高熱隧道 (新潮文庫)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117034

感想・レビュー・書評

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  • とても面白かった。

    最初の方は、半沢直樹とか八甲田山みたいな感じかなーと思っていた。権力を持ったヤバイやつが金と力で推し進めていくのかと、で、この課長の藤平という人が苦労する話なのかと思って読んでいた。

    違った。特に悪役は出てこない。読んでると、本当に工事中止が残念でならなくなってくるから、天皇と軍の力で無理矢理続行になった時はよかったとも思えた。

    雪山に藤平と越冬隊を残して根津が山を下って行ったあたりは「あのヤロウ・・」と思ったけど、その後の自然発火事故でバラバラになった遺体を血まみれで運んでいるところでは藤平と同じように感動した。

    しかしそれも違ったらしい。

    藤平目線で話が進んでいくからか、藤平に感情移入して読んでいるけど「どうして人夫たちはあんなに熱くても働くのか」とか「人夫たちをまとめる秘訣はあるのか」という質問で、なるほど、自分は藤平じゃなくてその質問をしている発注者のような、もっと遠くにいる傍観者なんだなと実感する。

    小説の最後は、あんなに惨たらしい目に合わせておいてタダで済むと思うなよという怨嗟の声が聞こえる気がしてくる。申し訳ない、と心に過ぎったところで発狂した千早を思い出した。

    読んでる時は藤平から見た景色を見ているようだったのに、読み終わると人夫の事が気になって仕方がなかった。

    人夫とかボッカとか結局誰なんだ、どういう経緯でそこにいるのかと。ネット検索ではいい書籍や記事を見つけられずにいたけど、そういえばこの前行った相模湖記念館で見た「このダムの建設には中国人捕虜と朝鮮人が」っていうのを思い出した。(もちろん日本人もいる)
    それでまた検索すると“黒部・底方の声 : 黒三ダムと朝鮮人”にあたった。

    この本はすごい。きっと私はこの先、黒部や仙人谷、志合谷、阿曾原谷などをテレビか何かで目にしたらこの小説を思い出すと思う。読み進めるのが恐ろしかったけど読んで良かった。

  • 会社の読書会仲間に紹介された本。
    土建業の厳しさ、社会的責任を再確認しようと手に取ったが、衝撃を受けた。山岳工事におけるタコ部屋労働の話は想像していたが、ここまで人間に酷いことをさせていた時代があったとは。。

    「僅か数十センチの断崖絶壁の道を吹雪の中歩く」
    とか、
    「地熱でダイナマイトが自然発火し、作業員の死体が散らばる」
    とか、
    「数階建の宿舎がまるごと宙を舞う」
    とか、
    とにかく想像を絶する世界である。
    これだけの犠牲者が出続けているにも関わらず、国、発注者、技術者、そして作業員までもが、工事を放棄せずにトンネルを完成させることに執着するという精神状態も信じられない。

    ・「ここにトンネルを作りたい」という人間のエゴ、
    ・「死の危険を犯しても大量のお金が欲しい」という欲望、
    ・「技術者のプライドに掛けて貫通させたいから突き進め」という思考停止、
    ・「今の環境から抜け出したければ、とにかく完成を急ぐか、死ぬしかない」という極限状況は、
    是非この本を読んで体感頂きたい。

    2024年から、この高熱隧道も一般利用が可能になるという。もちろんいつか通って見たいという興味はあるのだが、この本を読んでしまった今としては、犠牲になった方々や、工事に従事した方々に恐れ多くて近寄りがたい。特に、今も廃墟として残っている当時の宿舎の写真をネットで見つけ、鳥肌が立った。

    厳しい自然の力を利活用したいが故に、大自然に挑んだ結果、尋常ならざる犠牲を出した黒部川電源開発。戦争へと突き進む日本の闇を見せつけられた。

  • 吉村昭のノンフィクションは読みやすくありありと場面が頭に浮かぶ。まるで映画をみているように読み進められる。
    過酷な環境下で工事を行う人夫達の奮闘と犠牲者がでる度に殺気立つ現場の空気。岩盤温度165℃まで上昇し身体は火傷だらけ。自分が何時死ぬかわからない。それでも貫通させるという人間の意思のちからは凄まじいものがある。

  •  黒部第三発電所建設に関るトンネル工事を描いたノンフィクション。当時、日中戦争の拡大や対英米戦争準備のため、電力需要が高まり発電所建設は急務であった。トンネル内の岩盤の温度は160度をこえ、発破用ダイナマイトが自然発火し、死傷者が出る。さらに、泡雪崩(ほうなだれ)により、作業員宿舎が文字通り吹き飛ばされ、多数の死者がでる。富山県や警察の工事中止命令が出されるが、工事は継続された。天皇陛下から犠牲者に対して弔意金が下賜され、陸軍大将が視察激励に訪れた。まさに国策工事とも言うべきもので、少々の犠牲は無視された。そんな時代だったのだ。

