奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)

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著者 : 三島由紀夫
  • 新潮社 (2002年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (515ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101050225

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奔馬―豊饒の海・第二巻 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 春の雪のような、夢の話が漂う印象はなくて勲の話。
    熱いくらいの思想を清顕も勲も持っていたけれど、
    私がなぜだか気持ち穏やかになれるのは、二人とも純粋だからだろう。

    三島さんの文体は、ぼうっと情景が浮上する感じがするから不思議だ。

  • つまらない。途中で挫折。

  • 「春の雪」の松枝清顕とは異なり、飯沼勲はまさに奔馬のような勢いを持つ青年。彼が持つ右翼思想の美学、それが高められた結末は三島の最期と切り離せない関係にあるのではないか。
    輪廻転生についてはこの巻でどんどん謎を帯び、深みが増していく。

  • 激情の波。純粋は、今度は環境と「出会って」「直面して」、喪われるまえに死んだという印象。

  • 1巻とは趣が異なるがそれぞれに素晴らしい。明治から昭和へ、純粋で一途、厳しくも美しい物語で、格調高く読み難い文章ながら引き込まれる。何たら大賞などがバカらしくなってしまう内容。今風の流行作家には発想すらできないであろうこれぞ文学作品。

  • 一巻より面白かった。導入の本多の退屈な日々や神風なんとかの本の内容が延々と続く苦行は辛かったが後半でようやくブーストがかかる。
    特に裁判での耄碌じいさんと槙子の証言が愉快。槙子の驚くべき離婚の経緯とは!?と勿体ぶった流れに何かと思ってみれば不倫三昧の配偶者に憤怒しただけという。現代では黙って堪える方が奇妙なので、当時と現在の価値観の違いが窺える。
    皇室カルトの終点は北朝鮮なので勲の主張は眉唾物だが、というか勲は切腹にこそ重点を置いていて実のところ天皇自体も切腹を敢行するためだけの尤もらしい理由の道具として使っているように思えた。蔵原に対して、うっかり小枝の上に座ってしまっただけというギャグじみたことを殺し文句にしてるあたりにも、切腹というエクスタシーを得るためのわかりやすいアイコン的な役割を悪や天皇に投影したのでは。そこにあるのは思想や信念ではなく、性的嗜好のような快楽だと思う。

  • 初読では、やや苦痛な巻。再読するときにしっかり読もうと途中からスピードをあげた。難しかった。

  • 前作の主人公・清顕が転生したのは、性格も容姿もまるで正反対の右翼少年・勲。テロルと自決を夢見る勲にはなかなか共感しづらいが、最後に彼の信じた「純粋」の幻想が次々と打ち破られ、裏切られる姿は痛ましく、なんともいえない読後感だった。

  • とにかく長いね。後半の逮捕されて裁判にかけられている場面でようやく面白くなってきた。

  •  神秘は明るくなければならない。すみずみまで明晰でなければならない。はっきりした法則の側にある神秘なら進んで信じよう。魅惑はかつて自分の裡の遠くで鏘然と崩れ去った。一つの情念が魔的宿命的な力を及ぼす或る種の人間の激情も整然と掬い上げてみせよう。一つの例外もない人間。よしんばその中に生れ変りが隠れていようとも。人間どもの宴がはじまった。

    『危険な贈物。』52頁

  • 20年以上振りに再読しているけど、天人五衰のラストの印象が強いせいか奔馬のストーリーは良く覚えていなかった。その頃は勲と年が近すぎたせいかもしれない。今読んで見ると鮮烈な生を送った勲の周りの大人達の言い訳がましい生き方、妬み、奔馬になりきれない勇気のなさが全く自分に近しいものになっているのに気づく。

  • 昭和ゼロ年代の話。神風連にあこがれて財界の要人を撃とうと計画し、一時は頓挫するも、最後に志を遂げた青年を描く。「純粋」とそうでないものの間で揺れ動いている感じが好き。最後の一行ばかりが注目されるが、裁判も勲・槇子・本多の心理のぶつかり合いが面白く、なかなか読ませられる。

  • 悲壮にして美麗な最終行のためにこの第二部の全ての文章が用意されていたと思える。その表現が燃え上がる炎のごとく私を焼いたのだった。文章の芸術である

  • 豊穣の海とは内容が違い、「奔馬」は風のように馬が駆けるような主人公の純真を描いている。
    1巻の本多は30代で副判事として登場する。
    剣道が強い主人公。
    反乱を計画するが、事情があって中止になる。
    警察に捕まるが、本多の弁護により釈放となる。
    標的を攻撃するために一人で動く。最後は朝日とともに…。

