イエスの生涯 (新潮文庫)

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著者 : 遠藤周作
  • 新潮社 (1982年5月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101123165

イエスの生涯 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 初版時に読了。再読。
    今もなお魂が揺さぶられる作品。
    遠くガリラヤで何の罪もない無抵抗の一人の男が
    十字架にかけられ処刑される。
    彼は後のイエス・キリスト。
    『英雄的でもなく、美しくもなく、
    人々の誤解とあざけりと、
    唾の中で犬の死よりもみじめで醜悪な形の死』を、なぜ彼は受け入れたのか?
    なぜ弟子たちは奇跡を起こせなかった無力のイエスを師’と尊び迫害に耐えながらも、過酷な布教活動に命を賭けたのか?

    なぜ?なぜ?なぜ?

    クリスチャンである遠藤文学の重要なテーマになった‘無力のイエス’。
    渾身のペンで綴るその文章からは遠藤氏の血がにじんでいると思えるほど。
    クリスチャンの方々から抗議を受けたと聞きますが、キリストは神である前に、神になる前に、懊悩する‘一人の人間’でもあったことを教えてくれます。

  • 記念すべき、かはわかりませんがブクログに登録する100冊めはこの本で。…CDやDVDも登録したので「冊」は正確ではないですけど。

    「イエスの生涯」遠藤周作

    ひとりの無力な男が、神の子と信じられ信仰の対象とまでなったその道のり。
    奇蹟を起こせなかった。病を癒せなかった。弟子にすら裏切られた。そんな、男の生涯。

    遠藤周作はエッセイから入って、小説もいくつか読んだけれど、この「イエスの生涯」が今のところ私のベスト遠藤周作なのだと感じています。
    私事ですが、幼い時分から私とキリスト教には何度か縁があって、つかず離れずというよりはむしろついたり離れたりをくりかえし、一時は洗礼も受けたけれど、結局棄教して今に至ります。キリストを信じないとか聖書を否定するとかではなく、心のどこかで私にとっての神は今もなおイエスなのだろうけれど、聖書の教えを尊ぶけれど、しかしキリスト教には、教会には、属さない。そんな距離感。
    この一冊の本を読んだことで、この私とキリスト教との距離の取りかたは、背を押されたような…そんな感覚を持っています。遠藤周作からすれば不本意な読み解きかただったでしょうけれど。

    それが神への恨み言であろうとも、「神よ、あなたを信じません」という宣誓であろうとも、神にむけた心からの言葉は祈りなのだ、と。

    「主よ、私はあなたを信じません」

    そんな祈りを私は今日も心に満たしています。

  • 聖書に何度かチャレンジしては挫折しているので、キリスト教的考え方が自分に合わないとは自覚している。特に聖書は信者向けの読み物で、読者がイエスを尊敬し崇拝していることが前提になっているから、どうして人々がここまでイエスを信じるのかがわからなかった。
    しかし、この本で描かれるのはそれとは違う。一人の人間としてのイエスの人物像や生き方、イエスが「なぜそうしたのか」に焦点を当てていて、奇跡物語はほとんど取り上げていない。代わりに当時の時代背景がよく説明されているし、イエスが何を感じていたのかを著者なりに解明しようとしている。イエスを、崇拝すべき対象としてではなく、かつて確かに生きていた一人の男として捉えている。おかげで信者でない私も、歴史上の一人物の伝記を読むように、先入観にとらわれずにイエスについて知り、思いを馳せることができた。

  • 新約聖書にある4人の福音書をもとに遠藤氏があらためて自らの経験と、信じるものとを織り込んで書き記した、もうひとつの福音書とおもって何度も何度も読んでいます。史実じゃないことが書かれているだとか、弟子たちはこんな事は考えていない、だとか固い頭で読んではいけません。向かい合っているものは過去に確実に存在したイエスという方の足あとを遠藤氏を通じて遠藤氏の言葉で書かれたものです。キリスト教を知るには聖書をひたすらに読むとくのが正解でしょう。ですがこの一冊で聖書の読みどころを是非見つけていってください。遠藤氏が「美しい」と評している聖書のシーンを読むだけで僕はあの方の笑顔を前にしたような気持ちになりました。

