河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

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著者 : 芥川龍之介
  • 新潮社 (1968年12月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101025063

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河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 歯車ってのがつまんないけど重要な作品なんだよ。

  • この世とあの世の狭間をうつらうつらと漂っているような感じでした。自分を生んだあと発狂してしまった母親、そのことが芥川に深く暗い影響を与えているように思いました。「唯ぼんやりとした不安」のなか、薬物自殺をした芥川です。最期に彼の目には何がうつっていたのでしょうか。数え切れないほどの半透明の歯車でしょうか。最期に聴こえた音は何でしょうか。「le diable est mort」かもしれないと想像してしまいました。

  • 総じた感想は晩年作は河童が一番面白かったが
    他はさほどでもなかった。


    ・河童
    精神病院患者が河童の世界での
    体験談を語る話。
    河童とゆう架空世界側から
    当時の人間世界の社会を風刺している。

    河童の世界では
    産む側がこの世に産まれさせるかを判断する
    人間の世界と違い、
    産まれる側がこの世に産まれたいかを判断できる。

    個人的に再度読み返したい。
    印象的な陰鬱な作品だった。


    ・玄鶴山房
    暗澹たる一家とその亭主の最期。
    告別者の参列者たちが話す、
    「あの爺さんも本望だったろう。
    若い妾も持っていれば、小金もためていたんだから」
    とゆうセリフが印象的。


    ・歯車
    精神を病み死の淵にいる人の
    心理状態が書き表されていた。

    芥川の死の動機は
    「僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安。」
    だとゆう。

    今作中の妻の言葉。
    「どうもした訳ではないのですけれどもね、
    唯何だかお父さんが死んでしまいそうな
    気がしたものですから。……」


    ・或阿呆の一生
    印象的なシーンは
    「おれはこの女を愛しているだろうか?」
    「おれはいまだに愛している。」

  •  芥川龍之介作品は『河童』が一番好き。
     晩年の作品のなかで、小説として体裁を保てたギリギリの作品が『河童』だと思う。これ以降は文章がどんどん発狂していく。

     『或阿呆の一生』もこの本で読めます。私は「三十三 英雄」が好き。
    君は僕等の東洋が生んだ
    草花の匂のする電気機関車だ。
     初めて読んだ時ここで号泣した。なんかよく分からないんだけど、自分のことを書かれた気がした。よく分からないんだけど。

     佐藤春夫や川端康成が「最高傑作」と褒めたたえた『歯車』も収録されてます。これを読んでケロッとした顔でいられる人というのは居るんだろうか…。

     『河童』は絶対に新潮文庫で読むべし、と思っている。背表紙のこの作品紹介がスゴい。

    「芥川最晩年の諸作は死を覚悟し、予感しつつ書かれた病的な精神の風景画であり、芸術的完成への欲求と人を戦慄させる鬼気が漲っている。出産、恋愛、芸術、宗教など、自らの最も痛切な問題を珍しく饒舌に語る「河童」、自己の生涯の事件と心情を印象的に綴る「或阿呆の一生」、人生の暗澹さを描いて憂鬱な気魄に満ちた「玄鶴山房」、激しい強迫観念と神経の戦慄に満ちた「歯車」など6編。」

     特に『歯車』の「神経の戦慄」というフレーズには震えた。まさにその通りだと思う。

     これを一冊読むと、芥川龍之介が何故自殺しなければならなかったのか分かると思う。

  • 最晩年の短篇集。
    芥川龍之介の心のうちが垣間見えてる作品ばかりで小説としては面白いけど、読んでいて辛くなった。
    歯車の最後の言葉はかなり印象深い。

