雪の花 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117232

感想・レビュー・書評

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  • 江戸時代末期の福井藩で、多くの人命を奪う天然痘と闘った一町医の生涯を描く。

    天保八年、天然痘が全国で流行していた。当時の日本に治療法はなく、感染力も高かったため、天然痘に感染した患者は放置され、死んでいくしかなかった。
    その状況を憂いていた福井藩の町医者、笠原良策は、湯治先で加賀国の医者から聞いた蘭方医学に興味を持つ。

    京都で蘭方医学を学び始めた良策は、天然痘の予防法として「種痘」という方法が有効だということを知る。何とかして種痘に必要な「牛痘苗」を手に入れたいと願う良策は、福井藩主、松平春嶽に働きかけ、中国から牛痘苗を輸入することを計画する。

    そしてここからが良策の試練の日々になるのである。一介の町医が藩主にお願いをするためには、藩の役人に話を通さなければならない。しかしいくら話を持って行ってもなしのつぶてだ。要は、恐ろしい疱瘡の苗を取り寄せて人の皮膚に植え付けるなどという考えは正気の沙汰ではないとして、握りつぶされていたのだ。
    思い余った良策は藩主の信頼が厚い藩医、半井元冲に訴え、ようやく牛痘苗の輸入が許可される。

    次の難関は中国から輸入された牛痘苗を長崎から福井に無事持ち帰ることだった。
    牛痘苗は京都まで無事到着したのだが、鮮度が失われると効力がなくなるため、牛痘苗を子供の皮膚に植え付け、できたかさぶたをさらに別の者に植え付ける、というリレー作業で鮮度を保たなければならなかった。つまり、得体のしれない菌を皮膚に植え付けてくれる子供を絶やさずに、雪深い福井までの道のりを山越えで向かわなければならないのである。

    京都から福井に向かう良策一行の山越えシーンは本書のハイライトである。まさに生きるか死ぬか、命がけの道中を無事に乗り越えた先に待っていたのは、藩医の妨害であった。
    一難去ってまた一難。種痘を受ける子どもは絶え、狂人扱いされる良策。このあたり、物語としては非常に面白いのだが、読んでいてやりきれなくなってしまう。

    本書が書かれた時代には天然痘はすでに恐ろしい病気ではなくなっていたが、それから年数を重ね、人類はコロナウィルスという新しい感染症に振り回されることになった。
    世界中を混乱に巻き込んだコロナウィルスはいまだ収束の兆しを見せず、役人(政治家)の事なかれ主義は昔も今も変わらないが、コロナの状況下で、歴史に名を残さない良策のような人たちが他人のために身を粉にして働いてくれたおかげで、今の我々の生活があるのだと思う。
    本書は過剰にドラマチックではなく、むしろ淡々とした筆致であるが、しっかりと名もなきヒーローの涙ぐましい努力に光を当ててくれている。

  • 職場で薦められた本です。
    頁数、文字数は多くないけれど、中身はとても重いものでした。

    ワクチン概念のない時代の人たちに、病気の種を身体に入れることを説くのは大変なことだと思う。
    私利私欲なしに、「人々を天然痘から救いたい」という熱い思いに、感謝したい。

    映画化されるようですが、京都から福井への山越え、豪雪の中での撮影は過酷だな。

  • 江戸末期に天然痘の予防に力を尽くした笠原良策医師らを描いた歴史小説。なすすべなく死んでいく人々、なんの根拠もない治療法、祈るしかない厳しい現実。種痘への無理解は、現代のコロナワクチン接種忌避と重なる...(否定も肯定もしませんが)。後世に残したい一冊。

  • 27歳の主人公・良策が40代になるまで続いた天然痘のワクチン接種問題。

    聞いたことも無い未知のワクチンに、当時の人々は恐れていましたが、その気持ちもよく分かります…

    コロナ禍の今でさえ、ワクチンに懐疑的な人がいますから。

    種痘を福井へ持ち帰る山越えのシーンは圧巻!!
    手に汗握る描写に脱帽。

  • 一定年齢以上の人の腕にあるワクチン接種の痕。
    これを始めた方の話。
    せっかくの薬も信じてもらえなければ打てないのか…
    私財を投げ出してまで、周囲に白い目で見られてまで、感染症を無くそうとした医者がいた。今の日本にそんな人いるのか?

  • 天然痘による死者を減らしたい。その一念で私財を投げ打ち種痘の入手と接種に取り組み、戦い抜いた福井藩の町医、笠原良策、その人生。
    予備知識も興味もなくても、ぐんぐん読み進められる吉村昭さんの作品。読後には、読めてよかった、知ることができてよかった、と思わせてくれる。
    次の作品もたのしみ。

  • 江戸時代末期の福井藩。人々の命を奪う天然痘と闘った一町医の生涯を描いた物語。周りの理解を得られず、詐欺師と石を投げられても人を助けるために人生を捧げられたのは何故なのか。素晴らしい人を襲う苦難の人生。やるせなさに胸が詰まった。

  • 天然痘の予防を広めることに尽力した町医者の話。時代背景を思えば、乗り越える壁が多すぎて「絶対に無理」と思ってしまう。そうした難題に私財を投げ打ってまで取り組んだ人の素晴らしさ、だけで終わっていないのがすごい。短編なのに非常に中身が濃い。
    『破船』の後に読むとなお良いかと。

  • 吉村昭×疫病といえば「破船」が印象深いが、「北天の星」「花渡る海」そして「雪の花」は天然痘3部作と呼ばれるらしい。子どもの頃、世界中の歴史的な出来事をカレンダーのように紹介する本で、5月の出来事として、ジェンナーが子どもに牛痘を接種したというエピソードを強烈に覚えていて、それは同じ頃読んだ「ベルばら」でルイ15世が罹った天然痘はメチャメチャ恐ろしいとすり込まれたこともおおきいが、子どもに牛のなにかを植え付けるその本の挿絵の不気味さもあいまって、私の脳裏に刻まれていた。「雪の花」ではその種痘を子供から子供へ移していく様子が描かれる。私の中で勝手に気持ち悪いイメージが肥大化していたが、今、こうして正確な描写をされるとなるほどそういうことかと落ち着いて受け止められる。こういう冷静で詳細な描写が吉村昭作品にリアリティと信頼性をもたらしている、と同時にすごい熱量で何かをしようとする登場人物の行動が上滑らない。
    幕末、福井藩の町医者が種痘を広めようと取り組む話。この時代は何かしようとすると平気で10年くらいの単位で時間がかかる。笠原良策は、蘭学に出会って京都で学び、種痘を知ってそれを何とか福井藩に広めたいと努力する。福井藩といえば松平春嶽!上の方は開明的なのだが現場のお役人たちはものすごく封建的で、笠原良策が種痘を持ちかえってからとてもとても苦労した。京都から福井へ種痘を持ち帰る際、幼児と両親の十数名での冬場の山越えの場面は、ここで遭難したら一貫の終わりだが、一方で種痘を絶やしてはならないという時間制限もあって緊張する。しかし、この難所よりもその後の福井藩での活動の方がずっと大変だった。笠原良策は諦めずに役所への嘆願を続け、ようやく開明派のトップが江戸から帰ってきて、事態は動き始める。
    吉村昭が最初にこの本を書いた当時から新たに資料が見つかり、それにあたった結果、間違いがあったことを恥じているという後書きに、この人の誠実さを感じた。

  • 使命感を持って生きれるってすごいことだし、この人が世のためにしたことは素晴らしいということは間違いないけれど、この人にももっと楽な生き方があったのではないかと思ってしまう。
    最終的に報われたと言えるけれど…

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著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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