小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

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著者 : 志賀直哉
  • 新潮社 (2005年4月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (331ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101030050

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小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 表題の「城ノ崎にて」は本当に短い短編だった事にビックリした。(10頁ぐらいしかない。)
    そんな短く簡潔な言葉使いの文章なのに印象に残る。代表作と言われるのはやっぱり凄いんだな。と単純に思った。
    18編からなる短編集で私が好きなのは「小僧の神様」と「赤西蠣太」の2編。
    この2つとも最終的にこうなりました。という明確な事は描かれてなく自分で想像してね。という余韻に包まれてる様に思った。
    「赤西蠣太」はハッピーエンドを迎えて欲しい。
    それに対して「佐々木の場合」「瑣事」「山科の記憶」「痴情」「晩秋」は私が女性だからか?
    主人公の男性がずるいと思う。
    男性から見たらどうなんだろう?
    この男主人公。
    「佐々木~」なんてあれは逃げでしょう。
    短い中でも憤ってみたり、こうであって欲しいなと想像をかき立てたりいろいろ忙しい短編集だった。

  • 女中を雇っている家がある。可愛い一人娘がいる主の父親。巷では風邪が流行っている。娘に感染してほしくない。だから女中には外に出るなと厳命する。が、主人の命に背いて女中は近所の婦人に誘われて芝居を観に行ってしまう。
    主は言う。なぜ芝居に行った?風邪を拾ってきたらどうする!と。
    しかし女中は芝居に行っていないと言い張る。
    行った、いや行っていない、の口論の末、女中の嘘(ホントは独りで芝居に行った)がバレる。もうお前は田舎に帰れ!と主は怒る。
    そんなことをしているうちに、主が風邪に罹る。それが妻にうつる。仕舞いには娘にまで伝染ってしまう。
    健康なのは女中だけになり、田舎に帰そうとした女中が甲斐甲斐しく家族のために働く。娘を看病するその姿をみて主は、’なんか気の毒なことをしたな‘と思う話。(流行感冒)


    浮気を繰り返して妻にバレる。もうしませんね?と妻に泣かれ言われても、「さあ、それは分からない・・。」と平然と答える厚かましさ。(瑣事)(山科の記憶)(痴情)(晩秋)。
    女中が妊娠すれば、妻に「今度のは俺じゃないぞ」と言ってのける図々しさ。(好人物の夫婦)
    いまの世や女性には受け入れがたい男が描かれる。
    どの短篇みても、お前なんだ?としか思えないような、厚かましく、女性には上から目線で、エゴイズム丸出しのクズ野郎が出てくる。
    自分の不始末を恥じ入る気配さえない。むしろ聞きいれない周囲に対して開き直りの逆ギレ。自我の全肯定と勝手気ままな奔放さは、読んでいて逆に清々しい。
    さすが志賀直哉だよ!

  • 久しぶりに本棚から取り出して読んでみると、新たな発見があったりする。高校時代に教科書で読んだ志賀直哉であったが、年齢を経てから何度も読み直してみると、若い頃には見落としていた描写があったりすることに気づく。年代とともに読み方は変わるし、受け取る側のチャンネルが増えている事もあるのだろう。
    これからも名作と呼ばれる作品は時折読んでみたいと思うのであった。

  • 2011 8/15読了。WonderGooで購入。
    最近、西の方に引っ越した先輩が「城崎の近く」と繰り返すので「城崎って『城の崎にて』しか知らないけどそういやそれも読んだこと無い」と思い、そもそも志賀直哉を読んだことがないことにさらに気が付き、買ってみた本。
    白樺派の小説読んだの下手すると初めてではなかろうか。
    小説なのか随筆なのかすらわからないこともある私小説、というのを、友人の同人活動以外ではあまり読んだ覚えがなく、新鮮だった。
    少し行ってみたくなった、城崎。

  • (小僧の神様)善いことをしたはずなのに、後味が悪い・・・自分の豊かな生活が、「小僧」のような底辺にいる人間によって成り立っていることを、感覚として感じても理解はしない。最後の一言は、著者がこのまま終わらせて、ただのよいお話と誤解されたくなかったのかな?皮肉が込められていると読めた。

  • 城の崎にて

    高校の時、現代文で習いました。
    なぜかこの時のことは鮮明に覚えています。
    とても暑い夏で、城崎温泉街の美しい風景があったことを覚えています。

    高校当時は冒頭の今だったらあり得ないような出来事にビックリするだけでしたが、年を重ね、様々な文章を読む経験を積むことに、志賀直哉の無駄のない文章と感性にはいつも感心させられます。

