流れる (新潮文庫)

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著者 : 幸田文
  • 新潮社 (1957年12月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101116020

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流れる (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 久しぶりに再読~

    大まかに分けて、本には、

    最初に読んだ時、ある種の衝撃があり、
    それを再確認するために読み返す本と、

    淡々とした印象だったが、
    不思議と読み返すたびに新たな気付きがあり、
    いっそう深まっていく本があり、

    この本は後者。

    私の大好きな廓ものの一種、
    置屋文学(?)です。

    舞台は、かつて売れっ妓だった芸者が経営する
    没落しかけた芸者置屋。

    ここに住み込みの女中として働くことになった、
    40代の女が主人公。
    本名は梨花だけれど、前の女中が春さんだったため、
    その名を引き継いで呼ばれることに…。

    ストーリーが進むにつれ、
    この主人公の過去も徐々に明かされ…

    この置屋の女将はこの街きっての人気芸者、つた奴、
    ただし、今や人気の前に「かつて」がついてしまう凋落ぶり。

    艶やかに美貌を誇っても、どんなに芸者として人気があっても、
    経営手腕はまた別物なんですね。

    他所には見栄をはる、
    最後まで強気に出られない、
    弱いところにつけ入られる…

    やっぱり、「主人」になるような人柄ではないのだが、
    なぜか惹かれる。
    お人好しなところに感情移入し、
    読んでいてついつい同情し贔屓にしてしまう。

    抱えている芸者は現代っ子(当時)のなな子ちゃんと
    年増で色々と空回りの染香さん。
    頼りになる蔦次さん。

    女将の姪の米子と、その全然可愛いと思えない娘!
    (この娘の見た目は可愛いのですが、またその部分で一波乱)

    また、女将の実の娘の勝代、
    年齢は二十歳そこそこなんだけれど、
    この子が母親に似ても似つかぬ容貌で、
    そんなこんなで性格がひねくれてしまっている。
    この子がしゃしゃり出てくるおかげで
    まとまる話もまとまらない。
    「可愛げが無い」とはこの子のことで、
    口を開けば愚痴と言い訳と、誰かの悪口めいた批判と…
    という訳で、うんざりなんだけれど、
    この辺の描写が絶妙。

    まず、最初にこの置屋に面接に行ったところ、
    その家の中の汚さを
    あっという間にパッパッと見つけてしまうところがまず面白い。
    これでこの女の人が来てからこの家は
    さっと片付いて、綺麗になったというのがもうわかる。

    この家では次々に、厄介なことが起こる、面倒なことを耳にする、
    そんな中ある程度距離をおいて、うまい具合に働く梨花。

    もうあちこちでつた屋に良い女中が入った、と評判になる。

    おしまいはちょっとシンデレラストーリーのような…、
    幸田文はこの梨花さんが、好きだったんだろうな、と
    思わせるラストシーン。

    例えばこの本に出てこないシーン、
    登場人物がどう行動するか、と想像しても
    ちゃんと色々思いつける、
    つまりそれだけそれぞれのキャラクターが
    生き生きと存在感があるところが素晴らしい。

  • 幸田文『流れる』新潮文庫。

    林芙美子の『放浪記』と河上肇の『貧乏物語』を足したような、日本がまだ繁栄を見せぬ、経済的に未完成の頃を舞台にした女の物語。暗く、じめりとした閉塞感の中に描かれる人間模様は余り好みではない。

    四十過ぎの未亡人・梨花は没落しかかった芸者置屋に住み込みとして女中を始める。花柳界の風習や芸者たちの生態に戸惑いながらも、梨花はそこに起きる事件を極めて冷静な目で観察していく。

  • 和製ハードボイルドの金字塔。
    『放浪記』の芙美子と『流れる』の梨花はコーデリア(『女には向かない職業』)やヴィク(『サマータイム・ブルース』)の先輩です。

    夫も子も亡くした梨花は藝者置屋で女中を始める。ところがそこでは恐喝騒ぎが起っていた。
    以前いた藝者の親類と名乗る男が押しかけ、むりやり客をとらされた、金を出さないと警察を呼ぶぞといきまいているのだ。
    主人はうまく言いくるめようとするが話はもつれにもつれ、とうとう警察沙汰に。はたして事件の行方は?

