忘却の河 (新潮文庫)

  • 456人登録
  • 4.07評価
    • (81)
    • (34)
    • (62)
    • (3)
    • (0)
  • 48レビュー
著者 : 福永武彦
  • 新潮社 (1969年5月2日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (353ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101115023

忘却の河 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • あまりにも好きすぎて、読んでいる途中は一生読み終わらなければいいと思った。そのくらい小説世界に没頭し、心酔した。そんな小説。
    福永武彦本人の人生観であるか、はたまた完璧なフィクションであるかは分かりませんが、全ての登場人物が抱えるそれぞれの孤独に共感する。愛の挫折ゆえに魂が死んでしまった人間が苦しむ様子はまるで作者自身の人生がそうであったかのように思わせる何かがあって、怖くなった。
    お涙頂戴でも何でもないのに、涙がこぼれる。こんな読書体験、はじめて。ありがとう。

  • 静かで端正な文章が美しい。父親の、現代と過去の交錯する描写が秀逸です。意外にもハッピーエンド……(と私は思った)。一章の冒頭に引用されたギリシャ神話辞典の言葉「レーテー」の説明文から引き込まれる。あと、福永武彦と池澤夏樹って親子だったんだ……。

  • 初めて福永武彦を読んだ。
    この時代ならではの奥ゆかしい日本の家族が描かれていて美しい。

    中年の男、その長女と次女、そして病気で寝込んでいる妻の視点で章が展開される。

    中年の男が終盤の長女に対して言う台詞が好き。

    「私たちはそういうふうに躾られてきたのだ。それに私は自分の感情を殺すことも覚えていた。それでもどうにもならない時がある。心の中が溢れて来て抑えることの出来ない時がある。私にしたってお前が可愛くないわけではなかった。そういう時に私はこっそりお前のそばへ行って、小さな声でこの子守唄を歌ったものだ」【332頁】

  • 「ふるさと」について考えさせられる本でした。ふるさとはもちろん自分が生まれたところだけど、人によっては人生の深い後悔を置いてきた場所でもある。

    母に勧められたこの本、とても良かったです。

  • 「草の花」よりもこちらの方が好き。この文体は本当に懐かしい。最近はこういう古い文体の作品が失われてしまった。登場人物がみな苦悩、悩み、孤独、暗い過去を抱え、どこにも出口が無く哀しい気持ちになるが、それまでバラバラだった歯車がぴたりとはまって回りだすように、最後に心温まる結末で結ばれる。読了後の幸せな気分と言ったら。登場人物同士の会話に「 」をつけないので読みづらいという声もあるようだが、その技法がまた想像力を刺激し、読者をより深く物語へ入り込ませる。共感できる部分が多々。著者の人間に対する優しい眼差しを感じるこの作品に出合えてよかった。おすすめして下さった方に多謝。

  • 几帳面で端正なたたずまいで、神経質で理屈っぽくて、あきらめているつもりなのに、絶望にしがみついているのに、譲れない希望も持ちあわせていて。そんな甘ったるさがとても福永武彦らしい小説でした。
    小説、とは、ストーリーだけ、構成だけ、設定だけ、描写だけ…では成立しない。物語性も構成も設定も描写も…他のどんな要素も捨てることなく、かつ、哲学が存在する。作者の持つ哲学が小説に息を吹き込み、そのとき物語に命が宿るのだろう、そう思う。
    「忘却の河」は紛れもなくそんな生きた小説だ。

    福永武彦、好きだなぁ…と今回も思い知らされました。
    感傷的なのに、論理的。人の罪は誰が赦すのだろう、どう赦されるのだろう。日本という風土で罪に相対して、導かれる答え。
    鋭利な切っ先で深く斬りこんでくる物語に、BAD ENDも覚悟していた私は、優しい空気に包まれたラストでやっと詰めていた息をほどきました。
    優しい読後感を感じながら、でもこの物語の重いテーマから解放されたのではないと知りながら。

    福永武彦は好きすぎてうまく読後感も表現できないですが…。
    個人的に、呉さんとゆきさんのロマンスに泣きましたが、次女からそのロマンスの存在を伝えられたときの父親の安堵にちょっとほっとしました。

