- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101050157
感想・レビュー・書評
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★★★
13歳の登は、隣の母の部屋への除き穴を見つける。
父は5年前に死んだ。母の房子は33歳の女盛り。
そして目撃した、母と船乗りの竜二が抱き合う姿、刹那に響き渡る汽笛。
その瞬間は登にとって人間の美の頂点というべき特別な光景だった。
竜二は一見寡黙だが内心に大仰なロマンスを持ち合わせていた。
登は竜二に理想の男の幻想を見る。
登には”首領”を中心とした、メンバーを番号で呼び合う仲間たちがいる。
首領は少年たちに、残虐性を孕んだ美学、哲学を説く。
竜二は房子との結婚のために船を降りる。
そこここで見え隠れする小さな違和感。
竜二が普通の男になることに自分の美学が崩れた登は、
”首領”の先導により少年たちと共に、竜二を洞窟へと誘う。
少年たちはその幼い手に、麻酔やナイフを持っていた…。
★★★
前半「夏」は、男と女が出合い、少年の危うい思春期を示し、そして別れによりギリギリに保たれた理想の描写。
後半「冬」は、理想の瓦解。
母の恋人に殺意を抱きますが、マザコンとかオイディプスコンプレックスとかではない、あくまでも自分が理想とする男の幻想が崩れることを防ぐための怒りが原動となっている。そして三島自身の、自分自身である少年に殺されたいという欲望も含んでいるそうな。
しかし登の殺意がなくても、竜二自身にも迷いがあり、このまま結婚しても常にどこか別の所を見る生活だったのかな。竜二と房子が完全に幸せな状態でないように書いたのも、危うい均衡を保っていると思う。
≪以下ネタバレ≫
三島由紀夫のノートによると、小説の終わった後に、少年たちの解剖シーンも準備していたようですね。
前半で自分たちの理性の訓練のために猫を殺し解体することとつながっているようで。
しかし前半の猫でその可能性を示し、後半はここで辞めたのはよかったと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
狂気と思想の衝撃が凄まじい。
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一昨年、2020年は三島由紀夫没後50周年ということで、何か読みたかった。新潮文庫版『禁色』の、解説が追加された新版が出ていて、図書館になかったのでリクエストしたところ、司書さんに「96年に出版されたものならございますが…」と言われた(なぜか検索機に引っかからなかった)。無駄遣いさせるのも嫌だしリクエストを取り下げようとしたところ、解説が追加された旨を理解してくれて「せっかくなので、一応、会議にかけてみますね」とのこと。
後日、『禁色』は入っていて良かったのだけど、新入荷本は結局みんなガンガン借りていくので、リクエストした私がなかなか借りられないという図書館あるある笑。でも、リクエストした本が誰にも借りられないよりも、多くの人が読んでくれるのは嬉しいですね。
『禁色』がなかなか借りられないので、手持ちの『午後の曳航』を読むことに。持ってるのは以前のオレンジ色と灰色の明朝体のやつです。
『午後の曳航』の感想をネタバレしないように書くのはとても難しい……読んだ方はわかると思いますが、私が読むとけっこうショッキングなエグい描写があって、かなり気分が悪くなりました……。
三島由紀夫の本で私が読んでいるのは『仮面の告白』と『金閣寺』のみ。だいぶあとになって、『ジョーカー』や『タクシードライバー』、それから実相寺監督作品は、三島や『金閣寺』が元になってんじゃないの?と気づいたので、読んでいて良かった。
このふたつを読んだ際に思ったこと。
三島はスーパー頭が良くて、良く言えば「絢爛豪華な文章で…」だけど、悪く言えば比喩や修飾語をこねくり回すから、読みにくい。けど、難解な部分と平易な部分をちゃんとコントロールして書いている。スーパー頭が良いから。
