビエルはキリスト教を広めるべく日本に渡来した。一方、彼に仕えるイルマン(伊留満、宣教師)に化けた悪魔も日本にやってきた。マルコ・ポーロの東方見聞録にあるジパングの記述とは程遠い日本の景色を見物して歩きながら、日本人をどうやって誘惑してやろうかと一人ほくそ笑む悪魔だったが、そもそもキリシタンが居ないことには誰も誘惑しようがない。そこで悪魔は当座の暇つぶしとして、畑と農具を借り、園芸を始めることにした。ザビエルも、彼が西洋の薬用植物か何かを日本で栽培するのだと思って、「それはとてもいいことですね」と賛同した。
    おりしも春たけなわ。遠くの寺の梵鐘の音が聞こえてくる。それがまたのどかで、西洋の教会の甲高い鐘の音に慣れていた悪魔にとって、こののんびりとした梵鐘の音を聞きながら霞でぼんやりとした日の光にあたっていると、不思議と心が緩んできてしまい、悪をする気になれず、かといって善をなす気にもなれない。そんなもやもやとした眠気を払うかのように、大嫌いな労働であるはずの畑仕事に、より一層精を出す悪魔だった。
    耕し終えた畑に、悪魔は耳の中に隠し持っていた何かの種をまく。やがて芽吹いて成長し、夏の終わりに至るや、漏斗のような形をした紫色の花が開いた。しかし、その植物の名を知るものは、誰も居ない。ザビエルが尋ねても、悪魔はただ笑うばかりだった。
    さて、ザビエルが伝道のために南蛮寺を留守にしたある日のこと。畑の手入れをする悪魔に、一人の牛商人が声を掛けてきた。その花の名前を教えて欲しいという。教えられない、と断る悪魔だったが、牛商人は続ける。
    「一つお教え下さいませんか。手前も、近頃はフランシス様の御教化を受けて、この通り御宗旨に帰依しておりますのですから」
    彼の胸には、小さな十字架が光っていた。ようやく「誘惑できる日本人」を発見した悪魔はほくそ笑みながら、言葉巧みに日本人を誘い、ついに「御主の名に誓って」契約を結ばせた。
    「この植物の名をあなたが3日のうちに答えたら、この畑の植物をすべてあなたにあげましょう。当たらなかったら、あなたの体と魂をもらいましょう」
    イルマンの正体が悪魔だと知った牛商人は、激しく後悔した。ザビエルは旅行中で助けを頼むわけにもいかない。このままでは、いずれ自分は地獄の炎に焼かれてしまうだろう。
    3日もの間悩みぬいた彼は、ついにある行動に出る。
    悪魔が眠っている深夜、飼っている牛を悪魔の畑に入り込ませ、暴れさせたのだ。
    熟睡しているところを起こされ、さらに自分の畑を荒らされた悪魔は、怒っていった。
    「こんちくしょう、どうして、俺のたばこ畑を荒らすのだ」
    牛商人にはこの声が、神の声のように聞こえた。
    その後の展開は予想通り、すなわち牛商人はその植物の名を『煙草』と言い当て、悪魔の畑をすべて自分のものにした。
    一見すると商人が勝ったような展開だが、煙草はあまねく全国に広がり、悪魔が勝ったようにも見える、という筆者の感想で結ばれている。
    等々多数の短編集です。

  • 長崎旅行を前に、長崎切支丹を描いた「奉教人の死」と「おぎん」の短編を読むために手に取りました。芥川の切支丹物を集めた短編集です。芥川がキリスト教に対して思う本音が垣間見えて、どの作品も面白く読みました。文体が古い物は難解ですが、諦めずに読んで良かったです。表題の面白さは格別でしたが、脇の教徒たちの冷酷さ愚かさに「宗教って何だろう」とその意味を熟考したくなります。讃えられることの多い細川ガラシャを、侍女の立場から激しく罵倒し皮肉っている「糸女覚え書」は笑ってしまいました。面白かった。

  • 切支丹物11編。1話目『煙草と悪魔』に悪魔が出てきて話の展開がお伽話のようで読みやすかったです。悪魔は『おぎん』でも登場。日の当たるところには影ができるように神の存在するところには悪魔も必然的に存在するんですよね。『奉教人の死』や『報恩記』では尊い信仰心が描かれているようで、でも人間の儚さ愚かさがラストに心に残ってしまうような趣にさせられます。『おぎん 』『おしの』の対比はかなり面白かったです。『おぎん』では自らの死を目前にして信仰を捨てた家族。『おしの』では子どもの命を救うために神父に会いに来たもののイエスの最期に失望し憤った母親は捨て台詞を放って去っていく。どちらもキリスト教から離れるのですが、後味はかなり違います。全体的に悪魔が蔓延っていて知らず知らずのうちに踊らされているような気持ちにさせられました。

  • 煙草と悪魔、奉教人の死、るしへる、報恩記など
    切支丹物

  • 1990

  • 殉教したキリスト教徒の女、ろおれんぞ。

  • キリスト教ものの短編集。それぞれ面白かったが、マンネリと称されたのにも納得

    収録作品:『煙草と悪魔』『さまよえる猶太人』『奉教人の死』『るしへる』『きりしとほろ上人伝』『黒衣聖母』『神神の微笑』『報恩記』『おぎん』『おしの』『糸女覚え書』

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