- Amazon.co.jp ・本 (177ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101070018
感想・レビュー・書評
-
佐藤春夫の代表作。詩人として有名な佐藤春夫だが、現代の読者家からは詩よりも本作が有名ではないだろうか。
本作は、妻とペットを連れて、都会から田舎へ引っ越した若者の心情の移り変わりを、精緻な風景描写とともに記述したものだ。
著者が実際に置かれた状況と似ているので、私小説かもしれないが、そうでないようにも思える。私小説のように、作者が物語に介入しているとは感じないのだ。しかし、主人公が見る景色、田舎で得た感情はあまりに瑞々しく、鮮明だ。そして、時々濁りも混じっている。これは実際に経験しているものでないと書けるはずがない域に達している。
本作が私小説ならば、私小説の灰汁を上手く掬い出せている。私小説でないならば、想像で(実際に見たものもあるだろうが)情景をここまで言語化できるのも素晴らしい。
自分が置かれている場所から憧れた場所への跳躍、そこでの喜び、発見、そして苦悩。そうした状況は、100年以上経っても、人々の共通項として立ちはだかり、新たな世界をもたらしてくれる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
作家の顔で買った気がする。変な惹かれ方だ。
-
初めて佐藤春夫の作品を読みました。
都会の重圧と喧騒から逃れるために青年は妻と二匹の犬、一匹の猫を連れて草深い武蔵野の一角に移り住む。来る日も来る日も自然を見詰め、対峙し続ける青年は憂鬱と倦怠に沈み込んでは幻覚、妄想に絡め取られてゆく。
物語の筋らしいものはなく、圧倒的な豊かな自然描写と克明に描かれる青年の内面とが互いに響き合い、重なり合って、深く繁る蔓草のような複雑なアラベスクを織り成す。
終盤に彼が叫ぶ「おお、薔薇、汝病めり!」は、そのまま彼の心の有り様を示しているように思えます。 -
学生時代以来、25年ぶりに読む。国立の増田書店で買った文庫。5回の引越しを経て、かなり状態良く残る。
タイトルからして憂鬱と言っている通り、とにかく陰気。東京の街中から田園に引っ越した人がネイチャーの中で経験する、嫌気と数々の幻聴幻覚。 -
自然描写が多すぎて読むのしんどい。20ページくらいでリタイア
-
自然の描写が克明。ああ、この人は詩人だったのだ。都会を離れて自然の中で生活するも幻覚、幻聴に悩まさられる。ストーリーがない。どのように構成して書き始めたのか不思議に思ったが、書き上げた後に改定していったようだ。2019.1.29
-
国語の学習時間にタイトルだけは知っていた。
ストーリーも出来事もなにもなく、詩人が書いた小説ということでは斬新。なぜ名作扱いされ、当時文壇で絶賛されたのか、わからない。おそらく多くの小説家が自分には書けないと白旗をあげたのではないか。
かろうじてわかるのは情景描写の上手さだけ。あらすじをネットで読んでから読んでもツマラナイかも。 -
初稿題名は『病める薔薇』だったそうだが妙に納得。全体に漂う沈鬱な雰囲気と精神薄弱の支離滅裂な主人公の言動が相俟って、幻想的な空気を作り出している。静謐が不気味であり、主人公の一挙手一投足が冴え、狂気を感じさせるのだが、美しいのはなぜだろう。不思議な魅力を持った作品だ。
1919年といえばいまから100年前だが、いまと違って情報が限られた世界のなかで本書を読んでしまうと気が違えてしまいそうな気がする。(誉め言葉) -
都会の重圧と喧騒に苦しみ、己の生の意味を見失った青年が、愛人と二匹の犬と一匹の猫をかかえて草深い武蔵野の一隅に移る。
田舎の草葺き屋根の一軒家を紹介してもらったとき、青年が感じたのは自然に包まれた大らかで穏やかな生活だったのでしょう。愛人の不安をよそにこれからの隠棲生活に思いを馳せます。ところが、長雨やご近所トラブル、変わり映えのない食事や風呂のない生活。いろんな鬱々とした感情が彼を襲いはじめます。それにしても幻聴や幻覚の描写はまるで絵のように思い浮かべることができます。愛人がいない夜。犬たちと暗い台所の土間で心細そうにしている青年の背中なんか、ぽっかり浮かんできます。この精神のバランスが危うい青年の憂鬱さと生命力溢れた田舎の自然や人間と(犬たちも!)の対比が印象的でした。 -
自然の描写は美しいが、それ以上に主人公たる『彼』の気鬱の病の描写が怖い。雨のシーンは恐ろしいが、惹かれる。
後半は、頼むから早く病院へ行け、あたられる奥さんが可哀想、と思ってばかり。
田舎生活に憧れて移住して馴染めない状況が気の毒になる。縁故も頼る人も仕事もない零スタートの厳しさを感じた。