小泉八雲集 (新潮文庫)

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著者 : 小泉八雲
制作 : 上田 和夫 
  • 新潮社 (1975年3月18日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (421ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101094014

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小泉八雲集 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 背筋がぞっとする作品は勿論、摩訶不思議や儚い美しさ、無情、侘、寂、道徳観まで、余韻を残す色彩豊かな48作。怪談のイメージが強かった作者でしたが良い意味で裏切られました。印象的な作品を簡単に。

    「衝立の乙女」
    一生のあいだ“無情なこと”をしない男など滅多にいない、という皮肉のきいたラスト。

    「破られた約束」
    男を愛しすぎたゆえに歪んだ怒りの矛先。凄惨な描写は恐ろしいの一言。

    「梅津忠兵衛のはなし」
    武士たるもの二言なし。約束を順守した律儀な武士に授けられた世代を越えた不思議な力。

    「常識」
    大切なのは、生きる知恵と確かな常識。IQの高さと信仰心の高さは二の次である。小気味良く効いた毒。

    「雪おんな」
    監視するために近付いたのか、それとも…?

    「心中」
    地獄絵図を横切る白い亡者たち。その表情は絶望だけではない。

    「日本人の微笑」
    謝罪の時、死を前にした時でさえも笑顔を見せる日本人。西洋にはない、と断言した不可解な“微笑”のルーツは何なのか。かつて八雲が来日した際に見た全てを包み込むような柔らかい日本人の微笑を、現代を生きる私たちは残せているのでしょうか…。

  • 大変楽しく読めた。いずれの話も短編であった。
    中でも著者の考え方がすんなり飲み込めたのは「日本人の微笑」である。これはその通りであろう。
    またその他にも良い話は多々あった。(本書を読み終わったあとでは、良い話と感じる自分もなんだかおかしな人間かと思えてくるが、)日本の心中に関する幾つかの話が自分にはひどく興味深かった。本当に我々は宗教を混ぜくたにしてしまっているのだな、という事を改めて認識せざるを得ない。混ぜくたに、というよりは都合の良い形に変えて取り込んでいるというところであろうか。そういう点では山本七平著の「空気の研究」と少し重なる部分も見受けられる。詰まる所、日本人の特異性はそこに集約されるという事なのか。…それは少し早計かも知れない。
    何れにせよ良い本であった。著者の別の本も読んでみたいと思った。

  • 「日本人の微笑」を読んで、以下の感想。悲しむべき時、など欧州人ならば笑えない時でも日本人は微笑を絶やさない。これは相手を小馬鹿にしているわけではない。笑いは自己を抑える礼節なのである。意味的には「あなたはこれを不幸なことと考えるかもしれませんが、どうかこんなつまらないことでご心配せずに。このようなことを耳にさせて申し訳ありません」。
    つまり、「私」を捨てて「公」の立場に常に立てる。現在でも当時程ではないかもしれないが、この日本人の特性は残っていると思う。普段はあまり気にかけないことをこの本は気づかせてくれた。「明治は美しかった」、本当にそう思えた。

  • この本を読んで私は、小泉八雲は、日本に来てほっとしたのではないかと思った。
    もちろん、当時の日本が素朴で純粋な人々が住む理想郷のような所ではあるわけなかっただろうし、八雲もそれを痛いほどわかっていただろう。
    むしろ、ことあるごとにこの極東の国に失望しては胸を痛めて、こんなところもう嫌だ、もう嫌だ、と思っていたかもしれない。

    けれど、それでも八雲はやはり、どこかで日本に心安らいでいたのだと思う。でなければ、私は彼がこれほど日本の深いところに共感できたとは思えないのだ。
    彼は日本での生活に「平穏」を見つけたのではないか。
    それは言うなれば、彼の「影」のようなものだったのかもしれない。彼はこの極東の島国でやっと、自分に健気についてくる「影」を見つけたのではないか。

    八雲は日本の霊的なものを愛したという。この本にも、八雲が収集した怪談が収録されている(有名なのはやはり、「耳無し芳一」だろう)。
    霊的なもの、というのは言いえて妙である。自然を超越したものでありながら、もっとも自然的なもの、というかんじだろうか。精神的な意味での風土、というような。
    それは、彼の小さきもの、こまごまとしたもの、幼きものへの愛情がよく表していると思う。

    この本に収録されている中ではやはり、「日本人の微笑」にもっとも感動した。
    日本人の中に息づく精神を、丁寧に細やかに、そして夜明けの光のように優しく描いた、素晴らしい評論である。