  • 一人の人間としてのイエス・キリスト像。
    奇跡を起こす救世主ではなく、
    無力でありながら、それでも神の愛を説こうとしたイエス。

    主観的な解釈や希望的な想像は多分に含まれているとはいえ、
    著者・遠藤周作の語るイエスの姿は、キリスト教に馴染みのない日本人である私にも、無理なく受け入れることができる。
    合理的かつ現実的な解釈だと感じた。

    著者が提示してくれる謎。
    人として生き、人として死んでいったイエスが何故、神になったのか。
    イエスの言葉に感化されながらも、その全てを理解し得なかった弟子たち。
    ありふれた人間、弱く脆い人間であった彼らが、
    イエスの死後、イエスを神格化し、どんな苦難にも耐えうる宣教師になることが、何故できたのか。
    聖書に『復活』と表わされるその真意とは。
    その答えを本書が答えてくれているとは、思えなかったが、とても興味深い謎であるということを気づかせてくれた。

    解説で、遠藤周作がエッセーの中で、キリスト教信仰を母から着せられた洋服であると語ったと紹介されている。
    信仰が服のようなもの、という喩え。
    愛する人から渡され、当たり前のように着ている服。
    成長するとサイズが合わなくなってしまった服。
    服の趣味が変わることだってあるだろう。
    同じ服、あるいは似た服を着続ける人もいるだろう。
    なるほど、この喩えはおもしろい。

    「西欧キリスト教」というだぶだぶの洋服を、長い年月かかって和服に仕立て上げたこの遠藤氏の作品は、キリスト教の日本文化への文化内開花の上で、まさに大きな足跡を残したものといわねばならないであろう。
    ・・・・・・・264頁「解説」より

    私もその和服がとても良くできていて、素晴らしいものだと思った。

  • 日本人でありながらキリスト教に魅入られた人というのは、おそらく本場のキリスト教の価値観で育った人たちとは違うキリスト教を信仰するのだと思います。遠藤周作の語るキリスト教は、私たちには馴染みやすいのですが、他の作品を呼んでみるとやはりキリスト教としては異端なのかもしれません。

  • 1994年 頃

  • 事実と魂の真実

    人間は現実世界では結局、効果を求める、病気を治す足の回は歩ける、盲人は目を開く、

    聖書の奇蹟物語、望が叶えられなかった時、人々はどのように激しく怒ったか、

    人間にとって1番辛いものは、貧しさや病気ではなく、貧しさや病気が生み出す孤独と絶望の方だ、
    必要なのは、愛であって、病気を治す奇跡ではなかった。人間は永遠の同伴者を必要としている、

  • 第13章「謎」にこの本のエッセンスがあると感じた.p201に"一体,あれだけイエスの生前,師の考えや気持ちも理解できず,ぐうたらだった弟子たちが,なぜ,立ちなおったのか.イエスの最期の時,彼を見棄てたほどの弱虫たちが,師の死後,なぜ,強い意志と信仰の持主になったのか" とある.十字架上のイエスの言葉に弟子たちが激しい衝撃を受けたのだ.

  • 劇団四季の『ジーザス・クライスト=スーパースター』を観て、とても感動したものの話の内容がよく分からなかったのでこの本を手に取りました。
    なぜ、群衆はあんなに信じていたイエスに石を投げるまでに豹変したのか?
    この本にはとても解りやすい見解が書いてありました。
    私はクリスチャンではないし、これからもきっとなることはないでしょう。
    でもイエスという人は凄い人だって心から思いました。
    病気を治す奇跡や復活の伝説よりも、すべての人に手を差し伸べ、娼婦の悲しい瞳を理解する彼の姿に感動しました。

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英雄的でもなく、美しくもなく、人人の誤解と嘲りのなかで死んでいったイエス。裏切られ、見棄てられ、犬の死よりもさらにみじめに斃れたイエス。彼はなぜ十字架の上で殺されなければならなかったのか?-幼くしてカトリックの洗礼を受け、神なき国の信徒として長年苦しんできた著者が、過去に書かれたあらゆる「イエス伝」をふまえて甦らせたイエスの"生"の真実。

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