田舎教師 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101079028

感想・レビュー・書評

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  •  作者の田山花袋は日本の文学史に名を残す作家で「自然主義文学」の代表的な作家と言われています。名前は以前から知っていたが、その作品を読んだことはなかった。館林に引っ越してきて、市内の公園で田山花袋の文学碑を目にし、この作家が館林市の出身だと知った。市役所の近くに田山花袋文学記念館があり、そこで代表作と言われる『田舎教師』という素朴な題名の小説を買ってみた。

     物語は明治時代に生きた実在の人物をモデルにした小説。主人公の林清三は足利出身で、熊谷の中学校を卒業し、羽生市のはずれ(現在の東北自動車道羽生サービスエリア近く)にあった弥勒高等小学校(明治42年に廃校)に3年半ほど勤務した文学青年です。彼は家庭が貧しく、高等学校に進学することが出来なかった。中学時代の友達たちは東京や浦和の学校に進学していく。友人たちを羨ましく思いながら、当時住んでいた行田から四里離れた弥勒の小学校で代用教員として働き出す。彼は大きな志を抱いていた。最初のうちは以前住んでいた行田にも毎週末帰り、友と遊び語らう。「行田文学」という文学誌も立ち上げた。やがて自己の境遇・現実に触れるにしたがって理想が崩れていき次第に諦めに変わる…。恋愛も金銭面も、自己の目標達成も思い通りにならない。地元で友達と会った週末の帰り路、行田から羽生、弥勒とだんだんと活気がなくなる景色に彼の心情が重なっていく。やがて現実に折り合いをつけ教師にやりがいを見いだしていくが、体が弱かった彼は仕事が出来なくなるまで体を壊してしまう。自宅の暗い病床で日露戦争の戦勝に沸く提灯行列の喧騒を聞きながら、親に看取られ短い生涯を終える。以上がこの物語のあらすじです。

     この小説を最初読んだときは小説の世界(明治時代の一般人の話)になかなか入り込めない感じがした。しかし読み進むうちに主人公に同情し、共感していった。気付いたら「自分も同じだな」と考えていた。 描かれているのは当時を生きた無名の日本人青年で、功名心を抱きながらも次第に諦め、現実生活に折り合いをつけ小さな喜びを見いだしていく。その生き方に、自らの能力への矜持と出世主義、友人や周りへの羨望と挫折感、寂しさ、侘しさといった人間の感情が凝縮されていて、とても奥深いヒューマンドラマです。
     歴史に名を残した人の話ではなく「無名の人の話」というのがこの小説が僕の心に響いた点ですが、その核心が最後の場面に象徴されています。日露戦争の戦勝に沸く人々の賑わいを主人公は病床で聞きます。日露戦争当時の日本を描いた小説で真っ先に思い浮かぶのは『坂の上の雲』ですが、その登場人物たちは「歴史を作った人たち」で名を残した人です。題名の如く坂の上の雲を目指して当時の日本を牽引したスターの話です。対して「田舎教師」は同じ時代の日本で、彼方で戦う同胞に想いを馳せ、何もできない自分を不甲斐なく思います。現代社会の片隅で生きている自分も主人公と同じだなと思えてきます。
     この小説を読んで、小説ゆかりの地羽生を訪ねました。作者や主人公が生きたこの物語の世界を身近に感じられる街歩きも含めて、味わいたいストーリーです。

  • 田山花袋はとても評価が低いらしくて、どんな文庫の
    「あとがき」を読んでも「ぬるい」ということが書いて
    ありますけど、こんなに風景をテンポよく、さりげなく
    書ける作家は田山花袋ぐらいじゃないでしょうか。

    私は大好きです。明治時代にタイムトリップしたい!
    と思ったらすぐに読み始めます。ただ、、、主人公が
    ちょっとどうしようもなく辛そうなのは辛い、、。

  •  自然主義文学の旗手として歴史にも名高い、文豪田山花袋の代表作。『温泉めぐり』『日本一周』など紀行文を多く書いた作者らしく、風景の描写は結構多い。各地の間の距離が何里であるかところどころ細かく書いてあったり、初版本(国会図書館の近代デジタルライブラリーなどで閲覧可能)では舞台となる地域の地図が載っているあたりは、舞台となる風土もひっくるめて楽しんでほしいと言う作者の想いの現れなのだろうか。
     ただ、今から約100年前に書かれた小説(1909年)ということもあり、現代に生きる身としてはなかなか風景の描写を頭の中にイメージできず、作品の良さを十分に楽しめなかったと思う。長いなぁという印象は、恐らくこれが原因ではないだろうか。