    思い出した時に、何度でも読みたくなります。

  • 城崎に旅行に行ったあと読んだ「城崎にて」伊豆の踊り子のような話かと思っていたが全然違った。そして、「小僧の神様」は有名な話だが、小説って素晴らしいな!こういうのを小説というのだ、と思った。

  • 「濠端の住まい」
    『人と人と人との交渉で疲れ切った都会の生活から来ると、大変心が安まった。虫と鳥と魚と水と草と空と、それから最後に人間との交渉ある暮らしだった。』
    この文を読んだだけで、胸にくるものがある。内容も命についての考えさせられるものでとてもいいのだけど、なにより、この「虫と鳥と魚と水と草と空…。」ってところがいい。

  • 山手線の電車に跳ね飛ばされ、九死に一生を得た志賀直哉。
    彼は城崎にて療養するなかで、蜂・ネズミ・イモリの生死を目の当たりにし、自分の生死と重ね合わせるが――

    城崎温泉に行って『城崎にて』を読んでみました。
    ネズミの一件は私も凹むと思いますね。頭に串が刺さったまま逃げてるネズミを、大人子供が石で追い立てて笑ってる…なんて光景を目にしたら「おまえら大丈夫か!?」と我が目を疑うでしょう。(母曰く「娯楽が少ない時代だったのかもね」)

    しかしイモリの件は…自業自得ではないですか?(情緒の欠片もない意見ですが)
    常識的な「繊細な人」は、ネズミの光景を見たあとでイモリに石を投げるような真似はしないと思うので、そのあたりにツッコミ所がある。
    童心が繊細に勝ってる、というか。
    繊細な作風のわりに作者が長生きしてる秘訣はそこにあるのかもしれませんね。

    とりあえず温泉気持ちよかったです。人だらけだったけど。それも銭湯の醍醐味か。

  • 夏目漱石と弟子の芥川龍之介が「文章の達人」と賞賛し、坂口安吾が嫌った「不機嫌小説」の作家・志賀直哉の入門書。志賀直哉は「小説の神様」と呼ばれたが、それは彼の『小僧の神様』という短編が評価された結果という説もある。

    晩年の芥川は「志賀直哉の話らしい話のない心境小説」を評価した。『城の崎にて』などがそうだが、短編でもテーマは明確になっている。

    が、志賀直哉は歴史小説・私小説・パロディ・話らしい話がある小説も書く作家で、この本で一番面白かったのは「不倫の連作」。茶屋の中居と不倫をしたのが原因で、志賀直哉と妻の康子の悶着が始まる。

    『山科の記憶』(浮気の発覚)→『痴情』(康子に責められて愛人と別れる志賀直哉)→『瑣事』(浮気を再開した志賀直哉が捜していた愛人に会っても声をかけない)→『晩秋』(締め切りに追われた志賀直哉が雑誌に『瑣事』を発表したのが原因で妻の康子に不倫をしていたことが発覚)

    ……「妻に強要されて浮気をやめるのは嫌だ」だの、「妻と愛人の二人を愛しているのだから仕方がない」と語る自分勝手な志賀直哉。康子は当然、夫の身勝手さに呆れ嘆くのだが、彼女は「無形文化財・日本三名夫人の一人」と呼ばれた天然ボケ。私小説的要素が強いが、読者が「志賀直哉がアホで、奥さんの康子が可憐で可哀想だ」と思うように計算して書いている。

    「不倫の連作」は単独で読んでもあまり面白くないが、『山科の記憶』から『晩秋』を「一つの小説」として読むと「不機嫌小説」になって面白い。

  • 文書のリズム感が天才的に美しい。小僧の神様などはオチも素晴らしく、絶句である。

  • 2012年10月の課題本です。

    開催日    : 10月21日(日)受付開始16:00 読書会16:00~18:30
    ドレスコード : 秋

    お申し込みは下記HPからお願い致します。
    http://www.nekomachi-club.com/

  • 白樺派の小説というのは、どこか虚しく、どこかあたたかく、とても自然で、しっくりくる。O・ヘンリーの短編よりなお自然で、特に刺激も無い。なのにこの……いや、小説について何か書こうとすると、どうも陳腐な形容詞ばかりならんで致し方無い。一言でいうなら、非常にヒューマンスケールな短編である。やっぱり陳腐な言い回しだ……