  • 小泉八雲の怪談・奇談、日本観察及び日本文化に関する作品を集めた48の短編集。シンプルで読みやすい。静謐とした恐怖、日本文化に関する深い造詣と思慕が伝わってきます。当時の東大生、八雲に教えてもらえたんだよねー・・そしてその後任が夏目漱石。うらやましすぎる、当時の東大生。

  • 松江に行ったので。
    怪談話というか伝承の部分は好き。

  • 古き良き日本を記録した八雲の業績の素晴らしさを実感した。江戸の人々は狐狸妖怪と隣り合って生きていた。そして、八百万の神々とも生きていた。前半は、不可思議な出来事に畏敬の念を抱いて語り継がれた話。有名な「耳なし芳一」が八雲によって保存されたことを再認識した。『日本人の微笑』の中で引用された鳥尾子爵の論文は、今の日本人に忘れられた、日本人のあるべき姿のような気がしてならない。編集の妙もあろう。結びの『焼津にて』は、八雲の言わんとしていることが凝縮されていたように感じた。機会を作って八雲の作品を読もうと思う。

  • 2016年、32冊目は、小泉八雲。主に、隙間読書で読んでいたもの。

    明治23年、39歳で来日したラフカディオ・ハーン。彼が記し、日本を欧米に紹介した作品の、音楽で言うベスト盤的もの。

    小泉八雲と言えば、「耳なし芳一」と言われるような、民話などに根ざした怪談系の前半。日本(人)の精神性、宗教感や風習、等を独自検証を交えた後半といった印象。

    近代化の中で、その後の高度成長期によって、現在では、絶滅危惧種と化した、彼の心を動かした「日本的」なもの。その復興、復活を声高に言うつもりはありません。しかし、歴史の流れを切り取ったものとして、西洋人ではなく、現代人に紹介したものと考えて読むコトも出来ます。

    そして、巻末の解説で彼の幼少期のコトを初めて知りました。彼の根底にあるのは……。それを思うと、深みが増します。

  • 「日本人の微笑」
     日本人が忘れ去った習慣。長き歴史の中で培われてきた、消極的な争いごとを防ぐ方法の一つ。

    距離だけは何故だか「マイル」表示?

  • 新潮文庫の分類は、大きく「日本の作品」「海外の作品」に分けられてゐます。かつては「草」「赤」「白」などと、岩波文庫同様に帯の色分けで分類されてゐました。トップナムバアの「草1A」は、長らく『雪国』(川端康成)であつたと記憶してをります。
    同じく「日本の作品」とされてゐる小泉八雲なる御仁は、元元ラフカディオ・ハーンといふギリシャ生まれの英国人でしたが、来日以後、どうやら日本を気に入つたやうで、日本人女性と結婚し、さらに日本国籍を取得、「小泉八雲」と名乗るに至りました。
    しかし彼はその著作を日本語ではなくイギリス語で発表してゐます。その内容も、未知なる日本といふ国を、西洋に紹介せんとする意図のものが大半なので、海外の作品の方がしつくりくるのであります。デビッド・ゾペティさんや楊逸さんのやうに、日本人を対象にして日本語で発表する場合は構はないでせうが。

    まあいい。実はそれほど拘泥してゐる訳ではありませんので。『小泉八雲集』が面白ければ問題ないのであります。
    小泉八雲は来日以来、多くの著作を精力的に発表してきました。それらの美味しい部分を集めたアンソロジイですので、詰まらない訳がございません。即ち『影』『日本雑記』『骨董』などから、日本各地から集めた怪談話が披露されてゐます。
    特に『怪談』は「Kwaidan」として、映画にもなるなど、有名な存在ですな。あの「耳なし芳一のはなし」も収録されてゐます。ああ痛さうだ。ただし、映画版は、『怪談』以外からもエピソオドが選ばれてゐます。

    『知られぬ日本の面影』からは、「日本人の微笑(The Japanese Smile)」が収録されてゐますが、いやまつたく、秀逸な日本人論であります。面白い。当時は英国人の生真面目さに比して、日本人の軽さが外国人を惑わせてゐたらしい。戦後の高度経済成長期の日本人こそ、勤勉で真面目と言はれましたが、明治期の日本人は不気味な笑顔をふりまく得体の知れぬ存在だつたのでせう。小泉八雲は、日本人の微笑を分析するには、上流階級は参考にならない、古来からの民衆の生活を知らないと理解できぬと指摘してゐます。昔から日本人は意味もなく(でもないけど)、へらへらと笑つてゐたのですねえ。

