鏡子の家 (新潮文庫)

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著者 : 三島由紀夫
  • 新潮社 (1964年10月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (630ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050065

鏡子の家 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりに本当に三島らしい小説を読んだ。
    年々と青春から離れていっているので、三島本の読み方も変わってきているが、やはり私の心を捉えて離さない。
    ストーリーはもちろんだが、文章やはこびがやっぱり別格なのだ。
    改めてそんな実感をさせてもらった1冊だった。


    物語は表題にもある鏡子という女性の家に集う4人の青年を中心に進む。
    この4人、生活も性格も育ちもてんでばらばら。このばらばら具合のおかげで彼らは共存できているのだが、干渉しあわないという考えのもとに厭世的に彼は繋がっている。
    わかりやすい一文を引用してみよう。

    【しかし四人が四人とも、言わず語らずのうちに感じていた。われわれは壁の前に立っている四人なんだと。
    それが時代の壁であるか、社会の壁であるかわからない。いずれにしろ、彼らの少年期にはこんな壁はすっかり瓦解して、明るい外光のうちに、どこまでも瓦礫がつづいていたのである。日は瓦礫の地平線から昇り、そこへ沈んだ。ガラス瓶のかけらをかがやかせる日毎の日の出は、おちちらばった無数の断片に美を与えた。この世界が瓦礫と断片から成り立っているとは信じられたあの無限に快活な、無限に自由な少年期は消えてしまった。今ただ一つたしかなことは、巨きな壁があり、その壁に鼻を突きつけて、四人が立っているということなのである。
    『俺はその壁をぶち割ってやるんだ』と峻吉は拳を握って思っていた。
    『僕はその壁を鏡に変えてしまうだろう』と収は怠惰な気持ちで思った。
    『僕はとにかくその壁に描くんだ。壁が風景や花々の壁画に変わってしまえば』と夏雄は熱烈に考えた。
    そして清一郎の考えていたことはこうである。
    『俺はその壁になるんだ。俺がその壁自体に化けてしまうことだ』】


    『もはや戦後ではない』がこの小説の舞台だ。それだけに物語はその戦後の波にのまれてのそれぞれの結末を用意している。
    それがまたおもしろい。
    設定的にもそうなのだが、それが深く掘り下げてゆかれる中でも彼らはけして混じり合わない。ここまでキャラがたっている登場人物が出てくる小説ならば、それぞれの行動や思惑が複雑に絡まり合い、主要な人物以外の登場人物の悲哀すら巻きこんで坂を転がってゆくことが多い。しかし本書ではそういうことが一切ないのだ。勿論友人としての交遊は多少あるが、けしてのその域を出ず影響されない。また後々きく誰かの結末にたいしても”ただ”見送る。
    五つの鍵がはめ込まれて運営の歯車が回り始めるという事はしない。一斉に放たれた存在だが、しかしそれぞれ違う獲物を全く異なった方法により追いかけ、そして違う最後に帰着する。互いになど目もくれないのだ。あくまで彼らは時代の波によりそれぞれの結末にたどり着くことになるのだ。
    面白いよな、三島にとって戦後とはまるでパーティーのような強烈な時間だったのかと私は思った。


    三島の小説って大体そうなのだが、前半は伏線のために設定等の解説をしっかり準備するので退屈に感じてしまう人が多いと思う。ただでさえ文章がくどくてめんどくさいのに、加えてのこのじらしっぷりは苦手と言われても仕方ない。まぁ私はマニアだから大丈夫なのだが、この小説でも第一部よりも第二部の方が格段に面白い。しかし第二部から読み始めても内容はほとんどわからないだろう。これがミシマのとっつくにくさだな。しかしこの伏線が合わさってゆく感じがたまらないのも事実。これはマニアの心理だろうな。
    ちなみに私は4人の中では清一郎が一番のお気に入りだ。破滅信望者のニヒリスト。
    特に紐育での部分が全体的にかなりよかった。
    文章としても藤子とフランクのやりとりのくだり、まつげに雪のところなんて何で無駄にこんな文章綺麗なのって舌を巻いてしまった。
    いや、まいるね。


    そういえば、
    鏡子の洋館、実物があるらしいので一度見に行ってみたいなと思う。

  •  
    ── 三島 由紀夫《鏡子の家 19641007 新潮文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4101050066
     
    …… みんな欠伸(あくび)をしていた。
    ── 三島 由紀夫《鏡子の家 19590920(第一部・第二部)新潮社》
     
    ── 荒 正人・編《新日本文学全集 33 19620327 集英社》三島 由紀夫 集
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JAV42O
    …… 瀬沼 茂樹《戦後文学編年史(02)19620327 新日本文学全集 33 月報》
     
    (20170618)
     

  • 鏡子という女性の家に集まる、四人の青年たちの順風満帆な生の軌跡とその破滅を描く。三島らしい絢爛な文体は抑えめだがその分親しみやすさはある。

    生の実感とでも言うべきものを、拳闘、絵画、演劇、「他人の人生」によって得ようとした四人の青年たち。戦後の一時期には存在した「明日知らぬ」時代の片鱗をもつ彼らが破滅に向かってしまったのは、「日常生活の屍臭」が彼らを蝕んだためか。

    正直やっぱり難しくてよく分からなかった。戦後の一時代の終焉を、峻吉たちの破滅(収は転生とでも言うべき復活を果たしたが)になぞらえたのかなぁとはとは思うけど、それらが具体的にどういうものなのかと聞かれるともう何回か読まないと分かりそうもない。でも600ページもあるからあんまりそんな気にもならない。