     テーマは、青年が抱く夢・願望と、それが潰えてからどんな道を歩んでゆくか、という話。田舎の小学校教師のままどんどん埋もれていく焦りと諦観、それによる一時の堕落、そして復活。こうした道は多くの人がたどるべき運命なのかもしれない。こんな過去もあったなぁと酒の肴にできる日がいつかやってくる類のものだ。
     しかし、この小説では、そういった段階に至る前に主人公清三が命を落としてしまうところが特徴的。「今死んでは、生れて来た甲斐がありゃしない」という言葉が本心から出た言葉だとすれば、彼は失意と後悔の中で人生の幕を閉じてしまったことになる。
     実際は生徒に愛され地域に慕われていたが、彼はそのことに気が付いていただろうか。また、過去の自分を思い出し、まるで他人のようにそれを眺めていたというシーンがあるが、彼はその「他人」をどんな気持ちで眺め、どんな評価を下していたのだろうか。涙こそ流しているが、その心の内は語られていない。こういった話を読んでいると、改めて自分の「幸せ」はどれだけ人を幸せにできたかに依るのかなと思ってしまう。そうでなければ、彼があまりにもかわいそうだ。

     やや感傷的にすぎ淡々と話が進むところは退屈かもしれないが、人生の岐路で彷徨いながらその道を選択してゆく青年の感性をたっぷりとに味わうことができる名作。解説では「傍観者的紀行文作家」の「影の薄い」作品と評価されている。フィクションと割り切って淡々と読んでしまうと、ちょっと退屈に感じてしまうかもしれない。だが、読者が揺れる青年の心に自らを投影して様々な思いを馳せるためには、適した描き方だったんじゃないかと思う。

  • 読了後にまず思ったのは、物語の余韻にいつまでも浸っていたいということ。次いで、物語に漂う空気にいつまでも読み耽っていたいということでした。

    家庭の貧しさから進学を断念し、田舎のとある村で小学校教師として赴任することになった主人公・林清三。明星一派を敬愛し、文学をこよなく愛した青年の心情と、細やかに描かれる田舎の心象風景とが絶妙に溶けあい、『田舎』という長閑な雰囲気の物語には、ある種の残酷なまでの現実味が加わります。


    "Artの君"を巡る親友・加藤郁治との三角関係には、実篤の『友情』を思い浮かべました。
    進学や、文士として第一歩を進めようとするかつての同級生たちに羨望を抱く一方で、現状に甘んじている同僚の教師たちの生活ぶりを目にするにつけ、清三の心に生じた焦りの気持ち。

    縁もゆかりもない田舎の土地で教師を勤め、さまざまな想いのうちに身を沈めていく林清三の生涯を思えば、ただただ感涙にむせぶ他ありません。

    物語の進み方や、それを通して描かれる主人公の生き方は、苦労じみていながらも非常に共感できました。
    本作『田舎教師』は、私にとってとても好きな作品であるとともに、もう一度愛読したい作品の一つなのです。

  • 若者の何かを成したいという気持ちっていうのは今も昔も変わらないんだなと認識させられました。
    主人公である清三は現代のワナビにも通じる考え方を持っています。
    今現在何かを成したいと考えている若い人には読むのが辛い内容かもしれません。
    紀行文に定評があるだけあって風景の描写が秀逸。
    当時の風俗が眼に見えるようです。

  • 自由な恋愛ができて、自由な生き方ができる現代に生まれてよかった。そう感じさせてくれる作品。
    「破戒」でもそうだが、身分によって考え方が縛られてしまう窮屈な人生の中でそれでも精一杯生きようとする人たちの姿を見ると、「こんなに毎日自由を謳歌し無為に現代を生きている自分は、これでいいのか?」と思ってしまう。

著者プロフィール

1872年群馬県生まれ。小説家。『蒲団』『田舎教師』等、自然主義派の作品を発表。1930年没。

「2017年 『温泉天国 ごきげん文藝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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