放浪記 (新潮文庫)

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著者 : 林芙美子
  • 新潮社 (1979年10月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (571ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101061016

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放浪記 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 大正~昭和にかけての時代が描かれた、林芙美子の自叙伝です。
    父母に連れられ、木賃宿を転々とする日々。子供ながらに家計の一端を担って炭鉱町であんぱんを売り歩く彼女の夢は「成金になること」。失恋を繰り返し、めまぐるしく職を変え、貧困にあえぎ、そんな中でも彼女は本を読みふけり、ものを書いては出版社に売り込みます。
    「もう死にたい」「神様コンチクショウ!」と自分の心情を日記に叩きつけながらも、彼女は前へ進むことをやめません。

  • 「下駄で歩いた巴里」を読んだとき、林芙美子って貧乏の印象しかなかったけど流行作家になって旅行してるじゃん、と思ったんだけど、これを読んだら、ああやっぱりすごく貧乏ですごく苦労したんだね、と申しわけない気分になった。こんなふうにずっと食べるにもことかくほど貧乏で孤独でみじめな気持ちだったのかなと思うと胸が痛むくらい。

    何月×日、って日記風になっているけれども、年度はわからないし、とびとびで何年もあいだがあいているようだったりするし、一部~三部とあっても時代順なわけではないし、いったいどういう状況なの?と思うこともあった。作家になったいきさつなどもまったくわからない。
    で、巻末の解説を読んだり、ネットで調べたりして状況を推測したりしてるうち、林芙美子、したたかとか意地悪とかやけに評判悪いなと思ったんだけど、放浪記を読んでいるぶんにはそういうイメージはなく、もちろんたくましくはあるけれど、寂しがりやで繊細で優しいという印象をもった。文章やたくさんの詩も抒情的な感じ。どうしても森光子の舞台みたいな、でんぐり返ししているようなイメージはわかないんだけどなあ……。

    この時代、やっぱり女が職を得るのは難しかったんだろうか。カフェの女給とか女中とかしかなかったのかな。ときどき事務員とかまともそうな職についていることもあるんだけど、続かなかったらしい。地味で単調な仕事はいやになってしまうんだろうか。もし林芙美子に書く才能がなくて、これほどの気力体力、情熱もなかったら、平凡な仕事についてここまで苦労はしなかったのかもしれないなーとか思った。
    なんだかもっと林芙美子を知りたくなった。

  • ずっと読みたいと思っていて、やっと読んだんだけど、
    読み初めて数ページで挫折。

    数年後デモなんとか読了。

    よくわからない。
    まず解説を読み「若い女性の日記」である認識を持つも、どーも、若い女性には思えない。
    それだけ苦労がにじみ出ているのか?

    なぜこの話が舞台で何十年も上映されるのか、この物語をどう描いているのか、非情に興味を持ったし、
    もっともっと林芙美子を知るために林芙美子の本を読みたいと思った。

  • 自身の日記を元にした私小説。放浪の中に生きる女性の姿。それも、かなり生身。逞しさの中で儚く、あざとさの中で純粋で、逃げたいと思いながらも立ち向かう。人間の様々な面を、洗いざらい目の前にさらしてくれる。こんな本は、ちょっとない。
    森光子の舞台で有名な本書。女性の立志伝という読前の印象は、いい意味で裏切られた。

  • 貧困、不運ななか、必死に、そして前を向いて生きる強かさ

  • 生々しい。少し前の日本はこんなにも貧しかったのだなと思うし、女性が生きることがこんなにも大変だったのだなと。あと、結婚観も今とけっこう違うよね。けっこう気楽に結婚してる。そもそも定義も違うよう。
    とにかく、何クソ精神が書かれてるので自分がきつい時に読むといい。何クソだって這い上がれる。

