牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))

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著者 : 国木田独歩
  • 新潮社 (1970年6月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101035024

牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))の感想・レビュー・書評

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  • 現代あまり広く読まれない作家だけど、読めば読むほど面白い。
    「春の鳥」好きだ。

  • 国木田独歩は決して上手い作家ではない。
    息の詰まるような結末が待っているわけでもなく、目の覚めるような名文に出くわすこともない。「えっ、これで終わり?」なんて中途半端な終わり方をする短編だって結構ある。繰り返しになるが、構造的にも装飾的にも、国木田独歩は決して文章の上手い作家ではない。

    それでもひとつひとつの短編を読み終えたあとのよく分からないうら寂しさは、ちょっと他の作家にはないものだと思う。なんだか不思議な感覚。

    こういうのって狙って出来るものではなくて、天然とでも言えばいいのか、作家自身の人間性が反映されたものなんだろうなあ。文章の巧拙を超えた部分で。

  • 独歩の作品は、時代もあるだろうが、死が身近にあるのだなあ、と思った。以前読んだ時にあまり感じなかった『牛肉と馬鈴薯』は後半とても良い。『岡本の手帳』とあわせて一つのお話になる。『酒中日記』『竹の木戸』は、生活に追われる余り、生き延びることを忘れる現代と何が違うのかと思って切なかった。『渚』は、『独歩病床録』(未収録)を読んでいると未完で、もっと沢山書きたかった話の欠片なのだと知れて勿体無く思った。

  • 6月23日『獨歩忌』この一冊

  • 小説としての構成や技巧が自然主義的リアリズムの手前で、登場人物間の会話の珍妙な感じが不思議な味わい。

    自然主義的、さらには白樺派的な感性などに繋がる部分があり、その後の近代文学全盛期を準備しつつ、でも、透谷なんかともつながる部分もあるな…といった感じで、過去の遺産ともしっかり繋がっている。こう考えると、近代文学でやはり重要なポジションの作家だなと改めて実感。

    悲惨な展開を含んだ小説は、意外と柳浪なんかも思い出させますね。これはちょっとした発見でした。

  • 「現実とは辛いものに他ならないのか」

    同好の士が集まる酒の席で語られた岡本の切なる願いとは―表題作「牛肉と馬鈴薯」、馬島で教員を務める大河今蔵が酒の力を借りて綴る衝撃の過去「酒中日記」ほか「死」「巡査」「富岡先生」「少年の悲哀」「空知川の岸辺」「運命論者」「春の鳥」「岡本の手帳」「号外」「疲労」「窮死」「渚」「竹の木戸」「二老人」収録。

    タイトルからはあまり想像できなかったのだが、この短編集ではよく人が死ぬ。例えば表題作「酒中日記」では兵隊に入れあげた母に始終金を無心される今蔵。満足な金額がとれないことを知ると母はついに彼が預かっていた他人の金にまで手をつける。母を問い詰めながらも、結局そのことは胸におさめ、母に取られた金を工面するために、今蔵自身も落し物の集金かばんに入っていた金を使いこんでしまう。夫の罪を知った妻は思い余って幼い子供とともに…。

    「竹の木戸」も他人の家の庭先に間借りする貧しい職人夫婦。生活の苦しさから大家である家から密かに炭を盗み出した妻だったが、稼ぎの少ないことを問い詰めた結果夫が一俵の炭を盗んで持ってきたことに気づいたとき、自ら梁に紐をかけ…。死の代価が、百円の現金であり一俵の炭であり。そんなことのためにとも思う。しかも自死である。

    独歩は後年日本における自然主義文学の旗手であったという。自然主義文学がどういうものかよく知らなかったのだが、19世紀フランスのエミール・ゾラが提唱したもので「自然の事実を観察し、「真実」を描くために、あらゆる美化を否定する」文学だそうだ。そうとは知らず読んだゾラの「居酒屋」の感想をひっくりかえしてみたら、「一人の女の半生を夢物語ではなく描ききった」とあった。思えばこれも相当に悲惨な話だった。

    結核という病を得て死と背中合わせであった独歩の見つめた真実もやはり夢物語ではない。あらゆる美化を否定し、直視する現実とはこんな風に辛いものでしかなかったのだろうか。

  • 「酒中日記」読みました。

    酒を呑んで書くと、少々手がふるえて困る、然し酒を呑まないで書くと心がふるえるかも知れない。「ああ気の弱い男!」何処に自分が変っている、やはりこれが自分の本音だろう。

    …震えている手が、呑めばピタリと止まる、てのがありがちだと思うんですが。依存症ではないんだろうなこの人。

  • 後半の作品になるに従って冷静な筆致で書かれているが、それを見つめる眼差しは変わらないと思う。弱者に対する同情が根底に感じられる。国木田独歩は人生の不条理について真剣に考えていた人ではないだろうか。エンターテイメントとして小説を捉えている人にとっては何らの感興もないだろうが、何か寄り添っていてくれるような安心感を求めている人にはいい本だと思う。

  • 独歩の『武蔵野』をいつか読もう。

    柄谷行人『日本近代文学の起源』を再読していた時に、そう思っていた。そんな時に本を整理していて昔古本で買っておいてあった『牛肉と馬鈴薯』が出てきた。初めての国木田独歩。

    ブクログ本棚に表示されている表紙は絵がついているが、自分が持っているやつは、もっとそっけない感じのベージュ色(?)の表紙のバージョン。他に自分が所有している新潮の本では、横光利一『機械・春は馬車に乗って』とかゾラ『ナナ』などがこのベージュの表紙だ。新潮文庫はたまに昔ながらのこの色のものがあったけれども、今でもあるのだろうか。

    それにしてもごつごつとした文章で、真面目というかかたい感じがする。しかし、あまり嫌いではない雰囲気だと思った。特に『牛肉と馬鈴薯』『少年の悲哀』『春の鳥』など印象に残った。

    中村光夫による解説があり「独歩の短編は、まったく文章による効果に頼ろうとしていないので」という文があり、そこがユニークだと続くのを見て確かにユニークだな、とは思ったが、文章をひねり出すにおいていろんなものに縛られている、という印象は終始受けた。『少年の悲哀』とか読んでいて「これ漢詩か?」と思えるようなとても格調高い文章が見られたりする。ユニークだとは思うが、何か独歩を支配しているものはあるのだろう、という感じを抱いた。それが何かはあまりうまくまとまらないが、たぶんそれ以前の文学にあたるものではないのかとなんとなく思う。あと『運命論者』を読んでいて、何となく夏目漱石の『こころ』を思い出したりした。

    後ろのほうの短編は多少、斜め読みになってしまったかもしれない。初めのほうの短編がわりとどれも新鮮に思えたので、自身後半少しバテたような気がする。また時を置いて後ろの方の短編をじっくりと読みたい。

  • 「牛肉と馬鈴薯」は,もう何百回も読んだであろう中学生の頃から好きな短編小説

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