沈黙 (新潮文庫)

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著者 : 遠藤周作
  • ¥ 594
  • 新潮社 (1981年10月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (312ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123158

沈黙 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 救いがない。希望もない。
    でも自分が落ち込んだ時にいつも開いてしまう。
    やっぱり救われるから。ここに登場する人間臭い人間に。

  • 中学生の頃に読んだ時は神の沈黙についての印象が強く、もっと救いのない結末だったような気がしていたが、再読。

    神が沈黙しているので泊、信仰は我々の内側にあるのだなぁ、と。

  • ビブリオバトルで見た後、ふらっと立ち寄った古びた本屋にて購入。

    信じるってどういうことなのか、考えさせられました。
    何度も何度も心に問い続ける。答えが出るかどうかではなくて問い続けることが大事なのかなと。
    私は基督教ではないけれど、読み易かった。

  • 神に問うも返らないところに疑問を抱くようになってしまうのがなんともおそろしく、かなしくもあった。

  •  自身がキリスト教徒である遠藤周作氏の発する「どうして神は黙っているのか? それでも人は神を信じるべきなのか? そもそも神とは、そして信仰とは何なのか?」という問いが読者に突きつけられます。この作品を読んで、あなたにとって納得のいく答は得られるでしょうか……

     人は神を信じるから教会に通うのではなく、教会に通ううちに神を信ずるようになるのでしょう。西欧では日常生活や社会にキリスト教が深く根ざしているので人は自ずと信仰心を持つのかもしれません。しかし日本という国にあっては、現代においてさえ一つの宗教を信じ続けることには莫大なエネルギーがいるのだと思います。ましてやキリスト教が異端であった鎖国時代の日本に置き去りにされた司教が信仰を貫くのは容易なことではないでしょう。遠藤氏自身も、幼い頃からキリスト教徒として育ち(育てられ)ながら、この国で自らの信仰の正体を疑わずにはおれなかったのでしょう。

     それにしても遠藤氏の筆致はドラマチックで、読者を引き込み、先を読まずにはおれなくします。

     信仰心のある人もない人も、信ずることや生きることの意味を考えるために一度読んでみてはいかがでしょうか。

  • キリスト教の神の不在。宗教ってなんでもそう。不在。それを沈黙って捉えたのがひどく庶民的でいい。信仰と恩恵のバランスが拷問やら辛いことがあると一気に崩れる。今までうちにうちに向かっていた信仰心や神の証左が、外へ外へと溢れ出すんだろうなあ。それが多分テロなんだろう。きっと、幸せだったら宗教があんな形で歪むことはなかった。社会へ、世界へ、不平不満が募ると、どうしたって沈黙を貫く神の代わりに己の声が漏れ聞こえるんだろうなあ。しかし、最後の終わり方がまたいいんだ。あなたは沈黙してなどいなかった。これがどういう意味なのか、語り明かしたくなる一冊。

  • 長崎に住む者として、キリシタン弾圧と禁教下の潜伏について知らなければならないと思い読みました。
    ストーリーの展開は意外なほどシンプルだが、苦悩し、疲弊するロドリゴの心理を、客観的な記述で極めてリアルに浮かび上がらせており、まるで350年前の出来事が、デジタルメディアで撮影されていたかのような同時代性を感じた。

  • 日本にキリスト教を布教すべく赴いた高名な教父が「転んだ(棄教)」と聞き、弟子でもあるロドリゴ司祭と同僚が日本に向かう。
    強い信念を元に向かうも、ロドリゴは深く思い悩む。浅ましくも卑怯なみすぼらしい男キチジロー、日本の宗教観念を含めた特徴、弾圧・拷問され棄教を迫られるキリシタンを通して、「神」に尋ねる。

