李陵・山月記 (新潮文庫)

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著者 : 中島敦
  • 新潮社 (2003年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101077017

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李陵・山月記 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 齋藤孝先生の本を読んだら、名作を声に出して読みたくなり、本棚から迷わず取り出した本書。
    「山月記」は高校時代に教科書で出会って衝撃を受けて以来、何度も読み返しています。
    声に出すことで、虎となった李徴の告白が己の身に迫って感じられました。
    特に「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」のくだりは、読むたびに傷口に塩をもみこまれたようなじんじんとした痛みを呼び起こすのです。

    子路の、素直で真っ直ぐな、自分に嘘をつかない生き方。
    司馬遷の、宮刑という恥に打ちのめされてもなお、歴史を綴り続ける姿。
    無駄のないシュッとした文章なのに、そこから溢れ出る人間の生き様に圧倒されます。
    生きる力が凝縮された1冊だと、改めて思いました。

  • 歴史小説の個人的な楽しみ方は、歴史的人物の表に出てこない一面を見つけるきっかけをつかむことだったりする。
    史実からは除けられてしまった、弱者(あるいは史実に残す側に立てなかった敗者)から見た歴史の真実が、物語の中になら隠されているんじゃないか、そう思うからだ。
    私が李陵から得たものは正にそれで、かの猛将に蘇武への劣等感があったかもしれないなんて、思いもよらなかった。
    拠る古典があるとはいえ、創作としての性質が多分にある以上、それを事実と見なすのはまずいことは分かっている。
    でも、人の心の複雑さを思えば、それもまた真実なのかもしれない。

    それにしても、子路の何て愛おしいことか。

  • あまりにも有名な山月記。
    教科書に載っていたので、深く学びました。

    人間の欲望は凄いと実感。

    他の作品も、素晴らしい。

  • 『山月記』は、言葉が鋭い爪、牙となって心に深く突き刺さります。偏屈、強情、怠慢、虚栄…。自分の醜い内面をまざまざと見せつけられました。
    猛獣と成り果てた李徴が、再会した旧友にまず自作の詩を書き取らせ、妻子の心配を後まわしにしたのが痛ましい。かろうじて残った人間の本質が徐々に侵されていく悲劇は、おのれと向き合い決して見失うな、という戒めなのでしょうか。
    最後に月を仰いで咆哮した彼の絶望が忘れられません。

  • 何度も読んで、物語の筋道はもちろん、幾箇所かの言葉遣いまで覚えているほどなのに、また読んでしまうのだから、きっとこういう本のことを「座右の書」というんでしょう。

    中島敦は戦時の混乱期にひどい喘息の発作を起こして死んでいる。享年33歳。喘息持ちだった僕は来年同じ年齢に到達する。なんだか妙な感慨。

    高校時代、国語の授業で初めて山月記を読んだ。先生が中島敦が喘息だったこと、体に良いようにと南洋パラオで官吏として勤めていたことを話してくれたと思う。

    喘息は、呼吸が苦しくなる病気だから、ちょっとした発作でも「死」の影みたいなものを感じる病気なんじゃないかと、今でも思う。戦時下の緊迫した社会情勢とも相俟って、この病を背負った中島敦の綴る文体は漢籍の高い素養を見せつけつつも、生への渇仰を隠さない切迫感と、それを全うした人への讃辞のような温かさが同居していると思う。

    「山月記」に出てくる「臆病なる自尊心と尊大なる羞恥心」というあの言葉は、友人たちの間で流行語のようになり、今でも酒の席でこの言葉を発せば、たちまちあの頃の教室の雰囲気が蘇るからすごい。究極の厨二病テイストかもしれないけれど……。

    あれから10年以上経って、李陵や弟子といった他の作品からもにじみ出る、ある種の「求道の人生」といった類いの話に胸を打たれるようになっているのも不思議だ。李陵に出てくる三人の主人公の誰に琴線が触れるかとか、年末の宴の席であらためて親友たちに聞いてみよう。

  • 袁傪が考えた,李徴の詩に欠けているものは一体何か,というのがよく問題にされる.それは,人間らしい心,愛,といったものであるという解説をときどき見かける.確かにそれらは李徴に欠けているものだ.しかし,それらがあるからといって,優れた詩が書けるわけではない.人格破綻者のような人間が素晴らしい芸術を生み出すという事例は枚挙に暇がない.やはり,李徴の詩に欠けていたものは,優れた詩を作りたいという純粋でひたむきな一念だったのではないか.李徴の詩作の動機は,虚栄心としかいいようがないものであった.そこに人生の一つの地獄があるのであり,それ故にこそ,私はこの作品に深く共感するのだ.