  • 戦争の影が世を覆う昭和10年代、黒部の発電所建設の壮絶な工事を巡るドキュメンタリー小説。

    私は多少ながら登山、とくに沢登りをやる。この間は雪山もやってみた。ガイドブックに載るような有名なルートでもまあちょっと気を抜いたら命に関わる、というのが自然というものだ。なのにこの工事の現場は、地元の人でさえあそこに立ち入るなんて狂気の沙汰、と怯える未踏の領域なのだ。

    そんなエリアに建築資材を運び込むことがそもそも無理筋なのに、掘り進めるとそこは岩盤温度が100度を超える灼熱の地下。冬は雪崩の生き埋めと背中合わせ。
    閉暗所が苦手な私にとって掘り進める前に読み進めることさえ難しい。

    人夫の一定の「損耗」はもはや前提という非人間性。人知を超えた自然の猛威。だれもやり遂げたことのないトンネル工事を貫徹する、という技術者たちの意志とプライド。戦時経済を支えるために工事必達を目指す国家。

    すべてがひしめき合い、ミシミシと音を立てているかのようだ。 

  • グリグリとトンネルを掘り抜く巨大な円筒、シールドマシンを初めて知ったのはいつだったかなぁ。ある能力に特化した一部分が異様に進化した働く機械が昔から好きで、掘る能力をとことんまで突き詰めたこの掘削機も私にはときめきのアイテム。ちょうどNHK「東京リボーン」第2集の地下特集で紹介された大小のシールドマシンに心躍らされたばかり。そんなタイミングでホントにたまたま読みはじめたこの本には、シールドマシン以前の日本のトンネル工事の凄まじさがあますところなく描写されていた。
    「黒部の太陽」の吉村昭版かと思ったら時代が違っていて(昭和11年から14年)、タイトルも比喩だと思ったら「高熱隧道」そのままだった。つまり最高で160度にも達するあっつい地中を、人間がダイナマイトとツルハシとトロッコでひたすらに掘って掘って掘りまくるのだ。本当に高熱のトンネルなのだ…。
    このトンネルは黒部渓谷に建設されるダムの工事用資材を運搬するために掘削された。ここにダムを作って電源を確保するのは、軍需生産のため国としてどうしても必要だった。地帯にこんな高温の層があることは予想外で、でも莫大な金をかけて始めた工事だから中止に踏み切れない。また技術者たちが優秀なものだから、この難工事を乗り越える工夫を次々と編み出してしまう。これって戦争の泥沼にはまって抜け出せなくなる中、優秀な技術者たちが零戦とかを開発していった話ともシンクロする。日本の技術者は優秀だけど、それが時として引き返すべき物事を推し進める結果に繋がってないか?「プロジェクトX」を礼賛する気持ちにふと影が指す。
    「東京リボーン」によると、そのトンネルを掘るためだけに特化したシールドマシンは、役目を終えるとそのまま地中に取り残され、その数は1000にもなるという。トンネル工事で死んでいった人夫たちは、この「高熱隧道」の話の中だけでも300人。人夫たちの姿が地中に残されたシールドマシンに重なる。技術者たちはダイナマイトで引きちぎれた人夫の身体をかき集めることまでするが、それは人間の情というよりも、人夫という掘削機械を上手く動かすため。地中に残しても賠償しなくて済むシールドマシンに進化したのは、「命」のコストが高くなったからだろう。

  • 登場人物は創作だが、ノンフィクション小説。泡雪崩が多少誇張して描かれているが、トンネル工事のリアルが伝わってくる。軍部による圧力に抗えない警察や地方自治体。根津や藤平の貫通・完工への執念と金に妄執する人夫たち...。大自然への無謀な挑戦。人間の狂気が描かれた良作。グロい描写が苦手な方は手を出さないことをお勧めする。


  • 黒部第三発電所に付随する隧道を掘り進めた男達の話。
    『高熱隧道』とあるが、それと平行して描かれるのは、雪山・雪崩といった圧倒的な“冷たい”脅威で、熱と冷気のコントラストが人の生命を拒絶する自然の圧倒的脅威として写り、絶望感が凄い。
    特にヒリつく様な緊迫感で描かれる、国のインフラを支えている“人夫”と、それを使う者との関係には現代にも通ずる物がありハッとする。全編通して迫力と自然の恐怖感に満ちた傑作。

  • 黒部第三発電所建設のための隧道工事は、戦時下の関西地方の工業電力の供給源となるため、国家的一大事業であった。 何百人もの死者を出しながらも工事は決して中止されることなく、遂には完工に至る。 苦難を乗り越える姿には仕事人として共感も感じる反面、作業員の死体処理の生々しい描写には、所詮打ち勝つことのできない国家権力や自然の脅威に立ち向かおうとする人間の愚かさと無常を感じる。

  • 往時の苦難が偲ばれる内容の本だった。吉村昭さんの本は、正確な調査に基づき記述されているように感じます。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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