    「沈黙」を貫く神の愛と苦しみについて、主人公ロドリゴが弱き人々を通して、そして自身の苦悩を持って悟っていく物語・・という所でしょうか。

    多神教な日本故に彼らがキリスト教の本来の在り方が間違って受け止めているのが印象的でした。
    キリシタンであっても、彼らにとっては沢山いる神様の内の1人。自分たちに都合のいい様に解釈されてしまいます。八十万神精神がかなり根深いです。
    タイトルにもなっている「沈黙」が最大のテーマです。ロドリゴの目の前で苦しむキリシタンを救ってくれない、自分の悩みに答えを出してくれない、何もしてくれない神に彼は苦悩します。
    けれど、ロドリゴは神の「沈黙」という、最大の愛を貫き、誰よりも苦しみを抱いている、その事に最後に気づきます。

  • どんどん読み進められて読書の楽しみを存分に味わったけれど、テーマ重い。

  • 強烈な本。一度読んで、もう読む勇気が出ないと今のところ思っています。神さまって何??なんで??まさに、沈黙。。。。

  • 読書をするとき「この本のメッセージはこういうことだろう」と推察しながら読み進めることはよくあるのだが、本書はその予想を華麗に裏切ってくれた。

    p.241「フェレイラの孤独と自分の寂しさとをこのように比較した時、始めて自尊心が満足させられ微笑することごできた。」
    このときはまだ「いかに苦しい状況においても信念を強く持つこと」が本書の言わんとすることかと思われたが、強い信念は時に弱さを誤魔化す手段となってしまうことがそのすぐ後に示されていた。信仰とはなにか、真理とはなにか、集合体の中で生きる人間の在り方について考えさせられた。本書から発せられるメッセージは、綺麗な言葉で取り繕った理想より人間味に溢れており、暗闇の中に希望があった。

    解説も秀逸だった。何百年も前の、イメージもできない鎖国時代を舞台にしているにもかかわらず、その世界に引き込まれる。ジャーナリズムのような純客観から始まり、半客観、半主観と、視点を変えるテクニックにより、これほど効果的にストーリーに引き込まれたのだと理解した。

    マーティンスコセッシ監督により映画化されるとのことで、とても楽しみです。

  • 遠藤周作の他作品と同じくキリスト教を主題にしている作品。とにかくテーマが重い。神はなぜ沈黙するのか?なぜ答えを出してくなれないのか?そんな問いを出しつつ、人間としての在り方を遠藤氏の観点で表現したのが本作ではないかなと思う。
    また信仰そのものについても是非を問うてる作品だと思う。
    宗教画入ってくるので先入観や嫌悪感はあるかと思うが、一つの文学作品として非常に完成度が高いし、メッセージ性も浮き彫りにされているので是非読んでもらいたい作品。

  • 一度読み終わり、すぐに2回目も読んでしまった。そして、読後は2回ともしばらくその場を動けなくなってしまった。神の存在、人間の生き方の問題、人の選択について、日本人の宗教観等、重厚なテーマを書ききっている。自分自身、親が熱心なカトリック教徒の家で育ったので、すごく興味のあるテーマだった。なぜ神は助けないのか、凄惨な状況に何も手を差しのべない神。祈りを捧げる宣教師たちや信徒。

    私は強くないので、どうしょうもない裏切り者キチジローの気持ちはすごくわかる。パライソへ行けると信じ殉死していく人たちに確かに感動するが、そうは生きられないだろうなと思う。

    さらに、神を祈り死んでいく日本人達が祈った神は、宣教師達が言葉通り死ぬ思いをして伝えてきた神とは似て非なるものに変化し、全く違う神を祈っていると言う話は衝撃的だった。

    宗教とはその土地の文化を背景にして育つものであり、その本質はその宗教が誕生したその土地で生まれ育っていない人間には掴み取れないものなのだと思う。昨今のイスラムとの対立などは結局そこに問題があるのではと思う。八百万の神の土壌がなければ、他の宗教に寛容にはなれないのだろう。