  • 再読。例えば生と死、愛と憎しみ、過去と現在、罪と贖い‥とかアンビバレントで最もらしい御託を並べて感想を述べるのは簡単だが、そんな簡単なものであるはずは絶対にないので言葉に詰まる。章ごとに人称が変わり視点が動く構成の力にぐいぐい引き付けられながら、流れの中に自分も忘却の彼方に蓄積された澱みを思い起こさずにいられなかった。池澤夏樹の言葉を借りよう。〈魂としての人間〉。全ての外皮を削ぎ落とした剥き出しの魂にだって穢れは残る。救いがあるのかどうか私にはわからない。それでも生まれてきてしまった。全うするしかない。

  • ストーリーだけの小説なんて読み返したくなるわけないですが、 この本は、人生であと4回は読み返したくなるでしょう。 思想がいい。哲学がいい。表現がいい。切り込み方がいい。

  • 『草の花』が有名ですが、私はこちらの作品の方がすきです。
    とても古い本だし、時代背景もうんと昔なのですが、共感するところがたくさんあります。男性作家なのに、女性の感情がここまで表現できる人は最近みかけません。もの静かな文面なのに心が揺さぶられます。間違いなく私の好きな本ベスト10に入ります。
    廃盤になった本もゼヒ読んでみたい、、、。

  • 私の生涯ベストと言って憚らない小説です。
    ストーリー展開,文章,どれも文句のつけようがありません。
    何度読んでも涙が出ます。
    ずっと絶版でしたが,文庫版が復刊されて,大変嬉しいです。

  • 私にとって完璧な小説です。
    読んでいるときは本当に幸せだった。文体も構成も素晴らしい。

    ★★★
    中小企業の社長である父、寝たきりの妻、家事を行う長女、大学生の次女、長女に密かに心を向ける美術講師。
    5人の視点から語られる家族。

    彼らはそれぞれ心に孤独と秘密を抱える。
    なぜ自分は生きて親しい人たちは死んだのか、彼らの心はどこにあったのか、そして自分はどこに心を向けて生きていけばいいのだろう。

    互いにすれ違い分かり合えなくても、それでもふと気が付くこともある。
    そして家族は続く。
    ★★★

  • 絶版になったと聞いて、散々捜し求め、やっと入手した本。
    以前「草の花」を読んだ時、ひどく落ち込んだ気分になったので
    恐る恐る最初のページをめくった。
    前作からなんと10年の月日を隔てた288pに及ぶ長編とあって、
    文体もかなり現代に近く、読みやすかった。(しかも回りくどくなくね(笑))
    著者の想いが伝わってきて、不思議とすらすらと一気に読めた。

    藤代家の四人の家族と、周囲の人々のそれぞれの心の動きが
    一編ずつ綴られていて、そのあまりにも切ない感情が、読んでいて
    ひどく辛かった。
    主となる登場人物に、「彼」と「僕」、「彼女」と「私」
    という微妙な隔たりがあるが、それを行き来するうちに、だんだんとそれらが融合されて
    違和感なく一体化する。そんな不思議な文章だった。

    藤代氏は過去の罪の深さに押しつぶされながら、生きてきた、いや、
    生きながら死んでいたんじゃないかな。
    そして妻の死後、自分の子供を身篭ったまま何も言わずに自殺した
    最愛の彼女の古里へ行き、そこで冷たい河原の石を拾う。
    彼はそして、彼の罪を捨てるため、彼女の許しを得るため、過去と別れを告げるために
    その石を、掘割へ捨てたんじゃないかと私は思う。

    誰の心にもある、誰にもいえない罪。
    彼らの幸せはどこにあったんだろう。
    おそらく、日々の何気ないところに「幸せ」はあったのかもしれない。
    ただ、それを彼らは幸せと感じていたかどうか・・・。
    過去のどこで、どうしていれば幸せになっていたのだろう。

    著者は後に、クリスチャンとなり、洗礼を受けたらしいが、
    人はやはり、「許し」を得たいものなのだろう。

    三浦綾子とよく似ている人のようだ。(2003.1.22)

