麦ふみクーツェ (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2005年7月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (493ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101069227

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麦ふみクーツェ (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 完璧やられました。
    またいしいさんの本で泣いちゃいました。
    この本ステキすぎて言葉にならないので読んでもらいたいです。


    読んでる間ずっと小学校のとき2年間やってた器楽クラブのこと思い出してました。大体はアコーディオンをやってたんだけど、1回だけシンバルをやったことがあって、間違えて鳴らしちゃったときの申し訳なさとか、先生に叩き方を教えてもらったこととか、なんかいっぱい思い出した!この本に出てくるおじいちゃんが先生だったら間違いなくティンパニーをぽいーんと鳴らされて怒鳴られるんだろうな(笑)
    合奏の楽しさとか味わったすごく幸せな思い出です。
    「音楽のよろこびの大きな部分を合奏のたのしみが占めている。なにかにつながっていること、それをたしかめたい、信じたいがために、音楽家はこれまで、そしてこれからも、楽器を鳴らしつづけるのかもしれない。」
    また合奏したいなー。


    今回わかったこと。
    私にとってウソとかホントとかは別に大して問題ではなくて、語られるお話が好きだということ。
    まぁ、何でも信じ込みやすい私だからその話がほんとなのか気になって仕方ないんだけどね(笑)
    この本に出てくるんだけど楽譜にほんとに「ねこの声」とか「犬の声」ってあるんですかね?もしあるのなら、そんな音楽が聴いてみたい!
    2008年12月18日

  • このひとの文章は、景色も音も匂いも温度も伝わってくる気がする。

    突き放すでもなくくっつくでもない温かさ。

    絵も描きたくなるし、音楽も聴きたくなるし、演奏したくなるし、お菓子もつくりたくなるし、散歩を楽しみたくなる。
    生きたくなる。

    それぞれの人生ににっこり笑ってしみじみ乾杯したくなるおはなし。

  • 優しいものがたり。最初は、なにがなにやら分からなくて、なんだか居心地が悪かったけど、それは、ねこ(主人公)が居場所を見つけられていなかったからなんだろう。

    いろんな悲しい出来事もあるし、ささやかな幸せもあって、なんとなく、どちらかと言えば世界は生きづらいなあなんて思いながら、ぼんやり生きてる。
    でも、彼や彼の町にとって最大の悲劇をきっかけに、ねこの人生は変わる。解説者の言葉を借りれば、音楽そのものになる。

    いろいろ背負ってたねこが、だんだん重荷を重荷と思わなくなるところが好き。周りにいる人たちの、あまりにおおらかな優しさと気持ちの大きさが好き。いっぱい傷ついていて、でも負けずに生きていける彼らが好き。

    実際に、あんな町があったとして、私は彼らの町では暮らせないだろう。
    でも、ほんの少しでいいから旅に行って、一緒に合奏したり、麦をふんでみたいと強くおもう。
    とん たたん とん、と足を鳴らして。

  • 漢字の開き(ひらがな)が多いので
    読み切るのに少し時間がかかりました。

    前半にあるのは穏やかで停滞した世界。
    後半に訪れるのは残酷で優しい世界。

    後半に物語がどんどん加速するので、
    途中で断念してしまった人も、
    ゆっくり休み休みで良いので
    読み進めて欲しいなぁと思う作品でした。

    終盤に主人公のバックグラウンドが
    靄が晴れるように一気に明らかになっていき、
    それはそれなりに鬱蒼になる内容だけれども、
    根底には思いやる気持ちが流れているので深く沈み込むことなく、
    読後には柔らかな余韻に包まれます。

    所々散らばる一見意味不明なパーツたちが組み合わせっていく様も読みどころです。

    人生には救いのないことがままありますが、
    この作品に悲劇は数あれど、本当の悪は描かれていません。
    それが現実との境界線であり、いびつで愛おしい童話たる秘訣なのかもしれません。

