零式戦闘機 (新潮文庫)

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著者 : 吉村昭
  • 新潮社 (1978年4月3日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117065

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零式戦闘機 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  •  当時世界最高水準の戦闘機だった零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦。ゼロ戦の誕生から盛衰を日中戦争から敗戦までの日本の様子とともに描いた記録文学。

     吉村昭さんの戦時下を描いた記録文学を読むのは『戦艦武蔵』以来。武蔵は完成したころには既に、海戦の主流に大型の戦艦が使われなくなっていたので、あまり戦闘に参加することはなかったのですが、ゼロ戦は完成当初から日本軍の主力として使われていて、その誕生から盛衰を描くことはそのまま、戦時下の日本の盛衰を表しています。

     読書で胸が詰まるという思いをしたのは天童荒太さんの『永遠の仔』を読んだとき感じたのですが、この本にもそうした感情を抱きました。ミッドウェー海戦以降の日本軍の悲惨なまでの追い込まれ方はそれだけ迫ってくるものがありました。読んでいる間中「早く戦争を終わらせてあげてくれ」と思わず思ったのですが、結局戦争が終わるのはそれから三年後。さまざまな地でたくさんの命が消えていってしまうのは、歴史的事実から考えて分かっているものの、なかなか受け入れることは難しく感じてしまいました。

     変なことを書いているように思うのですが、作中の戦争を終わらせるためには自分がこの本を読み終えるしかない、そうしなければ作中の戦争はいつまでも終わらないんだ、という義務感を持って途中から読んでいたような気がします。

     衝撃的だったのは、ゼロ戦の工場の所員たちは空襲警報が鳴っても軍からの生産要求にこたえるため避難が許されなかったことです。これが原因で多数の死者が出るのですが、もしこの命令がなければどれだけの命が救われたのか、と思うと……。

     各地の死傷者の数も記録文学の一つとして、書き込まれているのですが、その数の多さに改めて慄然としました。特に捕虜の少なさにはどんな感想を書いていいのかわかりません……。日本の軍事教育の怖さを改めて知ったような気がします。

     何より悲惨だと思ったのは沖縄戦。日本の被害も重大なのですが、アメリカ側も一万人以上の死者が出ているのにも驚きました。また日本の度重なる特攻攻撃がアメリカ側にたくさんの発狂者が生んだ、という記述も印象的です。どうしても被害の記憶だけが印象残ってしまう戦争の記録ですが、間違いなく日本には加害の責任もあるのだ、ということを再認識させられました。犠牲になった兵士にとっては戦争に勝利も敗北もあまり関係ないのかもしれない、と思いました。

     終盤、無敵を誇ったゼロ戦が若者を乗せた特攻機として使われる場面にはどうしてここまで追い込まれる前に戦争を終わらせることができなかったのか、と思わずにはいられませんでした。

     やはりこういう戦争を描いた書物というのは重要なんだ、とこの本を読んで再認識出来ました。毎年8月は絶対戦争系の作品を読もう、と去年の『戦艦武蔵』読了後から考えていたのですが、結局8月ギリギリになってしまいました。来年は8月15日に合わせて読み終えられるようにしたいな、と思います。


     ここからは余談で思い出したことを。この本を読み始める少し前に『はだしのゲン』騒動が報道されました。自分は『はだしのゲン』をちゃんと読んだことは恥ずかしながらありません。小学生のころ一度だけぱらぱらとページをめくったのですが、原爆投下後の人々の身体がゾンビのようにどろどろに溶けた描写をちらっと見て、一瞬でページを閉じてしまい、それ以後ゲンを手にとることはできなくなってしまいました。でもあの場面だけで戦争も原爆も絶対に許されるものではない、と思うようになったのも事実です。

     この読み方はあまり褒められたものではないと思うのですが、それでも最低限のメッセージだけは受け取れたと思っています。ゲンの作者の中沢さんもこの本の作者である吉村昭さんも戦時下を体験さ... 続きを読む