    日本の庶民を愛した小泉八雲ですが、当時の日本は文明開化から間もない、大いなる過渡期でした。西洋に何とか追ひつかうと、庶民の生活や意識も劇的な変化を遂げる、まさに真最中と思はれます。当時の若い層を中心として、西洋に学ぶ一方、古来の日本らしさを軽んずる風潮を、小泉八雲は苦々しく思つてゐたやうです。
    2016年に生きる我々にも、参考になり勉強になる一冊と申せませう。

    http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-627.html

  • 松江と言えば、小泉八雲。じつは今まで読んだことがなかったんだよね。旅行の前に目を通しておいてよかった。とぼけた味わいで思わず笑ってしまったり、涙が出そうになったり。短くも美しい怪談話にすっかり魅了されました。

  • はじめてちゃんと読んだ小泉八雲。明治の日本に骨を埋める外国人。他の作品も読みたくなる。日本人がもっと日本人らしかった面白い時代、外国人には日本人がどう見えたか。ペリーに同行した人の話とか本になってないんかな、関係ないけど読んでみたくなった。

  • 雪女、耳なし芳一・・・。松江に住んだラフカディオ・ハーン、馴染むまでに時間のかかる排他的な町(一旦、親しくなると家族的)で、人々が妖怪のように見えたのではないかと・・・。w

  • (2015.10.18読了)(2015.10.15拝借)(1976.07.10三刷)
    Eテレの「100分de名著」で『日本の面影』が取り上げられました。
    かみさんの本棚にあったこの本に、『日本の面影』に収録されている作品もいくつか収録されているので、この機会に読んでしまうことにしました。
    ラフカディオ・ハーン、小泉八雲の「耳なし芳一」「雪おんな」などは、読んだことがなくても、映画その他で紹介されるのでなんとなく知っています。
    知っているつもりなので、なかなか読んでみようという気にならなかったのですが、読んでみて、かなり面白いことが分かりました。400頁もあるので、つい後回しになっていたのですが、もっと早く読むべきでしたね。
    日本以外の人に向けて書かれたのに、日本人が読んでも面白い。日本が西欧化して古い日本を忘れてしまったからでしょうか。

    【目次】
    『影』(1900年)
    和解
    衝立の乙女
    死骸にまたがる男
    弁天の同情
    鮫人の感謝
    『日本雑記』(1901年)
    守られた約束
    破られた約束
    果心居士のはなし
    梅津忠兵衛のはなし
    漂流
    『骨董』(1902年)
    幽霊滝の伝説
    茶碗の中
    常識
    生霊
    死霊
    おかめのはなし
    蠅のはなし
    雉子のはなし
    忠五郎のはなし
    土地の風習
    草ひばり
    『怪談』(1904年)
    耳なし芳一のはなし
    おしどり
    お貞のはなし
    乳母ざくら
    かけひき
    食人鬼
    むじな
    ろくろ首
    葬られた秘密
    雪おんな
    青柳のはなし
    十六ざくら
    安芸之助の夢
    力ばか
    『天の川物語その他』(1905年)
    鏡の乙女
    『知られぬ日本の面影』(1894年)
    弘法大師の書
    心中
    日本人の微笑
    『東の国より』(1895年)
    赤い婚礼
    『心』(1896年)
    停車場にて
    門付け
    ハル
    きみ子
    『仏陀の国の落穂』(1897年)
    人形の墓
    『霊の日本にて』(1899年)
    悪因縁
    因果ばなし
    焼津にて

    解説  上田和夫
    年譜

    ●日本人(231頁)
    日本人ほど、生を愛する者はいない。死を恐れぬ者はいない。来世について、彼らは何も恐れない。彼らはこの世を、美と幸福の世界であると思うがゆえに、去るのを悲しむのである。
    ●心中(234頁)
    恋人たちの自殺は、「情死」または「心中」と呼ばれ、いずれも「心の死」「情の死」「愛の死」を意味する。女の場合、よくそれは女郎階級に起きる。が、時には良家の子女のあいだにもみられる。
    ●克己(258頁)
    戦場において千の千倍の人間に打ち勝つものよりも、おのれ一人に打ち勝つ者こそ、最上の勝利者である
    ●公心(259頁)
    国民の性情が秩序に向かうか、あるいは無秩序に向かうかは、公的な動機によるか個人的な動機によるかによって分かれる。もしも国民が、主として公心に左右されるなら、秩序は保たれる。それが私心の場合、無秩序は避けがたい。公心とは。正しく義務を守ろうとする心がけである。