  • 2016.10.12
    河童のみ読了。すごく面白かった。一体どんなつもりで河童という架空の生物にあんな生活をさせたか知らないが、河童の論理は一見筋が通っているようで、やはり人間から見るとバカらしく見える、ということを通して、我々が自明視してる考えもくだらないものだということを言っているような気もした。何が正しい、何が間違っているなんて、何とでも言える、論理が通る話なんていくらでも作れる、論理だけ見るならどれだけ馬鹿げた話もそれっぽく語れるのだと。そうなるともうよくわからなくなってくる。河童がおかしいのか?人間がおかしいのか?主人公は精神病院に入っているという、しかし頭がおかしいのは主人公か、それとも周りの方か?我々はすごく危うい、何も根拠のない、ただ信じ込まされているだけの世界の中にいるのではないか?何て考えたり。他の作品は読み切れず。あんま芥川好きじゃないのかもしれない。

  • 河童などが入った短編集。河童がおもしろかった。
    突然、河童の世界へ入る。その世界で過ごすうちに、言葉がわかってくる。人間界に帰ってくるが、河童の世界に帰りたくなる。河童の里は故郷のようだ。言葉遣いが難しめだから読むのに時間がかかる。

  • ひたすら暗かった。死ぬ間際に書かれた遺稿も(歯車と或阿呆の一生)は、本当に今にも死にそうで、ある意味すごい迫力だった。或阿呆の一生で、ラストに奥さんが、死んでるかと思って部屋を覗きに来られるシーンがあり、それが哀しくて胸に染みた。

  • 「河童」
    河童の世界とはユニークでしたね。短編で短いけれど、面白い。
    実は結末は...だったとは⁈

  • 天才。子供の頃に「鼻」、「父」といった作品は読んでいるし「鋭い心理描写だなぁ」と感じた様な記憶は何と無くある。ただ大人になってこうした晩年の作品を読むと、「心理描写」といった言葉に括れない凄味があることがわかる。

    日本文学は夏目漱石や森鴎外といった系統と、川端康成や三島由紀夫といった系統に大きく分かれると勝手にカテゴライズしていたが、芥川はその二系統を軽く凌駕する。強いて言うなら太宰に近いものを感じるが、太宰は此処まで心象風景が上手くない(太宰ファンの方々、ごめんなさい…)。

    「彼は今で言うところの統合失調症だったんだろうなぁ…」この一冊に収められている短編を読み終えて、そんな事を感じた。

  • 河童…面白かったです。
    ラストがそれかよ!というのはあるけど。。。

    芥川の晩年の短編を集めたものらしく、自ら命を絶つ前の生きる苦痛、精神的な崩壊が作品全体に漂い、一人の人間として死に向き合い、救いを求めている心情がつぶさに描かれている。

    偉大な作家の最晩年の心情、読んでみるのもよいと思います。

  • ―僕はもうこの先を書きつづける力を持っていない。こう云う気もちの中に生きているのは何とも言われない苦痛である。誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?(239)

    ここには芥川の晩年のすべてが詰まっている。


    「大導寺信輔の半生」
    予は父母を愛する能はず。否、愛する能はざるに非ず。父母その人は愛すれども、父母の外見を愛する能はず。貌を以て人を取るは君子の恥づる所也。況や父母の貌を云々するをや。然れども予は如何にするも父母の外見を愛する能はず。(15)

    信輔を以て彼の心の吐露を連ねる。信輔の半生にどれほど自身を重ねたか。


    「玄鶴山房」
    のみならず死はいざとなって見ると、玄鶴にもやはり恐しかった。彼は薄暗い電燈の光に黄檗の一行ものを眺めたまま、未だに生を貪らずにはいられぬ彼自身を嘲ったりした。(53)

    愛人に入れ込んだ玄鶴の終わりを描いたもの。彼の家庭は静かに、だが確実に崩壊しており、彼はそれでも愛人を求めようとする。その様を淡々と眺めて冷笑する看護婦の甲野は、やけに人間臭く、だがこれが世間だと思い知らされる。


    「蜃気楼―或いは「続 海のほとり」―」
    芥川の文体の美しさを表現した短編。この本の中では特殊な位置にあるように思う。


    「河童」
    我々は人間よりも不幸である。人間は河童ほど進化していない。(115)