    最後の収と鏡子の会話はある種の爽快さがあった。悲劇的な末路ばかりではあんまりだし、ひとつの時代が終わったとしても人々の生活は続いていくわけなので(それ以前とは決定的に生活への態度?が変わってしまったとしても)、この終わり方には救われた、気がする。

  • 鏡子という名前はほとんどないのだろうか。変換してもかなり後にならないと出て来ない。しかし、夏目漱石の妻が鏡子のようだから、昔はけっこういたのか。本書は鏡子の家にやって来る、4人の青年たちのドラマからなっている。それぞれには上り下りがありながら、からみあうことなく過ぎていく。チャンピョンになった夜、ボクサーはチンピラにからまれて、拳が握れなくなる。それに対する、友人の批評は辛辣だ。「どんな偶然にふりかかってくる奇禍であろうと、人間は自分の運命を選ぶものであって、自分に似合う着物を着、自分に似合う悲劇を招来する。」ニューヨークに赴任したその友人、新婚の妻にはたして愛されていたのか。「枕はポマードの油に汚れていて、その汚れがこんな鈍い光のために一そう汚く見える。汚れが汚れのままに照り映えてみえるのである。藤子はそこへ顔を伏せて接吻した。」母親の借金のため、肉体のみならず人格そのものを女に預けてしまう売れない俳優。エスカレートした性的欲求は最後には死をもたらす。芸術家の苦悩を経て神秘思想にのめり込んでいく画家の卵。「まだなんでしょう」と鏡子がなめらかな声で言った。「うん」と画家は赤くなったまま答えた。4人の青年の中で、鏡子と関係をもったのは、この画家だけだったのではないか。離婚した後の鏡子は他人の話を聞くばかりで、自分の行為には及んでいなかったようだ。最後に鏡子の家に別れた夫がもどって来る。そこで、鏡子の家に集まるメンバーは解散となる。だが、そのとき入ってきたのは大きな七匹の犬だった。最後の一瞬で空気が変わる。どうやら、本作品は海外で映画になっているようだ。けれど、日本では公開されていない。なぜなのか。鏡子はだれが演ずるのだろう。

  • 2002.6.3 読了

  • 画家、拳闘家、俳優、サラリーマン、の4人の青年がそれぞれ自分の信念と主義を貫きながら時代を生きていく話、それぞれで成功を掴み崩壊していく。青年時代の不完全さとそれぞれの信念が行き着く先の運命で、死んだり傷ついたり崩壊したり…。

    面白かった、単純に好みだった。

  • 物語は退屈だが、文体や表現の美しさは十分堪能できた。こういうのが所謂小説なんだよな~。最近の文芸書は似非小説ばかりで本物の小説が少ないなぁ。

  • 「しかし四人が四人とも、言わず語らずのうちに感じていた。われわれは壁の前に立っている四人なんだと。」

    鏡子の家に集まる四人の主人公はお互いに深く干渉し合うことなく、各々が各々の前に屹立している壁にそれぞれのやり方で挑んでいく。その四人の主人公は明らかに三島由紀夫の分身である。分身たちの行き着く先が三島由紀夫の未来を暗示していて面白いのだが、興味深いのは清一郎と夏雄だ。彼らは、夏雄が途中で神秘思想にはまるとはいえ、最終的には収や峻吉のような破滅的な道には至らない。そこに果てしないニヒリズムが漂っているとしてもだ。となると少なくともこの時点では三島由紀夫自身にも破滅以外の選択肢があったといえるのではないだろうか。個人的には奥底に宿る破滅思想を隠しながら凡庸に生きようとするシニシスト清一郎が『鏡子の家』執筆時点での三島由紀夫に一番近いと思う。
    「・・・・・・やっとのことで
    ブラジル人は目の前で二本の蠟燭を合致させた。その瞬間にブラジル人は射精した。見物人たちは一せいに、「おお!」とばかげた叫びをあげた。」
    この滑稽さに耐えられなくなった結果、奥底に潜んでいたものが殻を破って世間に姿を現したのかもしれない。

  • 『この世界がぶよぶよした、どうにでもなる、在ると思えば在り、ないと思えばないように見えるという病気から治ったの。

    この世界はこれでなかなかしっかりしているんだわ。職人気質の指物師が作った抽斗のようにきちんとして、押しても突いてもびくともせず、どんな夢にも蝕むことができないようにできているんだわ。

    私がこれから信じることにした神様の顔を見て頂戴。赤いらんらんとした片方の目には服従と書いてあり、もう片方の目には忍耐と書いてあり、大きな二つの鼻の穴からは煙が出ていて、その煙が中空に希望という字を描き、だらりと垂れた大きな舌は食紅を塗ったように真赤で、そこに幸福と書いあって、咽喉の奥には未来という字が浮かんで見えるの。』

    何があっても決して助け合わないと同盟を結び合った四人の青春物語。

    良かった。

    頽廃した思想があるだけでもあの時代は文化的に優れていたと思う。思想のない文化的頽廃の中で生きざるを得ない現代よりはましだ。くだらないsnsで表面だけ善良な事物で取り繕っただけのくだらない腐りきったつまらない表現に毒された時代よりはさ。

  • 三島由紀夫の折り返し地点における集大成。物語としての面白みには欠けるものの、作者の好む男性像が4人の人物に具現化されており、三島ファンにとっては非常に楽しめる作品です。

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