  • 「名人伝」、いいと思います!
    李陵はむずかったなぁ()´д`()

  • 教科書で読んだ山月記を思い出して読みたくなるという、ありふれたきっかけで読んだ。

    文体等を細かく評価できるような審美眼は持ち合わせていないが、静謐で無駄がない文章であったように思う。しかしその内容は、決して軽くない。

    過剰な表現で感動を押しつけてくるような作品群と正反対に、頭に入った文字や文が自分の中から心を動かしてくるような感覚を覚えた。紛れもない名作中の名作。

  • 【33歳で亡くなった作家中島敦の中短編集。内なる欲望を主題としたいずれも名品】
    本書には「山月記」、「名人伝」、「弟子」、「李陵」の四編を収録、どの作品も素晴らしい。山月記のみは高校の教科書で既読。虎になるというよく分からぬ作品という印象。今改めて読むとこれぞ名作といった感が強い。誰もが内に秘めた夢を実現したい欲求、周囲に承認されたい欲求、失敗を恐れる恐怖感。そして過去に対する後悔。これらを見事に人間か虎になってしまうという寓話に仕立てている。人が持つ獣性、道徳という皮一枚の奥に潜む本性である。
    弓の名人が、修行の末に弓の存在すら忘れてしまう「名人伝」、孔子の弟子、暴れん坊の子路の生涯を描いた「弟子」、そして漢の武帝により匈奴征伐に派遣され捕虜となる李陵と李陵をかばったため宮刑に処される司馬遷を描いた「李陵」も素晴らしい。
    「李陵」を読むと「山月記」の描かんととしたテーマがよく分かる。辱しめを受けながら、生きる男といったところか。
    平穏な日常。だがそれはほんのうわべだけ。薄皮が剥けるとそこは獣の世界。通り魔事件なんかもそうだし、マンガ「寄生獣」もそのような主題だろう。
    中島敦はそんな主題を見事に作品に紡ぎあげた。
    山月記を教科書に載せた方も素晴らしいと思う。

  • 山月記も名人伝も弟子も皆おもしろい!ただ李陵だけは北方謙三版・史記とは少し違った展開に少々驚いた。李陵の運命の苛酷さは涙なしには読めない。

  • 表題2作を読了。

    【李陵】
    武帝の命令や味方軍の寝返りに翻弄され一族を失うことになった李陵、武帝への反感によって取り返しのつかない屈辱を受けつつ自分の生を『史記』編纂に注ぎ込むこととなる司馬遷、自分の信念を貫き孤高に生きようとした蘇武。
    自分の力ではどうすることも出来ない局面に陥った時、人はどう振る舞うべきか。大きな選択を迫られた男たちの生き様、儚さ、散り際を描いた硬派な1編。
    旧仮名文で冒頭数行は読みにくさを感じましたが、途中からはこの堅さが合う作品だなと気付きます。

    【山月記】
    言わずもがな、教科書にも登場する名作。
    「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が原因で「獣に身を堕す」―虎となった李徴。
    教訓めいた要素はありますが、何より日本語が綺麗。月夜の下、叢(くさむら)の影でぽつりぽつりと自分の身に起こった悲劇を語る李徴と、虎となった友人に寄り添い耳を傾ける袁さんの姿が鮮やかに浮かびます。
    たった10頁ほど、内容は十分知っていても繰り返し読みたくなる味わいがあります。

  • 何度か読み返すたびに、こういう巧みな文体を楽しむ余裕がほしいなと思う。日本語を駆使してこんなふうに表現するということが、爽快。

  • 簡素であり無駄のない文章。声に出して読みたい文章であった。

  • 周りに流されて自分の意志がわからなくなる人間と、周りに流されずに意思を貫く人間の対比が凄く面白い。どっちがいいというわけではない。報われることもあれば報われないこともある。どちらを選ぼうとも、最後は土に帰る。すごく好きな本だ。

  • 高校生のときに教科書で読んだ「山月記」を含む短編4作。
    漢文調の文体で描かれる孤独や自嘲には、初めて読んだ頃より今の方が胸を締めつけられる思いがする。かといって暗いばかりでもなく、ユーモアや微笑ましさのある作品も。修練の末に不射之射に至った弓の名手がついには弓が何であるかを忘れてしまう「名人伝」は、荘子外物篇「筌蹄」の一節やオイゲン・ヘリゲル「日本の弓術」を思い起こさせる。