    善きにつけ悪きにつけ、日本人は八百万の神を背景にした古来アニミズムの文化の中で無意識的に育ち、その影響下からは逃れることはできないと思う。その土地のなかにイエス・キリストが入ってきたとして、唯一絶対神として存在するわけではなく、数多いる神の頂点として捕らえ、また地獄と極楽を根底思想に持つため、歪んだ天国観を彼らなりの理想として位置付ける。きっとイスラムが入ってきたとしても同じように受け入れ日本なりのイスラム教に変化していったんだろう。日本人とはそういう人達なんだろう。

    日本人として生きるということは、異質なものを解釈し、受け入れ、そしていいと思ったものを取り込んでいき進んでいくということなのかもしれない。

    穴づりの声を聞き、信仰を捨てた宣教師。神は最後まで沈黙し続けるが、神の存在が彼の人生を作ったと言って話は終わる。人は何か困ったことがあると、心の中で何の気なしにお願い神様と祈ることがある、無意識的に。私はそこに神がいるのだと思う。全ての人のなかに神がいて、万物は全て霊性を持ち、それぞれの神を認め、それぞれの神と対話することが大事なのではないかと考えている。

    宗教とはその集合意識を具現化したひとつの形でしかなく、本来の神とはそういうものなのではないだろうか。

    ということを考えられたこの本を読んでよかった。まさにバイブルになるような本です。

  • タイトル「沈黙」の意味を特に考えずに読み始めましたが、読み終わってみると中盤以降、その沈黙か、と意味がわかりました。神や仏っていうのは手を差し伸べて助けてくれるものっていうのは真の信仰ではないんですね。

  • 学生時代に読んだ1冊を再読。遠藤作品の中でも好きな1冊です。

  • 「信じるものは救われる」これを読んで漠然と思い出した言葉である。
    お正月には初詣に行き、お盆にはお経をと唱え、クリスマスを楽しむ、そんな信仰のない自分からすると宗教というものは根源的には同じであって、宗教の違いによって争うということ自体が理解できない。ただ現実として今この瞬間も争いは起こっている。江戸時代におけるキリスト教弾圧は単純に宗教観の違いからだけで起こったものではないと思うが、悪役を作れば政治がやりやすかったのだろう。(今の時代も同じである)
    命を賭してまで信じるものがあるというのは素晴らしいことだと思うし、そうであるがために悩みもするのであろう。神が本当に救ってくれるかは、やっぱり信じることしかないのかもしれない。
    今年、映画化されるということなので楽しみに待ちたい。

  • 江戸時代初期に日本に潜入したポルトガル人宣教師の辿った運命を題材にした、ドラマティックな歴史小説。
    島原の乱の鎮圧後、キリシタン禁制が極めて厳しかった日本に潜入したポルトガル人宣教師ロドリゴは、間もなく捕われて過酷な拷問を受ける。しかも、多数の日本人信徒が想像を絶する迫害、拷問を受けながらも、信仰を捨てず、犠牲となっていく。そうした中、ロドリゴは遂に背教の已む無きに至る。
    ストーリーは当初から不可避と思われる最悪の結末に向かって一直線に進み、そこに予想外の展開はなく、ある意味極めてシンプルであるにも拘らず、その緊迫感にぐいぐいと引き込まれていく。
    「神は存在するのか」という根源的な問いに答が与えられたわけではなく、最後のロドリゴの背教が、実は神への裏切りではなく、キリストは棄教者の足で踏まれつつ、これを赦していたという逆説的な発想に至っては、信じる宗教を持たない私としては、解釈の手掛かりすら持たない。
    しかし、今日の世界における最大の問題のひとつである宗教間(民族間)の対立を考えるにつけても、宗教とは何なのかを考えてしまう。
    また、宗教に限らずとも、自分のプリンシプルに基づいて行動することの意味をも改めて考えさせる。
    強烈な印象を残す作品である。
    (2007年10月了)