    梨花は女中らしく自分の気持ちを表に出さず、終始傍観者としてふるまう。しかしその奥底には冷静で意地悪な観察眼がひそんでいます。
    ぽんぽんぽんっとはじき出される悪態の、なんと心地よいこと!
    梨花のこの冷酷な観察眼が実にハードボイルドなのです。

    しかし周りの人間を突き放していたかと思えば急に好意を持ったりもする。梨花の心のうちは、描写されているのに読めない。読者は梨花の感情のうねりに翻弄されるばかりです。

    この小説が見事なプロレタリア文学であるという点も見逃せません。かつかつの暮しを送る梨花の孤独な労働の様子を、幸田文は流れるようなリズミカルな文章で描きます。話の中身はとにかく金、金、金。みながみな、どう金の工面をするか腐心しています。明日着ていく着物にもこと欠くかと思えばどこからか謎の大金が転がりこんでくる。没落しつつある花柳界のみみっちさと底知れなさ、両方を活写しています。このあたり、溝口健二監督の映画「赤線地帯」と比べても面白いかもしれません。

    映画といえば『流れる』は成瀬巳喜男監督によって映画化されています。こちらも名作ですが、肌合いはかなり違う。
    映画については小林信彦「「流れる」――架空世界の方位学」(『映画を夢みて』所収) が示唆に富む名文ですが、成瀬巳喜男は梨花の心の内側を見せず、昭和三十年ごろの柳橋という場所を完璧に映像に残しました。感嘆するほかないのは、小説は梨花に対して一種のハッピーエンドとも言うべき明確な終りを用意しているのに、映画はなんとなくもやもやとしたままぼんやりと終り、それが非常に効果的だということです。
    小林信彦は別の文章で、映画は小説よりもっと直線的なものだからはっきりした終り方をしがちだ、「だから、映画で〈結論を出さなかった〉小津や成瀬が、海外の映画人にはとても新鮮に見えるのだろう 」と述べています。(「映画と小説のあいだ」『小説探検』(文庫版は『読書中毒』)所収)

    不敵なハードボイルドを書いた幸田文と緻密なやるせなさを見せた成瀬巳喜男。
    小説と映画の両方を味わい、二人の天才の腕くらべを楽しんでみてはいかがでしょうか。

  • 冒頭から一気に引き込まれる、あのがちゃがちゃした活気とだらしなさ。梨花も梨花でものすごく仕事ができるちゃきちゃきした感じじゃなく育ちがいいのかどこかのんびりとした感覚がありつつも、くろうとさんの生活習慣や価値観にどんどんなじんで欠かせない存在になっていく。
    おうちには芸者屋ならではの問題が多々起こるんだけど、梨花はその流れを眺めるしかできない。
    ずっと眺めて最後の最後で流れに乗ってまた別の流れを見に行く。

  • 凛とした女性の強さが心地いい。幸田文さんの小説には一本筋が通って少しの緊張感と独特の涼やかさが感じられます。

  • 2013.3.17読了。

    女の愉しさ、辛さ、おかしさ、哀しさ、面白さ。深さ、切なさ、馬鹿馬鹿しさ。

  • 綺麗な文章で頭にすいすい入ってくる。読みやすいです。
    内容も、主人公と同じ目線で知らない世界を垣間見れて楽しかったです。結末のつけ方も主人公の性格が感じられて良いなと思いました。少し寂しくても生活が続いていく感じが好きです。

  • 再読

    未亡人の梨花が斜陽な芸者置屋で女中として働き始める、
    その様子。それだけと言えばそれだけの話。
    それがこんな風に1つの世界になる、女はやはり面白い。

    芸者の試験のくだり、
    >容貌はもとよりだが、柄とか品格が第一、
    入ってくるときにいやでも当人そのものが決定させている。
    とりつくろうとも人間の柄は一目で明らか。
    「昔はまず顔のこと言ったけど
    いまは要するにその人物の持つ内容如何が大きなパートなのよ」
    「もとは器量にしても気象にしても癖をあるのを嫌がったけど、
    いまは個性的な強さがあったって悪くはなかろう。
    人形じゃないんだ、魅力はそうした特徴から出発する。なんていう。
    でも結局はその特徴が美しいかどうかで決まるわけね。
    だから器量のいい悪いなんか、試験管が十人いようと二十人いようと大抵みんな公平無私に
    日本ふうも西洋ふうもいいものはいいとぴたりなのよ。
    だけど、いいが上にもの選抜試験になればそれは好きずきになるわ」

    このあともと令嬢芸者の難しさ。
    なるほどなー。

    ・花街の商売のものの単位は1つから、そこに気兼ねも引け目もない。
    頼りどころがないならないではじめから感傷もないし結構1人でやっていく。
    ・頼りどころのあるうちは実は頼れるだけの弱さをもってるのとおなじだし、
    頼るところないのは情けなそうで実は強さである。
    ・男を替えれば替えただけ女は情が深くなって、いいものなんだよ

    私がかなり引き込まれたのは女将の娘、不器量な勝代の独白。
    「おかあちゃんは綺麗で、人に好かれてちやほやされるけど、
    何かあると置いてけぼりされる。
    私はふだん嫌われてても、なにかあったときおかあちゃんのために闘っちゃう。
    だからいよいよきつくなる」
    わかる……わかるよ勝代ーーーーーー!!(号泣)