  • 【山月記】
    才のある李徴という人間が、官職についていたのを下りかねてからの夢であった詩業に就くが、全く泣かず飛ばず。家庭も持つ身ゆえに、苦渋の末官職に戻るが、同期の愚にもつかぬ輩は己の上司であり、自尊心の傷つく日々に、結局耐え兼ね気が狂い、藪をかける中でいつしか虎になってしまったという話。官職時代に友であった袁惨という者が、ある折明け方の山道に差し掛かった時、一匹の虎が踊りで袁惨に襲い掛かろうとするところを翻り叢に隠れた。「危なかった」というつぶやきが聞こえたその声が旧交のあった李徴であることに気づき、呼びかける。その虎こそ李徴であった。
     虎に変わってしまった李徴は自嘲するように、自らの醜さを吐き、半生を振り返りながら、袁惨に願いを託す。自らの詩が日の目を見ぬことの口惜しさ、そして妻子の安否。すべては自身の傲慢から人として必要なことを見過ごし、欠け落ち、このようになってしまった。この期に及んで妻子の安否以上に、自らの詩作のことを思う愚劣さ。嘆きつつ受け入れつつ、自嘲しながら思いを託し袁惨を見送る。丘に上がった袁惨の遠目に、一匹の虎が姿を現す。既に白み光を失った月を見つめ、ひと声二声虎は吠えると、叢の中に姿を消してしまった。

     中国の昔話のような体を取りつつ、人としての機微、見過ごしてしまうような弱さ、過ちに目を向ける。ごく短い作品でありながら、訴える強さを持つ。まぎれもない名作。

    【李陵】
     なんとも深い、胸の底から塊のような溜息が転がる感覚がある。司馬遷の記録をもとに、漢の武将、李陵における人生とロイヤリティーの葛藤を巧みに描く。
     漢の武帝より匈奴の撃退を命ぜられた李陵は、数の劣も跳ね返し、激戦を繰り広げる。しかし次第に劣勢になる戦況に、とうとう討死の覚悟で臨むが、結果捕虜となってしまう。捕虜になるも、敵軍の王、単于は義に篤きものであり、強者を尊び、李陵を賓客として迎え入れる。故国へのロイヤリティーを貫く李陵を、脅すことも強いることもせず残す。その間幾度も自陣に降ることを勧められるが、いかなる厚遇も跳ね除けその信条を貫き通す。
     しかし一方漢においては、李陵は寝返り余すことか敵に戦術も教えているとのうわさが流れ、漢に残る李陵の一族、母親、妻、弟、息子に至るまですべてが謀反のかどで戮せられてしまう。そしてしばらくし、その事実が匈奴にいる李陵に伝わると、今まで守っていたすべての信条は崩れ、忠誠も失せ、恨み骨髄完全に匈奴に身を寄せるようになってしまった。
     誰が聞いても忍びない、李陵の事由は自身の背信も正当化した。しかし一人、同じ漢から捕虜の実となった、蘇武なるものがいた。漢にいたころは友人としても心通わせる所あった二人であり、李陵が匈奴に降るまでは、捕虜同士やはり心近く感じる中であった。この蘇武の稀なるは、いかに自身の事情が悲惨に満ちても決して祖国、君主への忠義を曲げることがなかった。匈奴に降ってからの李陵は、この蘇武との関係に複雑なものを感じ始める。降ったことは自身の決めたことでそれだけの理由がある、しかしそこにいくら正当があったとしても、国に背するということ自体にいくらかのうしろめたさがないでもなかった。それは蘇武との関わりの中で

  • 懐かしい。
    中学校の国語の教科書にあったような。
    これも、再読。

    久々に、難しい単語が出てくる本を読んだなぁ。
    とか。
    昔、もっと怖かったりまじめすぎたりするイメージだったけど、なんか、今なら意外と普通に読めてしまう、カフカの変身的位付。
    年を取るというのもなかなか恐ろしいことである。

    ただ、逆に、普通すぎて、「面白さ」が、精神的面白さと言うより普通のドラマ的面白さに変わったような気もする。

  • 本棚を眺めてたら目に止まって再読。

    狂して虎と化した李徴を嗤うことのできる読み手は、いったいどれくらいいるだろう。

    「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」
    「己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった」

    あぁ、これは俺だ!