    或拍子に、河童の世界に足を踏み入れた「僕」。その世界は人間の世界とは種を異にしていた。河童の語る宗教や生死感、恋愛感などは芥川の代弁であろう。
    そして河童の世界から人間の世界に戻って精神病患者扱いされる様も。


    「或阿呆の一生」
    いえ。死にたがっているよりも生きることに飽きているのです(184)

    五十一編の中に彼の死への羨望がよく読みとれる。彼は彼自身を嘲り、死の齎す平和を思った。

    「歯車」
    彼が見たという歯車は、閃輝暗点だと言われている。私もその症状を持っており、改めてこれを読むと同じものだと思う。彼は歯車を見るたびに自分が狂人になったと悲観する。私は、果たして狂人なのだろうか?彼が見たという歯車が見える私は。

  • 『河童』が読みたくて学校で借りてきました。
    なんというか、…すごい短編集。
    河童のお産について書いてあるシーンが一番頭おかしいと思いました(誉め言葉)。

  • 河童が途中で読み終わっていたのでとても気になっていたのですが、なるほど、オチはああいう…救われないなぁ。
    さすが芥川龍之介です。何かを読者に悟らせようとする力は凄まじいものがあります。この人こそ教師になるべきだったのでは、とすら思えます。
    芥川大先生の指導の下、今日も本を読みます笑。

  • 1.芥川後期の作品は、読者の好みが分かれる。この本で注目すべきは『河童』。主人公が異界(河童の国)に迷いこみ、そこを舞台に社会風刺をする内容は『ガリバー旅行記』と少し似ている。

    2.遺作の一つ『歯車』は、川端康成・佐藤春夫が「傑作」と賞賛し、久米正雄・宇野浩二が「書きすぎて雑音が多い」と叩いた問題作。個人的には自殺へと向かう心理を冷静に描いた秀作だと思う。

    3.『或阿呆の一生』は友人の作家・劇作家の久米正雄に託した「芥川の自伝」だが、芥川には「私生活を暴露する勇気」がなかったため、「フラグメント(断章)形式」で曖昧なことしか書いていない。

    『或阿呆の一生』の登場人物は以下の通り。

    「一生独身だつた彼の伯母」→伯母のフキ。芥川の母親のフクは、彼を産んだ七ヶ月後に発狂してしまう。そのため、芥川は母の実家に預けられ、伯母に育てられた。

    「彼の先輩」→文豪・谷崎潤一郎。

    「ゴオグ・耳を切つた和蘭人」→印象派の画家フィンセント・ファン・ゴッホ。

    「先生」→芥川の師匠・夏目漱石。夏目漱石が『鼻』を絶賛したことが、芥川の作家デビューのきっかけになる。

    「彼の妻」→妻の芥川文。友人・山本喜誉司の姪。

    「『月』『彼女』『スパルタ式訓練』『雨』の彼女」→鎌倉小町園という料亭の女将・野々口豊子。芥川文の友人・相談相手。後に芥川の愛人になり、二人は駆け落ちを計画したが実行しなかった。

    「狂人の娘」→芥川の愛人・秀しげ子。彼女は人妻で、当時は「不倫=犯罪」であり、秀しげ子との関係に悩んだことも「芥川が自殺した理由」の一つという説がある。『歯車』でも「復讐の神」として登場。

    「或画家」→芥川の親友・小穴隆一。

    「彼の妻が最初に出産した男の子」→芥川の長男で俳優になった芥川比呂志。

    「彼の姉の夫」→西川豊。「保険金目当てに自宅に放火した」と警察に疑われ、鉄道自殺した。心身共に衰弱していた芥川が姉の家族の面倒を見ることになったことも「自殺した理由」の一つとされる。

