パニック・裸の王様 (新潮文庫)

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著者 : 開高健
  • 新潮社 (1960年6月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (283ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101128016

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パニック・裸の王様 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 開高健はメジャーであるが誰もが読む作品ではない、少なくとも高校や中学の教科書には載らない。学校が求める(従順さを基礎とした)道徳とは折り合いがつかないし、多くの作品が(教育委員会の基準では)大人向けに書かれているのは間違いない。

    ある種の暑苦しさは否めないが、一気に作品に引きずり込む高橋源一郎や内田樹の言うところのドライブ力から言えば(彼らの絶賛する)村上春樹のそれとはまったく比較にならない。
    私が高校の教師なら、国語の授業でつまんなそうにしているやつに読ませる、そのうち三人に一人は「悪くねぇじゃん」と思うでしょう。開高健が憧れていたであろうヘミングウェイの英語は良いお手本とされるがそれとは少し違う。ヘミングウェイは優等生の課題図書としてアメリカの高校生が読まされるが、開高健はちょっと意地を張ってグデンとしている生徒にそれとなく読むように仕向けることはあっても、ハイ皆さんこれを読んできてくださいということはない。
    ただ、受験まっしぐらの高校3年生が開高健のパンチをどう受け止めるのかちょっと興味はある。
    (私は高校生のときに開高健を読んでいたと思うが、受験まっしぐらでもなければ、国語の授業で詰まらなさそうにしていたこともなかったと思う。教科書の間に文庫本はさんで読んでたけど。)

  • 裸の王様のみの感想。目利きと表現者の違いは何か、と思いながら読みました。小説では、巧みな読み手は、最初の数十行読んだだけでその作品の作家の才能が分かり、また、文章の癖?からその作家の性格も分かるらしい。この作品では、語り手の「僕」が、絵画の巧みな読み手=目利きとして登場しています。この作品(裸の王様)の作者は、絵画に関して、どれだけの知識と経験があるのでしょうか?絵画や芸術に関しての「僕」の考えは、現実社会の、絵画の目利きや、絵画を描いている表現者からはどのように見られるのか、気になりました。

  • 第38回芥川賞で、大江健三郎の「死者の奢り」と争って受賞した「裸の王様」を含む4つの作品が掲載されている。

    「パニック」…街に大繁殖したネズミ駆除を行う役所
    「裸の王様」…子供の絵画コンクールを巡る関係者の駆け引き

    など、扱っている題材はそれぞれ異なるが、
    どれも「組織」「体制」の中で、無力さを感じ葛藤しながらも一人奮闘する個人を描いている。

    どの主人公もまっすぐな熱血漢ではなく、自己中心的な心情を見せたり、他人の行動を冷ややかに観察し批判したり、?と思うところはあったが、同じ社会人として、「組織」の中で生き抜くには、一筋縄ではいかないこともあるのだよ、と同感する部分は多かった。

  • 初めて読んだ。
    面白い。
    短編集ですが、どの話も、
    人として生きていく上で、
    抗うことの出来ない矛盾のようなものが
    あってとても良い。

  • 主人公の冷静な視点で描かれた、個人と社会の暗部。昭和の文章で、少し読みにくい。

  • 「パニック」は話の内容自体は面白かったが、表現として生理的に不快感を覚えるのが目についた(遠藤周作の九官鳥のように)。
    「裸の王様」「巨人と玩具」は普通の作品で引き込まれる要素はない。
    「流亡記」は最初の数ページが抽象的で全く面白くなかったので読んでない。

  • 短編4本。パニックの主人公の葛藤、裸の王様の子供を見る視線、共に面白かったです。

  • 開高健さんの情熱やパワーが詰まっていて、それに圧倒されました。文字に力強さがあって、のめり込むように読みました。
    パニックは、自然に対する人間の無力さが現れていて、最近の震災や原発の問題とかぶるところがありました。考えさせられる作品でしたね。

    #読書 #読書記録 #読書倶楽部
    #開高健
    #パニック #裸の王様
    #2016年49冊目

  • 独特だなあ。
    世界がグレーに見えてくる。
    息苦しいわー。

  • 【Entertainment】パニック・裸の王様/開高 健/20160110(10/436)<283/30594>
    ◆きっかけ
    ・【生き方】毒蛇は急がない/島地勝彦/20160107(1/427)<254/29626>