  • 「なぜ神は沈黙しているのか」、否、神はともに耐えていた。

    『沈黙』の本質は、神の沈黙に絶望するロドリゴ氏の姿ではなく、フェレイラ氏の「この国の者たちが、あの頃信じたものは、我々の神ではない。彼らの神々だった。」と沈鬱する場面にあるように思う。時の勢力が弾圧したのは基督教そのものではなく信仰が形を変えて得体の知れぬ狂信へと変貌する国民への恐れであったのだろう。

    司教が説いたのは神への冒涜や裏切りという「信仰」だったのに対し、農民が恐れたのは踏み絵や転びという「行為」による仲間からの軽蔑や嘲り、疎外であった。互いのずれがフェレイラ氏の言葉に収斂されている。ロドリゴは皮肉にも自身の転びによって、キチジローの弱き者の嘆きを通して、神の沈黙の本質に触れることとなる。

    江戸時代における宗教弾圧という重いテーマながら、構成や描写はさることながら文章が極めて美しく小説の醍醐味を味わえる非常に素晴らしい作品である。

  • 映画化が再び動き出し、僕のtwitterのTLで、読書家の友人が複数激賞していたので、これは読まねばと購入。その激賞と期待に違わぬ、凄絶な作品だった。人間の弱さを、ここまで強烈に描き出した作品をぼくは知らない。

  • 信仰心って何だか恐い。

  • 苦難を覚悟し日本に布教しに来た司祭の話。とは表向きで、本当は殉教したくてやって来たのだろう。殉教とは空に栄光の光が満ち天使がラッパを吹くような輝かしいものだと信じていた司祭は、百姓の殉教を目にし、それがみじめで辛いものだと知る。好きになれない話だった。キチジローの人間臭さには安心する。「強い者より弱い者が苦しまなかったと誰が断言できよう。」

  • 沈黙
    キリスト教信者が書いた小説なわけで、最後まで貫き通してそして救われるって内容かと思ったら違って、それで逆に神を信じることについて考えさせられた。
    酷い仕打ちに耐えながら信念を貫く、て辺りで大地の子がデジャヴした。
    キリスト教信者と弾圧する日本人のどっちが正しいとも言ってないところが説得力あったように思う。

  • キリシタン禁制を強いる江戸時代の日本に潜入したポルドガル司祭ロドリゴが目の当たりにしたのは、日本人信者たちの悲痛の声と苦悩。彼自身背教の淵に立たされながらもなお続く「神の沈黙」に、極限まで問う波乱の人生を描く。

    自分の信仰心の高さと比例するように、過酷な拷問の果て死んでゆく日本人信徒。神に繰り返し問うも続く沈黙。彼の決死の選択を、誰が責められるだろうか。様々な立場の意見が登場するけれど、どれが正解とも不正解ともいえない。明解な答えもないのだろうし、自身の考えを100%他人と共有するのも難しいことなのだと思った。

    「主よ、なぜあなたは黙っているのですか」
    信仰とは何かを問う、重厚な名著。

  • 神は存在するのか。存在するのなら、主が人類の苦境に対して沈黙されているのは何故か。

    私には、神が存在するかどうかは判らない。しかし、もし存在しているとしたら、既に興味の対象が人間ではなくなっているのではないか。

  • 2015.12.12
    島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制のあくまで厳しい日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる......。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、<神の沈黙>という永遠の主題に切実な問いを投げかける書下ろし長編。(裏表紙より)

