小説に書けなかった自伝 (新潮文庫)

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著者 : 新田次郎
  • 新潮社 (2012年5月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (289ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101122298

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小説に書けなかった自伝 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 作家デビューに至るまでの経験を総括しているのではないかと思います。
    二足の草鞋を履く・・・本名:藤原寛人さんは、気象庁の技術者でありながら、小説を書き続けました。富士山頂の測候所に携わっています。中でも、以下の文言が印象的です。
    この小説は、昭和52年1月に発行(今は絶版になっています)されており実に戦後30年以上を経てから発表となります。何故、この体験を書かなかったのか?については不明ですが、「小説に書けなかった自伝」には、こう記されています。

    ※以下引用
    『「望郷」のでき不出来よりも私はこれを書くことによって憑きものを落としたかった。
    私にとっての終戦後の一か年間は十年にも値するほど長かった。引き揚げてきてもなにかの折にその当時の夢を見てうなされた。(中略)「望郷」を書いている最中には毎夜のように当時の夢を見た。しかしこれを書き終えてしまえば夢は見ないだろうと思った。その期待は見事に裏切られた。憑きものは落ちないどころかむしろ忘れかけていた苦しい思い出がよみがえって、夢見はいっそう悪くなった。』
    ※引用終わり

  • 「孤高の人」、「芙蓉の人」などの小説から興味を持ち、本書を読みました。山岳小説と言われることを嫌ってらしたんですね。面白いと思うんですけど。
    気象庁の役人としての勤めと作家という二足のわらじの生活を長く続けられたようですが、どちらも勤勉にされてて頭が下がる思いです。人柄のよく分かる本ですね。自分も小説を書いて投稿を繰り返す身ですので、創作の過程というか、小説を書く上での話がもう少し読みたかったです。

  • 新田次郎の小説は昔よく読んだが、小説家としてこのような苦悩や葛藤を背負っていたとは思わなかった。

    新田次郎と言えば一連の山岳小説が有名だが、小説を書くきっかけになったのは、「給料が少なかったので金を稼ぐため」で、本業である気象庁の仕事と小説執筆を両立させながらも、時に同僚から陰口を叩かれ傷ついていたこと。小説家一本に絞るために54歳で気象庁に辞職願を出したとき、本当は仕事を続けたいという気持ちから、不眠症になったということ。

    「孤高の人」で、登山家と船の設計技師という2つを両立させていた加藤文太郎の描写に妙にリアリティがあったのは、作者のこうした背景があったからかもしれないと感じた。

  • 「強力伝」で直木賞を受賞し、代表作は「孤高の人」。山に関する多くの小説を残してきた著者の自伝。小説家と編集者との関係を赤裸々に書いているのがおもしろい。

    著者は直木賞受賞後も、役所勤めと小説家の2足の草鞋を20年間はき続ける。17時に退社し、帰宅して19時から書斎にこもる生活。小説家になるには、技術や才能もさることながら、本人の作品に向かう集中力と職場や家族の理解が何よりも重要だ。

    小説家としては、全集を発表するほどの作品を残し、気象庁職員としては、富士山気象台に巨大レーダー建設の実績を残す。そして、父としては、ベストセラー「国家の品格」の著者である数学者の藤原正彦を子孫に残す。この自伝からは自身を誇る感情を表してはいないが、実直に自分の役割を果たす古き良き時代の日本男子の精神を感じる。

  • 率直な文章で語られた自伝。並々ならぬ才能と途方もない勤勉さ。真似しようもない。

  • 中央気象台の職員として物書きのアルバイトを始めた時代から、役人と作家の二足のワラジ時代を経て、作家専業なってから逝去する4年前までをつづっている。まったくの素人が中年からプロの作家になれた秘密は、役人時代、毎日夜7時から11時までを執筆にあて、そのペースを崩さなかったという著者の勤勉な性格であろう。職場での嫌な奴、故郷諏訪の人々の複雑な性格など躊躇することなく書かれており、気持ち良く読めた。妻と息子によるあとがきというのも凄い。

  • 人間の根源を見据えた新田文学、苦難の内面史。
    昼働き、夜書く。ボツの嵐、安易なレッテル、職場での皮肉にも負けず。

    本書は、気象庁職員にして直木賞作家であった新田次郎による赤裸々な自伝である。新田次郎というと、武田信玄に代表される、歴史作家というイメージが強かったが、創作初期は、山岳小説家であったという事がわかる。(本書を読むと、本人は山岳小説家と称されることを嫌っていたこともわかる)

    学歴(東大卒、理学博士)が幅を利かす官界において、専門学校出身の新田次郎は、コンプレックスを抱く。自伝では、生活の足しにするため執筆活動を始めたとあるが、その鬱憤が創作活動へ駆り立てたのかもしれない。(巻末に収録されている、藤原ていや藤原正彦の回想から窺える)
    人気作家となるものの、気象庁を退職することを余儀なくされる。これは、作家活動が睨まれたというよりも、当時の役所の人員構成の問題があり、後進に道を譲る事を求められたといえる。著者は辞めるまで葛藤する。このあたり、なかなか生々しい。

    本書を読むと、新田次郎はかなりプライドが高かった事が窺える。その負けん気が、富士山気象レーダとなり、数々の作品を生み出したといえるが、一般的な好々爺とは程遠い、本書を、私は楽しく読めたが、好みは分かれるかもしれない。

  • 新田次郎、山登りを趣味としながら何か手にしづらく、今まで読んだのは数冊であった。
    彼は気象庁の役人でありながら直木賞作家という二束のわらじを送る。役人としての仕事の取り組み、小説家としての苦悩。自伝だから少し美化してるかなと思われるが時系列に詳細に描く文体は両方の仕事を真摯に取り組んでる姿が想像できる。
    彼が「山岳小説」というレッテルを拒否し、あくまでも小説で人間を描いてると言う場面はいちばん印象に残った。

  • 新田次郎さんは、彼の小説と息子の藤原正彦さんのエッセーに書かれる素顔くらいしか知らなかったが、改めて読んでみると面白い経歴をお持ちである。気象庁に勤められて、満州まで行かれたのち、シベリアに抑留され、あの富士山レーダの建設を終えて、気象庁をやめて作家専業になる。東大出身の職員に囲まれながら、なかなか出世できない職場の中で、小説を書くという二足の草鞋を履き続けて、その両方に足跡を残すというのはなかなかできない。すごい人という言葉を超える内容がこの本にはあると感じた。
    生活費のために小説を書き始めたとか、奥様(藤原ていさん)の本が売れたから触発されたとか書いてありますが、もともと文才に恵まれた血筋なでしょう。とても真似できません。

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小説に書けなかった自伝 (新潮文庫)の作品紹介

安月給の生活苦。妻の本に触発された訳ではないが、小説に挑戦してみようと思った。しかし、何をどう書けばいいのかまるでわからない。なくされた原稿、冷たい編集者、山岳小説というレッテル、職場での皮肉。フルタイムで働きながら、書くことの艱難辛苦…。やがて、いくつもの傑作が生まれていく。事実を下敷きに豊かな物語を紡いで感動を生んできた新田文学の知られざる内面史。

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