  • 個人的にはこの第二巻が好きで、何度も読み返しています。松枝との別れから飯沼少年との再会(仮)までの本多と、再会後の本多を観るのが醍醐味です。美しさをうらやましく、そしていとおしむ時代。

  • 再読。第二部では清顕の死から18年の歳月が流れ、昭和7年、本多は38歳、裁判官になっている。かつて松枝家の書生だった飯沼の息子でもうすぐ18歳になる勲と滝の下で偶然会い、彼が清顕の生まれ変わりだと気づいて本多は愕然とする。

    正直、この二部目はあまりにも現実の三島の死に様を先取りしていて、読むのが辛い。勲の愛読書「神風連史話」の内容に50P近い頁が割かれているけど、これのどこに感銘をうけていいか幕末おたくの私ですらちょっと引く(※西南戦争が終わるまでが幕末です)。当の三島自身は、幕府の重鎮だった永井尚志(※新選組の小説なんか読んでると必ず出てくる人。函館まで幕府軍として戦った)の血を引いている(父方の高祖父)というのもなんだか皮肉。そもそも個人的には、三島の政治思想なんて多分ただのポーズで、いかに劇的に死ぬか、その理由としての方便だとしか思っていないけれど。

    閑話休題。清顕は清顕で、ハードル上がるほど燃える恋に自己陶酔する中二体質だったけれど、勲は勲で方向性は違えど、愛読書をやたらと人に貸したりプレゼントしたりしたがるあたり、やっぱり中二的。どちらも死に急ぎたがり、妙に頑固で幼く、心情に共感するのは難しい。

    結局読者は傍観者として本多的立場をとるしかないのか。酔っぱらった勲のうわごと「ずっと南だ。ずっと暑い。南の国の薔薇の光りの中で」が「滝の下」に続く次回予告。

  •  昭和七年、本多繁邦は三十八になった。

     三十八歳とは何たる奇異な年齢だろう!
     本多にとって青春とは、松枝清顕の死と共に終わってしまったように思われた。あそこで凝結して、結晶して、燃え上がったものが尽きてしまった。
    …夢日記…それから一年半のちにはからずも実現されたが、夢に柩にきよきしていた富士額の女は、たしかに聡子であったのに、清顕の葬儀にはついに現実の聡子は姿を見せなかった。
    …すでに十八年が経った。

     梨枝は言葉すくなで、決して逆らわず、詮索癖もなく、わずかに腎炎の気があって、たまに軽い浮腫を見ることがあったが、そういうときには化粧もやや厚目にするから、眠たげな目もとが却って籠ったような色気を示した。

     そういうものがすべてそこに、手にも触れ目にも触れやすいところに居並んでいる静けさ、…これが有意な青年が二十年後に得たものだ。かつて本多にとっても、手に触れ指に触れる実在がほとんどなかった時代があったが、それに少しも苛立たなかったからこそ、こうしてすべてのものが手に入ったのだ。

    五・一五事件

    飯沼茂之 松枝家の書生
    息子…眉が秀で、顔は浅黒く、固く結んだ唇の一線に、刃を横にしたような感じがある。たしかに飯沼の面影を宿してはいるが、あの濁った、重い、鬱した線を、ひとつひとつ明快に彫り直して、軽さと鋭さを加えたという趣きがある。「人生について、まだ何も知らない人間の顔だ」と本多は思った。「降り積もったばかりの雪が、やがて溶けもし汚れもしようということが信じられないでいるときの顔だ」

     これに見習って滝へ近づいた本多は、ふと少年の左の脇腹のところへ目をやった。そして左の乳首より外側の、ふだんは上膞に隠されている部分に、集まっている三つの小さな黒子をはっきりと見た。
     本多は戦慄して、笑っている水の中の少年の凛々しい顔を眺めた。水にしかめた眉の下に、頻繁にしばたたく目がこちらを見ていた。
     本多は清顕の別れの言葉を思い出していたのである。
    「又、会うぜ。きっと会う。滝の下で」

    「いやあ、本多さんですか。これはお懐かしい。何と十九年ぶりになりますか。きけば、きのう、倅の勲がお世話になった由で、いやあ、全く奇縁ですなあ」
    …本多がまずおどろかされたのは、飯沼の昔に変る多弁で磊落な態度だった。

