きまぐれ遊歩道 (新潮文庫)

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著者 : 星新一
  • 新潮社 (1995年5月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101098487

きまぐれ遊歩道 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 星さんの本ばかり読んできて、さすがに飽きてきたが、一定のレベルは保たれていると思う。それなりに面白かった。

  • 星新一さんてショートショートのイメージしかなかったんだけど、エッセイすごくおもしろい!
    こういうずんずん調べてこちょこちょ書く、っていう文章、好き




    246



    トルストイは貴族なのに、最も貧しい人たちと同じ生活をしようとした。あるアメリカ人は「立派なことだが、それで貧乏は理解できない。金品の不足ではなく、今後の生活への恐怖が貧乏なのだから」と言った。




    コースター
    写真家の向田直幹さんが『世界のビアコースター』という本を出した。ビールのグラスやジョッキの下に敷くもの。冷えているので水滴がつく。それがテーブルにしみるのを防ぐためで、水を吸いやすい紙製である。
    向田さんは多くの外国をまわり収集し、人物、植物などの分類をしてまとめた。風格のある、レトロ感覚のものが多い。ビール工場の内部の、絵や写真のついたのもある。
    逆に、もっと現代的なものもあっていいのにと思い、考え、あとがきを読んでわかぅた。ヨーロッパでは、ビールの銘柄とセットになっているのだ。ビールの醸造元は、ドイツだけで二千社ある。誇りを持ち、伝統のコースターを示したくなる。その地方のビアホールは、それをつかうわけだ。
    で、日本のはとなると、直営のビアホールを除き、ある銘柄を描いたのにはお目にかかれない。ホテル、銀座のバー、レストランをとわず、そこの店名の入ったコースターが使われている。言われてみればでしょう。
    じつは大差ないのに、銘柄に好みがあり、最近は外国ビールも輸入されていて「なにになさいます」と聞かれたりする。店名入りのを使うのが無難だ。
    思わぬところに、文化のちがいがあるものだ。アメリカには店名入りのがありそうだが、方針なのか、この本になのっていない。現実はどうなのか、私は観察力、記憶力が弱い。
    日本では、実用よりも、ザブトンのように儀礼的な意味を持つようだ。ビールのグラスに、細長くて下がワイングラスのような、柄つきのもある。底はひえないからと、コースターなしにしたら、客は不快がるだろう。
    ホットウイスキーだって、グラスの下にはコースター。飲み方がへたで、こぼされると困るのでねと、子供あつかいか。それを気にして不平を言った人は、いないだろうな。
    十年ほど前に、銀座に「星」というバーがあり、何回か入り、コースターを十枚ほどもらい、自宅で来客用に使ったことがある。







    和菓子・着付け・落語 をにほん戻ったらちゃんと学びたいなぁ
    あと編み物!料理も!



    会話とお茶
    お茶についてとはね。なんとなく原稿の依頼を受けたが、私は茶道についてなにも知らぬのである。そこで、生活とお茶について書くことにする。
    起きるのは午前十時ごろだが、新聞に目を通してから、朝食となる。洋風で、紅茶をポットに一杯は飲む。砂糖なし。この習慣は、三十年以上もつづいている。
    コーヒーはめったに飲まない。外出し、喫茶店にひとりで入る時は、たいていホットミルク。夜になってからの酒となると、話はべつ。
    仕事関係の人、たいていは編集者、時には作家仲間だが、そんな人たちの来宅も多い。応接間で、紅茶を飲みながら、話をする。
    考えてみると、お茶のたぐいが人類にもたらしたものは、会話の促進ではないだろうか。香港なんかで、中国の人がお茶を飲みつつ話をしているのを見ると、そう思えてならない。ただの水では気が乗らないし、酒では調子に乗りすぎてしまう。
    その会話も、ある限られた人数による空間内において、うまく成立する。お茶とコミュニケーションとの関連を調べたら面白いような気もする。国によっては、コーヒーの場合もあるわけだが。
    (略)
    考えてみると、会話の手法もむずかしいものだ。さらにふみ込むと、各人の個性ということになりそうだ。それがないと、会ってもつまらない人というわけだ。
    個性が大切とか、個性を伸ばせなどいわれている。なぜかとなると、以上のようなことからである。
    個性のある人と話すのは楽しい。しかし、それにはこちらもひとつの個性を持たなければ、会話が成立しない。人生を豊かにすゆためには、そういった努力がいるのではないかと思う。





    まあ、いい教訓だった。それ以後、私はなにかに迷うと、もとへさかのぼって考えなおす性格になった。ごまかして進むことが、できないのである。手間はかかるが、正しい理解ができる上に、必ずなにか新発見がある。どこがどうわからなかったのかも、新発見のひとつではないか。





    ペニシリンも、あるきっかけがなかったら、出現と普及は二十年ほどおくれたろう。モルヒネだって、ケシの実に傷をつけた部分の汁からなんて、神秘といったほうがいいようだ。頭だけでは、考えられない。
    コレステロールの件だけでも、人体の複雑さを実感させられた。もしかしたら、生命現象は、宇宙より多くのなぞを含んでいるのかもしれない。
    漢方医のハリ・キュウの療法を受け、参考にと調べかけて、たちまち壁にぶつかった。正攻法では、どうにもならない。
    超能力に好奇心を持った時も、そうだった。予感というものは存在するのだが、それへの仮説すら立てられないでいる。
    まあ、徐々に試行錯誤で研究の進むのが面白く、人間らしいのだろうと思う。







    高輪台から五反田のほうに下る坂には、神社やお寺などが、けっこう多い。マンションだらけという傾向のなかで、宗教的なものがあるのは、息抜きになる。それも高台だと、なおさらだ。
    いずれ、もっと裏通りを歩いてみるか。お地蔵さまとか、お稲荷さんとか、大きな樹木とかが、ひっそりと存在していそうだ。それも、街を歩く楽しみである。




