ニコライ遭難 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.81
  • (22)
  • (31)
  • (29)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 308
感想 : 25
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117379

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 司馬遼太郎の作品は印象的な書き出しが多いと思いますが、一番好きなのは「坂の上の雲」です。
    「まことに小さな国が開化期を迎えようとしている」
    明治維新後のちっぽけな日本が近代的国家として歩み始めた時代を、この短い文章は簡潔に表現しています。

    吉村昭さんが描く「ニコライ遭難」は、この時代、明治24年に起きた大津事件に戦慄する日本人の姿です。大津事件は車夫がロシアの皇太子ニコライに軽傷を負わせた事件。圧倒的な軍事力をもって極東進出を目論むロシアに対して日本は「七五三のお祝いに軍服を着た幼児」。事件をきっかけに天皇を始め日本中が震撼します。当時の刑法では犯人津田三蔵は懲役刑。しかし、武力報復を恐れる政府有力者は処刑を主張。対して、司法関係者は公正に津田を裁こうと政府に挑みます。この小説の最大の読みどころは、近代的法治国家の将来を見つめた司法対政府の手に汗握るギリギリの戦いです。この事件により、日本の三権分立の意識は高まったといいます。

    それと、この小説の魅力は前半のニコライへの歓待の風景。長崎、京都、大津と日本の威信を賭けて歓待する官民の姿が詳細に活き活きと描かれます。特に、ロシア帝国最後の皇帝となるニコライが入墨を自らに彫らせたり、番傘に興味を示したりと人間らしい愛嬌を持っていたことは意外でした。

    他にも、津田の死の真相、ニコライを助けたことにより多額の賞金を得た2人の車夫の運命、西郷隆盛生存説など読みどころはたくさんありますが、この小説の最大の魅力は、大津事件の歴史的重大性と開化期の日本人の特性が理解できることです。
    久しぶりの★★★★★。是非、是非、お読みください。

  • 1891年来日したロシアの皇太子ニコライを、巡査の津田がサーベルで頭を切りつけた大津事件。事件より前のニコライの日本での過ごし方や、事件後の政府高官たちが、津田を死刑にしようと暗躍する様を描くドキュメント小説。

    とっても面白かった。

    ニコライが来る時に流れたデマが、実は西郷隆盛が生きていて西郷がやって来るのだというのが面白い。ロシアで西郷を見かけたという噂が流れたそうだ。西郷に帰ってきてもらっては困るので、ニコライ(=西郷?)をやっつけなくてはならないと考える輩がいるので、警戒が厳重になったとか。

    ニコライは日本滞在を大いに楽しんだそうでその辺も面白い。

    最大の読みどころは、松方首相や大臣の西郷従道たちが、津田を死刑にしようとするところ。ニコライは死ななかった(国に帰ると殺されちゃうけどね)ので、謀殺未遂にしかならない。その場合最高で終身刑。それだとロシアに怒られそう(世界最大の陸軍大国だし)なので、死刑にするために、刑法116条の天皇や皇太子に対する場合を適用しようとした。しかし、大審院長児島は日本の皇室にしか当てはまらないとして、政府と闘う。

    結果は歴史の教科書に書いてあるけれど、それをただ読むだけと、前後のエピソードを色々読むのでは、だいぶ違うわだなと改めて思った。

  • 遭難って海で起きる事故と思ってた

  • 明治24年に起こった大津事件の前後を描いた歴史小説。

    史実が淡々と積み上げられていくので、どこまでが本当のことで、どこに作者の想像が入っているのか全く分かりません。非常に細部にまで史実にこだわった作品です。

    日本のロシア皇太子の歓迎ぶりは現代に生きる自分が読んでいると、滑稽にまで感じてしまうのですが、それだけ当時のロシアの力の強さ、開国から間もない日本の苦慮の部分が見えます。ロシア皇太子のはしゃっぎぷりはなんだかかわいらしく思えたのですが(笑)

    事件が起こってからの司法と内閣の犯人の量刑をめぐっての軋轢は描写は決して多くないのにそれでも引き込まれます。司法側が頑なに法律を守ろうとしただけでなく、国益や国の威信のことも考えた上での判断だということが印象的でした。

    自分の教科書では数行で片づけられてしまっていた大津事件ですが、こうして小説で読むと全く違う見方が得られました。教科書だけじゃ歴史の面白さってわからないなあ。

  • 読み切れるだろうか、と挫折前提でページをめくり、気づけばラストまで到着。吉村昭さんの本は毎度そのパターン。
    日本史で確かに知ってはいた、大津事件。
    それをタイムマシンで遡り、透明人間になってその場にいたかのような気にさせてくれる。
    お蔭様で、まるで体験したかのような気持ちに。
    艦船に乗り、桜島を眺め、人力車に乗り、琵琶湖を眺め、サーベルが振り下ろされるのを見て、眠れぬ天皇を見て、司法の誇りを感じ、北海道の刑務所の寒さを感じ、上野の小さな墓の前に立つ。
    読めてよかった。ニコライの最期も哀しい。

  • 明治時代に起こった大津事件に関する小説。
    大国ロシアの動向を気にすることで、行政府と司法府とが対立。
    両者は近代国家形成期の愛国心を違う観点から共有していたため対立することとなった。
    その後の日清戦争〜第一次大戦までの両国の動き、関係者のその後が物悲しい。

