花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

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著者 : 三島由紀夫
  • 新潮社 (1968年9月17日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050027

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 憂国:1961年(昭和36年)。
    華族の末裔で、東大法学部卒で、同性愛者で、ボディビルダー。自衛隊にクーデターを促す演説を行い、失敗とみるやその場で割腹自殺。個性派ぞろいの文豪集団の中でも、三島由紀夫は飛びぬけて強烈なキャラクターだ。軍服姿で拳を振り上げる三島の姿から受ける印象は、皇国主義者あるいは極右といったところか。

    『憂国』は、そんな三島の自画像ともいえる作品だ。大義のために自死を選ぶ陸軍中尉の決意は悲愴かつ勇壮で、国粋主義者ならば「これぞ日本男児の鑑」と感涙にむせぶことだろう。

    しかし、あまりに凄絶な切腹の描写が、観念的な大義の是非など何処か彼方に吹き飛ばしてしまう。これを読む限り、三島にとって政治信条なんて本当はどうでもよかったのではないかとすら思える。彼の関心はあくまで滅びの美学にあり、国粋主義はその美学を際立たせるための舞台装置に過ぎないのではないだろうか。

    肉体が損傷され取り返しのつかない状態になってゆくプロセスを、ここまでねっとりと、エロティシズムさえ匂わせて描ききった作家を私は他に知らない。禍々しさを通りこして、ある種の神聖さすら感じるほどだ。私は『憂国』を読むたび、ベルニーニの傑作「聖テレジアの法悦」を連想する。脳が耐えうる閾値を超えた苦痛は、もはや快感と区別がつかなくなるのかもしれない、と錯覚させられる。

    こういう作品を書いてしまった人間は、ああいう最期を迎えるよりほかないのかもしれない。クーデターが頓挫したから切腹したのではない、切腹したかったから頓挫するような計画を立てたのだ。三島由紀夫という人は政治運動家ではない。思想家でもない。生来のパフォーマーであり、表現者であり、生と死のあわいに異様なまでに執着した生粋の芸術家だったのだ、きっと。

  • ◆学生時代に『仮面の告白』をなんとか読了して以来の三島。あの頃見えなかったものが見えればよいと思いながらの読書。
    ◆多彩な短編群に舌を巻く。面白くもシニカルにも美しく書き上げるも自由自在の感がある。自決でこの才を失ったのがあまりに惜しい。
    ◆どの短編にも基調に失望が漂う。強く求める理想や美学は、ありふれた現実に堕ちてしまう。〈詩〉が現実ならば〈詩〉とは言えない。〈詩〉は現実ならざるものだから美しく孤独なのだ。両立はならない。
    ◆唯一趣を異にするのが「憂国」なのではないか。大義と死をもって現世の〈詩〉が完結する。
    ◆芥川の自死に際して、「文士の自死は認めない、私が認めるのは武士の自決のみ」という由の言葉を残しているようだが、「憂国」の武山中尉の死は、目的を達成するための軍人の死とは思われない。そして三島の死も。自らの内にある〈詩〉を守るための死ではなかったか。残念だ。
    ◆「憂国」で美しいと特に感じたのは、麗子が墨を擦る場面と、武山の死後、火鉢の埋み火を消し、玄関の鍵を開ける場面。
    ◆好きだったのは、「花ざかりの森」「詩を書く少年」「海と夕焼け」「女方」。「花ざかりの森」は自作解説で三島は愛せないと述べているが、私はとても好き。「憂国」よりも。世界はそんなにたやすくは〈詩〉にならない。世界はもっと複雑で、その苦悩によってある視点から見ると七色に輝く。私はそう思うから、求めて失望を繰り返す「憂国」以外を支持したく思う。

  • 『憂国』はまさに三島文学の真骨頂という感じです。
     他の誰にも書くことはできないでしょう。
     外国人にも書くことはできないでしょう。
     日本人の、三島にしか書くことができなかった小説です。

     物語というようなものはほとんどないと言っていいと思います。
     226事件という状況設定と、あとは単に切腹の様子を息の長い描写で描いたものとも言えます。しかし、描写だけで、そこに深い意味を浮かび上がらせているのはさすがです。

  • 『憂国』が凄すぎる。この一言につきますね。
    もちろん、『花ざかりの森』を当時16歳の三島が書き上げたっていうのも凄いけれども。

    「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのやうな小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編をよんでもらえばよい」

    と三島由紀夫自身が言っているが、そのとおりだと思います。

    とにかくこれさえ読んどけば三島由紀夫読んでるとのたまっても許されると思う。


    ちなみに、個人的には三島作品の中では『三島由紀夫レター教室』が一番好きかもしれません。

    それについては今度レビュー書きます。

  • リアルな写実がトラウマになると勧められ、興味半分で「憂国」を読んだが、そんな事はなくとても美しく儚く綺麗だと思った。

  • この短編集は「憂国」のためにあるのだと思う。
    他の短編が好きな人には悪いが、作者本人も言っているように、三島由紀夫の集大成は「憂国」だと思わざるを得ない。

    文章の美しさ、まるで覗き見たような、実際に経験してきたようなリアルさは元より、怨念すら感じるテーマ、肉欲、生と死……ほんの短い話の中に、全てが凝縮されていて完成されている。

    というか彼は割腹自殺したわけだが……、腹を切った後にこの短編書いたんじゃ?って思うほど、そのシーンはリアルで怖い。

  • 『憂国』― この30ページに満たない短い作品の中には、三島由紀夫らしい「美」がこぼれんばかりにあふれ、彼の描くあらゆる長編作品が濃厚に凝縮して閉じこめられています。三島由紀夫が死の2年前に編み、自ら『解説』を書いた作品集です。

  • やはりインパクトのある作品は「憂国」。
    文章だけで背景や雰囲気や表情、さらには質感までもがここまでリアルに再現できるのかと驚愕した。
    一貫して静寂な雰囲気を保つことでよりいっそう2人の男女の魂の燃え上がる様が強調されていてスピード感もあり、よかった。
    一般的には死が生を引きずりこむイメージが強いが、この作品では、むしろ激しい生が自ら死を掴みにいくという勇ましさがあり、死の描写すら美しいと感じた。
    自分の体や臓器や命を犠牲にして自分の魂を守った三島氏本人の理想の死に様を書いた作品ではないかとおもう。

  • 海と夕焼と憂国がすき。憂国は帝国時代の日本の精神というか、失われた日本の美しさみたいなもの。淡々とした中の勢いがすさまじかった。
    花ざかりの森はご本人の後記の通り無理に気取ろうとしているかんじで凝り過ぎてて、目指そうとしていただろうものがなんとなくわかる程度。でも語彙がとにかく豊富で美しい。

  • 簡潔ながらも濃密な表現で匂い立つほどのエロスとタナトスを感じる。三島由紀夫の多少現実離れしていようとも理想を追い求めるスタンスは好きだ。人物像から関係性から全てにおいて純度が高すぎて、年を経て改めて読むと辛くなりそう。

    妻が夫の自刃を見つめている際の心情を「硝子の壁を隔ててしまったような」、妻も後を追う際の心情を「今度は自分がその謎を解く」と表現したのは本当に上手いなぁと思う

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