田舎教師 (新潮文庫)

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著者 : 田山花袋
  • 新潮社 (1952年8月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101079028

田舎教師 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 5月13日『花袋忌』この一冊

  • やるきがあるのかないのかわからないが、現状に満足しない男がああでもないこうでもないと言う話。

  • 将来に夢と意欲を抱く青年が、自身置かれた境遇を恨み田舎教師の生活を悶々と過ごす。そのうち環境にも慣れ、人や自然と接しつつ病に倒れる。救いは失意のうちでなく、出世のみが人生で大切なことではないと悟ったことか。また、多くの友人知人に囲まれることのありがたさを有志で建てられた自然石の碑から感じる。2016.4.16

  • 田舎に赴任してきたからといって、そこで何が起きるわけでもない。ほのぼのとした教師生活を送り、そして若くしてその土地で死を迎える。そんな平和でもあり物悲しくもあるシンプルな物語に読み入ってしまうのは、やはり時代背景のせいか。

  • ダメだ…田山花袋、まだるっこしい…地元が舞台だし、職業も一緒。興味をそそられたが非常に残念。読み切れない。

  • 縁のある羽生が舞台であるので読んでみたが、夢を追いつつ田舎に埋もれ行く若者の半生の話。だんだんと考え方が変わっていくさまが書かれているが、題名の通りのまさに田舎教師の話だと感じた。ただし、田舎教師はこの時代の一般的な若者であり、日露戦争をどう思っているのか、教師という仕事への評価、その時の文壇の雰囲気、そして、羽生や行田にかけての自然が特に丁寧に書かれていた。
    物語としては退屈なものであるが、その時の時代を良く感じることができる一冊ではあった。

  • 自然主義文学は抑揚が無いから長いのはつらい

  • 明治の時代、夢抱きながらも生活のため田舎の教師に甘んじて身を置く青年の話。この時代の死の身近さになんだか切なくなる。
    あと、解説がちょっといらっとする。

  • 20150406読了。
    「こんなはずではなかった」「こんなところでくすぶっている私は本当の私ではない」
    若い人が一度は抱くであろう気持ち。しかし現実を見、自分の実力を知り徐々に置かれた立場に慣れていく。誰にでも経験はある。満足するわけではないけれど、埋没していく。
    そんな若者の日常が淡々と描かれているため、物足りないと感じる人もいるだろうが、この普通さを描いているのだがこの様子がいいと思う。

  • 当時の環境や時代背景がしっかり伝わってきた。
    若者の成し遂げたいという考えが実現できない難しさがよく表現されていました。

  • 第1章
    名前:林清三(せいぞう)
    場所:羽生
    場所:過去:行田から熊谷
    名前:親友:加藤郁治(いくじ)
    名前:友人
    名前:尾花
    名前:art
    名前:小畑
    名前:miss n
    場所:浦和
    名前:郁治の父
    名前:雪子(17才、郁治の妹)
    名前:しげ子(15才、郁治の妹)
    場所:弥勒(みろく)
    場所:井泉村役場
    名前:小使い(五十男)
    名前:助役(岸野)
    名前:三田ヶ谷村村長石野栄造

    第2章
    場所:三田ヶ谷村
    場所:三田ヶ谷村弥勒高等尋常小学校
    名前:傘屋の中爺(ちゅうおやじ、50ぐらい)
    場所:お料理そば切りうどん小川屋
    名前:お種(おたね)
    場所:赤城おろし

  • 半分で挫折

    文体は良いのだが・・・。

  • 「知」には2つあるとします。一つは事象・事物そのもの・コンテンツについての「知」。もう一つは事象や事物をどう捉えるかという、人間の受信・インプットの様態についての「知」。
    この本は(いや、いわゆる文学作品の大半がそうなのかもしれませんし、野暮な言説になることを承知で書いていますが)後者についての「知」に満ち溢れていました。

    田舎にもレベルがありそうですね。くすぶるような田舎レベル中の下としての北関東を舞台としたこの淡い、時に、強い筆致は、そのまま田舎教師・清三の「夢・希望」にまつわる機微を言表しているのではないか、と感じたりもしました。

    ※自分にとって割と親しみのある地名の連発。土地に思いを馳せながら読んでいました。

  • (1966.09.20読了)(1966.09.02購入)
    内容紹介
    文学への野心に燃えながらも、田舎の教師のままで短い生涯を終えた青年の出世主義とその挫折を描いた、自然主義文学の代表的作品。

  • 解説のとおり、淡い憧れは単なる出世主義。文学への思いは熱く固いものでなく、何でもよかった。正直、身につまされる。
    うすい退屈な人間を描いた、薄い退屈な小説。だがそれがいいっていうものだろう。若くしてしんでも、残される両親のことを思って悲しくはなっても、主人公をかわいそうとは思っても、決して悲劇の主人公ではない。ハッピーエンドでは断じてないが。モデルがあるらしいが、物語として死ぬ必要はあったのかな? 夢が果てたまま、死のようにどうしても想いが果たせない状態にならずに、個人的には、だらだらと中年になっていく青年こそ見せてもらいたかった。