    そう思う人間の方が遥かに多いんじゃなかろうか。

    15ページにも満たない短編ながら、「山月記」はすごい。
    ゾッとするような格調があって、齋藤何某ではないが音読してみたくなる。

    この物語の時代背景もおもしろい。
    李徴が科挙を通り進士となったのが天宝の末とあるから、その数年後である物語中の時期は、まさに安史の乱の真っ只中だ。
    開元の治と謳われた玄宗の治世が終わり、絢爛たる大唐帝国がはっきりと下降していく。そんな時期の話になる。

    また冒頭からわかるとおり、李徴は屈指の名門「隴西李氏」の一員である。
    唐を建国した李淵が、北方民族の鮮卑系でありながらこの氏族の流れであると自称することで権威付けをしようとしたほどの名門から出た秀才、それが李徴ということになる。

    物語のラスト、李徴が無二の友袁サンと永別する場面では知らず目頭が熱くなってしまった。
    教科書で読んだ高校生の頃より、この作品を味わえるようになったのかもしれない。

  • むかーし、教科書で学んだのは「山月記」だったか、それとも「李陵」だったか。難しい言葉が多かったものの、朗読した際の“響きの美しさ”が印象に残ってた。

    それから30年あまり。それなりの経験を経て再読してみると、登場人物の様々な悩みや葛藤を感じることができた。

    「理由も分からずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分からずに生きて行くのが、吾々生きもののさだめだ」(p12,山月記)

    「天は人間と獣との間に区別を設けないと同じく、善と悪との間にも差別を立てないのか。正とか邪とかは畢竟人間の間だけの仮の取決に過ぎないのか?」(p56,弟子)

    「如何なる場合にも絶望せず、決して現実を軽蔑せず、与えられた範囲で常に最善を尽くすという師の智慧の大きさ」(p78,弟子)

    「考えることの嫌いな彼は、イライラしてくると、いつも独りで駿馬を駆って広野に飛び出す」(p136,李陵)

  • もっと早く出会いたかった。
    一生ココロの中に残っていて欲しいと願うものでした。

  • 私も、これは私のことだ、と思った。

  • 羞恥心と自尊心に目を奪われやすい作品です。

    しかし、もう一歩踏み込んで考えてみると
    執着と解放のあり方について説いている
    物語と解釈もできるのかもしれません。

    李徴は詩人に本当になりたかったのか?
    そもそも虎は本当に低級な生き物なのか?

    李徴の言動というのは意外に広い解釈の余地が
    あるものなのかもしれないと今更ながらに気付かされます。


    大人になってから何度か読み返すと
    そのたびになにか発見が期待できるというのは
    名作である所以なのかもしれません。

  • 小説『山月記』、映画『アマデウス』について。

    昔から、苦しむ秀才の物語が好きだ。非凡な才能を持ち、それなりに努力もする。しかし、何かか足りずに天才には及ばず、自らを凡庸だと嘆き悲しむ。本当の凡人なら、天才との差も分からないまま一生を終えるだろうから、ひょっとするとそちらの方が幸福な人生なのかもしれない。しかし秀才は、悲しむべきことに明晰な頭脳を持っているから、天才と自分自身との間にある絶望的な隔たりをしっかりと認識できてしまう。

    サリエリが他の宮廷音楽家達のように、モーツァルトの音楽を単に騒がしいだけの雑音だと思うことができなら、彼はどれだけ平穏のうちに人生を終えることができただろうか。しかし彼はモーツァルトの素晴らしさを理解できるほどの感性を持ってしまい、その感性は自分がどれだけ努力しても届かないものであることを悟ってしまったばかりに、彼はあそこまで深い苦悩に苦しめられてしまった。そのような賞賛の念と嫉妬の心との狭間で揺れ動いた男、サリエリを描いた作品が、映画『アマデウス』だ。

    『山月記』もやはり、一流の詩人を目指した李徴が挫折し発狂する中で虎へと姿を変えてしまう、そういう悲劇的な秀才を、日本文学史に残るほどの格調高い日本語で記した作品である。

    虎へと姿を変えてしまった李徴と、旧友である袁惨との会話によって物語は進んでいく。李徴は確かに才能ある詩人であったが、己の才能を否定されることが恐ろしくて他の詩人と関わろうとせず、才能を磨くことに怠慢であった。その一方、己の力量を信じるがゆえに、詩の道を諦めることもできなかった。本人の言葉を借りれば、「臆病な自尊心と、尊大なる羞恥心」のせいで、彼は大成することができなかった。

    サリエリはモーツァルトの死後、常に罪の意識に苛まれ続けながら余生を過ごし、李徴は虎へと姿を変え詩を詠むことすらできなくなった。どうして神様は彼らに、あそこまで「中途半端」な才能しか与えなかったのだろうか。誰よりも分かる、理解できる、感じることができる。なのに、自分がそこに到達することは絶対にできない。どんなに苦しんで生み出した作品でも、それが天才達のそれの足元にも及ばないと分かった時、彼らはどれだけ絶望したのだろう。

