生麦事件〈上〉 (新潮文庫)

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著者 : 吉村昭
  • 新潮社 (2002年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101117423

生麦事件〈上〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 2002.11.12~ 21 読了

  • 生麦事件という事件を通して幕末史を深く分析した作品。「大名行列を横切った外国人を薩摩藩士が殺害した」という事件を、薩摩藩、幕府、外国人それぞれの動きが詳しく書かれている。これを読むと「幕府が可哀想」と思ってしまう。それぞれの人間に立場や苦悩があるんだと感じた。少し驚いたのはまるで島津久光が名君であるかのようになっていることだ。こんな本は初めて。

  • 江戸幕府、朝廷、長州藩、薩摩藩の夫々の動静がよくわかりました。イギリス代理公使に対する返答の引き延ばしのあれやこれやは、いまの政府の国会での答弁のように思えてきました。今も昔も言い訳には苦労しています。

  • 白い航跡からの流れで生麦事件へ。薩英戦争の発端として知られるこの事件、白い航跡でもわずかに触れられたが、その仔細、絡み合うそれぞれの立場などが吉村昭らしい息遣いの届く表現で描かれている。

  • 吉村昭の文章って、こんな感じでしたかね…?
    史実の連続記述みたいで小説を読んでる気がしません。

  • 父にプレゼントした本。
    面白かったから読めとわたしのところに舞い戻ってきた(笑)
    読んでみると…
    品川、大森など、ちょうど通勤経路にあたる場所がバンバン出てきて、電車の中で読みながら、このあたりでこんな事件が…と臨場感ありまくり、かつ非常に不思議な気持ちになった。

    最初は英国人たちが斬られる場面描写に驚いた。
    「生麦事件」という名前しか知らなかった事件が、実際にはどんな人たちがどんな状況下で、どんなふうに殺傷されたのか…
    自分の生活圏で起きた事件であることも手伝って、何百年前の出来事が蘇ってくるように感じた。
    絵空事でも何でもなく、本当に人が血を流し、叫んだのだ…と胸に迫るものがあったのだ。

    が…、その後は薩摩藩、長州藩、幕府、朝廷等、政治的な動きが中心となり、それが延々と続くので、わたしには苦痛で……がんばったものの、上巻で断念。
    『坂の上の雲』も同じ理由で断念したのだったよなぁ。
    だめだなーわたしは、こういう政治劇的な歴史ものは。

  • 2012.6.8(土)¥300。
    2012.7.12(木)。

  • 薩摩藩の一貫した主張も分かるのですが、それ以上に印象に残ったのは幕府の老中、ならびにニール公使の苦悩。間に立つ人はいつの世も大変なんだなあ。

  • 島津久光の大名行列に、イギリス人が乱入し、1名が殺害された生麦事件。

    はるか昔の知識を引っ張り出しながら読み進めたけれど、やっぱりイギリスおかしいよ!
    現地法に従うのが第一で、治外法権とかで結んでくる諸外国の方がずっと野蛮だと思うのです。

  • 江戸から京へ向かう薩摩藩の島津久光の行列に騎馬を楽しんでいるイギリス人四人が割り入ってしまう。
    薩摩側からどけるように忠告したが、馬が興奮してしまい事態は悪化。
    激昂した藩士が一人をその場で惨殺した。
    イギリス側は幕府にたいして犯人の処刑と藩主の処刑、賠償金を請求。
    時は幕末である。
    朝廷、幕府、有力藩の間で攘夷を巡って複雑を極める政局であった。
    幕府は賠償金を支払ったが、薩摩側が犯人の引き渡しを無視し続けた。
    イギリス側は武力行使へと進んで行く。

  • この本は、生麦事件だけを捉えるのではなく、当時の複雑な薩摩藩の政治的な動きを克明に描いているもの。会津についたり、長州についたり、薩摩の政治力は幕府のそれを凌駕し、生麦事件をきっかけとしたイギリスとの接触が大きな影響を与えている。

  • (2008.09.14読了)(2008.02.23購入)
    NHK大河ドラマ「篤姫」の進行をにらみながら読み始めました。9月14日放映の最後で、「生麦事件」が出てきましたので、ピッタリでした。でもまだ下巻が残っています。

