憎悪の依頼 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101109510

感想・レビュー・書評

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  • 時折自分の行動は正しかったのか、悔恨の思いをよぎらせることがある。相手や環境が悪かったのだとやり過ごし、自身を正当化すると、周囲と歪みが生じてしまい修復できない孤立が待っている。これは同調しろという忠言ではなく、過去の振る舞いをどう受け止めて対応するか、完璧は備わっていない日常に向き合う姿勢こそ前進する一歩となる。と偉そうに言える身分ではない私は心の弱さを自覚する。ちょっとでもカッコよく正論を吐く雰囲気だけは学んでいるからタチが悪い。セコい、そんな人間の心情が松本清張の短編に潜んでいる。そこに共感する。やはり面白い。

  • 「松本清張」の短篇集『憎悪の依頼』を読みました。

    『聞かなかった場所』、『或る「小倉日記」伝 傑作短編集〔一〕』、『張込み 傑作短編集〔五〕』、『黒い画集』、『眼の気流』、『巨人の磯』に続き「松本清張」作品ですね。

    -----story-------------
    犯罪者のいびつな心理!
    嫉妬に火をつけた一通の手紙。
    男は恐ろしい報復を企てた――。

    私の殺人犯罪の原因は、「川倉甚太郎」との金銭貸借ということになっている。
    ――金銭のもつれから友人を殺害した男が刑の確定後に、秘められた動機を語る表題作。
    女性が失踪し、カメラだけが北海道でみつかった。
    死体は発見されず、容疑者の新進画家には堅牢なアリバイがある。
    巧みなトリックを生かした『すずらん』など、多彩な魅力溢れる全10編を収録した傑作短編集。
    -----------------------

    以下の10篇が収録されています。

     ■憎悪の依頼
     ■美の虚像
     ■すずらん(原題:六月の北海道)
     ■女囚(原題:尊属)
     ■文字のない初登攀
     ■絵はがきの少女
     ■大臣の恋
     ■金環食
     ■流れの中に(原題:流れ)
     ■壁の青草(原題:少年受刑者)


    『憎悪の依頼』は、金銭のもつれから知り合いの男性を殺したと証言した犯人が、真の動機を告白する物語、、、

    振られた女性への復讐が成就したとき、突然生じた激しい殺意… 愛情が憎しみに変わり、嫉妬が衝動的な殺意を生むんですよね。

    人間の真理ですよねぇ… 愛憎や嫉妬、葛藤等、複雑な人間の内面を浮彫にした「松本清張」らしい作品でした。



    『美の虚像』は、高価な絵画が贋作だという噂を耳にした新聞記者「都久井」が真相を探る物語、、、

    それらの絵画は、確かな鑑定眼を持ち、著名な評論家であった「遠屋則武」(故人)の鑑定書付きであったことから、信じがたい噂であったが、調査を始めた「都久井」には、「遠屋」の推薦により、数年間だけ画壇でもてはやされ、脚光を浴びた抽象画家「小坂田」の存在が浮かび上がってきた… 意外な犯人が、なぜ贋作をしなければならなかったのかという謎に迫るミステリでした。

    殺人等の血生臭い事件は起こりませんが、鮮やかな展開が愉しめる作品でしたね。



    『すずらん』は、ある画商の愛人「砂原矢須子」が行方不明となり、その行方を捜索する物語、、、

    本人が北海道の友人を訪ねると話していたことや、旭川のスズラン群生地で撮影したと思われる写真が札幌で現像に出されていたことから、北海道で行方不明になったと思われたが、死体は発見されない… 容疑者には完璧なアリバイがあり迷宮入りかと思われたが、「矢須子」が身に着けていた些細な小物(ブローチ)がヒントとなり、真相が明らかになる。

    巧く読書をミスリードする展開となっており、純粋な推理小説として愉しめましたね。

    スズラン群生地の社員や、ブローチ等の小道具の使い方が秀逸です。



    『女囚』は、父親を殺した女囚と、その妹たちを描いた物語、、、

    飲んだくれで賭博好き、酔うと家族に暴力を振るい、生活費を全て持ち出してしまう、そんな、どうしようもない父親が、母親を殺してしまうと思った「ハツ」は父親を殺して服役… 「ハツ」は自分の犯した罪により妹たちが幸せになることができたと確信しており、"父親を殺してよかった"と確信している。

