仮面の告白 (新潮文庫)

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著者 : 三島由紀夫
  • 新潮社 (2003年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050010

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仮面の告白 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 時間がとれたら一気に読み切りたいと思っていた作品をやっと読むことができた。
    24歳、今の自分と三つしか違わない歳でこの重厚感ある文章を生み出していることに、ただただ感銘を受けた。
    文章は言葉の使い方が美しいだけでなく、たった1行に三島の思想や感情がいっぱいに詰め込まれているようで、多くの読者は私と同じくページ数よりも文字数よりも、ずっと多くの物を受け取ることができたのではないだろうか。
    三島の作品を読むに当たってまずは三島を知る必要がある。この作品は三島の入門書とも言えるのではないだろうか。

  • 「俺って、オトコを見て性的に興奮してる?ヤバイんじゃないか?俺、ホモなんじゃないか?」という思いに苛まれる男子の、もだえ苦しむ七転八倒の物語なんですね。もう、コメディマンガにしたら、抱腹絶倒ものです。

    人生初の三島由紀夫さんの本です。
    結構長い長い間、「読んでみようかなあ」と思いつつも「多分、好きになれないのではないか」という偏見があって読んでいませんでした。
    上手く言えませんが、なんだかマッチョな感じと言うか右翼な感じと言うか(笑)。いや、マッチョで右翼なことが、もちろん悪いことではないんですが。趣味、好みの問題で、好きになれないんじゃないかなあ、と。
    ただ、色んな本を読んでいると、やっぱり三島由紀夫さんの小説、というのを評価する人も多いので。「一度とにかく読んでみないとなあ」というぼんやりした思いも。
    そんなときに、割と好きな作家である橋本治さんの本で、「三島由紀夫とはなんだったのか」という評論本があることを知りました。
    「その本は読んでみたいなあ」と思い。そのためには肝心の三島由紀夫を読まなくてはならない。どうやら、「仮面の告白」「金閣寺」「潮騒」「豊饒の海1」「豊饒の海2」あたりを読めば、「三島由紀夫とはなんだったのか」は、読めるらしい。

    と、いう訳で、「仮面の告白」。1949年、昭和24年、三島由紀夫さん24歳のときの小説です。この人は、昭和の年号と年齢が同じなんですね。

    文庫本238ページ。短い、自伝的な一人称の小説です。これがまた、なんともスゴイ小説でした。面白かったかどうか、と言われると、まあ、面白かったです。好きか嫌いか、と言われると、微妙です(笑)。

    ホモの、ゲイの?若い男性の話です。
    と、まあ、そう言っちゃうと真面目なヒトからは怒られそうですが。でもまあ、そうなんです。
    ホモ、と言っても、実際に男性同士で性行為をしている訳じゃないんですが。精神的なホモ、とでも言いますか。
    主人公は(恐らくは三島さん自身が)、高級役人さんの家に生まれたお坊ちゃんなんです。
    蝶よ花よで女中がついて育てられ、生まれついて、病弱なというか、体が弱い人でした。学習院の小学校~高校に通ったみたいですね。とっても学業優秀、東大に進みます。

    で、この主人公が、中学生時分くらいからですね。
    若干、性的に倒錯趣味を持つと言いますか。要は、ちょっとグロイこと。血とか。死とか。それから、何よりも、同級生の男子の逞しい肉体とかに、性的興奮を覚えるんですね。
    ただ、だからと言って、実際に具体的に倒錯的行動をしてしまったり、犯罪したりはしないんです。
    あくまで、内面の話。つまりは、そういうことの妄想で、自慰行為したりする訳ですよ。
    いやあ、これぁ、凄い小説だなー、と(笑)。
    でまあ、もちろん、いくら戦前だってナンだって、そりゃ、マズいことだし、恥ずかしいことだし、ヤバいことな訳です。
    まして主人公さんは金持ちのお坊ちゃん、健全な市民家族ってやつの一員ですから。色々いっぱい本も読んでますし。
    主人公は自分で、「こりゃマズい。こりゃ、隠さないとマズい」って自覚する訳です。
    勿論、あくまで本人の内面の話なので、まあ何も行動に起こさずに、黙っていれば隠せるわけです。
    なんだけど、本人の中では、凄く葛藤する訳ですよ。「なんで俺はこうなんだろうか」って。