  • 優れた技術者とその傑作零式戦闘機の華々しいストーリーは日本人として読んでいて誇らしかった。
    緻密さや真面目さは日本人が得意とするところだと本気で思う。(口に出してはいけない)

    敗戦が続き出した頃、資源が足りなくなってきた頃からの軍の判断と意識は異常。まさに盲目。人命さえも爆弾保持装置くらいにしか考えられなくなる恐ろしさ。一般市民もそれが当たり前と思っていたとは。

    全員気がおかしくなっていたんだろう。生涯この感覚を理解できないであろうが理解したくもない。

  • 戦艦武蔵と並ぶ吉村昭の戦争文学の傑作。零戦の開発から重慶爆撃・パールハーバーでの活躍、ソロモン・レイテでの苦闘、そして生産もままならない戦争末期の名古屋工場が地震と空襲で学徒の命と共にほぼ壊滅する終戦までを、零戦を軸に描く。
    冒頭と掉尾を飾る零戦運搬用の牛馬の姿が、戦前の歪な工業国家としての日本の姿を鮮明に浮かび上がらせており、つくづくと上手い。

  • 零式戦闘機の開発、その後迎えた絶頂期から特攻まで、零戦を中心とした日本の戦局が描かれています。記録的な書き方をされているので、読んでいても必要以上に感情的にならなくて済みます。大人になってから戦争関連の本を読むと、小学校で「ガラスのうさぎ」とかを読んでいた頃とは全く違った印象を持ちます。国民(特に子供)目線の話は、ただただ「悲劇」として、「こんな怖いことは二度と繰り返しちゃ駄目だよね」的なメッセージしか受け取れないけど、戦局や軍部の動きが分かる本を読むと、人間の愚かさや弱さや恐ろしさが非常によく分かります。こういうのこそ高校や大学で必修にしなきゃいけないんじゃないのか?恐らく個々の軍人には人間的にも素晴らしい人も多かったのでしょうが、戦局が悪化して以降の戦い方全般があまりにも非現実的。勿論そこには、日本人的な精神だったり、社会体制だったりも影響しているのでしょうが…。

  • 「永遠のゼロ」を読み終えて、この小説を知りました。記録小説と言うものがあるとすればこの小説のことでしょう。この作家の作品は初めて読みましたが、読み応えのあるものでした。ゼロ戦は本当に凄い戦闘機だったのが分かります。ゼロ戦の高水準の性能を背景に太平洋戦争に突入して行ったように感じました。序盤では向かうところ敵無しの状況で、圧倒的な勝ち方でした。格段の性能に海軍が妄信して更なる戦争拡大に突き進んでしまったようです。戦争末期まで性能の優位性は保たれていましたが、残念ながら後続機を開発する余力がなかったのが残念でした。また出だしに詳細に書かれていますが、組立て前の戦闘機パーツの国内移動手段がまさか牛車だったとは正直驚きでした。

  • 零式戦闘機が生まれるまでのストーリー。海軍の高い要望と三菱重工の設計者である堀越二郎の奮闘を描いている。話題の映画「風立ちぬ」だけでは表しきれないほど泥臭く、死者も出るほどの技術者の戦いが興味深い。戦闘機の試作と試験を重ねに重ね、高い要望を克服する日本人ならではの職人気質が、当時技術面で世界から遅れていると思われていた一般論を覆した。付録ページに零戦の設計図と部品名が書かれているので、それを参照しながら読むと更に面白いかもしれない。

  • 第二次世界大戦を、零戦の歴史とともに振り返る。

    戦争を美化することも、零戦を美化することもできない。



    ただ、特攻のイメージが強い零戦であったが、
    零戦が恐れられていたのは、その捨て身の攻撃だけでなく、機体性能にもあったことを知った。

    そして、開発の裏側も。

    なぜ、防弾設備がない戦闘機ができてしまったのか、
    なぜ、特攻のようなかたちにはしっていってしまったのか。

    たしかに、設計者の苦労はすごい。
    技術力があったということだろう。

    しかし、
    物量や資本で劣る日本の限界は、悲しいくらいである。

    もどかしいくらいの悲しい歴史。

    なんども言うけれど、美化はできない。
    零戦や日本のパイロットがどれだけ優れていたとしても、美化はしたくない。

    “出羽は、近代的な飛行機工場の機体運送が牛によるものであることにすっかり呆れてしまったらしく、各務原飛行場についてもしばらくの間黙りこんでしまっていた。やがれかれらは、異口同音に「ペルシュロン」という言葉を口にした。
    「なんです、それは」
    田村が、いぶかしそうにたずねた。
    「馬の種類ですよ」
    卓次郎が、言った。”