  • 「自分は周囲から浮いてる、変わり者なんだ」と悩んでいる子どもたちに、是非読んでほしい。あなたは「へんてこ」だから独りかもしれない。でも、大きくなって世界が広がれば、「へんてこ」の仲間や理解者が必ず集まってくる。そして、これまでのことはすべて繋がって、大きなことを成し遂げることができる。だから、それまで「へんてこ」なところを磨いておいてね。「ねこ」と呼ばれる主人公の男の子の成長を通して、著者はそんなふうに語りかけているのかもしれない。

  • なんだか、自分の中にぐいっと入って、ストンと落ちて、なじむのが難しかったように思う。
    悪い意味ではなく。
    …口に入れたはいいけど、なかなか飲み込めない感じ。食道あたりで詰まっちゃうみたいな。

    やはり境界線というか、紙一重のところを描くのがとってもうまい。
    そういうところに強烈に惹かれるのです。

    きれいに「めでたしめでたし」で終わらないのもいい。
    真に美しいと思える。

    栗田さんのあとがきもすてきでした。

  • 「良いも悪いもない,麦踏みだもの」
    音楽家を目指す少年に,良い悪い様々な出来事が起こるが,この言葉のように,すべての出来事は少年の経験として,生かされていく.
    もちろん,これはあくまで全体を俯瞰できた時の結果論だと思います.

    ただ,用務員さんの決死の演奏だったり,町の楽団との演奏であったり,辛い出来事が起こった時に,その出来事を受け止め,次の一歩を踏み出すきっかけを作る,田舎の港町の人の気質みたいなものが良かったです.

  • スカーンと抜け渡る感じに震えます。圧倒的祝福の音楽、て帯の表現が的確すぎる

  • 次々と降りかかる、不思議で、時に不気味だったりするできごと。
    そうしたものごとに巻き込まれてゆくのは「へんてこ」な個性豊かな人々。

    ストーリー全体に物悲しさややさしさが感じられて、ぎゅっと引きつけられる。
    切なさを漂わせながらも、終盤のくすぶっていたものが大きく開くような展開に、読み終わったあとはとってもあたたかい気持ちに。

    理屈より感覚にうったえられているように感じた作品。
    おとなのための童話という表現、うなずけました。

  • なんでもないところで泣きたくなる。
    永遠に愛しい話。

  • 普段、目をふさぎ、耳をふさいでしまうような悲しい現実の中から、きらきら光るものを取り出して大きくひびかせてくれる、いしいさんの小説こそ、「一流の音楽家」の音楽ようだな、と思いました。
    いしいさんの小説では、胸がしめつけられるような現実を見せられるので、途中、読んでいてつらくなるのですが、でも、最後には、必ずあたたかい気持ちで本を閉じているのです。
    「ぶらんこ乗り」も「トリツカレ男」もそうでした。
    この感情は、胸がしめつけられるような現実を見せてもらったからこそ、得られたものなのだと思います。

  • 麦畑の色は幸福の色。

  • 音楽にとりつかれた祖父と、素数にとりつかれた父、とびぬけて大きなからだをもつぼくとの慎ましい三人暮らし。
    ある真夏の夜、ひとりぼっちで目覚めたぼくは、とん、たたん、とん、という不思議な音を聞く。
    麦ふみクーツェの、足音だった。
    ――音楽家をめざす少年の身にふりかかる人生のでたらめな悲喜劇。
    悲しみのなか鳴り響く、圧倒的祝福の音楽。

  • 変わった男の子が、変わった町に住んでいて、子供の頃に幻覚?みたいな麦をふむクーツェにであるんだけど、それは本筋じゃなくて、
    その男の子がいろんな人にであって、変わった人ともであって成長していく話