    「彼の異母弟」→新原得二。芥川の実父・新原敏三と後妻フユとの間に生まれた息子。養子に出された芥川とは不仲だった。

    「背の低い露西亜人」→ロシア革命の指導者ウラジーミル・イリイチ・レーニン。

    「越し人・彼と才力の上にも格闘出来る女」→アイルランド文学研究家・歌人の片山広子。芥川が恋した女性だが、プラトニックな関係で終わった。芥川の後輩・堀辰雄の小説『聖家族』に登場する「九鬼」のモデルは「芥川龍之介」で、「細木夫人」のモデルは「片山広子」。

    「『火あそび』『死』の彼女」→芥川の妻・文の幼友達である平松麻素子。芥川は彼女と愛人関係にはならなかったが二人で心中を計画。だが芥川は心中せずに一人で自殺した。

    「彼の友だちの一人は発狂した」→作家・宇野浩二のこと。皮肉な話だが、芥川の自殺後、宇野浩二は快復して「芥川賞の審査員」までやっている。

  • 池袋のブックオフ、¥105

  • 高校か中学の時に読んで以来の再読。
    その時は暗い本だなくらいにしか思わなかったのですが、
    いま読むと凄いですね。
    他の芥川作品も読み返したくなりました。

    とりわけ、最後に収録されている『歯車』は圧巻です。
    執拗に連想される暗いイメージを、
    繰り返される逆説と実在の小説への絶望的な解釈とが絡め取り、
    痛々しいほどに苛立ちと不安が表現されてます。
    そういう意味じゃ、いちばん先にこの作品から読んでもいいかもしれません。

    独特の文体が、また、不安定な状態を表すのに一役買っているのですが、
    それが分かるのも多少は本を読んでからでしょうし、
    中学生や高校生よりはもっと大人に薦めたい一冊です。

  • 独特な河童の世界に引き込まれる。

  • 「大導寺信輔の半生」
    必要以上に露悪的である
    自虐がかっこいいと思っていそうな内容だが
    それは半分間違ってると思う
    半分正しいと思う

    「玄鶴山房」
    いずれにせよ、人間最後は一人で死んでいくしかない
    死こそ唯一平等に与えられた個人の特権である
    しかしそれは生を謳歌する者にとっての恐怖でもある

    「蜃気楼」
    蜃気楼の見えることで有名な海岸を、昼と夜の二度にわたり
    妻や友人を連れて龍之介が散歩するという
    ただそれだけの小説であるが
    一日の変化が、丸ごと一枚の絵に凝縮された
    四次元的風景画とでも呼ぶべき、奇妙な迫力と美しさがある

    「河童」
    芥川の思う理想世界を、河童に託して描いた物語
    しかしそこに住まう河童どもは、ことごとく鈍感で無神経で
    他者に対する冷淡さを隠そうともしない
    自意識ばかり高い、物質主義者のご都合主義者で
    自虐すらナルシシズムを満足させるための道具とする
    それが、理想主義の正体であると
    芥川は見抜き、自己批判して見せたわけだ

    「或阿呆の一生」
    太宰にせよ三島にせよ川端にせよ
    小説家の自殺原因は、いずれもその根底に
    「才能の枯渇」への恐怖があると思う
    芥川は、一人の人間であると同時に
    一個の小説製造マシンでもあった
    彼の中では、常に人間とマシンがせめぎ合っていたようである
    人間性にこだわって小説を書き続けるならば
    彼はいずれ発狂を免れないだろうし
    マシンとして生きながらえる道を選ぶことは
    おそらく彼の自意識が許さなかっただろう
    そこで第三の道、と相成るわけだが
    しかし僕がこの「或阿呆の一生」を読んで感じたことは
    書けなくなる絶望からの逃避というよりも
    死を踏破し、戻ってこようとする妄想的な希望であった

    「歯車」
    何者かの意志が運命の歯車を回し、おれの命を狙っている
    そんなような妄想に恐れおののく芥川
    しかし心のどこかではそれを待ち望んでいたはずなのだ
    小説のネタになるから