    ◆感想
    ・島地勝彦氏の著書で度々登場する、開高健の作品がどんなものなのか、という興味から読み始めたが、ハマった。読後、ものすごい分量を読んだ気がするも、実はいずれも短編であるところからして、文章にムダがない、けれども読者を迷子にしない程度の丁寧さはあり、読んでてとても心地良かった。
    ・いずれも、組織とか社会における人間の生きようを描いている。裸の王様は芥川賞を受賞した作品のようだが、どの作品でも受賞の価値はありそうなものばかり。個人的には、パニックが秀逸。ヒッチコックの鳥を連想させる作品。

    ◆引用
    ・なし。

  • 裸の王様が良かった。
    大人の物差しで子供を評価する。子供のころの物差しは捨てたのだからショウガナイ。子供は大人好みの嘘をつこうとする。これを大人はいい子と言う。ショウガナイ、この世は大人で成り立ち造り上げられるのだから。ショウガナイを覚えることを成長と言うんです

  • 猫作家ときいて買ってみたらねずみだった。
    スカッとした文体でひじょーに読みやすくて、話も分かりやすくて面白かった。
    あんな簡潔な文体やのに、「裸の王様」に出てくる子どもたちがいきいきと目の前で動き回る。びっくりしたわ可愛くて。いい先生だね。

    「巨人と玩具」読むとキャラメル食べたくなるよ。

  • 芥川賞受賞に納得。芥川の羅生門みたいに、人間の本質を力強く描写しているけど、読み終わった後、こころが疲れてしまう。

  • 特にパニック、裸の王様は寓話的で面白かった。

  • 力ある作品なんだけど、それがなんだか不健康な力って感じがして、好きとは言えない。

  • 2014/10/22購入
    2015/06/18読み始め
    2015/06/28読了

  • 開高健の出世作であり初期の4作を含む短篇集。すべて科学的、社会的、心理的および歴史的にしっかり調べられて、その上面白い。ジャンルとしては大江健三郎のような純文学なのだろうけれども、全く異なるのが売りが「反体制」ではないこと。すべての作品で、一般職員であり普通の会社員であり一兵卒であったりと、労働組合レベルの一人でしか無いのだけど、単に反発するだけでなくて「うまくやる」を実践することでの辛さというものがにじみ出ている。同僚の山口瞳よりも、会社員や公務員を描かせるとうまいのではないか。とにかく、収録作すべてがズシンと重い。ある種サラリーマンの悲哀作品ばかりでありつつ、終わりの数行で、これはひょっとして純文学なのかなあと思わせられるのも事実。名作。

  • 理性を失った圧倒的な欲望と狂気、一瞬で起こる価値の逆転。話によって時代や背景が違うのに、人間の奥底に流れる本質をとらえて離さない、そんな気がした。
    大昔に読んだまま忘れていた本だったのに、読みなおしたらたまにふとフラッシュバックする光景の数々がよみがえってきて、この本だったのか、と驚いた。

    書き手が第三者の視点から比較的冷静に書いていたからよかったものの、主観的に生々しく書いていたら嫌悪感を抱いて人間に絶望して、後味の悪い読了感になっていたかも。

  • 『裸の王様』の、太郎の純粋な体温への愛情とでもいうのでしょうか、それが描かれている部分が最も素晴らしかったです。開高健作品には現代社会を風刺するようなものが多いですが、いちばん心を注いで書かれているのはこういう“体温”的な部分ではないかと私は思っていますし、その熱さやぬるさや冷たさを感じたくて私は開高健作品を読むのだろうとも思います。

  • 第38回(1957年下半期)芥川賞受賞作。この時は、大江健三郎「死者の奢り」とともに候補作となり、選考委員の間でも意見が割れたが、結果的に「裸の王様」が受賞。なお、大江は第39回「飼育」で受賞している。さて、その「裸の王様」だが、よくできた小説ではあるものの、今読むと観念的に過ぎる欠陥が目に付かないでもない。つまり、万事に作り込み過ぎているという印象を拭えないのだ。開高健といえば、後年は例えば「オーパ!」に代表されるような、行動派の作家として他には類を見ない作風を誇った。別人のように変貌を遂げたのだろう。
     なお、作中で「シンデレラ」をアンデルセンの作品としているが、それは間違い。「シンデレラ」は、ペローやグリムによって採録された民話だ。