  • 悲劇をやさしく包み込む傑作。発想となったのは著者が旅行の途中で見た石見の国波根の海岸の風景なんだそうだ。

    「この作品の全体にあの海岸の砂浜に響いていた波に弄ばれる小石の音が聞こえている筈である」

    冷たい波に弄ばれて「恋しい、恋しい」と犇めく人たち。読み終わったばかりだがもう一度読みたい。

  • 福永武彦はいう。
    『私がこれを書くのは 私がこの部屋にいるからであり
    ここにいて私が何かを発見したからである。
    その発見したものが何であるか。私の過去であるか。
    私の生き方であるか。私の運命であるか。
    それは私にはわからない。
    ・・・・
    僕は思想なんてものを信じてはいなかったんだ。
    ・ ・・・
    生きるということは何のためなのか。
    思想のためなのか。人類のためなのか。自分のためなのか。
    僕は 思想も人類も自分も信じない。
    地球が滅びようと、労働者の天下が来ようと、
    僕にとってそれが何だというのだ。
    僕の身体が死んでしまえば、それで終わりだ、
    ・ ・・
    僕はただすべての人が平等でありたい、
    皆が幸福でありたいと望んだだけなんだ。』

    いまの私の作業は ここまではいえないが、
    私のロールモデル探しが ごつごつぶつかりながら
    少しづつ進展していることは
    確かで、過去を振り返らない というルールは、
    明らかに 破られている。
    何か、私は、自分の遺書を書くための準備をしているようだ。

  •  しばらくこの小説とは関係のない話をする。
     「一人宇宙」というタイトルの音楽アルバムがある。ジャンルは一応日本語ラップ・ヒップホップだ。だが、聴き終わるころには、ジャンルなんぞどうでもよくなっている。「ラップ」と聞けば、だぼだぼのズボンを履いた若い兄ちゃんがガム噛みながらYOYO言ってる奴でしょ? という既成概念が私達にあるが、それがひっくり返されるからだ。このアルバムを制作した人物はギターを弾きながら、韻を踏みつつ歌うのだ。DJも、ダンサーもいない。これになんのジャンルがあるだろうか。韻を踏んで歌うのは、近代以前。近世以前以来だろうか。いつからそれをやめてしまったのだろうという切なさを思い出させてくれる。クラシックギターと、一人で操作できるビートを流す機械だけでライブを行う。
     「原始人を目の前にしていると思って聴いて下さい」と演奏する彼は言う。その原始人に、ジャズっぽいですね。ラップがうまいですねと言ってどうなるのか。どうにもならない。ではどう楽しめばいいのか。
     「目の前にたき火があると思って聴いて下さい」と彼は言う。
     たき火を前にしたとき、人は何を思うだろう。何を考えるだろう。答えは人それぞれだ。ジャズを前にしたとき、人はジャズらしく聴かなければならないし、クラシックの前ではクラシックらしくしなければならない。だが、揺らめく火を前に、人は火のようにもなれば逆に水のようにもなる。人それぞれ音楽を聴けばいいというのが彼のスタイルなのだ。だが、彼は同時に、かなりのコール&レスポンスや反応を観客に求める。聞こえてるのかどうなのか。客に激しく問いかける。自分の絶叫を人に伝えようとする。「自己顕示欲のかたまりだぜ」と、己のことを言う。
     矛盾している。
     だが、矛盾してない人間こそ信じられないものだろう。
     「不合理故に我信ず」は真理である。
     ちなみに彼の名前はチプルソという。アーティスト名の由来はマルチプル・パーソナリティ=多重人格者から来ている。服部緑地に住むひきこもりで、彼を見捨てなかった幼なじみによって、成人式の日に外へ出て、ヒップホップやダンスを知り、それだけが全てで、学校というものも、テレビというものも、影響なんてなく、己の哲学で生きている。
     自分のことを愛してもいい。I love me と歌う。「生涯はお前にしか観れないドキュメンタリー」とも歌う。そうして生きていこうとする二十六歳だ。

     「忘却の河」は彼のアルバムと違って「ジャンルなし」とは言えない。むしろ逆で、「ああ、純文学を読み終えたなぁ」と皆が思うように作られている。また、「忘却の河」ではこのチプルソという少年が登場するよりも少し手前の時代を描いている。ここに描かれた「父」のひ孫ぐらいが、チプルソやこの感想文を書いている筆者の時代である。
     なので、私達は彼らを、一昔まえのドキュメンタリーのように読んだ。娘の描写の場面では、母親の青春を想像して読んだ。
     「人」というものは、一人一人が星であり、太陽を中心にぐるぐるとまわっているけれど、触れようとすれば衝突し、崩壊してしまう。生きている限り決して触れあうことはない。触れた途端砕け散るか、どちらかの星が一方を飲み込んでしまう。一人一人が宇宙を抱えていて、同時に、一人一人が宇宙のなかの塵のような星の一つであるという矛盾のままを過ごしている。
     小説内で、家族のそれぞれが語られる中で、一人一人の思考を丁寧に書くことは、いまの小説には少ない。こういう家族の苦悩や戦争やらは、テンプレート化されるか、いまさら書いたってどうなのということになっている。今を生きる人々はもっと大きな問題が、例えば巨大な敵が欲しいと思っている。
     日本は破産し、老人が支配し、若者皆が貧しくなる。北朝鮮からミサイルが来て着弾... 続きを読む