    1862年3月16日、島津久光は7百余名の従士を従えて鹿児島城下を離れ、京都へ向かった。(7頁)京にのぼった久光は、朝廷の権威の強化、幕政改革、公武合体の必要性を説き、具体策として幕政刷新のため一橋慶喜を将軍後見職に、越前前藩主松平慶永を大老に登用し、過激な攘夷論者の動きを封じることを主張した。(10頁)
    久光の主張を実現するために、公卿大原重徳が勅使に任命された。
    5月22日、大原は京を出立し、久光は藩士4百余とともにそれに随行して江戸に向かった。6月7日、江戸に着いた。(11頁)
    幕府と交渉の結果、一橋慶喜を将軍後見職に、松平慶永を政治総裁職に任じることになった。(7月1日)
    江戸へ来た目的を果たした久光は、8月21日に江戸を出立し、京に引き返す。
    行列が生麦村に差し掛かった時、外国人の馬に乗って、やってきた。
    馬に乗っているのは、男3人、女1人のイギリス人であった。(36頁)
    4人のイギリス人は、馬に乗ったまま行列と擦違おうとしたが、久光豪華な駕籠に乗って担がれているため、接触せずにすれ違うことは不可能だった。(44頁)
    すれ違う際、リチャードソンの馬が暴れたため、リチャードソンが藩士に切られ、死亡した。生麦事件である。
    久光の行列は、外国軍隊の報復を恐れ、警戒しながら、東海道を西へと急いだ。
    逃げたマーシャルとクラークとマーガレットは、アメリカ領事館に入った。怪我をしたマーシャルとクラークは、領事館付医師ヘボンの手当てを受け、命に別条はなかった。(69頁)
    イギリス領事ヴァイスと警備士たちで、薩摩藩士を追いかけ復讐しようとしたが神奈川奉行とフランス公使の説得で、追跡を諦めた。(81頁)
    神奈川奉行は、島津の一行に使者を送り、島津久光に下手人引き渡しを求めたが、外国人を切ったのは、浪人であり、薩摩とは関係ない、と回答した。(96頁)
    その後、イギリス代理公使ニールと幕府の間で交渉が重ねられる。
    ニールの要求は、「下手人の引き渡しと処刑、さらに久光を捕えて吟味する」ことであった。
    久光は、9月7日鹿児島に戻った。(160頁)
    2月19日、イギリス軍艦8隻が横浜に入港し、本国からの訓令をもたらした。(177頁)
    イギリスからの幕府に対する要求は、「謝罪書をイギリス女王に提出すること、賠償金10万ポンドを支払うこと」であった。
    薩摩藩に対する要求は、「リチャードソンを殺害した藩士を捕え、イギリス海軍士官の眼前で首をはねること、賠償金2万5千ポンドを支払うこと」であった。(178頁)
    5月9日、生麦事件に関する幕府とイギリス側との交渉は、完全に決着を見た。(213頁)
    長州藩は、攘夷論者の公卿たちと結び、家茂に攘夷決行を鋭く迫り、4月20日に攘夷期限を5月10日と定めさせた。(227頁)
    幕府は、攘夷を実行する気はなかったが、長州藩は、赤間が関で準備を整え、5月11日午前2時アメリカ船に砲撃を加えた。5月22日には、フランス船に砲撃を加えた。
    5月25日には、オランダ軍艦に砲撃を加えた。
    6月1日、アメリカの軍艦が報復にやってきた。赤間が関の台場は破壊され、3隻の船も甚大な損傷を受けた。
    6月5日には、フランスの軍艦が報復にやってきた。フランス兵が上陸し、台場を破壊し、寺や民家を焼き払って引き揚げた。
    朝廷は、長州藩をほめたたえた。
    アメリカ、オランダ、フランスは、長州藩に賠償を求めることになる。
    イギリスは、薩摩藩と直接交渉するために6月23日、7隻の艦隊で、横浜港... 続きを読む

  • 別の随筆でこの小説を書く上での苦労話も読んでいたので、2度楽しめた。地図もみながら、その世界にひたりる。

  • 生麦事件から薩長同盟までって激動だなー。ネゴシエーション術として読むのもなかなか面白い。

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