- Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
- / ISBN・EAN: 9784101117034
感想・レビュー・書評
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吉村昭のノンフィクションは読みやすくありありと場面が頭に浮かぶ。まるで映画をみているように読み進められる。
過酷な環境下で工事を行う人夫達の奮闘と犠牲者がでる度に殺気立つ現場の空気。岩盤温度165℃まで上昇し身体は火傷だらけ。自分が何時死ぬかわからない。それでも貫通させるという人間の意思のちからは凄まじいものがある。 -
戦争の影が世を覆う昭和10年代、黒部の発電所建設の壮絶な工事を巡るドキュメンタリー小説。
私は多少ながら登山、とくに沢登りをやる。この間は雪山もやってみた。ガイドブックに載るような有名なルートでもまあちょっと気を抜いたら命に関わる、というのが自然というものだ。なのにこの工事の現場は、地元の人でさえあそこに立ち入るなんて狂気の沙汰、と怯える未踏の領域なのだ。
そんなエリアに建築資材を運び込むことがそもそも無理筋なのに、掘り進めるとそこは岩盤温度が100度を超える灼熱の地下。冬は雪崩の生き埋めと背中合わせ。
閉暗所が苦手な私にとって掘り進める前に読み進めることさえ難しい。
人夫の一定の「損耗」はもはや前提という非人間性。人知を超えた自然の猛威。だれもやり遂げたことのないトンネル工事を貫徹する、という技術者たちの意志とプライド。戦時経済を支えるために工事必達を目指す国家。
すべてがひしめき合い、ミシミシと音を立てているかのようだ。 -
グリグリとトンネルを掘り抜く巨大な円筒、シールドマシンを初めて知ったのはいつだったかなぁ。ある能力に特化した一部分が異様に進化した働く機械が昔から好きで、掘る能力をとことんまで突き詰めたこの掘削機も私にはときめきのアイテム。ちょうどNHK「東京リボーン」第2集の地下特集で紹介された大小のシールドマシンに心躍らされたばかり。そんなタイミングでホントにたまたま読みはじめたこの本には、シールドマシン以前の日本のトンネル工事の凄まじさがあますところなく描写されていた。
「黒部の太陽」の吉村昭版かと思ったら時代が違っていて(昭和11年から14年)、タイトルも比喩だと思ったら「高熱隧道」そのままだった。つまり最高で160度にも達するあっつい地中を、人間がダイナマイトとツルハシとトロッコでひたすらに掘って掘って掘りまくるのだ。本当に高熱のトンネルなのだ…。
このトンネルは黒部渓谷に建設されるダムの工事用資材を運搬するために掘削された。ここにダムを作って電源を確保するのは、軍需生産のため国としてどうしても必要だった。地帯にこんな高温の層があることは予想外で、でも莫大な金をかけて始めた工事だから中止に踏み切れない。また技術者たちが優秀なものだから、この難工事を乗り越える工夫を次々と編み出してしまう。これって戦争の泥沼にはまって抜け出せなくなる中、優秀な技術者たちが零戦とかを開発していった話ともシンクロする。日本の技術者は優秀だけど、それが時として引き返すべき物事を推し進める結果に繋がってないか?「プロジェクトX」を礼賛する気持ちにふと影が指す。
「東京リボーン」によると、そのトンネルを掘るためだけに特化したシールドマシンは、役目を終えるとそのまま地中に取り残され、その数は1000にもなるという。トンネル工事で死んでいった人夫たちは、この「高熱隧道」の話の中だけでも300人。人夫たちの姿が地中に残されたシールドマシンに重なる。技術者たちはダイナマイトで引きちぎれた人夫の身体をかき集めることまでするが、それは人間の情というよりも、人夫という掘削機械を上手く動かすため。地中に残しても賠償しなくて済むシールドマシンに進化したのは、「命」のコストが高くなったからだろう。 -
登場人物は創作だが、ノンフィクション小説。泡雪崩が多少誇張して描かれているが、トンネル工事のリアルが伝わってくる。軍部による圧力に抗えない警察や地方自治体。根津や藤平の貫通・完工への執念と金に妄執する人夫たち...。大自然への無謀な挑戦。人間の狂気が描かれた良作。グロい描写が苦手な方は手を出さないことをお勧めする。
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黒部第三発電所に付随する隧道を掘り進めた男達の話。
『高熱隧道』とあるが、それと平行して描かれるのは、雪山・雪崩といった圧倒的な“冷たい”脅威で、熱と冷気のコントラストが人の生命を拒絶する自然の圧倒的脅威として写り、絶望感が凄い。
特にヒリつく様な緊迫感で描かれる、国のインフラを支えている“人夫”と、それを使う者との関係には現代にも通ずる物がありハッとする。全編通して迫力と自然の恐怖感に満ちた傑作。 -
黒部第三発電所建設のための隧道工事は、戦時下の関西地方の工業電力の供給源となるため、国家的一大事業であった。 何百人もの死者を出しながらも工事は決して中止されることなく、遂には完工に至る。 苦難を乗り越える姿には仕事人として共感も感じる反面、作業員の死体処理の生々しい描写には、所詮打ち勝つことのできない国家権力や自然の脅威に立ち向かおうとする人間の愚かさと無常を感じる。
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往時の苦難が偲ばれる内容の本だった。吉村昭さんの本は、正確な調査に基づき記述されているように感じます。