  • 4人の家族、それぞれの独白で綴られる物語。

    十代の頃に、大学入試問題で「忘却の河」が出題されていて、なんとなく言葉が引っかかっていた。

    あれから10年以上。
    家族それぞれの視点が少し理解できるようになってから、改めて今作を読み返してみると、家族とは、人生とは、生きるとは。。。

    色んな人生の機微が含まれた言葉にもっと触れることができた。

    人生で何度か再読する本だtなと思った。

  • 各登場人物がそれぞれ内面に抱えるものを禊いだり理解したり受け入れたりしていく小説です。

    中心人物の男性が語る第一章・第七章は特に素晴らしいです。記憶の回路が切り替わる書き方も、彼が抱える苦しみの描き方の深さも。

    ただ、個人的には全体的に思ったよりあっさり落着するところに違和感を覚えました(父と娘たちの和解など)。悪くいえば、ややメロドラマ的というか…果たして人間の苦悩とは、ひとつの要素から成り、ひとつのきっかけで解けるようなものでしょうか。

    逆にそういう意味で、第一章の苦悩の複雑さは私には訴えるものがありました。ただ、男の罪の意識の根源として、出生にまつわる記憶や戦中の経験も描かれているのに、最後は恋人との出来事に集約されてしまう点は安易に感じてしまいました。

  • 久々に「純文学読んだ-!」って感じの読後感でした。書かれた当時にしたら、全然通俗小説だったのかもしれないけど。昭和30年代という時代のせいか、賽の川原だの、日本海に面した貧しい村の間引きの話だのが出てくるせいか、寺山修司あたりに通じる薄ら暗さがあり、それでいて、ひとつの話を章ごとに主人公(視点)を変えた短編として発表したあたり、当時多分斬新な形式だったのではないかと。最後にきちんとカタルシスがあり、なんだか無闇に感動しました。

  • これ以外は『草の花』しか読んでいませんが、相変わらず、良くも悪くも、山岸涼子とか竹宮恵子あたりの少女漫画を読んでいるような感覚があった。あの感じが好きな人にはおすすめ。

  • 「草の花」「海市」を読んだが、この物語が最も私には理解しやすかった。

  • 見えないところ、知らない所で、他人に支えられているということ。見せつけられた。

  • 全集も持っているし、旧版の新潮文庫でもう何度も読んでいる小説だけど、池澤夏樹の解説が読みたくて購入。

  • 家族という集団の中で暮らしていながらも一人一人が単独の問題を抱えた存在でありその一人一人の物語が見事に絡み合ってひとつの救いの絵となりカタルシスを呼び起こしている。これほど重いテーマを面白いお話で読ませる手腕はさすがとしか。とにかく愛するものを失ったことに対する喪失感とそれに密接に結びついた罪の意識の描き込みが半端じゃない。何度も涙しつつも一気に読んでしまった。

  • 連作形式って初めてかも。各章で主人公が変わっていくっておもしろい。
    昭和三十九年って、私が生まれる20年も前なのに、あまり違和感なく読めた。
    生死と愛、罪、ふるさとについて。
    内容や構成が深すぎて、私なんぞではうまく感想も書けない。巻末の解説等が「そうそうっ!」て端的にまとめられててよかったw
    何度も読み返したい一作になる気がする。
    福永武彦さんの他の作品も読みたい!

    (裏表紙の説明)過去の事件に深くとらわれる中年男、彼の長女、次女、病床にある妻、若い男、それぞれの独白。愛の挫折とその不在に悩み、孤独な魂を抱えて救いを希求する彼らの葛藤を描いた傑作長編。

全48件中 1 - 25件を表示

忘却の河 (新潮文庫)に関連する談話室の質問

忘却の河 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

忘却の河 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

忘却の河 (新潮文庫)のKindle版

ツイートする