  • 学校の課題の為購入。
    これといって、ここが見どころとか、ここから急展開というところがなく、淡々と話が続いていく感じ。
    主人公清三がどんどんと病に冒されてしまうほどに、日露戦争の描写が多くなっていっている。
    平坦で地味な作品だけど、所々に生活や自然の描写が細かく描かれていて、味わい深い作品だと思った。

  • 主人公・林清三くんには実在のモデルがゐるさうです。
    それかあらぬか、彼の描写にはリアリティがあります。それも目を背けたくなるくらゐの。
    彼は文学青年であります。しかし文学で身を立てる事は出来ず、タイトル通りの田舎教師となります。
    しかし彼は、このまま埋もれる心算は無い、と考へてゐました。少なくとも教師になりたての時分は。
    そしてすでに夢を捨ててしまつたかのやうな市井の人たちに対して、内心反発といふか、俺はさうならないぞといふ意思が見えるのであります。プライドが高いとも申せませう。

    それでは清三くんは将来の出世を実現すべく、日夜努力を続けてゐるのかと思へば、それほどでもないやうです。自分の夢を必ず実現するぞといふ意思があまり窺へぬ。
    また、好きな女性が出来ても、悶々とするだけで具体的行動には移せません。
    何と中途半端なのでせうか。これが「自然主義文学の代表作」の主人公か!
    と嘆いても詮無いこと。
    それよりも、清三くんのことを、まるで自分の事のやうに感じる人が多いのではないでせうか。
    実は私がさうだつたので。
    彼に感じたリアリティとは、案外そんなものかも知れません。

    ところで私が興味深かつたのは、実は「解説」であります。
    この新潮文庫版では、かの福田恆存氏が解説を書いてゐるのですが、この人選はよく分かりません。しかし福田氏だからといつてここでは怖がる必要はないのであります。
    彼は何だか厭々解説を引受けたかのやうな書きつ振りなのです。
    「(『田舎教師』は)花袋の長編力作であります」などと言ひながら、「たいくつな小説」と断じてゐます。
    一応「田舎町の風物や生活」がリアリティをもつて書かれてゐる、などと取つて付けた様なことも言つてゐますが、読者に対して「ああ何だか詰まらなさうな小説だな」と思はせる効果抜群であります。面白いですね。

    http://genjigawakusin.blog10.fc2.com/blog-entry-54.html

  • 読了後にまず思ったのは、物語の余韻にいつまでも浸っていたいということ。次いで、物語に漂う空気にいつまでも読み耽っていたいということでした。

    家庭の貧しさから進学を断念し、田舎のとある村で小学校教師として赴任することになった主人公・林清三。明星一派を敬愛し、文学をこよなく愛した青年の心情と、細やかに描かれる田舎の心象風景とが絶妙に溶けあい、『田舎』という長閑な雰囲気の物語には、ある種の残酷なまでの現実味が加わります。


    "Artの君"を巡る親友・加藤郁治との三角関係には、実篤の『友情』を思い浮かべました。
    進学や、文士として第一歩を進めようとするかつての同級生たちに羨望を抱く一方で、現状に甘んじている同僚の教師たちの生活ぶりを目にするにつけ、清三の心に生じた焦りの気持ち。

    縁もゆかりもない田舎の土地で教師を勤め、さまざまな想いのうちに身を沈めていく林清三の生涯を思えば、ただただ感涙にむせぶ他ありません。

    物語の進み方や、それを通して描かれる主人公の生き方は、苦労じみていながらも非常に共感できました。
    本作『田舎教師』は、私にとってとても好きな作品であるとともに、もう一度愛読したい作品の一つなのです。

  • 若者の何かを成したいという気持ちっていうのは今も昔も変わらないんだなと認識させられました。
    主人公である清三は現代のワナビにも通じる考え方を持っています。
    今現在何かを成したいと考えている若い人には読むのが辛い内容かもしれません。
    紀行文に定評があるだけあって風景の描写が秀逸。
    当時の風俗が眼に見えるようです。

  • 中高生の頃ではなく、社会に出るということが見え出した今読んで良かったと思える作品だった。結末の寒々とした情景に、主人公の人生は結局何だったのだろう、とやるせない気持ちになる。

  • 85点。「身につまされる思い」とはまさにこのことか。非モテを鬱にする天才という花袋先生、まさにそのとおり。ぜんぜん関係ないが先日飲んでいるときにこの文庫を目にするや「うちらは一兵卒だからしょうがないな」と衒学的なフレーズで自己卑下してみせる同期はやはり最高で、そのひは痛飲したのであった。