    …と、言うようなことが、執拗にして華麗な比喩と言い回しに満ちた、美しい日本語で、綴られるわけです。
    ねちっこく描かれます。

    「中学生くらいの頃に、筋骨たくましい同級生の男子が、体育の時間に鉄棒をする。その肉体と、その腋の下の腋毛のありように、如何に己が恍惚としてしまったか」

    というようなことが、もう呆れ返って爆笑するしかないくらいに、描写され... 続きを読む

  • 好みの男の子を傷つけ、その苦悶する姿を想像し、
    それをオカズに…とか変態告白しすぎだろ
    自己分析が面倒くさい

  •  ものすごく簡潔に言うと、同性愛者である主人公の青年が、女性との恋愛を試みる話。女性に対する不能を自覚し、社会に適応しようと孤軍奮闘する苦悩は、計り知れないと思う。

     今やLGBTという言葉が世界的に認知されているが、この小説が書かれた昭和25年には無論そんな概念は存在しない。男に生まれたからには、20を過ぎれば女と結婚し、子をもうける以外に選択肢もない時代。当時どんなふうにこの小説が世間に認知されていったのか、すごく気になるところである。
     なぜこの小説が三島の代表作となり、長く読まれ続けるのか。その理由は、誰しも身に覚えがあるだろう「自己欺瞞」にあるのではないかと思う。世の中、本当はやりたくないけどやる、社会が許さないから、なんてことばかり。人間は社会的な生き物だなあと、つくづく思わされる作品でした。

  • 何というか、読む前の三島由紀夫のイメージは、生真面目で優等生で、カチカチに硬く重厚感があり、大胆で大味な、そんなイメージだった。
    けれど開いてみれば、緻密で繊細な文章と、儚くも一種物悲しくなる際物の感性とがあり、彼が生涯を通して自らのマイノリティに苦しんだだろうことがうかがえる。
    彼をずっと身近に感じた。

  • なんて華麗な臆病な仮面。自分の心を覗くのを恐れるあまりに自己の意識さえ注意深く、厳重に蓋をしてしまって、主観で考える自分と客観的に批評する自分、未来への期待と心の幾層も深める自分とでぐちゃぐちゃになっている性の苦悩をこんなに繊細に書いているのをただ感服するしかない。

  • 言葉ってこんなに豊かに語ることができるのかとひたすら感動してしまった。主人公が肉体に惹きつけられる場面など、文章の厚みに圧倒され、ひととき自分が主人公と一体になってしまったかのような感覚に陥る。あまり幼いときに読まなくて正解だったかもしれない。

  • 中学以来の再読。
    まえ読んだときは、妖しく美しい文章が巧みな男色家が書いた小説だと思っていたが、今こうして読んでみるとこれはそんな簡単に言い表せるのものでは無くなっていた。
    文章の比喩の美しさには又しても圧倒させられたが、これ程、自分をさらけ出した小説が他にあるだろうか。徹底的に己の欲望を見つめ、それに対しての姿勢をこれ程までにリアルに描ききるとは。またこれは三島由紀夫という人間のその後のあり方を予見するように、肉への憧れ、生命に対する渇望がありありと書き記されている。そして彼は肉体を鍛え、最期には己の体を引き裂いて死んでいったが、まさしく彼は憧れのものになって死んでいったのかもしれない。

