冬の鷹 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (432ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117058

感想・レビュー・書評

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  • 予期せぬ感動。
    オランダ語の習得と翻訳業に専念し、富や名声を求めなかった前野良沢と、翻訳チームをまとめて、『解体新書』出版に尽力し、社会的成功をおさめた杉田玄白。どちらのタイプも、大事業を進めるには必要なのだろう。
    だが著者は前野良沢の生き方に、つよく心を惹かれている。とにかく頑固で、清廉潔白に生きた人。それゆえ晩年は貧窮したが、おそらく良沢は、自分の人生にさほど後悔はしてないはず。

    学問の厳しさ、「分かった」ときの純粋な喜び、新しい知識の広まりと反発など。史料に基づく抑制された文章の合間から、歴史上の人物の息遣いまでも伝わってくる。
    『天地明察』にも通じるものを感じた。

  • 日本人に高邁で高潔な知性がかつてはあったんだと希望が持てました。

  • 解体新書を上梓した二人の医学者を通して、当時の思想や政治体制を背景に物語が進んでいく。比喩が正しいかわからないが、理系肌で頑固一徹な前野良沢、文系肌でコミュニケーション脳力が高い杉田玄白の生き方のどちらが正しいのか?
    学問を極める事とそれを世に広める事は、同じ人間には出来ないのか?を考えさせられる。
    吉村昭の洞察力の深さを思い知る作品である。
    前野良沢は、吉村昭の生き方に通ずるのだという事が理解できる。
    同じ時代を生きた高山彦九郎を主人公にした『彦九郎山河』を同時に読まれる事をお薦めする。

  • 江戸時代後期、蘭学隆盛の端緒となった解体新書の翻訳・刊行の中心人物であった前野良沢、杉田玄白の話。技術英語の翻訳に関わることもある仕事柄、読む前から強く興味を惹かれるテーマだったが、未知の蘭語の翻訳の困難に関わる話は、解体新書の刊行に至る物語の中盤よりも前で触れられている。ここをより深く掘り下げて欲しかった気持ちがあることは否めない。しかし、辞書という概念すらほとんど知られていない時代にわずかな手掛かりから原書の記述の意味を探り出そうとする苦労は十分に伝わってきた。

    物語後半は、他者に抜きんでた専門性を持ちつつも学究肌で柔軟性に欠ける良沢と、専門知識には劣るが社会性に秀でて解体新書の刊行をきっかけに活躍する玄白の境遇の対比に重点が置かれている。前者は頑迷ともいえる研究者であり、後者はビジネスセンスのある企業家というところか。学問の探求とビジネスの間のバランスの取り方の難しさは現代にも通じるところが大いにあって面白い。著者はどちらかというと良沢に肩入れした描き方をしているが、むしろ現代の研究者がビジネス面のバランス感覚を持つことの意義を知るためにも、本書に書かれた良沢、玄白の生き方の対照性は参考になるのではないかと思う。

  • オランダの医学書を翻訳して解体新書を書いた前野良沢の翻訳人生を描いた作品。
    同じく解体新書を書いた杉田玄白とは、その後の人生、信条、キャラクターなどがまるで対照的で、この二人の対比で話が進んでいく。
    杉田は外交的、前野は内向的。前野は語学の学問を追及、杉田は医学の実利を追及。前野は自分が育ちたい人、杉田は人を育てたい人。
    二人に共通しているのは、好奇心のかたまりであること、あきらめが悪いこと、確固たるポリシーを感じること。
    二人の歩んだ人生はまったく違うが、チャレンジ精神を称えたい一冊。

  • オランダの解剖書ターヘルアナトミアを翻訳した前野良沢と杉田玄白の話。

    学者肌で頑固、融通が利かない良沢、学問を極めることよりも世渡りや調整力に長けた玄白の対比が面白く、現代人にもそれぞれ似たようなタイプが居ると思う。
    良沢は貧しく寂しい老後を送る一方、玄白は弟子に囲まれて裕福な老後を送る。

    物語にあるように、世の中で成功するのは大抵人格能力の優れた玄白タイプが多いのではないかと思う。

  • ターヘルアナトミアと、当時の辞書を手に取って、解体新書を作る過程を試してみた吉村昭さんが書いた、解体新書創造がメインストーリーとなる前野良沢物語。
    世の中は、さほど動いていないように思えて、激動の時代だった江戸中期のストーリーから、現代に繋がるメッセージはとても大きいものでした。
    是非、人生の挫折ではないかと、壁に突き当たっている人に読んでもらいたい一冊です。
    前野良沢さん、生まれて亡くなるまで壁しかない人生。でも、その生き方にはなぜか憧れる。

  • 杉田玄白の「解体新書」のことは、学校で習って知っていたけど、その翻訳作業がこれほど困難で、これほどドラマがあったことは初めて知りました

    吉村先生らしい綿密な資料に基づく著作は、リアルに2人の生涯を追いかけさせてくれました

  • 「解体新書」を著した前野良沢と杉田玄白に関する歴史小説。
    オランダ語を習得する執念とその努力は、語学を学ぶ全ての人にとって、大いに刺激になると思う。
    (当時の苦学を知れば、現代人が英語学習で苦労するなんて言ってられないだろう)
    同じ吉村昭著の高野長英の歴史小説も思い出した。(これも名著)

    蘭学を通じて、西洋近代の知識を吸収し、延いては、それが幕末の政治的な動きにまで繋がってくる。
    そう考えると、解体新書を世に出した二人の存在の意義の大きさを、改めて認識させられる。
    (当時、鎖国の方針を緩めた徳川吉宗の見識の高さでもある)

    この小説の面白いところは、今でも、前野良沢的生き方と杉田玄白的生き方があるからだろう。
    自分の場合は、世の中をうまく生きていくよりも、前野良沢のような、頑固で、不器用で、妥協を許さないプロ意識に高い人物の方が好感が持てる。

  • 今から280年程前の江戸中期に刊行された「解体新書」に関わる人々の生涯と当時の社会情勢が記録映画ように綴られたお話し。

    原本であるオランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を翻訳した前野良沢とそれを刊行した杉田玄白のその後の両極的な人生の明暗が読み進めていく内にコントラストを強め、読み手の心を捕らえていく。

    個人が抱く矜持は人それぞれだが、前野良沢はそれに美しさを求め、杉田玄白は正しさを求めた。結果は歴史が証明したが、悔いのない人生であったのならば、それで良い。

    「解体新書」は、西洋科学(医学)書の日本最初の翻訳書と言われている。
    それまでは中国から伝わる文物が主流だったが、西洋科学の正確さに気が付いた彼らは、少ない情報を基に途方も無い苦労の末、翻訳を成し遂げる。
    これは、もしかしたら西洋以外では初の試みなのかも知れない。
    日本はここから西洋文明を怒涛の如く吸収し、脱亜入欧を掲げてアジアでは突出した文明国に成長していく。
    これは「解体新書」が一つの切っ掛けにもなっているのではないか。
    暗闇の中、手探りで翻訳を成し遂げた前野良沢を日本人は忘れてはいけないと思う。

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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