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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
『沈黙』で有名な、遠藤周作の小説。 啞に口を開かせ、盲に見えるようにし、死んだものを生き返らせ。あるいは圧制者から自分たちを解放させる。そのような「奇跡」への人々の渇望。 このような日々の直接の即物的な苦痛から解放させる業こそが奇跡と呼ぶことを認められるのであれば、きょうび、自分らが生きているこの生活状況などは奇跡の恩恵そのものとも見えてくる。病による意識の混迷、うわごとなどが... 続きを読む »
この中に描かれているのはヨーロッパ的な「偉大なるイエスの愛」とはまるで違う。どこまでも非力で、ある意味人間臭い、でもなぜかとてつもない愛を感じるイエスが描かれている。「偉大なるイエス」に違和感を感じ続けていた遠藤周作だからこそ書けた作品だと思うし、この作品に描かれている「イエスの愛」こそ遠藤周作が苦悩しながら見つけた愛だったのだと思う。作品の重厚感は圧倒的。
信仰を見失った私は、エルサレムに旅立ち、そこでイエスの足跡と生涯を辿る。なにかのきっかけになればと淡い期待を抱いてエルサレムを訪れた私だったが、そこにあったエルサレムはイエス時代から何度も破壊され、再建された街であり、イエスの足跡を追うのはほぼ不可能だった。群像、としてイエスに関係のあった人物の視点を描いた小説と現代の私が章ごとに交互に表れながら、愛と信仰の原点を探る。
沈黙以来、久々に読書において圧倒的にキリスト教を感じた。遠藤周作の書くキリスト教はまさにわたしの奥深くに根付くキリスト教と同種のもの。作中のイエス像はかなりわたしのイエス像と近い。ナチスドイツによるユダヤ人の大虐殺と絡めて書いてあるのがとても虚をつかれた感覚。
久しぶりに原点に戻った。信仰しているとかしていないとか、洗礼を受けているとかいないとか関係無く、やっぱりわたしにはキリスト教が必要。
人間なら誰しも経験する思考の壁。
殉教者としてのイエス、人間としてのイエス、宗教者としてのイエス。
いずれのイエスも高尚な魂ではなく、地面を這いずって力を振り絞って見つけた姿である。
巡礼者として、現代の死海のほとりに立ち、古のイエスの姿を追う遠藤。
だれしもが一度は心のほとりに立つのではないだろうか。
哲学書にも思える小説なのだが、強いカリスマ性はなく、むしろ弱い心の中を行き来する人間の弱さを見つける旅かもしれないと思った。
次に続く、イエスの生涯やイエスの誕生を読み合わせて、初めてこの人間の迷い、イエスの迷いの心がわかる気がした。
神に恨みを述べるイエスの最後(最後から2番目?)の言葉がいつも気になる。この小説では特に。
「死海のほとり」遠藤周作
「エルサレム市の裏通りにある倉庫のようなホテルで戸田を待った。ながい間、会わなかったこの学生時代の友人は、ローマから出した葉書を受けとってくれているなら、今日、私がこの国に着いたことを知っている筈である」
かつて神父になろうとまでした戸田は「まだ、あんた、あの男のことが気になるの」と皮肉をもって私を迎える。聖書学を続けている戸田の信仰は、学生の頃と比べ純粋さを失った。私も同じだ。しかし同様にイエスにこだわっている。
そんな調子で思い出話をしながら、気だるくイエスの痕跡をたどる二人に復活は訪れるのか、みたいな作品です。結構ガツンときます。おすすめです。
04 けいじ
日本人の視点からしか描けないキリスト像。奇跡など起こせず、みじめな、まさに人間以下のものとして死んでいった「駄目な人」として描かれている。キリストが残した「愛」の形とは何か…。それが分かったとき、キリスト教への考え方が変わった。
いわゆる宗教を題材にしたものは苦手な方でしたが、聖書のくだりにあるような神格化された話は一切なく、一人のもがき苦しむ人間としてキリストが描かれています。
p31 「おいきなさい、触れませんから」 p84 「そばにいる。あなたは一人ではない。」 p99 (俺に何の関係がある。俺はもう、あの人から離れたのだから) p101 あの人の運命を気遣うよりも、あの人に従った自分に累が及ばぬかという不安のほうが先に胸を走った。 p149 大工が言っているのはただひとつ―結局、私のような老人には時には世間知らずの若者たちが口にしすぎるために肌寒く... 続きを読む »
奇跡など起こせない無力なイエス。弟子からも見捨てられながら、愛のみを語って惨めに死んでいったイエス。
信仰に躓いたがゆえに求め、探し当てたイエスの姿は、福音書に書かれた力ある救世主とはかけ離れたものだった――。
福音書の脇役たちが見た「何もできぬ男」イエスのエピソードと、「私」がイエスの足跡を求めて死海のほとりをさまようエピソードや学生時代の回想が交互に語られる。バラバラに見えたエピソードは次第に像を結んで、最後には『同伴者イエス』を浮かび上がらせていく。
それはまるで、著者のクリスチャンとしての葛藤と悟りとをそのまま表しているようだ。
三部作である『イエスの生涯』『キリストの誕生』と共にお勧めしたい。
私の知っている奇蹟と神秘のイエスではなく、1人の人間としてのイエスが描かれている。「役立たず」「何も出来ぬ男」とののしられ、ただ泪を流すだけのイエス。(何も出来ない人間は嫌われるのか?だったらこの世は生きるにあまりに辛すぎる。)疲れきったイエス。分かっている、分かっている。民衆を責めてはいけない。彼らは知らぬのだから。何が哀しいかって、私もその場に居たら、知らない民衆の一人になるだろうから。彼らと... 続きを読む »
ボクが買ったのは、箱入りハードカバーの上製本だ。
周作さんでは、最も影響を受けたのがこの『死海のほとり』で、特に「アルパヨ」の章は鮮烈なイメージを受け取った。
(この項、書きかけ)
話の本筋覚えてないやー。
だけど、キリストを特別な力を持った偉大な人物ではなく、他人に対するやさしさのあるごく普通の人間として描いていたのが良かった。
「巡礼」と「群像の一人」という小説が交互に入り乱れて登場し、それで1つの作品となっている。
「群像の一人」での無力なイエス。
「巡礼」での実はいつもそばにいるイエス。
イエスを考える1冊。

ちょっと詰め込み過ぎのように思う。