  • なんだかいろいろ考えさせられた。
    今この時期に出会えてよかったと思える一冊であることは間違いない。
    この時代の小説ってわりと苦手意識があったんだけど、もっと手に取ってみようと思う。
    [2011.05.01]

  • 志は挫け恋にも破れた主人公の孤独の心情、その寂しさをあの手この手で遣り過ごそうとする悪足掻き(友人への嫉妬、生活に安穏とする同僚への軽蔑、日々の労働とは無関係の素人研究への熱中、上級資格の検定試験を受けて何とか成り上がろうとする試み、幼いがゆえに純粋な者たちと接する中に見出す慰め、商売女との仮初の交わり、遠いところへの憧憬、世捨人然とした生活、諦念と沈黙・・・)、それが今までの自分の姿と重ねられる。

    "あゝわれ終に堪えんや、あゝわれ遂に田舎の一教師に埋れんとするか。明日! 明日は万事定るべし。"

    自己の内面に一度でも沈潜してしまった者は、その深淵に比して自らを捕り囲む実生活の尺度が余りに卑小であることに、軽蔑と戦慄を覚える。唾棄すべき俗世の中で何者かとして固定され埋れてしまうことへの恐怖。つまらぬ日常は、それこそ毎日、補給され続ける。

    内的な理念によって自らを吊り支えることも能わず、他者と情愛を遣り取りする合せ鏡の間に自己の居場所を見つけることも叶わず、かといって世俗の汚泥に頭まで浸かりせいぜい実利計算にばかり長けた小賢しい愚鈍の俗物に堕することも潔しとしない。自殺もできぬ、発狂もできぬ、宗教にも走れぬ。せいぜいが、束の間、生理的快楽に孤独を紛らわせるくらいしかできない。

    内的な信念への重苦しい誠実さを抱え続けること、実生活の尺度に合わせて「小さく生きる」こと――ルカーチならば、節制 Haltung と呼ぶだろうか――、如何にしてその折り合いをつけていけるものだろうか。執着か妥協か、何が本当なのか分からない。

    嘗ての教え子である女生徒の中に清三の影が残っていることが、救いだ。

  • 情景描写を楽しむ本。鬱の人は読まないほうがいい。

  •  自然主義文学の旗手として歴史にも名高い、文豪田山花袋の代表作。『温泉めぐり』『日本一周』など紀行文を多く書いた作者らしく、風景の描写は結構多い。各地の間の距離が何里であるかところどころ細かく書いてあったり、初版本(国会図書館の近代デジタルライブラリーなどで閲覧可能)では舞台となる地域の地図が載っているあたりは、舞台となる風土もひっくるめて楽しんでほしいと言う作者の想いの現れなのだろうか。
     ただ、今から約100年前に書かれた小説(1909年)ということもあり、現代に生きる身としてはなかなか風景の描写を頭の中にイメージできず、作品の良さを十分に楽しめなかったと思う。長いなぁという印象は、恐らくこれが原因ではないだろうか。

     テーマは、青年が抱く夢・願望と、それが潰えてからどんな道を歩んでゆくか、という話。田舎の小学校教師のままどんどん埋もれていく焦りと諦観、それによる一時の堕落、そして復活。こうした道は多くの人がたどるべき運命なのかもしれない。こんな過去もあったなぁと酒の肴にできる日がいつかやってくる類のものだ。
     しかし、この小説では、そういった段階に至る前に主人公清三が命を落としてしまうところが特徴的。「今死んでは、生れて来た甲斐がありゃしない」という言葉が本心から出た言葉だとすれば、彼は失意と後悔の中で人生の幕を閉じてしまったことになる。
     実際は生徒に愛され地域に慕われていたが、彼はそのことに気が付いていただろうか。また、過去の自分を思い出し、まるで他人のようにそれを眺めていたというシーンがあるが、彼はその「他人」をどんな気持ちで眺め、どんな評価を下していたのだろうか。涙こそ流しているが、その心の内は語られていない。こういった話を読んでいると、改めて自分の「幸せ」はどれだけ人を幸せにできたかに依るのかなと思ってしまう。そうでなければ、彼があまりにもかわいそうだ。

     やや感傷的にすぎ淡々と話が進むところは退屈かもしれないが、人生の岐路で彷徨いながらその道を選択してゆく青年の感性をたっぷりとに味わうことができる名作。解説では「傍観者的紀行文作家」の「影の薄い」作品と評価されている。フィクションと割り切って淡々と読んでしまうと、ちょっと退屈に感じてしまうかもしれない。だが、読者が揺れる青年の心に自らを投影して様々な思いを馳せるためには、適した描き方だったんじゃないかと思う。

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