    >怒りの顔が美しいのは美人ばかりと限らない。
    不器量も溢れるほどの哀しさを湛えてるとき不器量ではない。
    愚痴も感傷も一夜漬けでなければ浅くない味がある。

    ハードボイルド…。圧倒的成熟……

    そして女として感銘を受けたのはなんどり女将の美しい寝起き。
    >長年浸みてもう取れることない技巧のなごりだとすれば、
    一生を通してのこの附味とはまたみごとなものだった。
    おそらくこれまでいつの朝、どこで起きても誰がいなくても
    こうしてそこにもう一人人がいるように、そしてその人を好いてでもいるようなしぐさで、
    二人の床からしなやかに身体を引き抜き、音もなくまず第一に髪を揃えて来続けたのだろう。

    ぼえーーーー。技巧!!私もそうなりたい、
    もっと早く気付きたかった!w
    それを受けての眼がいい、眼が新しい。というのも
    すごくよくわかる。眼が新しいうちの気付きって本当稀少なんだよね…

    結びの
    >ここに来た時主人は梨花という名を面倒がって春という名をくれたが、
    も見事に(あ、そういえば)と思い出し、まさに「流れる」だなぁ
    と題名が深く印象付く。

  • 16/05/14、ブックオフで購入。

  • 挫折……。
    そのうち気が向いたら。

  • 物凄く文章が読みづらいなぁと思って読んでいたら、昭和32年の発行だったとは。幸田露伴の娘だったとは。驚いた。
    文章は、思考の流れのように行ったり来たり、頁にぎっしりと詰まっておりなかなか骨が折れる。しかし、なんやかんやでさくさくと最後まで読んでしまった。出てくる女性たちが皆弱くて逞しい。

  • やっと手に取った幸田文。期待を裏切らない面白い作品だった。漢字変換されてない言葉が多々あるので慣れるまで少し読みにくかった。意地があって口が達者な女しかいない置屋の内情。主人公:梨花が素人で所謂普通の感覚を持っている人、という設定が読む側が素人であるだけにスッと話に入っていきやすかった。会話の箇所を読むと往年の女優が喋っているのが容易に想像できる。この頃の人はみんなこんな早口でスパッと話したもんなんだなぁ。裏の中華料理店と五目そばの受け渡しをするシーン、可笑しくて可笑しくて声たてて笑ってしまった。途中、同映画も観てみたが、そのシーンがちゃんと入っていてムフフとなる。映画も素晴らしかったけれど原作の方が梨花の黒い部分も出てて好きかな。他の幸田作品も楽しみ。

  • 幸田文さんは、この小説をなぜ「流れる」と名付けたのだろうか。
    実は読了しても、私にははっきりとわからなかった。でも何となくはわかる。その「何となく」をもとにレビューを書き進めることにする。

    主人公の梨花が女中として飛び込んだのは、芸妓を数人だけ抱える小さな置屋。そこは世間一般を「しろうと」と呼び、自分たちを「くろうと」と呼ぶ世界。
    この作品が書かれたのは昭和30年。戦後10年目を迎え、時代が急速に変化していた時期。古いしきたりや和服の世界が描かれるのと並行して、自動車や電話が日常生活に入り込む。そういう時代の過渡期に、古いものを守ろうとするか、それとも古きを捨てて新しい物を取り入れようとするかふたつに一つの選択が迫られる状況は、小説の背景として動的で面白い。

    でも私が読んだ限りは、「しろうと」が時代の先をいくとか、あるいは「くろうと」が古き良きものを守っていくとか、そう単純な図式には思えなかった。そもそも、この小説の登場人物を単純に「しろうと」「くろうと」の二元論で切り分けて読むことが果たして正しいのか?
    確かに梨花は最初、芸の世界では全くのしろうとだったが、一癖ふた癖な女たちに囲まれてるうちに、多くはさらりと冷たい視線でかわし、くろうとから一線を引くものの、かと思えば、時には女としての感情をいっしょにふるわせてくろうとに同情する場面も出てくるなど、梨花自身、まるで元々くろうとであったかのような姿も描かれる。
    逆に、くろうとの女主人や芸妓が難無くしろうとへの境界を飛び越え、その言動が「えっ、それってしろうとと同じやん?!」って場面がたびたび現れる。

    小説の最大の魅力のひとつに“人間を描いている”というのがあると思うが、私の好きなダブリナーズ (新潮文庫)でJ・ジョイスは何のことはない市井の人間を描き出すことで人間の“魅力”と“汚れ”といった一切を表現しようとしたように、文さんは芸妓の世界に、その可能性を見出し、小説の主題に選んだのだろう。

