けものたちは故郷をめざす (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101121031

作品紹介・あらすじ

ソ連軍が侵攻し、国府・八路軍が跳梁する敗戦前夜の満洲。敵か味方か、国籍さえも判然とせぬ男とともに、久木久三は南をめざす。氷雪に閉ざされた満洲からの逃走は困難を極めた。日本という故郷から根を断ち切られ、抗いがたい政治の渦に巻き込まれた人間にとっての、"自由"とは何なのか?牧歌的神話は地に墜ち、峻厳たる現実が裸形の姿を顕現する。人間の生の尊厳を描ききった傑作長編。

感想・レビュー・書評

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  • ◯名著。表現力が際立って良いと感じる。情景と心情が一瞬で頭に入ってくる。荒野で彷徨い続けるあたりは迫真。彼らが何故生きているのか不思議なほど、自分のイメージもボロボロに追い込まれていた。
    ◯ストーリーも意外に面白い。かなりひっくり返り、展開していくので、描写との相乗効果で読後感はぐったりする。しかしそのこと自体をもってやはりすごいと思う。砂の女に馴染めない人はこちらを読んでみてもいいのではないか。
    ◯久しぶりに本を読んだが、全ての本がこのようなものだと良いと思う。

  • 敗戦直下の満州エリアを舞台としているが、今後の安部作品にはないリアリズム文体、語彙の豊富さが新鮮。冒険小説としても最大限おもしろい。おもしろいのだが、ラスト数行が安部印。現在、文庫版が絶版らしいのだか、これが一番好きという人もいるのではないか。

  • 満州時代の経験が生きた佳作。哲学書じみた『終りし道の標べに』に比べると読みやすい。

    本作は、生と死の境目を綱渡りする決死の逃避行劇である。安部公房が生涯追い続けた「疎外」「人格の証明」といったテーマが既に表出している点が興味深い。また、夢や幻覚を用いた前衛的な雰囲気や、ひりひりするような現実的レトリックといった、後年の作風と繋がる面があるところも気になる。

  • 人間の本姓を、目を背けずに、具体的かつ重量感のある言葉で描写する。文学の重要な役目であろうが、少し古臭い。

  • 順調に思えた故郷への逃避行は、はじめの一日を頂点に地獄へと急降下していく。
    銃撃、衝突、凍傷、飢え、裏切り、ありとあらゆる死の淵に立たされながらも、日本に帰れるという希望が何度もちらつく。が、その希望の光は見えたと思った次の瞬間には消え、暗闇を彷徨い歩いていると再び光り、またすぐに消える。消えるたびに絶望が殴る蹴るの暴行を加えてくる。幻の光であると、どこかで知っていながら、それでもすがりつくものがないよりましだと、裏に絶望が隠された希望という扉の取手を回す。

    久三の感情、情景描写、ひとつひとつの表現が、鈍い鐘の音のような重さをもって心臓に響いてくる。
    すべてが事実にしか思えないほど残酷なまでに現実的でかつ壮大な冒険活劇でもあった。

  • 古風で、ぶっきらぼうな文体。

  • 安部工房作品としては、奇想天外さが薄く、テーマが割とはっきりしている(アイデンティティとはどこにあるのか?)。
    面白いが、ちょっと弱い。

  • 寒々としたドンベイに想いを馳せた。

  • 舞台は第二次世界大戦終了直後の満洲である。
    主人公の久三は満洲の工場の寮で生まれた。終戦直前、工場の日本人らは皆引き上げていったが、久三は病気の母親とともにこの地に残されてしまう。侵攻してしたソ連兵は、久三が「日本人に騙された」と誤解し、彼を軍の一員として迎え入れるのだった。
    しかし、数年後、久三は日本に行きたいという思いを捨てきれず、駐屯地からひっそりと抜け出す・・・

    この物語は、久三が日本に行くために極寒の大陸を徒歩で歩いて横断する、その苦しみを事細かに書いたものである。

    安部公房の小説「砂の女」のような閉塞感とは正反対の状況だ。
    広大な大地。極寒で、人気がなく、食べ物もない。
    主人公を閉じ込めるものはなにもないのに、ひどい閉塞感に襲われる。飢餓、シラミ、そして久三と同じルートで移動したと思われる日本人の複数の遺体・・・。
    久三は時に気が狂ったようになりながらも、広い中国の大地を歩み続けるのだ。

    あとがきをみて初めて知ったが、安部公房は主人公と同じように戦前は満洲で暮らしており、敗戦もそこで迎えたということだ。その時の経験が、この小説に生かされてるのかと思うと、肌に痛みを感じるような冷たい恐怖が現実感を伴って襲いかかってくるような気がした。

  • 第二次世界大戦敗戦の噂を聞いて、診断書を満州から偽造し、逃げて?きたという公房の、半分くらいの体験記だそうです。
    敗戦と共に襲われる屈辱、苦悶、苦痛…そして無政府状態に対する怒りと疑問が、この作品には生きることを諦めないというテーマで描かれています。
    元々、公房のなかにある

    考えることを諦めなければ、必ず閃きがある

    というモットーのなか、主人公はひたすら考え抜いて窮地を渡っていくのですが、このモットーは個人的にも好きで、文学に嵌るきっかけにもなりました。
    高の指を切断するシーンは、流石、医学部卒なだけあり生々しいですが、生きることを優先させると…と、ひたすら生に貪欲な内容でした。
    人間は、いざとなったら案外、生きることに貪欲になるのだということを教わりました。

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著者プロフィール

安部公房
大正十三(一九二四)年、東京に生まれる。少年期を旧満州の奉天(現在の藩陽)で過ごす。昭和二十三(一九四八)年、東京大学医学部卒業。同二十六年『壁』で芥川賞受賞。『砂の女』で読売文学賞、戯曲『友達』で谷崎賞受賞。その他の主著に『燃えつきた地図』『内なる辺境』『箱男』『方舟さくら丸』など。平成五(一九九三)年没。

「2019年 『内なる辺境/都市への回路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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