  •  とんでもなく贅沢な本だった。
     なにが贅沢ってもう三島由紀夫の艶麗な比喩表現がふんだんに使われた描写の数々。だが気をつけろ、その艶やかな言葉で語ってるのは腋毛のことだ。

     腋窩萌えはわからなかったけれど、その他はいろいろと共感してごちそうさまであった。近江君の白手袋エピソードには大変ときめいた。指と指が触れ合った時の感触とか、倒れる間際に見詰めて愛が伝わったと感じることとか。青春の感じが大変おいしい。

     男色の告白と言うより、悪徳というか、反逆というか、悪い事に惹かれてしまう性質についての告白だった。園子と終わった後の付き合いからは、申し訳ないと思って尚悪事に他人を巻き込もうとする人の卑しさが感じられた。

     戦時、戦後の混乱も率直に描写されていてつらかった。

  • 読み難いけど、とりあえず114ページ目まで読んでみて
    びっくりしました・・・くらくらした・・・


    ミシマの小説を読むのは初めて。
    ブックオフで安かったので『仮面の告白』を購入。

    僕がこれまで知ってたこと
    ・自決したこと
    ・後年、ボディビルで体を鍛えてたこと
    ・10年前ぐらいに、生前の三島のインタビュー映像をNHKでたまたま観たんですが、玉音放送を聴いた時は残りはオマケ人生、的な・・・。それまで戦争で死ぬつもりで生きてきたのに、戦争が終わってショックを受けた、と。
    ・三島21歳、太宰37歳ごろの時に、太宰に会ってケンカを売ったこととか

    その程度の知識だったんですが、
    『仮面の告白』を読んだら全部納得できました。


    前半は超絶読みにくい。
    っていうのは、三島はほんとスーパー頭いいから
    何言ってるのかさっぱりわかんない。
    いや、言いたいことはわかるんだけど表現が難解。
    同じとこ3回は読み直さないと
    前半は何言ってるのかよくわからない。

    114ページ目を境に、後半は読み易いです。
    そして面白いです。

    まあガチホモっていうか
    クローゼット・ゲイと倒錯した話(行為はない)。
    で、私小説というか三島の自伝的内容。

    『仮面の告白』の「仮面」の意味ってふたつあると思ってて
    ひとつはそのまま、仮面をつけてる・・・ゲイであることの告白。
    もうひとつはフィクション、虚構という意味の仮面。

    それまでミシマに対して、全然そう思ったことはなかったけど
    言われてみるとゲイっぽいですからね・・・。
    ゲイっちゅうか、薔薇族的な方の・・・。
    あと、「サムライ」とかってやっぱり、
    どうしても衆道を連想させられるし。

    だから、わけわかんなくなってくるんですよ。
    それが114ページ目なんです。
    もしかして『狂い咲きサンダーロード』ってここからきてるのかなあ。


    「煮え切らない人間が嫌い」とかで、そら太宰嫌いやわ!と。
    思想的にも両極だし。
    (ただ、太宰の場合の左翼活動は適当。
    たぶんただのカッコつけでカブれただけ)

    でもこれ、同属嫌悪なんですよね。
    太宰と三島は非常に近いところがある。
    『晩年』と『仮面の告白』を読んだらそう感じる。
    どちらも死ぬ気で書いてるんで。

    育った環境と世代差がたぶんデカくて
    太宰→ド田舎青森の大地主のボンボン、東大仏文科
    三島→東京の官僚エリートのボンボン、東大法学部
    そしてどちらもナルシストだし。

    太田が『金閣寺』について語ってるポッドキャストがあって、それを聴いたら
    『金閣寺』(三島でも中期~後期にさしかかる頃かな?)って
    『仮面の告白』(初期)とかなり近い気がする。
    題材が入れ替わってるだけで。

    太宰も中期は「ふつうにエンターテイメントとして面白い」んだけど
    三島も中期は『潮騒』とかあるしさ。

    『金閣寺』の時ぐらいからだんだんおかしくなってって、
    最終的に、割腹自殺するけども。
    「おかしくなって」っていうか
    『仮面の告白』読んだら、ずっと一貫してるので「おかしくない」んだけどw

