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この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
医療事故裁判編始まる。医師としてあるべき姿とは何ぞやを忘れている姿がよく描かれていて、人間の汚い部分を嫌という程感じとることができる。
ちょうど、この本を読んでいる時に深夜テレビのドキュメンタリー映画で
ダッハウ強制収容所の映像が流れていました。
財前は外遊中に収容所を訪れて、やりきれない思いを感じるのですが
その後すぐに患者が亡くなったと日本から連絡がきます。
別にたいした事ではないと、連絡を返さないのです。
本当にぞっとしました。
財前怖い。これからどうなるんだろー。
誤診や政治的な問題など、現代にも通じる課題ばかり。きっと甘い汁を吸い続けてるひとたちが、現にいるんだ。
12月13日読了。浪速大学教授就任まもなくドイツでの学会に招待され有頂天の財前だが、渡航直前に執刀した患者の容態が急変し・・・。前巻の教授選の暗い迫力にも息を呑んだがこちらの誤診裁判の緊迫感はそれを凌ぐか。医学の専門知識を持ち仲間同士をかばおうとする医者を相手取って裁判を起こすことの難しさが克明に描写され、暗澹とした気持ちになる。故郷の母に思慕をめぐらせたりドイツの地で医者としての使命感に燃えたり、財前も決して悪い奴ではなく人間的に脆いところを持っているあたりもサスペンスを盛り上げるスパイスになっており、時間を忘れて読んでしまった。面白い。
今巻の主人公は里見助教授といっても過言ではないと思います。
「僕は学問的業績に埋もれた医学者であることより、無名でも患者の生命を大切にする医者であることを選ぶ、それが医者というものだろう──」
里見助教授素敵!!!!
たしか1巻に描かれていた、病理から臨床へ移る決心をした心情もそのようなことで、胸を打たれた覚えがあります。
窓際の患者の様子が映像として脳裏に焼きつくほど、強く印象に残っています。
正直者のお爺さんが必ず最後は幸せになる、というのは現実にはそうそうなくて、だからこそ願望を込めて昔話はそう結ばれたのでしょう。
その点、この小説は嫌になるほど現実臭く、読み応えがあります。が、しかし、やはり里見助教授には倖せになってほしいです。
いやー、財前教授の医療過誤裁判はハラハラするわぁ。
つか、大学病院の医局はくさっとるな。。。。
この勢いで4巻も一気に読み進めます。
大学病院という不透明な組織の中で魍魎抜固の政治的ないさかいを繰り返していく。
一般的な企業とまったく一緒だ。
医者という職業にはある種の聖人君子的なイメージが強いが、実際の所、医者も人の子。
人の命という重大な責任を負い、日々働いているだけに、逆に、押さえつけられたプレッシャーが強いのかもしれないな。。
【23/150】長い下積みを経て得た地位や権力を手放すのは、何よりも代え難い・・・のだろう。そんな心理を絶妙に描いている。しかしその欲望は絶えることがない。1つ登るとまた次の欲がでる。結局いつも飢えている・・・。
今の地位から転げ落ちると、「もう立ち直れない、人生が終わる」と考えている人にとっては、なにがなんでもしがみつきたいと思うのだろうな。
小説だけど、この人間の心理はリアルだ。
教授選は前哨戦に過ぎなかったー
いよいよ件の患者の医療過誤を問う裁判というひとつのクライマックスへ。
1頁たりとも無駄がなく、医療や法律に関しても非常にわかりやすい構成。
裁判のシーンはありありと目に浮かぶようで、まるでずっと傍聴席に座っているような緊張感だった。
患者の命を重んじ、真実をただ明らかにしようとする正義ある医師が、大学病院という白い巨塔の中では不条理に追い詰められていく。そんなことがあってはならないと思いつつも、このような状況下にあったら、果たして里見助教授のような真摯な態度がとれるだろうかと自問すると、心もとない。
財前教授殿訴えられるの巻。
医療ってのは難しいもんですね。
財前悪いやつだなぁと思わせられる描写な一方で
かならずしも里見が正しいとは思えない私のような読者を
想定してこうしたシチュエーションを描いたのであれば
やっぱり山崎豊子はスゴイ。
と思わさざるを得ませんね。
この巻を最後まで読んでこのタイトル『白い巨塔』の意味の深さが分かったような気がする。医者とはどうあるべきなのか。里見がいう高貴な精神ももっともだと思う。ただその反面医療が高度化したとしてもそこにはやはり治せないものもあると思う。そういう意味においてあの裁判の判決自体は実に的を得ていたと思ってしまった。それはいけないことなのだろうか。里見の立場、財前の立場それぞれがよく分かった。これから財前があの判決を胸にどう生きるのか、4巻が楽しみ。
非常に面白い読み物でした。
医者ではないのに、医療界のゴタゴタをこんなにリアルに
描ききるなんて、山崎豊子さんすごいです。
五郎が一番輝いた時期ではないでしょうか。前半は招待された外遊の出来事が主で、後半は医療ミスを訴えられた五郎が集との財力、教授の権力を駆使して裁判に挑む。
不誠実であるとわかっていながら財前先生を憎む気になれないのは、世の中そんな風に回っているんだろうなあとどこか感づいてしまったからか。
里見先生や大河内先生のように倫理や信念を貫き通すことが当たり前だと思いながらも
いまいち報われない姿に憤りを覚えない人の集合が世間だと言うのかしら。
誠実に生きていくことは結局自分のためでしかない。
それが隣の人を幸せにできるならば、素敵なことだけれど。
学問の国境がないというのはうそです。現にここでは、人間の命を救う医学においてすら、東と西の国境がある。
英語によってこの収容所の惨状を描くことは到底不可能である。彼らは死んでいった、自由のために、正義のために、名誉のために。

ついに裁判。そして第一審判決。
自身と大学病院の名誉を守るため虚偽の証言し勝訴する財前と、医師として正しく公平な証言をするも敗訴し大学を去ろうとする里見。
人としてどちらが正しいのか、大学病院...