  • 短編集。『赤西蠣太』、『小僧の神様』は良かった。『城の崎にて』は何かはっとさせられる。他の私小説的なのはちょっと…楽しめなかった。

  • これって小説?むしろエッセーか日記
    何か他人の家を盗み見してるような不愉快な気分になった。でも「好人物の夫婦」は私の求める夫婦像ではある。 確かに文章は美しいとは思う
    「稲子一疋が、せきの肩に止り暫く二人の道連れになった。」などたまらない。

  • 短編集だが、それぞれ深くておもしろかった。特に表題の2作は趣は違うがとても興味深い作品だった。生命の大切さであったり、他人を思いやる気持ちだったり、人生の滑稽さだったり、日常生活では忘れがちなものを思い起こさせてくれる。家に女中さんがいたり、妾を持っていたりという、時代背景の違いから理解しづらいところもあるが、また読み直す機会を作りたくなる小説だった。

  • うーん。描写が素晴らしいと評価される所以は確かにある・・・
    猫の死に向かうまで等、主に人間以外についてだけど。

    けれど、なんというか、たぶん二アリーイコール著者である主人公が自分の世界、考えから一歩も、その態度や視点、配慮が他者へ向かう隙がなく、自分一人で全て完結していく生き方が、わたしは好きじゃない。
    そういう世界観が全てにおいて横たわっている印象の文章。

    その世界観を成り立たす「無理」が誰かに押し付けられ、苦しめている「犠牲」に配慮しようとする目を向けようとする太宰の方が好きかな。

    娯楽ではすっと読めてよい。

  • 自分は、今まで全くと言っていいほど純文学に興味がなかったのですが、この志賀直哉の作品だけはなぜか前から気になっていて、教科書以外で、初めて純文学という高い敷居に挑戦してみました(笑)
    読んでみると思ったよりも読みやすく、また、志賀直哉の奔放で我儘な性格がよく出ている私小説でした。
    「晩秋」「痴情」などを読んでいると、志賀さんって結構お盛んだったのね(笑)と思ってしまい…繊細な文章の中に人間臭さがあって、そこも面白かったと思います。

  • 『城の崎にて』は、小説が如何に綿密に構築されたものであるかを思い知らされた作品である。

    筆者自身、「事実ありのままの小説」と述べているように、筆者の体験から生まれた「生と死は対極の存在ではなく、むしろ紙一重の偶然によって支配されている」という感覚は、私にとってはかなり衝撃的であった。
    そして、それを実感するまでに至る過程が実に明快で、無駄な部分がなく、冗長でもない。正に小説の醍醐味を凝縮した名作と呼ばれるにふさわしい作品であるだろう。
    生と死が偶然によって支配されているからこそ感じる、生命の儚さと強さ。あるいは死の絶対的静寂と恐怖。それを落ち着いた筆致で漏らすことなく描き出した小説であると感じた。

  • 小僧の神様を読みたくて買った
    なにが面白いのかはわからないけど
    なんか面白い

  • タイトルは文学史で聞いたことがあった。
    城の崎にてももちろんすっきりとして読みやすかったが、短編集がいくつも載っており、何回も楽しむことが出来た。

  • 《今まではそんな事を思って、その「何時か」を知らず知らず遠い先の事にしていた。然し今は、それが本統に何時か知れないような気がして来た。自分は死ぬ筈だったのを助かった、何かが自分を殺さなかった、自分には仕なければならぬ仕事があるのだ》

  • 小僧の神様読んで
    お寿司が食べたくなった。

    思ったことを詳細に書く作家。

  • ずっと知っていた作者名と、表題。(たしかどちらかは学生時代、国語の教科書に一部が収録されていたように思います)。本箱に納めてからでも、もう四年ほどが経ち、先日整理の際に引っ張り出してきてやっと読みました。

    高く評価されてしかり。そんな作品です。
    (実は太宰治の「如是我聞」を先に読んでいたので、なかなか手が伸びなかったのですが)

    ほんとうに短い短編ですが「城の崎にて」。死のこと、いや生のことを深く考えさせられる一篇でした。

    「小僧の神様」。これを読んだら小説の神様と言われるのもまたうなずけます。ま、確信犯であるとしたら「あざとい」と評してしまうかもしれませんが。

    この
    上記二編を読むだけでもこの本を買った価値が十分にありました。

    最後の連作風の数篇は故意に時系列をずらして収録されています。
    はじめは「?」でしたが、そのうちにCDをランダムモードで聞いているような感覚に。意図されたことなんでしょうが、ただ混乱するばかり。きっと二度、三度と読み返していくうちにその真価を読み取れるようになるんでしょうね。

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