  • 今思うと笑っちゃうけど、幼稚園児の頃だと思うけど、よく押し入れに閉じこもった。真っ暗な中で何してたんだろ?よく思い出せないけど、何だか想像上の自分の世界を作って、そのなかで、誰かに話かけたりしていたような、ぼんやりとした記憶がある。親でもない、兄弟でもない、現実の友だちでもない“その誰か”と、心のなかで話続けていたような・・・

    この物語の主人公の「ぼく」は、その生まれもった体格などから、小学校で同級生や先生から何となく「へんてこなもの」として遠ざけられる。それは、最初の方は、ほとんど独り言だけってことからもわかる。
    そんなとき、ぼくは屋根裏で「へんてこなひと」に出会えるようになる。とん、たたん、とん、という足ふみの音とともに屋根裏に現れる“クーツェ”にぼくは、いろいろと話かけるようになる。でもクーツェの答えは謎かけのようなものばかりで、ぼくもわかったような、わからないような、という毎日を過ごす。

    そうするうちに、主人公を取り巻く、おじいちゃんや父さんや、町のたくさんの大人たちのいろんな“事件”に巻き込まれていき、おじさんや先生や女の子という、他人からは見たら「へんてこ」と見えるかもしれない人たちに出会い、彼らに対して自分を不器用ながら、自分の言葉で伝えようとすることで、「へんてこ」は実は「へんてこ」じゃなく、ある意味輝きをもったものだってことが少しずつわかり始め、それが彼らやまわりの多くの人の共感となって広がり、ぼくは、すごい「仕事」をなしとげることができるまでになる。

    最後に、ぼくは、おじいちゃんが生まれた土地を訪れる。ぼくはもう、自分の体格や生い立ちで卑屈になったり自分の殻に閉じこもったりはしない。自分のルーツを確かめるかのように、ぼくはクーツェがしていたように、自分で足をあげて大地を踏みしめる。その時、ぼくはクーツェに会いに行く必要はなくなっていた。
    (2010/2/28)

  • 表紙とタイトルに惹かれて読んでみましたが、最初でくじけ
    ました・・・意味がよく分からなかったです。
    いしいさんの本は「プラネタリウムのふたご」もそうでしたが正直私の頭では理解できないです。
    高評価ですが、ごめんなさい。
    表紙だけの評価として★3つで。

  • 思ったよりスケールの大きな物語。
    人の死や「やみねずみ」、悪意、硬直化した心など、目を背けたいものもしっかり描かれている。

    「ねこ」と呼ばれる大柄な少年と、数学者の父、自称ティンパニ奏者の祖父。
    物語の後半はねこがそんな家族のもとを離れ、成長していく。
    そこから物語のテンポがよくなってきて、だんだん読むのが楽しくなっていった。
    そこで「クーツェ」が何者かがもわかる。

    この本は十年位前、当時十代だった知人に教えてもらった本だ。
    私もその頃読んでいたら、もっと多くのものを感じとれたかな…。

  • 読むのに時間がかかった一作。
    前半があまりに暗くて辛い。
    その分後半があったかくて幸せ

    へんてこはあつまらなくちゃ生きていけない
    へんてこさに誇りを持つためにわざを磨かなくてはならない

    この言葉で星が2つ増えた

  • 再読。体は大きいけど虚弱、猫の鳴きまねが得意で指揮者の勉強をしている「ねこ」、変わり者の数学教師のお父さん、町の楽団を指導しているお祖父ちゃん、スクラップが趣味で作曲もする用務員さん、切手収集が趣味の郵便局長さん、その妹でねこを下宿させてくれる料理上手なおばさん、盲目の元ボクサーちょうちょおじさん、その親友の盲目のチェロの先生、娘のみどり色、どのキャラクターも優しく魅力的で、本筋とは無関係なちょっとしたエピソードに、ふいに涙が出そうになる。ブラッドベリの「霧笛」を思わせる恐竜、色の名前のついた三匹の盲導犬、水夫とオウムなど、動物がらみの挿話も好き。変人のお父さんがどうしてオムレツだけ上手に作れるのか、最後の最後でわかったときにグッときました。

