愛の渇き (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.50
  • (55)
  • (113)
  • (216)
  • (15)
  • (4)
本棚登録 : 1361
感想 : 114
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050034

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  日本版「チャタレイ夫人」を掲げるとすれば、三島由紀夫の「愛の渇き」がふさわしいのではないだろうか。未亡人・悦子が、自家の若い園丁によせる心理を見事に描いた三島文学中の傑作である。
     「悦子はその日、阪急百貨店で羊毛の靴下を二足買った。紺のを一足。茶いろを一足。質素な無地の靴下である。
     大阪へ出て来ても、阪急終点の百貨店で買物をすませて、そこから踵を返して、また電車に東ってかへるだけである」冒頭で描く頃の阪急百貨店は昭和十一年完成の第四期ビル(東館)で、一・二期の南館、三期の西館とともにコの字型ビルとなり、コの字の真中に梅田駅があった、と阪急電鉄発行の「阪急沿線文学散歩スケッチ集」にある。
     舞台は、戦後の混乱の余韻がまだまだ残っていた昭和二十四年頃の大阪。当時の梅田をご記憶の読者も多いかと思われる。
      「阪急宝塚線の岡町駅は、梅田から三、四十分の距離である。急行はとまらない。戦災を蒙って大阪から移った人たちを数多く迎えた上に、町外れに府営住宅が沢山建てられたので、豊中市の人口は戦前に倍した。悦子の注まっている米殿村も豊中市内であり、大阪府内である。それは厳密な意味での田舎ではなかった」
     主人公・悦子の住む、当時の関町周辺の描写も、現在近くに住む者にとって興味深い。

    愛とは?エロティシズムとは?

    「愛の渇き」は昭和二十五年に発表された長編小説で、この作品によって三島は流行作家としての地位を固めたと言われている。「仮面の告白」の続編といえるが、内容は全く違っているし、文体もかなり変化している。ただ、「愛の渇き」の主人公と「仮面の告白』の主人公は根本的に同質の人間である。
     三島にとって「戦争の記憶は文学的には全く美的なもの」であったが、戦争が終わり「生きていても仕様がない気がしていた。ひどい無力感が私をとらえていた」という状態の下で「仮面の告白」に着手している。
     主人公の未亡人悦子が「若い園丁にあたえるために、百貨店で靴下を買う発端から、鍬をふるって、かれを惨殺するにいたる結末まで、終始一貫、非のうちどころのない絶望者として行動し、希望という希望を、ひとつ、ひとつ、ひねりつぶしながら」 (花田清輝・解説)生きていく生き方は当時の三島の心境だったのかも知れない。
      「愛の渇き」の題名のように三島の作品には男女の「愛」は不在である。悦1は、愛を求めるかに見えながら、自ら愛を踏みにじっていく。若い園丁は、愛の概念が理解できないほどに素朴である。
    1969年、東大駒場“焚祭”委員会の主催によって行なわれた、三島由紀夫vs東大全共闘の討論の中で、彼はこう語っている。
      「エロティシズムというものは、ある意味で関係じゃないんだ。これは全くのサルトルのいういわゆるワイセツ感でありまして、オブジエから触発される性欲であります。 (略)私は小説家として、エロテイックにのみ世界と関わろうと非常に願っていたのです。そして私の初期の小説は、エロティックにのみ社会に関わっていて大江健三郎とよく似ていたと思うのです」
     三島の作品と大江の作品が似ているとは思えないが、文学の中に性を積極的にとりあげるという点では似ているかも知れない。三島は大江の名前を出す前にロレンスを言うべきではなかったかと私は思う。

  • 内容を全く覚えていない。

  • 純粋さゆえに愛という感情を持たない三郎。作者はこの青年をとても肉感的に描写しています。三島由紀夫の捉える美しさが伝わってきました。

  • 悦子に本当に『幸せな』夫婦生活などあったのだろうか。嫉妬によってしか愛の実感が湧かない彼女に、果たして愛されることが幸福であったのだろうか。いざ三郎に抱かれようとするときに彼女にそれを拒ませたものはなんだろう。

  • これぞ三島由紀夫です。キラキラと輝くような究極の文章が、嫉妬に狂う婦人の精神構造とどんどんと飛躍してゆくさまを論理的に武装しています。予想を覆す展開と結末。どうしてもゆっくり読みたくなってしまいます。いや〜、流石です。

  • 三島再読第5弾。
    初めて読んだ時にはそれほど印象に残らなかった(というか、実際にストーリー以上の記憶がない)けれど、年をとったせいか、味わい深く感じた。。。悦子さんのラストはやっぱり悲しい。

  • 悦子は幸福になりたいと切に願うが、実は、不幸であることを求めていて、それ故、嫉妬心に半ば生き甲斐を感じ、最後、愛した(と思っている)男に襲われて、それを感情とは逆に、拒み、終いには殺してしまったのだろうか。

  • 幸せの実感、愛の実感、確かな、確固たるものの不在

  • 不毛な愛に生きる女性を描いた恋愛心理劇。少し距離を置いて客観的に、シニカルに描写しているのはフランス映画のよう。

  • 愛について回る醜い感情を、登場人物4人によって辛辣に描いた作品。愛に深い価値観を置くことの恐ろしさが透けて見えて背筋が凍る。ただ、それを俯瞰してみると一種の喜劇性も見えて面白い。冷静な人間から見ると滑稽にしか思えない愛憎の様。
    また、「愛の乾き」というシンプルだが強烈なメッセージ性のある題名からも、三島自身の抜群のセンスがうかがえる。

全114件中 51 - 60件を表示

著者プロフィール

本名平岡公威。東京四谷生まれ。学習院中等科在学中、〈三島由紀夫〉のペンネームで「花ざかりの森」を書き、早熟の才をうたわれる。東大法科を経て大蔵省に入るが、まもなく退職。『仮面の告白』によって文壇の地位を確立。以後、『愛の渇き』『金閣寺』『潮騒』『憂国』『豊饒の海』など、次々話題作を発表、たえずジャーナリズムの渦中にあった。ちくま文庫に『三島由紀夫レター教室』『命売ります』『肉体の学校』『反貞女大学』『恋の都』『私の遍歴時代』『文化防衛論』『三島由紀夫の美学講座』などがある。

「1998年 『命売ります』 で使われていた紹介文から引用しています。」

三島由紀夫の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三島由紀夫
フランツ・カフカ
谷崎潤一郎
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×