    当初は、「ハツ」の気持ちに同調して読み進んでいたのですが、、、

    終盤で、妹たちは「ハツ」の存在が影響して幸せな家庭を築くことができなかったことを知り、考えを見直すことになりました… 罪人の独善性を浮彫りにした作品でした。

    何が幸せで、何が不幸せなのか、考えちゃいますね。



    『文字のない初登攀』は、R岳V壁の初登攀に成功したにも関わらず、それを証明する人物がいなかったことから、登攀したことを疑われることになった登山家の物語、、、

    実は証明できる人物(男女二人組)がいたのですが、その人たちの家庭を破壊することを避けるため、証言してもらうことを断念… 嘲笑と非難の中、登山界を去ることになる。

    ミステリ色は一切なく、淡々とした語り口で、成功した人間に対する嫉妬や醜い野心が描かれた作品でした。



    『絵はがきの少女』は、富士山をバックにした絵葉書の片隅に写っていた少女に憧れ、その消息を探る物語、、、

    追憶に抱かれる幻想と非常な現実の落差について描かれた作品でした。



    『大臣の恋』は、大臣に就任した男が、若い頃に恋した相手を忘れることができず、その消息を探る物語、、、

    『絵はがきの少女』と同様に追憶に抱かれる幻想と非常な現実の落差について描かれた作品でした。



    『金環食』は、占領下の日本での言論弾圧を、金環食に関する記事を書いた新聞記者の視点から描いた物語、、、

    金環食の測定において、アメリカよりも日本の方が優れていたこと(事実)を報じただけなのに… アメリカの科学陣を批判、敗戦国が戦勝国を批判しているとして、GHQから記事の取り消しを指示される。

    現代では考えられませんが、当時は、こんなことも起こり得たんでしょうね。



    『流れの中に』は、著者の自伝的要素を盛り込んだ物語、、、

    同じ雰囲気の作品って、これまでにも何作か読んでいる気がしますね… 少年時代の心象風景として「松本清張」の心の中に強く記憶に残されているんでしょうねぇ。



    『壁の青草』は、刑務所の生態を、同性愛的傾向を持ち、作家になる夢を持っている受刑中の少年の目を通して描かれた物語、、、

    刑務所に勤める人間のことが批判的に表現されていました… 『女囚』とは逆の目線で刑務所の生態が描かれていたことは興味深かったですね。



    本書に収録された作品は、ミステリは少なかったのですが、それなりに愉しめた感じでした。

  • 松本清張の自伝「半生の記」を彷彿とさせられる短編集。

  • 短編集。殺人事件以外にも個人の心情綴ったり私小説的なものもあり。時代は変わっても人の思いは普遍的なもの。

  • 2016/7/4
    松本清張の短編集は読みやすくて何冊か読んだけど短くても長編を読んだような物語の世界観がしっかり心に広がるので読み応えがある。
    説明し過ぎす余韻を残す。

  • 短編集。ずっとカバンの中に入れておいて他に読むものがない時に読んでたのをやっと読み終える。憎悪の依頼、手に入らないなら壊してしまえという気持ちはわかる。文字のない初登攀、大臣の恋、がよかった。

  • 「すずらん」はアリバイ崩しで推理小説だが他はジャンルを越えた多彩さである。特に「女囚」を読むと自分が信じる正義の皮肉を思う。

  • 2012年10月7日(日)、読了。

  • 素晴らしい短編集です。

  • 再読。
    う〜ん、奥が深いんだろうなあ。
    ミステリーのような、そうでないような・・・

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著者プロフィール

1909年、福岡県生まれ。92年没。印刷工を経て朝日新聞九州支社広告部に入社。52年、「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞。以降、社会派推理、昭和史、古代史など様々な分野で旺盛な作家活動を続ける。代表作に「砂の器」「昭和史発掘」など多数。

「2023年 『内海の輪 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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