  • 作者の日常的な事柄を、一人の女性に投影させて書かれたものです。
    「放浪記」「続放浪記」「放浪記 第三部」を収録。

  • 日記形式の飛び飛びだし、読んでいて楽しいものでもないのだが、はち切れんばかりのエネルギーを身内に抱えて動き回らずにおれなかった林芙美子という人に興味が湧く。

  • 現代とは違いすぎる、当時の日本がひしひしと伝わる。
    土地を転々とし、様々な職に就き、多くの人々と出会う。

    個人的に好きな場面は、第三部のちもとという店で働いている時の、芙美子と料理番であるヨシツネとのやりとり。

  • 高峰秀子の映画はよかったけどね。

  • 桐野夏生「ナニカアル」の流れから本を購入。
    私小説かと思ったら日記?
    しかも日付が飛んでいるので読みづらい。
    親といっしょにいるかと思えば男といたり、その男もコロコロ変わる。職も気が付けばまた変わっていたりして…もうどうでもよくなり第1部も読み切れずギブアップ。
    昭和30年代にベストセラーを記録したらしいが、当時はこの自由奔放さがうけたのかしらね。

  • 両親が仕事に恵まれず、貧困な日々。好きな人も何人か出来るが、裏切られるし貧しいし・・・。本人も普通の暮らしが本質的に合わないらしく、すぐ仕事を辞めて作家をしたりの繰り返しである。私はこの人の生き方は嫌いだ。

  • 文体も自分に合わなくて、内容もさして面白いと思えず、50ページくらいまで頑張ったけど途中挫折。
    リベンジはない。

  • 林芙美子の若いころの孤軍奮闘ぶりがすごいのだけど、更級日記の作者と正反対に実にさっぱりしていて男性的な文章が気持ちよし。
    お金がほしいのだけど、安定している月給取りの仕事はどうもダメみたいですぐに辞めてしまう林さん。
    カフェ勤めでもヒマだと店の隅っこで本を読みふける林さん。
    とっても母親思いの林さん。
    振られた元恋人に未練があって会いに行く林さん。

    ずっとずっとがんばる林さんのパワーがすごいけど、そういう自分を持てあましつつも、こうするしか仕方がない自分というものがよくわかっていた人だと思いました。

  • 挫折。読むのがしんどい。

  • 多分初読、自分の好みではないというのが第一印象。
    この作品もそうだが、どうも日本の作家、特に戦前戦後の作家は、貧しさ自体を作家のアイデンティティーに位置付け過ぎていて、その結果、自らの作品の俯瞰性を放棄している部分が多分にあるような気がしてならない。
    時代がそうさせているのかもしれないが、日本という国に住む人間の「本性」が見える感がある。
    そういう意味で現在でも共感する人が多いのもよく分かるのだが、当方、こういったどこか「甘え」を感じさせる態度はあまり好きではありません(自分が自立しているかはさておき、と極めて横柄な指摘ではありますが、、、)。

  • 1930年(昭和5年)ベストセラー
    請求記号:Fハヤシ 資料番号:011538857

  • 第一次世界大戦後に林芙美子が貧困に喘ぎながらも、数々の仕事を経験しながらも自由に逞しく生きて行く姿を描いた自伝的小説。

    さすがに時代を感じる作品であるが、日本が一番日本らしい時代を描いているように思う。貧困を物ともせず、人々が助け合いながら、日々の糧を手にする姿は恥ずべきものではなく、むしろ人間として必死に生きる姿が眩しく見えた。

  • およそ、林芙美子の、前半生の自伝のようなものであるということ。
    今回読んだものは、みすず書房の大人の本棚シリーズにまとめられたもの。
    森まゆみが、解説を書いていて、そちらを読むと、より、理解しやすく感じられました。
    少しは、創作部分もあるらしいのですが、およそ、彼女の日記に近いとのこと。

    すごい生き方だなと、感心して読みました。
    明治生まれの女性の持っている精神力というか、まっすぐな心は、今の私にはできません。
    ある意味、無知なればこそということなのでしょうか。
    この作品が、昭和の初め、雑誌とはいえ、掲載され、人気があったということは、その当時の日本には、かなり、前衛的で、自由な思想の持ち主がたくさんいたのだろうと思います。
    モガ、モボの時代にかさなるのでしょうか。
    日本の社会自体はまだまだ、差別的で、階級差もかなりあったということもよくわかります。
    にしても、林芙美子の個性には、圧倒されます。