でも、『潮騒』や『午後の曳航』なんかは読みやすいんじゃないの?と思ってましたが、想像どおり、読みやすかったです。170頁ほどで短いのも良い。
お話は、女とその息子と、船乗りの男の3人の話で、よくある恋愛ものや家族ものの形をとっている。けど、『金閣寺』と話の構造がほとんど同じなのにびっくりした。美を象徴しているものが金閣寺であり、この作品の船乗りの男。
三島は船乗りの格好をして歌を披露したことがあるそうだけど、男の姿は三島と重なる。船乗りという職業=小説家と読み替え可能。海と陸の対比で、海というのは三島にとっての戦争でもあると思う。一般大衆が海外旅行なんてできない時代、理由は戦争の為ではあるが、兵隊たちは海外に行った。
戦後、まだ日本がGHQの占領下にあった1951年から三島は海外旅行をして世界を見て回った(『アポロの杯』)。海外に行きたくて行きたくてしょうがなかったんだろうね。
その後、ギリシャ劇の影響で書かれたのが『潮騒』。この『午後の曳航』にも、ギリシャ悲劇の影響を感じる。具体的に書くとネタバレするから書かないけど。
もうひとりの主人公、女の息子。彼も三島の分身ぽくはあるけども、東大全共闘と討論会で対話したことを連想した。息子=当時の若者。三島由紀夫がもし戦後に生まれていたら、彼も全共闘側になってたんじゃないかな?と思う。
『金閣寺』と構造が同じで驚いた、と書いたけど、唯一違う点はやはりラスト。ここに三島の心情の変化が表れていると思います。(溝口と船乗りの男は逆の立場にもなっているけど)
三島は論理的な構造の小説を書くので、話の構造しか語らなかったけど、主人公3人の心理描写がとても細かくて、この点はすごく面白かったです。
短くて文章も読みやすく、三島由紀夫を理解しやすい作品なので、最初に読むならお薦めかもしれません。エグいけど。 -
エディプスコンプレックスと「恐るべき子供たち」を例に出すのは凡庸過ぎるか?だとしても1963年の時点で「猫」と「凶行」を関連づけた三島由紀夫の視線に驚く。
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「血が必要なんだ!人間の血が!そうしなくちゃ、この空っぽの世界は蒼ざめて枯れ果ててしまうんだ」
世界の不整脈が、少年を震わす。
窒息しそうな恐怖。
成長とは、腐敗することか?
海を見る。
許しうるべき、光る黒い蒼を。
「あしたはお天気だろう」 -
三島由紀夫の文学について語られる時について回る物語の復権について、個人的にはあまり興味がない。なので、まるで古典から参照したかのような登場人物たちの造形にはへぇとしか思わない。ただ、この作品で現実とのリンクとして少年法が語られた時には唸った。
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言葉が美しい…
初めてそう思ったかもしれない。
少年たちの13歳とは思えない会話に少し
笑ってしまった。
ただ、内容は笑えない、凄まじく深く、複雑な思考の中を覗き込んでいる感じ。
色々と思うことはあったけど、それを言葉にするのも難しい。だけど、三島はそれを言葉にできる文才があるんだと知らしめられた… -
少年らに秘められた狂気性の暴発。三島文学の隠れた名作。登にとって男性的完璧性を具えた隆二と母としての神聖さと女性の甘美さを兼ねた房子が目合う姿をみることは、憤怒と背徳を齎すある種の恍惚であったのかもしれない。そうした屈折した少年の性質は、毎夜外側から鍵をかける家庭環境の細微に描かれる。自己正当化を試みながら、冬の午後の淡い陽を浴びながら首領に曳かれ子猫と同じ価値観で義理の父を殺める終幕で本作の美と狂は頂点で結実する。
あまり有名な作品ではないが三島由紀夫氏の天才さを感じさられる。 -
三島を初めて読むという人は「金閣寺」でも「潮騒」でもなく、「午後の曳航」を読むべきだと思う。
くどくどとした描写が少なくボリューム的にも読みやすい。それでいて三島らしさはしっかり。
「豊饒の海」の執筆、自決へと繋がる重要な作品だと思う。
おすすめです。