    だから、二人とも叫ばずにはいられないのだろう。どちらの作品とも、その最後は、悲痛な叫びで幕を閉じる。サリエリは収容された精神病院で叫ぶ。「モーツァルト、すまなかった。」と。李徴は袁惨が去った後、丘の上で叫ぶ。しかし彼はすでに虎に支配され、叫びは言葉にならない。虎の鳴き声がこだまするだけである。

    憧憬、嫉妬、謝罪、多くの意味を含んだ二人の叫びが語りかける先もやはり、天才になることなどできない、秀才が関の山の、凡々たる我々自身である。

  • 完全に自我を失った時、如何程楽になるだろうか。
    —そう考える時、人は過去を、今迄の所業を悔いる。

    とはいえ、本文の言葉にあるように、人が元はどの様な性質であったのか を、当時は勿論意識せず、後悔の中で過去を鮮明に思い浮かべたとて其は既に現在の自責や悔恨で形容を変えている。元がどんなモノであったか、否、自身がどんなモノであるかを誰も正しく理解することはない。

    自身の短所が此処では猛獣の容貌に成って現れているが、如何様な形容であれ、いつか万人に避けられる醜態に変貌を遂げ、孤独を以て初めて人は自身の悪癖を憂うのだろう。

    とても美しく、論語の様でもあり、それでいて背景から哀愁を漂わせる話だった。
    心理面の描写を仄暗い背景に映し出し、巧く表現されている。

  •  T教授は私が恩師と呼ぶことができる唯一の先生である。

     入学早々入った歴史学研究会の顧問だった。一般教養では経済史を学んだ。卒業までは2年間「Tゼミ」に所属した。ゼミの専攻は一応西洋経済史だった。だが、学問的なことは一切教わった記憶はない。先生は「自分で学びなさい」が口癖の、徹底して教えない教師であった。
     Tゼミ出身の教授、助教授を名乗る研究者は10人を越える。国立私立有名無名を問わず多士済々だ。狭い学問の畑を、たった一人の後継者を指名して遺すのが、大抵の研究者の常だ。1人の大学教員が生み出す大学教員の数を、「特定出生率」になぞらえるならば、1か2が平均値だろう。だから先生は異例に多産な教育者でもあった。

     「どうしていますか」
     と、ひとこと書かれて、先生から年賀状が返ってきたことが一度だけある。卒業後2、3年目の正月だった。必ずしも意に沿わぬサラリーマン生活に思うところがあって、「『山月記』の虎のごとく、いまに正気を失ってしまうかもしれません」と泣き言まがいの文句を書いて年賀状をだしていた。返事をいただいたのは後にも先にもそれきりだ。

     さらに10年ばかり後、ゼミの同期だったMの披露宴で先生と会った。時は90年ごろのちょうどバブルがまさにはじけた瞬間の頃であった。
     「仕事のほうは、どうだ」先生は私に問うた。
     「うーん。まあ、なんかアクセルとエンジンばかりで、ブレーキの無い車のようなモンですねえ。もうどうなろうと走り続けるしかないって感じですかね」
     自嘲的にだが口調は調子よく私は答えた。
     先生は、初めて見せる真剣な顔で、
     「そうか。だがなあ、お前にゃあコンピューターも制御装置もちゃんと付いてたはずなんだがなあ。少なくとも俺の知っているお前は、ニッポンの社会のブレーキの一部ではあったはずだぞ」
     そこまで言ったところで、乾杯の挨拶のため先生は席を立った。

     『山月記』は、過剰な自尊心と意に沿わぬ仕事との間で発狂する下級官僚を描いている。三十三歳で夭折した著者中島敦自身の苦悩の投影であることは論を待つまい。中島の短い社会人生活を遥かに超えた長い期間、私は曲がりなりにも「虎」になりきることなく「正気」を保って生きている。
     
     『山月記』と先生の「教え」がなかったならば、今ごろとうに自分以外の何ものかになり変っていたに違いない。

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李陵・山月記 (新潮文庫)の作品紹介

中島敦は、幼時よりの漢学の教養と広範な読書から得た独自な近代的憂愁を加味して、知識人の宿命、孤独を唱えた作家で、三十四歳で歿した。彼の不幸な作家生活は太平洋戦争のさなかに重なり、疑惑と恐怖に陥った自我は、古伝説や歴史に人間関係の諸相を物語化しつつ、異常な緊張感をもって芸術の高貴性を現出させた。本書は中国の古典に取材した表題作ほか『名人伝』『弟子』を収録。

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