    空想の楽しさ
    (略)
    空想を生みだすものは、まず関心。
    それを、好奇心をもって見る。メダカなんて、どうってこともない魚。しかし、だ。
    「メダカって、いい条件で育てたら、どれくらいまで大きくなるんだろう」
    あるレベル以上の人は、耳を傾けてくれるだろう。心にひっかかる。なにかで調べてきて、教えてくれるかもしれない。こういう交友も、いいのではないか。
    百科事典に、それは出ていませんよ。そばの項目に、めた燐酸がのっていた。どうって薬品じゃないけど、その構造式の変な形には驚いた。ひとつ利口になった。
    アメリカでは、禁煙運動がさかんである。いいことだ。しかし、なぜ、もっと危険な麻薬の取り締まりに手ぬかりがあるのだろう。大量のドルが、外国へ流れ出ているのだ。
    もう少し調べると、アメリカ社会の特色を知ることができるかもしれない。覚せい剤は、日本だけである。外国の人にわけを聞かれ、答えられない。

    学問のもとは、好奇心だろうと思う。
    詰め込み教育、丸暗記でなく、好奇心を育てるようにしておけば、すぐれた人物も、しぜんに育ってくるのではないか。
    しかし、どうやればいいかとなると、不明である。私の小説も少しは役に立っていると思うが、それだけではない。いい方法がみつかるといい。
    現状では、やむをえず受験勉強はするが、折にふれて好奇心を持つようにつとめるのが望ましい。世界的な学者にはなれないが、話題のゆたかな、個性的な人とみとめられる。
    あるいは、反対する対象をみつけるのも、ひとつの方法かな。見まわせば、新聞やテレビを見れば、反対したくなることが多い。しかし、その時に、必ず代案を考え出すこと。
    私の作品で、そういうやり方でアイデアをみつけたのも、いくつかある。飛躍した形になってしまったことが多いが。
    代案の思考で作り出された、人類のユニークな発明品は、神かもしれない。生きていて不満が消えない。どう解決したらいい。神を受け入れる態勢は、一方で作られつつあったのだ。
    キリスト以前地中海のギリシャ文明には、神はなかった。神話はあったけれど、そう生活にかかわっていなかった。
    そんなどえらいものでなくても、人間として生まれてきたのだから、思考力を使わないでいては、もったいない。
    グルメ・ブームは定着したようだ。空腹を知る世代にとっては、けっこうなことだと思う。自由に、好みの味を口にできるのだ。
    ヘルシー・ブームも、いいことだと思う。戦争もないのに、ふとりすぎで命をちぢめては、これまた、もったいない。
    空想も、そうなのだ。
    本、劇画、テレビなど、受ける一方でも悪くはない。しかし、その楽しさを少しでも提供するのは、もっと充実感にひたれる。ほんのちょっとの、ある努力だけで。
    笑い好きの人も、あっていい。しかし、読んだジョークを、二つか三つ覚えておいて、会話にまぜる。最初から、フタケタ、つまり十以上を覚えろとはいわない。それは、むりである。
    それを一回でもやったら、人生の一段上を歩けるわけだ。また、あのジョークと言われたって、ゼロの人より、魅力ではまさるのだ。そうなってほしいね。
    なんだか理屈っぽくなったが、空想も単なるアハハで片づけられないものを含んでいると、知ってもらいたかったのだ。





    現在は繁栄の時代。執念や意欲のようなものはなくてもいいし、むりすることもないと思う人も多いだろう。しかし、他人とちがったことに挑戦し、苦しんだあげくに極上の楽しさのあることも、知っていいのではないか。本業より趣味と言う人も多いらしいが、趣味で、そんな面白さにひたれるものなのだろうか。




    ドイツ語はごついと思っている人もいようが、ウィーンでささやくように会話をしているのを見て、さすが音楽の都と思った。
    中華料理は、どれも熱が加えられている。サシミや生の野菜を食べる日本人との差だ。海の魚、サラダ用の野菜、同じことだと思うのだが。つまり、洗う水の問題なのか。
    熱を加えるのはいいが、ビタミンCがこわれてしまうのではないか。何から摂取しているのか。こういうのに気づくのが、頭脳開発法のひとつ。
    やがて、想像がついた。Cの摂取は食事の時に、むやみと飲むお茶によって。果実も食べてるのだろうが、主にお茶でだろう。うまくできている。水質の悪さが、中華料理とお茶を生んだ。お茶の普及前は、短命だったのかな。






    現状に、なにか改良する点はないか。そう考える習慣が大切だろう。先日、発想法の本をまとめて読んだが、要点となると、その心がまえに落ち着く。




    イスラムとは
    私には、のめり込みやすい傾向がある。ほどほどにしなければな。宗教なんか、危険だろうな。信者の何倍もの努力で調べはじめ、命を縮めかねない。魂も救われずにだ。注意しなければ……。

    となると、ちょっと手を触れてみたくなる。そこで読んでみたのが、つぎの二冊。
    大島直政著『イスラムからの発想』(講談社現代新書)
    ?野綾子著『アラブのこころ』(集英社文庫)
    いやあ、面白かったな。近ごろ印象に残った本はと聞かれたら、この二冊だ。年齢とともに感覚もにぶったかなと思っていたが、びっくりさせられた。知的な興奮である。

  • 星先生の観察力とか好奇心とかに驚かされる。やっぱすごい人だね。

  • 短編集。暇つぶしにはなる、かな?

  • 一部に納得の行かない部分もあったが、それはエッセイでは目をつぶるのが約束か。

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