    本多宅食事
    「先日友達にすすめられて買った本で、もう三回読みました。こんなに心を打たれた本はありません。先生は読まれましたか」
     本多はその簡素な装丁に、隷書体で、
    「神風連史話 山尾綱紀著」と書かれている、本というよりは小冊子と云ったほうが近い書物を引っくりかえして、著者の名にも、巻末の版元の名にも馴染みのないのをたしかめてから、黙って返そうとしかけた手を、竹刀胼胝のある少年の頑丈な手で押し戻された。

     ―客がかえったあとでも、その客の批評をあれこれとしないのが、梨枝の美点でもあり、又、彼女の、決してものごとを軽信しない、草食動物のようなものうい着実さでもあった。そのくせ梨枝は、二三ヶ月もたってから、或る日の客の欠点を軽く指摘して、本多を驚かせたりするのである。

     勲が残して行った小冊子につれづれの手が触れて、何の感興もないままに、読み始めた。

    「前略。
     神風連史話をお返しします。実におもしろく読ませてもらいました。ありがとう。
     君があの本に感動した理由はよくわかりました。…」

     中尉宅
    「太陽の、…日の出の断崖の上で、昇る日輪を拝しながら、…かがやく海を見下ろしながら、けだかい松の樹の根方で、…自刃することです」

    「あ、蔵原武介だろう」
    「そうだ」と勲は、貰った花をそっと懐へ納めながら断定的に言った。「あいつ一人を殺れば日本はよくなるよ」

    ... 続きを読む

  • 読みにくい部分や、何度か読み直して頭で反芻しないとイメージしにくい表現も多かったが、第一巻と同様、すぐに物語の世界に引き込まれ夢中で読んだ。
    第一巻を読後、3年ほど経って本作を読んだが、第一巻の記憶もすぐに蘇り、勲が清顕の転生であることを示す様々なシーンや、清顕と対照的な勲の荒々しさにゾクゾクした。

  • 本多が俗人化する過渡期。春の雪では知性的に純粋だった本多が徐々に感情に任せて動き始める。
    1巻に比べて文章もスッキリしていて大分読みやすい。

  • 青年の志と大人の賢さ(ずる賢さ)を対比し、純粋さとは何かを徹底的に訴えかけてくる。こんな純粋な人はもうしないのではないかと思う。特に三島のその後を知っているだけに心に残る。ゆっくりしたテンポで丁寧に語りかけてくる場面と、緊張した場面の変化が鋭く、目が離せない。

  • 冒頭「昭和七年」の文字を見て戦慄が走った。物語は5.15事件の後のようだが、明らかに「血盟団事件」とシンクロする。政財界の腐敗に怒り、皇道の救いを夢見て昭和維新に目覚める。しかし物語では、そんな一途な飯沼勲の暗殺計画を、愛する者たちの密告によって未遂で終わらせ、逆に皇道を踏みにじる者を殺させ、自害させる。これは時の井上日召や菱沼五郎に対する三島の思いを重ね、「本当はこうして欲しかった」という妄想と、その後の昭和の進むべき道を強く暗示させたかったのではないか、と理解した。

  • 再読したら、また違った味わい。
    飯沼は若様の教育も失敗し、自分の子育てもしくじった事になるわけで、なんという因果応報な巡り合わせか。

    初読時は勲の偏った正義感や英雄ごっこがあまり好きになれなかったし、あの最後の行動も反道徳的と言わざるを得ない。しかし、そこまで追いこんだものが大人の醜悪さであったという事実に、胸が痛む。

  • 『法律とは、人生を一瞬の詩に変えてしまおうとする欲求を、不断に妨げている何ものかの集積だ。

    血しぶきを以って描く一行の詩と、人生とを引き換えにすることを、万人にゆるすのはたしかに穏当ではない。しかし内に雄心を持たぬ大多数の人は、そんな欲求を少しも知らないで人生を送るのだ。

    だとすれば、法律とは、本来ごく少数者のためのものなのだ。ごく少数の異常な純粋、この世の規矩を外れた熱誠、

    ……それを泥棒や痴情の犯罪と全く同等の《悪》へおとしめようとする機構なのだ。その巧妙な罠へ俺は落ちた。他ならぬ誰かの裏切りによって!』

    作中作のめっちゃ長い『神風連史話』で挫折しそうになったけど、後半は面白かった。観念的なところが非常に良かった。

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