    ☆関連図書(既読)
    「小泉八雲『日本の面影』」池田雅之著、NHK出版、2015.06.25
    (2015年10月19日・記)
    (amazonより)
    日常の生活、風俗習慣から、民話、伝説にいたるまで、近代国家への途上にある日本の忘れられた側面を掘り起して、古い、美しい、霊的なものを求めつづけた小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。彼は、来日後、帰化して骨を埋めるまで、鋭い洞察力と情緒ゆたかな才筆とで、日本を広く世界に紹介した。本書には、「影」「骨董」「怪談」などの作品集より、代表作を新編集、新訳で収録した。

  • 今年読んだ本、イサム・ノグチの評伝や、『坊っちゃん』の時代シリーズなどいくつかに、ちらちらとその気配やうしろ姿を垣間見せていた小泉八雲。
    これはどうやら呼ばれているらしいぞということで、この夏の課題図書に個人的に選定し、お盆の時期を狙って読みました。

    小泉八雲には多数の著作がありますが、この本はそれらの中から数点ずつ選んで編集されたもので、前半は怪談話が、後半は日本人論が主となっています。

    怖い話がめっぽう苦手な私ですが、しかも時期が時期でしたが、これはあまり怖くはありませんでした。
    一つ一つの作品が短くて、物語のエッセンスの紹介という体であったというのが1点。
    そして、怪談にいたるまでの悲劇が、日本人の心情として美しく感じられるものであったからというのがもうひとつの理由であるような気がします。

    後半の日本人論などを読んでも、小泉八雲は日本人でも気づいていないような日本人の美点を高く評価しています。
    当時、日本という国の理解が西洋の国々にほとんどなされていなかったことを考えると、大変にありがたいことなのですが、どうも必要以上に日本をかっているのではないか。
    または、西洋文化に対して思うところがあるのではないかと思わされる節があります。

    収録されている「日本人の微笑」の中に、こんな一文があります。
    “つまり、相手の慣習や動機を、つい自分たちのそれらで評価しがちであり、それも、とかく思い違いしがちであるということである。”

    自分の価値観と違う慣習を、低いものと見がちであることを戒めた文章ですが、小泉八雲の場合は、違うからこそ素晴らしいという方向に振れているのではないかと思いました。

    それはラフカディオ・ハーンという人間が、西洋の文化のなかで、常にマイノリティな存在だったこととは無関係ではないはずです。
    アイルランド人の父とギリシャ人の母。
    ケルト神話を背景に持った土地で育った父と、ギリシャ神話の国から来た母の不仲。
    キリスト教では救われなかった幼少期の思いが、日本人の、口に出さない想いであるとか、辛いときこそ笑顔を浮かべようとする心情であるとかに、惹かれたのではないかと思いました。

    とはいえ、嬉しくも楽しくもないのに、顔に笑顔が張り付いている不気味な日本人というものを、相手に不快な思いをさせないように、辛い思いを伝えないように笑顔でいるのは、日本人にとっての礼儀であると、きちんと欧米の人たちに伝えてくれたのは、全くもってありがたいことです。
    日本人が自ら説明することは、まずできなかったでしょうからね。

    日本人の美点はその利他主義にある。
    周囲の人が幸せであってこそ、自分も幸せになれる。

    明治以前の日本人というのは、そういう人たちだったようです。
    他人の幸せのために、自分に厳しい義務を課す。

    それが、西洋の文化を受け入れるにつれて、利己主義へと変わって行き、日本人の美点が失われていくことを危惧しています。
    実際、私が子どものころよりもなお、利己主義は勢力を強めているように思います。

    “イギリス人は生まじめな国民である―それも、表面だけのまじめさではなく、民族性の根底にいたるまで徹頭徹尾、生まじめであることは、だれもが認めるところである。これに対して、日本人は、イギリス人ほどまじめでない民族と比べても、表面はおろか、おお根において、あまり生まじめでないといって、おそらくさしつかえあるまい。そして、少なくとも、まじめさに欠ける分だけ、幸福なのである。たぶん、文明世界の中で、今もなお一番幸福な国民であろう。”

    え!?
    これ、日本人のことですか?
    と、一瞬思いましたが、やはり明治の初めに日本に滞在して、日本の奥地〔東北、北海道〕を旅した女性、イサベラ・バー... 続きを読む

