- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101050096
感想・レビュー・書評
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恋愛なんてものは頭の中で起こっていることが9割で、現実に起こっていることは1割で成り立っている気がすると思いました。客観的にみるとこんなに相手をコントロールすることに夢中になってるのかと。それはお互い息苦しくなるのも当たり前。恋愛ものの物語を読んでも、現実の恋愛でも時間が経つと息苦しくなる理由がわかりました。
ただしこの本の内容はどちらかというと滑稽さが強調されている。相手の行動を一つ一つ期待して、それが叶えられなかったときの大袈裟な嘆き。不必要なほどに悲劇のヒロインになりきって酔いしれること。
どんなに熱い恋愛の渦中にあっても、男と女は本質的にわかりあうことはないのだ、というのはダブルファンタジーだったか浮雲だったか、ここでいうわかりあうっていうのは、相手が自分の望んだ反応をしない、ってことなのだと理解しました。つまり用意しすぎなのだ。こちらがこれを言ってこういう反応が返ってくるはずだ、って延々と考えているからずれが気になるのだ。
蟲師に出てきた女の子みたいに、毎日死んで生まれ変わるくらいの新鮮な気持ちで生きたいものです。
5/12/2021詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
美しい文章とはまさにこのこと。
ドロドロとした不倫をこうも上品に描けるのか。
名セリフだらけ -
これぞ純文学て感じ。 文章がとても洗練されていて題材も嫌いではなく作者の才能を疑う余地の無い作品だが如何せん難しい(苦笑)。 章が細かく分かれているから何とか維持で完読。 異常なほど読むスピードが遅かった。 僕にはまだ理解する能力が無いとこを痛感したが、素晴らしい作品だという事は解る(気がする)。
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普段の生活の中で、一瞬だけ垣間見える感情をしっかりと掴み取って描かれている小説。世間一般で堕落と呼ばれる行為をこんなにも美しく正確に、また耽美なだけではなくて、しっかりと現実を描いている。自制の利いていた序盤から、中盤以降は主人公の感情は嫉妬で思うがままに蹂躙され、理性は思考を捻じ曲げて自己を正当化せずにはいられない。こんな女性は哀れであるが美しい
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10代の終わりまたは20代にさしかかったところで読んだ金閣寺は面白く軍服を着て割腹した人のイメージよりはずいぶん普通の気がしたが、寂聴とキーンさんの対談で褒めちぎられていた「禁色」があまりにも小説の中に小難しい持論の盛り込み過ぎに、いや、わたしの脳みそでは理解できないから・・・と腰が引けてのこちら。
耽美的といわれればそうだろう。
解説による(当時にとっての)現代の谷崎潤一郎だ、というなら・・耽美とは男女の絡みに終始する言葉なんでしょうか。美=性なの?
清廉で聖母のようになにもかも受け入れる、マリア像を思い浮かべるとわかるように大きく手を広げて「さあ、眠りなさい」ということなんでっしゃろ?でも相手の描写がほとんどないので、ひとり取り相撲に見える主人公の美しい恋愛。
わたしには三島氏があまりにも金銭的にもお家柄的にも恵まれすぎて、そうならマザーテレサのように家を捨てて慈善に尽くせば、極貧に至り、地を這い血を吐くような労働でもすれば割腹なんてしないで、人生に暇もなくて(貧乏ヒマなしな日常なら)死に見せられることなどなかったんじゃないかなぁと思うほどに、なんかー。暇なんだなぁ・・・とこの本を読んで思った。
解説を読んでなおさら、なるほどねー、とわたしとそれら耽美派?の知識人、文筆家に無縁の衆生きとカテゴライズされるのみだと思った。
谷崎文学もよくわからないので、なんとも言えないけれど、それともぜんぜん違って彼はとにかく満たされ過ぎでどんどん強い刺激を求めこんな本を書いたのかぁと思った。
朝っぱらから読んでもぜんぜんドキドキしない自分にも、もうおばさん毒が回りすぎなのか、この本がつまんないのか、と小首(太首か?)をかしげる次第。
文章のうまさとしては問題なしか。スラスラ読めた。 -
初読
まぁなんという美文
良家の子女であり妻である節子夫人のよろめきライフ
夫の子を身籠れば愛人との逢いびきの邪魔になるからと手術し
その愛人の子も2回身籠る。2回目はまさかの麻酔なし!
しかしドロドロも葛藤も無く悩みもあくまで美しい
ラストは読む前から多分そうなんだろうなぁと予測した通り -
美徳はあれほど人を孤独にするのに、不道徳は人を同胞のように仲良くさせると。
節子は海や日光や風や、すべて官能に愬える自然が好きだったから、忍耐や親切という言葉に、おそるべき人工的なものを見た。
彼女がこの年になってはじめて知ったことだが、嫉妬の孤立感、その焦燥、そのあてどもない怒りを鎮める方法は一つしかなく、それは嫉妬の当の対象、憎しみの当面の敵にむかって、哀訴の手をさしのべることなのである。はじめから、唯一の癒し手はその当の敵のほかにはないことがわかっている。自分に傷を与える敵の剣にすがって、薬餌を求めるほかはないのである。
われわれが未来を怖れるのは、概して過去の堆積に照らして怖れるのである。
考えること、自己分析をすること、こういうことはみんな必要から生まれるのだ。
自然はくりかえしている。一回きりというのは、人間の唯一の特権なのだ。
世間を味方につけるということは奥様、とりもなおさず、世間に決して同情の涙を求めないということなのです。 -
三島由紀夫って男と女の人生両方を生きてるんじゃないだろうか。
そう思わせるくらい彼の恋愛における心情描写は巧みで繊細。言葉選びの美しさもずば抜けている。
主人公の人妻、節子の浮気の話。ただそれだけ、そんなありふれた背徳を丁寧に書いて感情のよろめきを精緻に紙の上に著せる力量。
三島が書けば何でもこうなってしまうんだろうなぁ -
姦通を泥々した背徳ならず、聖なる美徳にすら感じさせる。作者にとっての美の高みを感じる。13.12.20