  • 乾いた世界の中に拡がる韻律の風景がある。生きる事への諦め、死へと一歩一歩と近づいて行く感覚がある。その感情には、恐れがある。それは何処までも拡がり続けていく、世界の茫漠さだろうか。無への恐れ、虚無を感じるが故の、死への固執。しかし、その絶望の中の死にも、どろどろとした賛美の詩が聴こえる。死への絶望の中にも、凄然とするような美しい退廃の美を感じる。韻律は、死を奏で、退廃の死は美を紡ぎ出す。彼が、死を悟ったのは、乾いた寂しさではないような気がする。

  • 率直に言うと、今まで読んできた「羅生門」とか「鼻」とか「地獄変」とか「杜子春」とか「魔術」とか「蜘蛛の糸」とは

    全然違う。

    乱れ書き(?)というか、芥川龍之介の独特な丁寧さが少しなくなった気がします。
    まあ、中3の考察だから頼りないけど。というかほとんど巻末の書評の受け売りっぽいけど。

    「河童」は、今までの芥川龍之介の作品とは違って、なんか「異世界探検譚」じみたところがありました。しかも、「鼻」とか「蜘蛛の糸」のように、古語っぽく書かれてないので、スラスラ読めました。「伊豆の踊子」よりもスラスラ読めました。正直伊豆の踊子好きじゃない

    他にも、「或阿呆の一生」はかなり独特な書き方だった…あとは「歯車」も。

    芥川龍之介のような天才の精神的な崩壊と、まさに「ぼんやりとした不安」が表されていました。正直、「歯車」を読むと「ぼんやり」というよりも「切迫した」雰囲気がありましたが。

    まだまだ芥川龍之介は作品を残しているようです。


    ★★★☆☆

  • 芥川の自殺間近の頃の作品群。河童でかなり崩れている印象であったが、歯車になるともうどうしようもないという感じ。ついに、完全にあっち側に行ってしまわれている。理解ということをしようと努力するのがそもそも間違えであるのではないかと感じた。無論、私の読解力の不足は否めない。
    死を。絶望を。前にして錯乱した頭の中が、文章に垂れ流された毒物であるように思う。解釈に対する正しい答えはきっとない。

  • 大好きな芥川さんの本ですが、所謂古典ものしか読んでなかったので晩年の作品に挑戦。

    すごく面白くて好みなのは「河童」かな。晩年ということで、知識人ならではの苦悩が満ちている作品が多かった。にしても近現代作家さん方の「狂」に悩む姿は美しい。

  • 「蜃気楼」を読んだので、そちらのレビューを。

    これは作者が自殺した年の作品です。

     初期に書かれた作品は説話文学、歴史物、キリシタン物などが多いが、晩年の作品は生死に関するものが多い。

    ということで、この「蜃気楼」もちょっと所々に死のにおいを感じます。

     しかしこの作品は、晩年には志賀直哉の「話らしい話のない」心境小説を肯定し、それまでのストーリー性のある自己の文学を完全否定している。

    だから非常に感覚的で、詩のような作品です。(死とかけてる訳ではなく)
    しかし、誰だか忘れましたが某作家にも駄目出しをくらったように、作者は詩人としての才能はあまりないようです。というのもちょっと主人公たちの行動と台詞がクサすぎるんです。
    今までの芥川作品と比べるとかなり違和感があってくすぐったいです。
    綺麗で繊細な世界の中に、水葬された死骸や土座衛門、現れては消える男女など、作品の中には気味が悪いほど巧妙に死の気配が隠されています。


    段落下げの箇所
    参考:Wikipedia

  • 体調不良の日曜日,床の中で河童を再読.多分,高校生のとき以来.ユーモラスでないわけではないが,そこから何か作者のきしんだ精神がのぞくような気がする.体調の悪いときに読む本ではなかった.芥川はやっぱり初期の作品のほうがいい.

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