    私は無宗教である。いや形式上は仏教徒だろうが、解脱とか輪廻とか、死後の世界観とかを強く信じているわけでもないし、ましてキリスト教的な救いや祈りという考え方、概念も、少し理解が難しい。頭ではわかるが、しかし、神の存在を前提とし、その上で神は存在するのか否か、救いはあるのか否か、何故神は沈黙しているのか否かと問うことの苦しみは、神の存在を前提とできない私には腹から知ることは難しいだろう。これが西洋と日本の思想的断絶だろうか。「自我の哲学史」という本にもあったが、西洋の概念はその風土や歴史をベースに作られたものであり、その根本の違いから、西洋の概念を日本に取り入れることの難しさがある。日本は沼だったのではない。それではあらゆる作物が育たないことを意味する。そうではなく、ある土地には咲く花も、別の土地では咲かないだけだろう。にも関わらず日本は近代化の中で表面的に西洋文化を取り入れてきたし、現在世界中でその流れにある。様々な土地に、同じ花が咲くだろうか。しかしこれはこの本の内容ではないな。もうひとつ印象的だったのは、神の沈黙ということである。昔、帰宅中にキリスト信徒に勧誘されたことがある。私は強い憤りとともに、拒絶し帰ったのだが、それは何故かというと、身内の死から傷癒えぬ状態だったからである。「もし神がいるならあの人の死はなぜ?なぜ救ってくれなかった?そんな神をなぜ信じねばならない?こんな不条理な現実を思えば神なんているはずないし、逆にもしこの不条理の上に神が存在するなら、糞食らえだ」と、思った覚えがある。カラマーゾフの兄弟でイワンが、神は認めても、神の作ったこの世界を認めることはできないと、数多くの罪無き子どもたちが虐殺されていく現実を例に出しながら言っていた。しかしイワンのこの考えもやはり、神の存在がまだ強かった、神の存在を前提としていた上での考えであり、私にはその考え自体が根っこから抜けているから、神はいるのかいないのか、救いはあるのかないのか、という問いに対する葛藤そのものが生まれない。神はいなくても生きてきたし、救いはなくとも、神以外にも私を救ってくれるものはたくさんあった。時に自分の理性の理解の範疇の外側で起こったこと、これまで生きてこれたことや出会えた人々、私が私としてあることを考えると、何か超自然的なものを思わずにはいられないが、それはやはり救いの神という超越者ではなく、人間の理解の外側という意味での超越者である。これも、このような宗教観もまた、日本人的なのだろうか。神道的だったりするのか。改めて私は、やっぱり、キリスト教的な神の概念、救済の概念は信じれないなぁと思わされた。しかしでも逆に、では本著に出てきた数々の殉教、現実のこの世界でも貧困、テロ、病理的犯罪、朝のニュースを見れば大体気分が暗くなるようなものが報道され、はいはいまたねとそんな現実に麻痺していく自分を感じざるを得ない、そんな世界があることも事実で、そんな世界に対し、救いもなく、死ぬときは死ぬし、見たいな、唯物的解釈というか、そういうのも違う気がする。一方に、神に救いを求めることも信じれないが、しかしまた一方に、何か、この苦しみの現実世界に対しての、この苦しみを乗り越えていけるだけの、力強い物語が欲しいとも、思っている。そう、大切なのは、真実ではなく、嘘でも力強い物語=フィ... 続きを読む

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いよいよ完結 連続誘拐殺人犯との対決は!?

人気サスペンス漫画『僕だけがいない街』がいよいよ完結しました。
売れない28歳の漫画家 藤沼悟の持つ再上映(リバイバル)という特殊能力をもって小学生時代に起きた連続誘拐殺人事件を解決するために奔走するというストーリーで、その後巻を重ねる毎に衝撃の展開に進んでいく本作ですが、いよいよ完結となりました。
何を書いてもネタバレになってしまう展開になっていますが、ただ一つ言えることは読んで良かったとラストです。改めて、1巻から読み直した時にこの『僕だけがいない街』が、主人公 悟の成長物語であるとはっきりとわかってきます。そして、改めてその連続誘拐殺人犯の恐ろしさも改めてわかってきます。
そして、最後に再上映(リバイバル)とは何だったのか、それを読者のみなさんは考えることになると思います。
完結してしまいましたが、三部けい先生の次回作に期待したいと思います。

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