  • 小泉八雲氏について、知っていたようで知らなかったと思い知らされた1冊。「日本びいきで日本に帰化した異国人」だとばかり。昔の日本の怪談の訳し方(長さの単位がマイルだったり)や、日本についての考察などは、紛れも無く西洋人の思考でした。あと、私の好きなとある小説の元ネタを幾つか見つけました。ここだったのか。

  • 小泉八雲の命日に。

    小泉八雲の仕事を誤解していた。創作ではなく収集か。云わば遠野物語だ。真実は古い日本にというけれど,田舎でも松江は好きで熊本は嫌いとか,それが分からないな。恨み,妬み,嫉みを生むのもまた人間。離縁した女房の霊が何故怖いのか?己の思慮が立身のみだったことを男が悔いているから。一番印象に残るのは比較的長い「赤い婚礼」。両親の決めた早い結婚によってその後いろいろ不幸がおこる。不義の関係やら情死やら。不倫の果てに文字通り村八分になって壮絶な心中沙汰の末に果てる。でも二人を手厚く葬るのもまた村人。田舎の情は時に残酷。

  • 小泉八雲の諸作品を一冊にまとめたもの。「怪談」のような話、民話もあれば、当時の世のなかの様子を書いたようなものもあり。「日本人の微笑」などは、多分にハーン自身のエキゾチズム的な印象も影響していると思うが、現代にも通じるような、それでいて通じないような日本人観がうかがえて面白い。たとえば、以下のように書いていたりする。
    「日本人は、イギリス人ほどまじめでない民族とくらべても、表面はおろか、おお根において、あまり生まじめでないといって、おそらくさしつかえあるまい。そして、少なくとも、まじめさに欠ける分だけ、幸福なのである。たぶん、文明世界の中で、今もなお一番幸福な国民であろう。」(p.246)
    その他の作品は総じて、人から聞いた話というスタンスで書いているのが特徴だろうか。この距離感が異邦人としての立場からくるものなのか、あるいは親の愛に恵まれていなかったという生い立ちも影響していたりするのだろうか。
    怪談や民話のような話を読んでいて思ったのは、女性が主人公のものがないということ。女性が際立つ物語でも、業突く張りだったり男を惑わす悪女のようにして登場する。自分が小さい頃から触れてきた日本の物語もその類のものばかりのような気が。
    また、グリム童話なども一般になじんでいるのは子ども向けに翻案されたもので、実はもっと怖かったりえげつないとされるけれど、この本のなかの怪談や民話も同じように、すくいようのない話だったり、「あれ、これで終わり?」のようなものがわりと多かった。

  • 人から聞いて書いた話と実体験に基づいて書かれた話の境目がわからなくなることがあった。先に解説を読んで、参照すれば良かったんだけど。

  • 日本人の微笑の秘密をよくぞ解き明かした。

  • 20140122読了。
    小泉八雲といえば『耳なし芳一』や『雪女』などの怪談話。
    男女の色恋沙汰が絡み合うと、なんて恐ろしい話になるんだろう。
    でもそれだけではない、ちょっと心温まる話もある。
    八雲の視点から見た日本観察や日本文化についても、なかなか面白い考察。美化しすぎな面もあるが。
    当時と現代日本とかけ離れてしまった風習もあるが、でも、根底では共通項がまだまだある。改めて日本とは日本人とはということを考えた一冊。

  • 耳なし芳一から雪女の定番の話や背筋が寒くなる女の怨念話まで怪談・奇談満載の作品集。

    色恋が絡んだ怪談は特に怖い。
    例えば、病死した妻の亡霊が夫の再婚した花嫁の首をむしりとっていくという怪談話は、「お前が死んでも再婚しない!」と守れない約束をした男が悪いのに、その男に嫁いだ女に怨みがむかうという不思議。
    それが女の嫉妬というものだという結論で物語は閉じられているんだが、化け物より怪物よりも人間の嫉妬という心の動きのほうが怖い。

    こういうの読むとつくづく日本は怨霊と言霊の国だなと思う。

  • 初めて小泉八雲の小説を読みました。
    上田秋成っぽい雰囲気です。いくつか似ている?話もあったりして……江戸の怪談小説のような。

    どれも気付いたら世界に引き込まれていて、「主人公どうなる?!」というものが多くて楽しかった。実写にしたら相当な恐さがありそうなものもありましたが。恐さと、ファンタジーが同居しているような、ホラー? だけではないどこか幻想的な雰囲気がとても自分好みでした。良かったです。

  • 八雲を通して視る、美しく、旧い、かつての日本たち。

    実情はここまで美しいものではなかったのかもしれない。
    けれど彼の目にはこう見えていたのだろう。

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