  • 恥ずかしながら36歳にしてようやく本作を読んだのだが、かえってよかったかもしれない。
    主人公のナルシシズムやマゾヒズム、倒錯した愛や快楽、妄想、そしてその語り口…今だからこそ拒否反応なく、冷静に興味を持って読めた。
    しかし、これを自伝的小説としてあけすけに世に出してしまう三島。作家としての覚悟がすごいな。

  • 最初はどんだけ性的嗜好を熱く語ってるんだこいつは、と若干引くレベルだった。
    しかし、青年期を迎えて現代よりも同性愛に寛容でない時代に、周りに健常者と見られる為に偽りの自分を振る舞うことと、本来の自分との葛藤を描いており非常に読み応えがあった。
    普通の男に対する羨望と、どう頑張ってもそうなることの出来ない絶望感が伝わってくる文章だった。
    最初の性的嗜好の語りも、後半部への布石と考えると、必要な行だったのかと納得がいった。

  • 思ったより読みやすいんだなあ。

    冷徹に自身をとことん追及しているようでいて、
    実際は自らぶっちゃける形をとることにより、
    他からの指摘に備える防衛本能的な脆さを感じた。

  • 三島由紀夫の小説ということで読んだ。同性愛の主人公は破綻した自分の性癖におののきながらも、友人の妹と結婚しようとするも逃げてしまう。主人公自体も自分の異常さを自認しながらそれに困惑している姿が描かれていた……と思う。昔の純文学は読み説くのが難しく、自分でも正確に読み説けているかは自信がない。三島由紀夫の作品は「潮騒」に続いて「禁色」の次に読んだ。
    主人公は否定しきれない自分の中身を抱えながら、苦悩はせずとも社会に適応できないことを自覚している。
    そんな中、園子という女性は、主人公の根源をつゆ知らず近づいていく。いくばくかの時を重ねて幸福な時間を得ているなか、結婚という答えを導き出されていくものの、それを否定する主人公にはなんと傲慢なことだろう。人を傷つけることで自分が男としての「威信」いわば普通の男がやっていてもおかしくないことを成し遂げた、と自負している。これで自分も社会と同義だと勘違いする。実際には、それは完全な「女遊び」たりえないのだが。
    最終的には結婚には至らぬが、園子という素敵な女性を手にすることはできなかった。それは彼の性癖外なのだから、当たり前の結論ともいえるが。私が気になったことは、あの幸福な時間をも否定してしまうのだろうかということだ。なぜ彼女とともにあることができなかったのだろう。愛の在り方など、つかみ損ねていくしかないのかもしれない。

  • “仮面”で塗り固めた自分に、翻弄され、悩む主人公。その内面の葛藤の描写は、さすがだと思った。
    その内面のみならず、3月10日を含めた戦争期の描写が、鮮やかだった。市井の人々がどのように戦争の最中に生き、生命と向き合っていたのかという点を知ることのできる文学作品としても、素晴らしい作品だと思う。

  • ゲイのエリートオナニスト少年が少女を愛し、成長と共にそのマイノリティを自覚し葛藤するようなお話。

    幼少期から少年の性の目覚めのくだりがいやに緻密で、おもしろい。
    汚穢屋や兵士の汗への憧れ、天勝の女物のきらびやかな衣装、ジャンヌ・ダルクが女と知らされた時の倒錯……セバスチャン殉教図はその後ずっと「わたし」にとってのマッチョな肉体賛美、そしてその肉体を貫かれる殉教の恍惚をしめすものとなる。
    ここの流れは、あまりに出来過ぎてるくらいだ。

    こういう論理的な淀みない流れの完璧さが三島の文章なのだろうけど、うまく行きすぎるのが時に白々しい。もともとあまり得意ではないが、この『仮面の告白』は読んでいて時にヘッセの『デミアン』を彷彿とさせた。