  • 完全な空想の世界。
    とてもあったかい想像に支えられた、不思議な世界の話です。
    色々な事に傷つきながら、色々な人に出会いちょっとずつ成長していく主人公が素敵です。
    何があっても自分なりの一定のリズムでまえに歩いていく、そんな生き方をしたいです。

  • 独特の世界だった。読み進む内にこの世界にはまってしまう。最初意味の分からいクーツェの言葉が奥深いってことに気づかされる構成がすごい。

  • 素敵な素敵な童話


    いいこと わるいこと みんなおなじさ

    大きい小さいは距離の問題

    へんてこはじぶんのわざをみがかなきゃならない

  • 小学三年生の夏、ぼくは、海辺の町に住んでいました。
    自転車や物干しの金具はあっという間にさびつくし、お世辞にも綺麗な海じゃなかったから、
    潮風のにおいは清々しいものとはあんまり言えなかったかもしれない。

    だけど、テトラポッドに登って、遠くの方を眺めていたり、
    どこかから流れ着いた得体のしれないごみなんかがテトラポッドに
    挟まっているのを観ると、空想が広がって、世界はとても広いものだ、と思ったりしていました。

    その夏は、毎日、図書館に通いつめて、司書の人に顔を覚えられるくらいに
    本を借り続けて物語の世界に浸っていました。

    本そのものとはあまり関係はないのだけれど、
    麦ふみクーツェを読むと、ぼくはそんな頃を思い出します。

    良質な物語は、その人の心の面積をほんの少し拡張してくれる気がします。

    主人公はねこと呼ばれる少年で、彼は誰よりもうまく猫の鳴き声を真似することができた。
    彼はものすごく大きな体を持っていて、母親が亡くなってしまったのも、
    大きな体の自分を産んだからだと思っています。

    彼はある日、自分にだけ聞こえる麦ふみの音を聞くことになります。
    とん、たたん、とんというリズムは物語を通して響き続けることにもなる。

    お父さんは数学の美しさにに魅せられた変わり者、
    おじいさんは吹奏楽の王様として、ティンパニを操りながら、
    港の倉庫で街の人たちの吹奏楽団の指導役をしている。

    この作品にはへんてこなひとたちばかりが登場します。
    お父さんは数字に取りつかれ、おじいさんは音楽に取りつかれている人たちだし、
    目の見えない元プロボクサー、玉虫色スーツのセールスマンや、
    色盲なのに、みどり色と名付けられた女の子などなど。

    へんてこな人たちは、そのへんてこさ故に、目立ってしまう。
    でも、へんてこさを持った人たちは、そのへんてこさを磨いていくしかないのです。
    それが、へんてこであるということに誇りを持てるたった一つのことだから。

  • いしいしんじさんの作品を読むのは初めてだったので、最初はひらがなと漢字の独特な使い方が少し読みにくいと思ったけれど、ストーリーがおもしろくてどんどん読んでしまった。読後感も爽やかでよかった。
    ただ、仲間を求めてさまよう恐竜の話はレイ・ブラッドベリにほぼ同じ設定の話があるし、全体になんとなくポール・ギャリコの「ほんものの魔法使」を思い起こさせるなど、「どっかで見たような感」は否めない気はする。

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麦ふみクーツェ (新潮文庫)の作品紹介

音楽にとりつかれた祖父と、素数にとりつかれた父、とびぬけて大きなからだをもつぼくとの慎ましい三人暮らし。ある真夏の夜、ひとりぼっちで目覚めたぼくは、とん、たたん、とん、という不思議な音を聞く。麦ふみクーツェの、足音だった。-音楽家をめざす少年の身にふりかかる人生のでたらめな悲喜劇。悲しみのなか鳴り響く、圧倒的祝福の音楽。坪田譲治文学賞受賞の傑作長篇。

麦ふみクーツェ (新潮文庫)の単行本

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