  • 新潮文庫版『パニック・裸の王様』は、短編4本なんだけど
    角川文庫版の『裸の王様・流亡記』と1本しか違いがない。
    新潮版は『巨人と玩具』が収録、
    角川版はそのかわりに『なまけもの』が収録されてます。

    結論、受けた印象から先に書きますと
    ●昔の押井守に近い感じ
    ●開高さんの比喩表現は独特
    ●特に『パニック』と『巨人と玩具』は「戦争」の話。
    戦争、戦士の話。
    ふつうの「戦争」ではなく、平時・・・平和な社会だけど
    結局、経済で戦争してるようなもんで。
    例えば過労死、うつ病で自殺・・・そんなのは戦死です。
    後年、開高さんがベトナムの戦地に赴いた理由が
    なんとなくわかる気がする。
    生と死が隣り合わせにある状況で、
    生を感じたかったのではないかと。
    ●そう思わされるのは、小説のテーマがどれも近いから。
    「構造・システマティックなもの・組織・科学・人間社会・歯車」
    それら人工物と「野生・フィジカルさ・自然」の葛藤。
    旅や釣り好きだけど、野生や自然へのあこがれ。
    「マッチョな科学者」の文章だと思う。
    ●大学時代、講義の課題で
    色々な教育関係の新書を読まされましたが、
    そんなものを読むよりもよっぽどこの本の方が素晴らしい。
    特に『裸の王様』。
    お子さんがいる人にも当然お薦め。

    以下は短編それぞれの感想。

    ●『パニック』
    何がパニックなのか?と思っていたら
    モンスターパニックものだった!!!!!
    1954年『ゴジラ』
    1957年『パニック』
    1963年『鳥』
    1975年『ジョーズ』・・・その系譜。
    非常に科学的な小説。
    そして公務員の組織内での孤独な頭脳戦。
    戦争の話。

    ●『巨人と玩具』
    こちらの方がより戦争の話。
    企業戦士。敗ければ戦死。
    巨人=サムソン等々企業。
    『サムソンとデリラ』のサムソン?
    サルトルの引用が出てくるのはこの話。

    ●『裸の王様』
    やはり主人公は頭脳戦で挑む。
    これはほんとに、子どもがいる人や
    教育関係で勤めてたりする人は読んで欲しい。
    そして芸術とは?という話。
    そういうのは大好き。

    ●『流亡記』
    オーウェルは『1984年』で、現代の延長線上である
    近未来のディストピアを描いた。
    開高は逆に、過去のディストピアを現代風に描いた。
    どちらもソ連や中国等共産圏国家が背景にあり、寓意をもつ。
    元ネタはカフカの『万里の長城が築かれたとき』。


    開高さんの表現について。

    クセが強い。ここは読みにくさがあるけど、
    短編である程度共通してるので完全に個性。
    のちの『ベトナム戦記』は読みやすかった。
    だからエッセイ集だともっと読みやすいんじゃないかと。
    この時、開高さんは27~9歳ぐらいなので
    まだ若くてギラギラしている。エネルギッシュ。

    「マッチョな科学者」と書いたけど、
    マッチョ・・・筋肉・野生・肉体的な面を
    科学者の目・頭脳でどこか冷徹に描いてるところがある。

  • 活字が怒涛のように押し寄せてくるような、肉厚で迫力満点の文章。社会をどちらかというと裏側から見ているが粘着質とか悲観的などとは一線を画し、その鋭い観察眼は読み手の注意を逸らさない。「流坊記」は序盤、エグいシーンが多かったため途中挫折してしまいましたが、逆に言えばそれ程迄にひとつの現象を丹念に巧みに光に照らし、その姿を余すところなく見せ付ける力量には脱帽。別の作品も読んでみたいです。

  • 表題であるパニックも裸の王様も確かに面白かったけど…なんかイマイチで少々、期待はずれな印象です。作者自体がある種カリスマで有ることから先入観があったかもしれんなぁ〜機会あれば他作品も読んで見ようかと思います。

  • 狂っている?鬱になる?
    ずいぶん前にそんな本をあげているサイトがあってそれで興味を持った。

    うーん…これは確かに憂鬱にはなるかも…

    この人の本はとても読むのに時間がかかった。
    裸の王様が一番読みやすかった。

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