  • 随分と長い間積読にしていた。
    なんで今読み始めたのか…分からない。吉村昭を読みたいなと思い、それと書き途中の原稿のこともあったのかな。

    読みながら何度も鳥肌が立った。
    感情を排して書かれた文章はより胸に迫る。ある時は部品の置かれた格納庫に、ある時は皆が駆け寄ってくる滑走路、そしてその物量に押しつぶされていくしかない戦場に、自分も立っているような気持だった。

    いつも思うのは、日本軍だから、なのではなく、日本人だからこうなったということ。
    国力とは何か、きれいな言葉の裏にある、それを支える土台の危うさ、そういったものも思い返すことになって、読み終えた時ひどく疲れた。

    また時折読み返したい本。

  • 零式戦闘機を運ぶ「牛」と「馬」

  • 零戦を通してみた、第二次世界大戦というのが正しいだろう。零戦を超えた戦闘機が現れたという書き方をしなかったのが、救いではあるが、あまりにも経済力、工業力が違いすぎアメリカに完敗してしまったのである。
    日露戦争の幻想を引きずっていたのは間違いないだろう。

  • 零戦が企画される前から終戦までを追う。零戦が作られる上でどのような苦労があったか、裏話など大変おもしろい。

  • 無茶な要求を乗り越え作成した戦闘機。
    要求をほぼ満足したその機体の性能は世界一。
    なんだけど、人命軽視な姿勢は、恐ろしい。
    裏付け無いまま、、、
    技術者として、無理無茶な要求にも答える姿は学びたい。

  •  ゼロ戦の誕生から末期までを描いた小説で、人ではなく兵器から見た戦争ものである。ゼロ戦がこんなにも圧倒的な性能を有していたとはうかつにも知らなかった。
     劇的なデビュー、華々しい活躍、悲惨な戦場、やがて哀しく終えるのだが、感情を抑えた表現はかえってそれらが胸を打つ。さすがの吉村昭である。この人の小説はすべておもしろく、はずれがない。
     

  • 国力の差か。
    零式艦上戦闘機は、航空後進国の日本が生み出したとは誰も信じないほどの突出した性能(=質)を備えていたが、日本の国力が量を生産できなかった。
    国力の差とは第一に量なのか。戦争とは量なのか。

  • 風立ちぬみようと思って読んだ

  • 考えられない速さと、考えられない遅さ。
    冒頭から読了まで、その二つの速度はおよそ変わらなかった。

    それが敗戦に繋がったとしても、開発に至るまでといい、神風特攻隊といい、私達日本人が振る舞った純粋さは、誇るべき純粋さなのだと思いました。

  • 零戦開発から太平洋戦争集結までの長い期間を一切の本にまとめている為、一つ一つのエピソードが短い。
    ダイジェスト的にさらっと読みたい人向け。

    零戦開発の話をじっくり読みたいなら柳田邦男の同名の本「零式戦闘機」の方がオススメ。

  • 淡々と書かれているのがこの作者の持ち味。零戦モノとしては並。

  • 〜13.10.22
    日本の航空技術が世界を超えたことを零戦によって示された。それまで日本は海外の技術の真似でそれが最善だと考えてた。九六艦戦で追いつき、零戦で抜いたという印象を持った。
    その零戦の質に賭けて日本があの大戦に突入していったようにも思える。