    古くて保守的な芸妓の世界を描く作品を「流れる」と名付けたのは、自分自身の変化の多い人生遍歴を流れると意味したというだけでなく、また、職を転々とした末に「流れ着いた」ところという意味だけでもない、私は文さんが、一見古く澱んだ「くろうと」の世界にこそ、人間の真実の姿をはっきりと示す人間の心の機微の「流れ」を見出したからなのでは、と思えた。
    (2011/3/15)

  • 没落しかけた芸者置屋ほど寂しいところはない。
    寂れ、荒み、不景気が漂う。金回りが悪い。だから卑屈になる。芸者たちは過去の栄光と虚栄にすがる。それでも生きてゆかねばならない。恋だって色だってある。でも、なにをしても侘しい。


    すたれた芸者置屋に女中として働くことになった梨花。彼女の眼を通して花柳界の風習と粋が描かれる。もちろんその生活の裏に張り付いた芸妓たちの哀楽と淋しさも。そんな物語だ。


    落ちぶれた芸者置屋といっても、もと名芸妓だった女主人。粋と花柳界の心意気はまだまだ現役である。
    例えば。辞めた芸妓の叔父が金を強請りにくる。困った女たちは巡査に相談。狭い家である。窮屈な玄関に茶の間が引っ越した様相。女主人は巡査のため梨花に五目蕎麦をひとつ取るように言いつける。でも電話は使うな、玄関の警官を通り抜けるのもだめだという。裏の勝手口は仲の悪い近所のせいで使えない。さて困った。
    主人はじれったそうにいう。「中華料理屋は裏隣りだから、台所口から呼べばあっちの料理場の窓でしょ」。

    かくして取り交わされる五目蕎麦の注文と塀越しを渡るつゆ沢山の大きな鉢。この描写は可笑しくてたまらない。
    制服の警官に’てんやもの‘を食べさすことへの後ろめたさと、それを出前持ちに見られないようにした気配り。「くろうと衆」の心づかいに女主人の人と成りが滲み出る。
    そんな女主人と梨花との関係性を軸に、彼女はときに花街の人々を突き放し醒めた目線で観察し、ためらいつつ関わっていく。


    ’ためらい‘に関すると「流れる」というタイトルが秀逸である。
    著者のことばが巻末に記されている。川に橋がかかり、そこを渡るときなぜか一瞬心がためらって川の岸を上下と眺める。橋手前の、ふとためらう心に強く惹かれる、と。
    川の流れを世の中の動きと思えば、そのなかを渡るとき、ふと感じるためらい。ためらいつつ、観察し、世の中を渡っていく。その姿は花柳界を見つめる女中・梨花の姿と重なる。ためらい揺らぐ心を物語として丁寧に描いたこの小説は読後に静かな余韻を残す。いい作品です。

  • 繊細な感覚から生まれる文章が秀逸です。

  • なんだか現代にも通ずるものがあって良かった。
    ただ、この作品の深いところまでは分からなかった気がする。

    いつかもう1度読みたい

  • 女の年月による衰えに美しさを見出す小説というのをはじめてみたかもしれない。

  • 芸者置屋で働く女中の話。
    白粉とアンモニアの匂いが同時に香ってきそうな女の意地と見栄だらけの世界と、
    主人公・梨花の凛とした佇まいの対比が印象的だった。

    面倒事にはあくまでしろうと女中として一線を引き、
    情を動かされた事には素直に感動する。
    舞台も時代も違うが、梨花の姿勢はそのまま現代の
    働く女性の処世術として参考にできそう。

  • ゆるやかな話し言葉のように紡ぎ出される美しい日本語。彼女たちのようなおんなが、確かが存在していたことを強く感じる。着物、化粧道具、台所の描写、女性にしか書けない小説である。

  • 初めての幸田文、先ず言葉の瑞々しさにドキリとした。打ちたての蕎麦のようなしゃきっとした潔さとともに、主人公の立ち働く様子がテンポよいリズム感で流れている。
    そして冷静な人間観察の中にも、人情の機微がチラチラと見え隠れして温かい。
    主人公の梨花に共感できたのも、芸者置屋という異世界の景色を僅かながら思い浮かべることが出来たのも、今、読めたからの幸せ。

  • ”女中が見た芸妓の艶。”
    様々な経験をして、自分らしくもフラットな目線で人を見ることができるようになりたい。

  • 面白いという評判で、つまらなくはないけど、そんなに面白くもなかった。
    著者の他の本も読んでみたい。

  • 芸者置屋に女中として住み込む事になった梨花。人間らしく泥臭い、いい所も悪い所も持った登場人物達。芸者さん達のおしろいの香りが漂ってくるような文章でした。この位の時代って古き良きものも新しいものもごっちゃになっててなんだか良いなぁと羨ましく思う。

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