    しかしながらやはり、独特の感触。理の計算とリリカルな奔放さが混じりあっているような。嫌いじゃない。

    園子の靴のひもを結ぶというつたないアプローチの描写にぐっときた。
    今の世なら「実はゲイなんだよ」とでもカミングアウトすれば、園子への愛も歪にならず友情を築けたのではないかと思う。
    思ってみるが、カミングアウトしたらしたで興ざめにちがいない。秘密=制限は重要。

  • あまりに饒舌に語られる心象。
    一般に、人物の内面を抽象ばかりで表現するのは安易だ。
    しかし三島の描写は、その「抽象」が、的確な語彙を持って、整然と語られるので、むしろ深い共感を引き起こす。これは三島の観察、それも自分自身の心象に対する、言葉による観察の精密さによるのだろう。

  • 三島由紀夫の原点。三島ファンなら必読の書。

  • 面白かった。勃起のことはerectio、ワキ毛のことも「腋窩に見られる豊饒な毛」など、生真面目な文章で内容はなかなか笑える。
    きっと天然ぼけ性質なんだろうけど、いたく真面目で繊細な主人公。はじめはノンフィクションとおもって読んでたけど、もし三島自身のことなら、ここまで恥ずかしいことを作品にしないだろう・・・ともおもう。自分のことなら本当の意味で「仮面の告白」だ。

    それにしても73ページのワキ毛の描写は秀逸だ。

  • 20歳のころ、海外小説ばかりを読んでいた当時、はじめてこの小説を読んで「日本にもこんな近代小説があったのか」と驚いた。いかにも近代的だ。

  • 読み始め、同性愛に気付いた少年の苦悩の話かと思う。

    中盤、同性愛と異性愛の狭間で揺れる青年の苦悩の話かと思う。

    後半、読み進めるにつれ、「自己」というものの不確定さに
    翻弄される一人の独白だ、と気付く。

    半私小説的な小説という理解ということだけれど、
    たしかに三島自身が感じていた、
    生き辛さとか、「ほんとうの自分」を自分では知っているようで
    実際にはいつになってもそれが分からない、という焦燥感が描かれていて、この当時は中二病なんて言葉もなかっただろうけれど、
    自意識が強すぎたんだろうな、と思う。

    でも、この類の文学は、自意識過剰な人にこそ書けるものなのだと思う。ひとつひとつの表現の隙のなさ、美しさはとても素晴らしいけれど、これもまた自意識過剰なゆえ、ともいえるのではないか。

    とにもかくにも、金閣寺につづき彼の内へ内への探検小説は、
    とても好きです。

  • 今のところ三島作品では一番好きだと思っています。

  • 自らを偽り生きる姿に共感を覚える。

  • 「仮面の告白」は文学を一言で言い表している。

    いくつもの仮面を持って生きている人間。
    これが素面と言ってみても
    それも、一つの仮面でしかない。
    だから、毎日の生活は文学に他ならない。

  • 三島再読第十弾。
    秘めたるホモセクシャルであることの告白の体裁だが、それは表層的なストーリー。ただの秘密告白では、こんな傑作にはならない。

    ところで、昔読んだ本をもう一回読む楽しさは、当時の感覚との比較。当時の感覚の記憶は曖昧だが、当時の自分が傍線を引っ張ってくれているので、面白い。
    こんなところに傍線があった。

    「私には未来が重荷なのであった。」
    「少年期の欠点は、悪魔を英雄化すれば悪魔が満足してくれると信ずることである」

    というこのブクログレビューも、数年後にこれ自体を再読しているだろう自分に向けてのものでもあり。ナボコフのいう未来回想というやつだ。

    十冊きたので、三島再読は終了。今年もあと二ヶ月、何を読んでしめくくるか。。。

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