    アリューシャン海戦でその質の神秘性が薄らぎ、日本全体の神秘性も失われアメリカの物量による押しに負けたように思う。

    また、その戦争の裏でどのように製造されていたかもしっかりと描いている。戦場の側面と実際の製造現場の2つの側面からより客観的に零戦について知ることが出来た。
    また牛車の輸送からも日本自体の未熟さも感じさせ、逆に零戦という世界水準を超える技術を持ったことの日本軍の思いの強さがあると思った。

  • 『永遠の0』を読んで感動したのと、作者が吉村昭だったのとで読んでみたのだけど、零戦が名古屋で作られていたとは知らなかった!知っている地名やなじみのある地名がたくさん出てきて、予想外におもしろかった。
    まず冒頭の、試作機が牛車にひかれていく鶴舞から布池、大曽根という旧市電の道は、高校時代の通学路。たどり着いた先の各務原の飛行場ではその昔、父方の祖父が徴用されて飛行機を作っていたそうだ。ひょっとして零戦だったんだろうか…?そして名古屋が大地震に見舞われたあと工場疎開した先のひとつが松本の片倉紡績工場。学生時代、毎日のようにお世話になっていた、カタクラモールよね??牛車に変わって飛行機を運ぶことになったのペルシュロン種という馬は、帯広ばんえい競馬のばん馬にもなる種類だし。そういえばナゴヤドームも三菱重工業の跡地だ。
    東京大空襲や硫黄島の決戦や南方での海戦とかは、映画やドキュメンタリーでけっこう知っていたけど、地元名古屋が戦時中どうだったかというのは案外知らなかったので、とても新鮮でした。

  • きっかけは”風立ちぬ”でもなければ”永遠の0 ”でもなく
    ”艦これ”だ!(笑)

    吉村昭作品はそれなりに読んでいたつもりだが、まだ未読作品が多いなと反省^^;

    この種の本を読んだときにいつも思うことですが
    あらためて、あの戦争は無理して・背伸びしてやった戦争だったんだ・・・
    と思い知らされる。
    そして「本気で戦争をやる気があったのか!」とツッコミを入れたくなる・・・(理不尽なツッコミですが^^;)

    道路や輸送手段が未整備で飛行機を工場から基地まで牛車や馬車で運んでいたとは知らなかった・・・。
    そうだよね、作ったモノは運ばないと・・・。

  • 紀元2600年、つまり零年に颯爽と中国の上空で空中戦において圧倒的な勝利を収めた零戦の緒戦での大活躍、そして4年後の戦争末期(昭和19年)も後継機が登場せず、米英の最新鋭機と闘う老兵としての零戦。この段階でも零戦の戦闘能力は引けを取らなかったが、米の物量の前に次第に劣勢に。これだけ制空権を握っていながら、新鋭機を開発できない日本はやはり負ける運命にあったのでしょう。零戦が海軍から常識はずれの極めて高い速度、航続距離、離陸・降下速度、銃などの装備、空戦機能を目標として提示され、実現していった三菱重工の技術者に思わず、今の自分の使命を重ねてしまいました。そして、その圧倒的な能力が米英ソ等の戦闘機を圧倒したのです。これも秀作でした。

  • 当時の世界トップレベルの戦闘機だった零戦を軸に、開発から終戦まで丁寧に描き出す。

    一切の感情を排したドキュメンタリーのような小説だったけど、それが却って悲惨さ無謀さ必死さを伝えてた。パブアニューギニア、硫黄島、学徒動員の名古屋軍需工場への空襲とか、つらい過去。何度も何度も思うけど、何故に開戦に踏み切ったのか。せめて、終戦をもう少し早められなかったのか。

    工場から飛行場まで牛車で戦闘機を運んでるのにかなり驚いたんだけど(@風立ちぬ)、飼料不足、牛の疲労、長時間に渡る運搬時間を解決するために取られた方法が、今度は馬だったって…。こういう国力、圧倒的な工業力の差を分かっていても開戦したのは、無謀?勇気?

  • 柳田邦男さんの「零式戦闘機」に参考文献で掲載されている。
    文体も内容も近似。

  • 斜め読み。ジブリの代わりに読んでみた。

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