挽歌 (新潮文庫)

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著者 : 原田康子
  • 新潮社 (1961年12月4日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101114019

挽歌 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 桜木紫乃さんがこの小説からとても影響を受けたらしい。
    北海道を舞台にした、残酷な愛の物語。

    読みながら何かを思い出すような感覚があったのだけど、解説に「原田康子は日本のサガンと呼ばれた」という一文があってはっとした。
    この小説の主人公の怜子が、サガンの悲しみよこんにちはのセシルと重なる部分があるんだ、って。
    奔放で、若いからこその残酷さを持っていて、だけど根は真面目だから事が起きてしまった後の罪悪感を消すことができない。
    すごく自分勝手で小悪魔的だけど、不思議と惹き付けられてしまうキャラクター。

    生来身体が弱く病気から左手が不自由な怜子は、ある日知り合った年上の建築家・桂木に好奇心を抱く。
    その後桂木の妻と未知の青年が密会している場面を見てしまったことから、怜子は桂木と同時に桂木の妻にも近づくようになり、急速に夫妻の心の深みに踏み込んでゆく。

    妻帯者を好きになることは理解はできるけれど、その妻に近づいて仲良くなろうとする心理は、私にはよく分からない。
    でもそういう願望って心のどこかにあるものなのだろうか?と考えたりもした。
    会ってみたい、話してみたい、という感覚は何となく分かるような気もする。
    怜子は最初欺く心理を愉しむつもりで桂木夫人に近づいたのだろうけど、思いのほか強かった夫人の魅力に引き込まれて、自分でも思いもよらない経過を辿ってしまった。
    危険すぎる橋を渡っているわけだから、読んでいてどうなるのだろうとハラハラした。

    戦争を経験している桂木は、どこか諦感をまとっていて、自分の妻の行いもすべて知った上で淡々と生きていた。
    怜子は自分と違って大人の桂木に惹かれ、彼の冷めた部分も知るが、思いのほか強かった桂木の自分への想いが次第に恐ろしくなってゆく。
    傍にいたいけれど怖い。そして夫人との関係もある。
    家族や自分を思ってくれる友人たちをなぎ倒すように行動する怜子は、本当に自分勝手なのだけど、魅力的でもある。

    そしてある事件が。

    若い時分の悲劇は、この先の怜子にどんな影響をもたらすのだろう。
    怜子がどんな選択をするのか最後までは描かれていない。
    少しのタイミングの差で愛の行方が変わることもあるだろうし、悲劇を胸の内から消すのも難しい。

    昭和30年代の小説だけど、古さを感じなかった。
    「ママン」「マダム」「アミ」などの言葉の取り入れ方も当時としては先進的だったのかも知れない。
    森瑶子さんも和製サガンと言われていたらしいけれど、両方納得。

  • 本の整理をしていたら出てきた表紙もない新潮文庫。
    かなり古いものだなあと思いながら解説を読むと、戦後一世を風靡したベストセラーだという。しかも、当時としてはかなり珍しい女流作家だ。
    思わず読み始めてしまったものの・・・。

    戦後日本が思い切り上向きに進んでいる時代、フランスかぶれの芸術家気取りの女の子が主人公である。憧れのマダムの不貞を知ることにより、自らもそのマダムの夫と関係を結ぶ。そののぞき趣味的自己的な快楽には、若い女の子であるがゆえのいささかの清潔感も感じられない。あげくには、マダムの自殺死体をその夫について見に行く傲慢さ。
    時代的には普通のことなのか、マダムあるいはママンと言い、自らをアミという。左手が不自由なことを不具、かたわという。そういった言葉を使うことで時代を強調することで、荒廃的な行動を肯定するかのような流れがなんとも気分悪いと思うのは私だけなのだろうか。
    などと思ったが、最後に読んだ解説に、主人公は時代に筆者によって甘やかされ過ぎているとあり、同意を得たことに胸をなでおろした次第である。
    それでも、たしかに人を魅了しないではいられない作品である。
    ネットで見てみると映画化も2度されていた。1度目の人は知らないが、2度目の主人公役に秋吉久美子が抜擢されている。なるほどと思う。それにしても、ママンの役が草笛光子とは・・・彼女の若い自分を知らないのだが、一度見てみたいような気がする。

  • 大学に入ってすぐの頃でしょうか・・・。読んで、釧路、幣舞橋、いつか行ってみたいなと思いました。その後、なんども訪れる機会があり、いい街だなとつくづく思いました!

  • 冒頭から引き込まれ、心をグッと掴まれました。
    昭和三十年代に描かれた小説だと言うから驚き。
    何とも儚げで、退廃的で、とてもロマンチック。
    ロマンチックとは少し違うか。

    ママン、ハズ、コキュなど普段は使わない様な外来語が沢山出てきて、あぁ何だか時代を感じるなぁと思いました。

    ヒロインの怜子の行動が随分にも大胆で
    どうしてそうなっちゃうのか…と切なさを覚えました。
    決してハッピーになる様な物語ではないのだけれども、私は美しさを感じました。

    この作家さんの作品、他にも読んでみよう。
    どうやらタイプみたい。

  • 昭和30年代の作品ではあるが、今読んでも古びたところを感じない心理描写で読みやすい。主人公の周囲の人間像から、主人公自身の風貌、魅力が浮かび上がる。若く刹那的な生き方に、翻弄されてい周囲の人々の結末を主人公と共に追いかけてみたくなる。

  • 1957年(昭和32年)第1位
    請求記号:Fハラダ 資料番号:010670420

  • 思春期に読んで以来、折に触れ思い出す特別な一冊。舞台である釧路をいつか訪れたいと思いつつ、この本の中の釧路がもう存在しないことを目の当たりにしたくなくてまだ実現していません。

  • 中学に入って直ぐに、精神的オトナの同級生から薦められ、読みました。正直、意味が解るようになったのは、大人になってから。でも、原田康子さんの、乾いた文体は、この時から自分の一部になりました。

  • 釧路が舞台の小説。当時は一世を風靡したらしい。

    腕に障害を抱え劇団に出入りする以外完全にぷー太郎の主人公怜子が、浮気妻を持つ建築家の桂木と恋仲になる。
    人と接する機会が少なくやや空想癖のある若い女性が、自分の思いのままに行動して、悲劇を招くといった話か。

    正直、怜子に感情移入は全くできなかったし、桂木が彼女に惹かれた理由もよくわからない。はっきり言って悪い女だと思う。ただ、怜子の視点を中心に、怜子と桂木や、桂木夫人と間男、怜子父と店のマダムといった関係が折り重なって話が進むのが話の魅力か。
    怜子が時折お寒いフランス語を使うのは、時代のせいなのかそれとも彼女の若さを表しているのか。
    煙草のシーンが多いのも、時代を感じる。怜子ばかりか桂木夫人ですら当然のように吸っている。舞台が北海道というのもあるんだろうけど。

  • 昭和の香り、70年代の日本、タバコのシーン多い、時代感じる

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挽歌 (新潮文庫)の作品紹介

北海道の霧の街に生いたち、ロマンにあこがれる兵藤怜子は、知り合った中年建築家桂木の落着きと、かすかな陰影に好奇心を抱く。美貌の桂木夫人と未知の青年との密会を、偶然目撃した彼女は、急速に夫妻の心の深みにふみこんでゆく。阿寒の温泉で二夜を過し、出張した彼を追って札幌に会いにゆく怜子、そして悲劇的な破局-若さのもつ脆さ、奔放さ、残酷さを見事に描いた傑作。

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