西行花伝 (新潮文庫)

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著者 : 辻邦生
  • 新潮社 (1999年6月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (718ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101068107

西行花伝 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 初めてのレビュー。記憶に新しい去年を振り返って、2012年は辻邦生を知ったのが大きな収穫。
    「西行花伝」を読んで、それよりずっと以前に書かれた「背教者ユリアヌス」も知った。
    平安末期から武士社会に移る時代に「もののあはれ」の美意識を求めた西行と、キリスト教が台頭し始めた時代、純粋さゆえ裏表を使い分けるキリスト教を受け入れられず古代ギリシャ・ローマに美を求めたユリアヌス。勝ち負けで片付けるなら、どちらも時代を生きる中で易くない道を選択したようにみえる。
    「西行花伝」の最終章近くで、平家を倒し後白河院から権勢を奪い勝ち進む鎌倉殿の幻影を夕刻の大磯で西行の夢に現れさせている。その時の西行のつぶやきが「心なき 身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の 秋の夕暮」の歌で、頼朝とて飛び立つ鴫に涙したであろうと西行は幻の中で思ったのだとこの作中では構成されている。かつて大磯の鴫立つ沢に行って教科書で習ったような感慨にひたったけれど、こんな見方もあったのか・・。作者は西行を描くにあたって、この歌を単に世捨て僧の心の情景にはしていない。
    勝利や成功に役立たない心を切り捨てるのは「心なき心」であり、『人は常にあらゆる動機で心を失う。』 のであれば、西行にも 『世を捨てたいという思いで、私とても、もののあはれに震える心を失っているのかもしれない。』 と言わせている。その矛盾を埋めるのが西行の多くの歌なのだろうか?

    純粋さゆえ、周囲に利用され、キリスト教と対峙し、背教者の汚名を着せられながらも自分の哲学に従って突き進んだユリアヌスが、若くして戦死するのも哀れ。 次第にゾロアスター教や原始的儀式にひかれていくユリアヌスだが、それは西行にとっての歌と同じなのかしら。洋の東西も時代も違うけれど。

  • かなり前に買って積読だった文庫本。
    想像していたのとは全く違った西行像と小説の内容。院政、荘園、北面の武士、保元の乱、清盛と頼朝など日本史の授業で覚えた馴染みある時代感とその中で生き生きと描かれる西行の人間臭さ。和歌の世界は難しいが、歌がわからなくても西行の生きた時代がよくわかる素晴らしい作品でした。

  • 西行の一生を描くというより、西行の精神を構築していくという作品。
    時にはこういう作品を制覇するのもいいだろうと自虐的な読書になった。
    理解できなかったり、冗長に感じる部分もある。西行の生き方自体にも共感を覚えない。が、最後の感慨はちょっと得難いものだった。

  • 2015/09/24完讀

    以西行的徒弟藤原秋實為首,許多與西行有關、甚至是西行本人以第一人稱方式來講述他的一生。

    西行和尚,俗名佐藤義清,鳥羽上皇的北面武士,精通武藝、蹴鞠並往和歌之道精進中。當時封建階級小莊園領主因權威墜地的攝關家無法保護他們而無所適從,院政抬頭,天皇上皇之間的心結,權臣的各種思惑與野心,種種的情勢交雜之下,義清暗自思慕待賢門院,在佐藤義康死後決定出家。出家不是因為厭惡這個世界,而是太熱愛這個世界,出家是要拋棄我執、名分和地位,在外面更清楚地、全心全意地愛這個世界上所有的景色與人,作為和尚,他是相當能動而入世的。而他的理念,就是用"言葉"將這個世界包覆,擁抱這個世界,只有"言葉"才是超越時空的真實。陸奧行讓他感受到,世界上的所有人,其實也是和風鳥花月一樣令人憐愛。西行與想以"歌"為政治(まつりごと)的崇德上皇相交,直到替上皇鎮魂,在此他的思想已經轉變到與花鳥風月同化的境界,所有一花一草,森羅萬象都包含著佛法的慈愛,宿命一切只如芥子須彌,人要接受宿命,但人可以主動賦予宿命價值,只有歌才是最真實的。

    入世的西行,除了洞悉各國及朝廷情勢,與上皇交友,高野山的蓮華乘院(現高野山大會堂。旁邊有顆西行櫻)據說是西行一手勸進、計畫而建立。晚年再度前往陸奧為東大寺勸進,後來年老的西行在歌獲選入敕選集後,也奉獻了和歌給神社,他傾聽天地萬物本身的歌,已經不用自己寫歌了。