    森光子さんの「放浪記」、見ておけばよかったなあ、と今更ですが、思いました。

  •  最近はあまり小説は読まないが、女優「森光子」の逝去の知らせとともに「放浪記」が取り上げられる中で本書を一度は読んでみないといけないと思い手にとってみた。
     しかしこれは「小説」なのだろうか「日記」なのだろうか?
     「林芙美子」の原作は昭和3年(1928年)発表だが、その元となった著者の日記は大正11年(1922年)から大正15年(1926年)だという。
     「関東大震災」や「虎ノ門事件(昭和天皇狙撃事件)」が大正12年(1923年)だから不安な時代だったのだろう。
     世界恐慌の影響を受けた昭和恐慌は昭和5年(1930年)から昭和6年(1931年)にかけてだから、本書が発表されてベストセラーになった時代は、まさに多くの庶民が呻吟した暗い時代だったと思われる。
     本書は当時の庶民の暮らしがよくわかるものであり、その精緻な描写はまさに「リアリズム」といえる。
     若い女性が飢えと貧困にあえぐなかで強く生きる姿は凄いとしか言い様がないが、その貧しい女性が同時に志賀直哉やチエホフを語る姿は違和感がある。
     しかし、本書の巻末の解説を読むと、著者が行商人の娘として生まれながらも無理をして高等女学校を卒業するという異例の人生を歩んだことがわかる。
     おそらく当時の日本において、著者のような貧しい家庭環境から知的向上心を失わない人生を歩んだ女性は数少ないと思われるが、それだからこそ、本書の主人公がより一層輝いて見えたのだろう。
     本書がベストセラーになり、その後繰り返し「映画」「テレビドラマ」「芸術座」で取り上げられたのもその貧しさの中でも向上心を失わない力強い生き方が強く人の心に訴えたからだと思う。
     ただ、本書は90年も前に書かれたものであるから、やはり読みにくい。
     いや90年も前の小説が、現在でも読んで強く訴えるものを感じられることを評価するべきなのかもしれない。
     本書の主人公が、絶望的な貧困の中でも強く明るく生きる姿には時代を超えた普遍性があると思った。

  • 日記というかなり主観が介入した内容かつ林が自分で隠したい部分は省いたので、結構日付が飛んでいる……。一体、省いた部分で何が起きたんだ。いきなり転職してたり引っ越してたり、忙しい人だったんだなぁ。この時代の女性としては珍しいのかな。

  • 林芙美子の極貧時代を綴った日記。
    書き出しはあまりにも印象的だが、全編通して力強くしなやかな文章が続く。
    間に挟まれる詩もたくましい。
    (2013.1)

  • 夏の100冊になっていたし読む必要を感じていた
    買ったはいいが、その厚さから1・2年積読本になっていた

    強い女、林芙美子
    とにかく、生きるためにはお金が必要
    もちろん手なんか汚さず、心と身をもって稼ぐその根性に脱帽
    自分なんてまだまだだなあ、と元気づけられた

  • 大正11年から15年までの放浪の日々を綴った雑記帳を元に雑誌に連載、さらに単行本として出版された。
    新潮文庫に収められている第一部から第三部までは、同時期の雑記帳からそれぞれパラパラと抜粋されて編成されているという複雑な構成である。
    ふと本棚にあるこの「放浪記」を見つけ“はて?これは読了したっけかな?”とページをめくっていたら、冒頭の十数ページはよく記憶にあるのだが、あとは全く印象がなく…読もうとしては挫折、を何度か繰り返していたらしい。
    何がつらいって、100%の貧乏話、飽くなき食べ物への欲求、神様への恨みつらみ、そして職についたと思ったら次の章にはもう何か違う職についていて、それすらももう辞めようとしている…、の繰り返しなのである。これを第三部まで読む。ひたすら忍耐である。お互いに。
    ずいぶん前に読んだ「浮雲」は面白かった記憶があるので、同じことならあちらをお薦めする。

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