  • 図書館借り出し

    日本の転換期に起きた事件
    にしてもすごい細かく記録が残ってるものだな。
    まるで事件の調書を読んでるみたい。

  • 大津事件。政府と司法の対立を克明に描く。教科書では一文にまとめられてしまう歴史もこれを読むと大変な事態だったことがよくわかる。

  • 「ニコライ遭難」吉村昭著、新潮文庫、1996.11.01
    380p ¥608 C0193 (2021.12.20読了)(2008.10.12購入)

    【目次】(なし)
    一~十七
    あとがき 1993年7月
    参考文献
    勇気と誠意の物語  山内昌之(1996年9月)

    ☆関連図書(既読)
    「青天を衝け(一)」大森美香作・豊田美加著、NHK出版、2021.01.30
    「青天を衝け(二)」大森美香作・豊田美加著、NHK出版、2021.04.30
    「青天を衝け(三)」大森美香作・豊田美加著、NHK出版、2021.08.10
    「青天を衝け(四)」大森美香作・豊田美加著、NHK出版、2021.11.20
    「雄気堂々(上)」城山三郎著、新潮文庫、1976.05.30
    「雄気堂々(下)」城山三郎著、新潮文庫、1976.05.30
    「論語とソロバン」童門冬二著、祥伝社、2000.02.20
    「渋沢栄一『論語と算盤』」守屋淳著、NHK出版、2021.04.01
    「論語と算盤」渋沢栄一著、角川ソフィア文庫、2008.10.25
    「渋沢栄一 社会企業家の先駆者」島田昌和著、岩波新書、2011.07.20
    「明治天皇の生涯(上)」童門冬二著、三笠書房、1991.11.30
    「明治天皇の生涯(下)」童門冬二著、三笠書房、1991.11.30
    「正妻 慶喜と美賀子(上)」林真理子著、講談社、2013.08.02
    「正妻 慶喜と美賀子(下)」林真理子著、講談社、2013.08.02
    「維新前夜」鈴木明著、小学館ライブラリー、1992.02.20
    「旋風時代 大隈重信と伊藤博文」南條範夫著、講談社、1995.09.20
    「伊藤博文 知の政治家」瀧井一博著、中公新書、2010.04.25
    「マンガ日本の歴史(43) ざんぎり頭で文明開化」石ノ森章太郎著、中央公論社、1993.05.20
    「マンガ日本の歴史(44) 民権か国権か」石ノ森章太郎著、中央公論社、1993.06.20
    「戦艦武蔵」吉村昭著、新潮文庫、1971.08.14
    「零式戦闘機」吉村昭著、新潮文庫、1978.03.30
    「遠い日の戦争」吉村昭著、新潮文庫、1984.07.25
    「三陸海岸大津波」吉村昭著、中公文庫、1984.08.10
    「平家物語(上)」吉村昭著、講談社、1992.06.15
    「平家物語(下)」吉村昭著、講談社、1992.07.20
    「桜田門外ノ変 上巻」吉村昭著、新潮文庫、1995.04.01
    「桜田門外ノ変 下巻」吉村昭著、新潮文庫、1995.04.01
    「生麦事件(上)」 吉村昭著、新潮文庫、2002.06.01
    「生麦事件(下)」 吉村昭著、新潮文庫、2002.06.01
    「死顔」吉村昭著、新潮文庫、2009.07.01
    「戦艦武蔵ノート」吉村昭著、岩波現代文庫、2010.08.19
    「彰義隊」吉村昭著・村上豊絵、朝日新聞、2005.08.19
    (「BOOK」データベースより)amazon
    明治24年5月、国賓のロシア皇太子を警護の巡査が突然襲った。この非常事態に、近代国家への道を歩み始めた日本が震撼する。極東進出を目論むロシアに対し、当時日本は余りにも脆弱であった―。皇太子ニコライへの官民を挙げての歓待ぶり、犯人津田三蔵の処分を巡る政府有力者と司法の軋轢、津田の死の実態など、新資料を得て未曾有の国難・大津事件に揺れる世相を活写する歴史長編。

  • ずいぶん前から積み読になっていて、読み始めるも冒頭で挫折を何回も繰り返しやっと読破!
    いや結果、面白かったし、為になった!
    この事件、凄い出来事なのに、多分知られていない。こと無き得たから良かったものの、一歩間違えたら歴史が変わってたであろう。

    この前に佐木隆三氏の「司法卿 江藤新平」を読んでいたので、裁判についても興味深く読めた。

    法律とは、漠然と守らなければならないものという認識しか無かったけど、これを読んで法の何たるかを少し理解できたように思う☺️

全25件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

一九二七(昭和二)年、東京・日暮里生まれ。学習院大学中退。五八年、短篇集『青い骨』を自費出版。六六年、『星への旅』で太宰治賞を受賞、本格的な作家活動に入る。七三年『戦艦武蔵』『関東大震災』で菊池寛賞、七九年『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、八四年『破獄』で読売文学賞を受賞。二〇〇六(平成一八)年没。そのほかの作品に『高熱隧道』『桜田門外ノ変』『黒船』『私の文学漂流』などがある。

「2021年 『花火 吉村昭後期短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉村昭の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×