    **
    這本小說再度讓我體驗到辻邦生的威力,甚至超乎我的想像。裡面的時代背景與現在讀的新平家物語幾乎重疊(人物造型和吉川相當有差距,不過不必過度拘泥他的人物造型與史實評價的齟齬,他的作品重點在於文學性),因此可以專心去感受內容而非情節。一本人物傳記,但其實內容是西行本人對人生,對世界和對生命的思索,跟著他的腳步和人生的進程,思索的內容和生命哲學也不斷地轉換,很像在觀察一個人的成長和思想的變容,但好像也是在觀照自己的人生,這種寫法真的非常令我激賞,閱讀過程也會不禁隨著反覆閱讀,反覆思量。另外,作者的文筆實在太芳醇,太優美,會讓人想在靜謐之中全心全意地閱讀,一切俗務都變得不是那麼重要,只想跟著西行一起走,一起思考。這本書又超越我之前所讀的辻氏作品,這本晚年最後的長篇,實在是一本令人驚嘆的傑作!作者相較許多作家之下知名度似乎沒那麼高,實在是一件非常非常可惜的事,在海外像台灣應該幾乎沒幾個人認識。但是光這本,就應該可以把許多暢銷作家,甚至包括那位現在最接近諾貝爾獎的人完爆了。傑作,傑作,傑作。

  • 歌人西行を描いた辻邦生の晩年の長編.いつか読もうと思っていたが,源氏物語から平安つながりでようやく読了.緻密で精緻な文体で,読者にもゆっくり読むことを要求する.

    私は和歌に関する教養がなく,本書に出てくる歌も肝心な部分の意味がわからず,したがって全体の意味もおぼろげにしかわからない.それでも全体の4分の3にあたる崇徳天皇の崩御までは物語に強く引き込まれた.そのあとは,西行の人生哲学みたいな部分が多くなって,共感が薄くなってしまった.

    それでも,摂関政治,院政,武士階級の勃興,平氏,鎌倉幕府にいたる歴史の流れの描写は見事.時代の空気をよく伝えている.

    実は私は西行よりも崇徳院の人生にいろいろ感じるものがあった.鳥羽上皇からはうとまれ,帝位を追われ,院政もできず,歌の道に邁進するが,自分の子を帝位につけることを諦めきれず,保元の乱に巻き込まれ,そして敗れ,讃岐配流.配流先で半狂人になりながら不遇の死.悟ること,諦めることの難しさをしみじみ感じさせ,同情せずにいられない.

    追記: エッセイ集微光の道に谷崎賞受賞を機に書かれたと思われる同題の自作解説がある.

  • あくまでも作者辻邦生の創作である。

  • 平氏と貴族間の葛藤の時一歩身を引いて世の中を見つめた西行の生き方、宗教のよりどころ。角幡さんが勧めていた本。辻邦生は時の扉を中学の時、これも先生の勧めで読み進めた。

  • 花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 思ふわが身に

    身を捨つる 人はまことに 捨つるかは 捨てぬ人こそ 捨つるなりけれ

  • 10数年ぶりに読み返してみた。「利休にたずねよ」があまりにもつまらなかったので、もう歴史小説は自分には合わないのかと思ったが、読み返した本書はやっぱり面白かった。辻邦生作品の中でも「背教者ユリアヌス」と並ぶ傑作だろう。

    物語は歌人西行の生涯を弟子の藤原秋実が、西行その人や、さまざまな周辺の人から聞き取っていくという形で進む。

    前半は恋物語が基軸。終盤は保元の乱がクライマックスとなる。

    歴史的事実からは踏み外さず、そこに小説としての肉付けを丹念にしていく姿は素晴らしい。大著だが多くの人に読んでほしい。

  • 西行の歌の弟子藤原秋実が記す形を取った西行の物語。序の帖に始まり二十一帖に至るまで、西行を時代の流れの中心におき、彼の秀歌と併せて語ってゆく。//前半は物語の筋が読めず少し退屈感を覚えた。中ほどから、平安末期の乱れた世の激変を活き活きと描き面白くなる。皇族・女性・僧侶・源平の武士達が、史実にフィクションを織り交ぜて西行と係ってゆく。西行の人生観も深みを示す。//西行は十五帖で、「我を捨て、この世の花とひとつに溶ける」と説き、二十帖で「歌こそが真言、森羅万象の中に御仏の微笑を現前するもの」と現す。この生き方の基本は終生変わらない。しかし西行は浮世を捨てたわけではない。我を捨ててこの世の花に染み込んで浮世を楽しんでゆく。//西行の歌は、浅学な私でもまだ分かり易い。「ゆくへなく 月に心のすみすみて 果てはいかにか ならむとすらむ」//しかし歌にて世の中を変えるという本書の中の西行は、非現実的で理想主義。

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