夜と霧の隅で (新潮文庫)

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著者 : 北杜夫
  • 新潮社 (1963年7月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (265ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101131016

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夜と霧の隅で (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 1960年上半期、芥川賞受賞作。選考委員10人のうち8人までが◎(他の2人は〇)と圧倒的な支持を受けての受賞だった(倉橋由美子の「パルタイ」もこの時の候補作だった)。言うまでもなく、V・フランクルの『夜と霧』に触発されての作である。本家がホロコーストを描いていたのに対して、こちらはタイトルにもあるように、その片隅で密やかに行われていた、精神病者の抹殺に焦点を当てた、精神科医でもある北杜夫ならではの小説だ。ただ、『夜と霧』が、まさしく当事者としての迫真性を持っていたのに比すれば、良くも悪くも客観的な視座だ。

  • 表題作『夜と霧の隅で』、ナチス下のドイツで"真っ当な"血統保存を目的として行われた分裂病患者の殺害。精神病患者の病院を舞台に、そこで医師として働くケルセンブロック、患者として入院するも、ユダヤ人の妻を亡くし最終的には自殺してしまう日本人のタカハシ、年老いた院長、様々な立場に置かれたそれぞれの人々を描く。
    有益か無益か、合理的思考からその二元論的な結論に達してしまいがちだが、そうだとしたら戦時中の精神病患者たちは軍部の目には間違いなく"無益なもの"として映るのだろう。「p252 人間についての僕の考察をいえば、この時代やこの戦争が特に暗黒な目をおおう時代とは思えないね。人間の文化、道徳、殊に進歩に関する概念なんてものはたわごとだ。人間の底にはいつだって不気味なものがひそんでいるのだ。」これは戦時中という時代背景に特有なことではなく、弱者を切り捨てる政策というのはいつだって見られることだ。でも最後のツェラー院長の無言の回診のように、合理的な意味がないにしても人の心は動かし得る。いわば、無益なもの同士がお互いに影響しあう様は現代人に何を示してくれているのだろうか。

  • 表題作の他にも短編が一緒に収められている。
    個人的には表題作ではなく、蝶採集人が語る「谿間にて」が好み。動物を相手に、厳しい自然の中窮地に追い込まれながらもひたすら闘う。ヘミングウェイの老人と海にも通ずると勝手に思っている。

    表題作も、初めは淡々と客観的に語られ、患者はもちろん医者も変わり者、というように始まった。そこからの切り返し。しかし語り口は変わらず。絶妙だと思った。

  • 「岩尾根にて」
    山中で自我を失ったような気分になる話
    クライマーズ・ハイかな?

    「羽蟻のいる丘」
    自暴自棄のため放射能Xの女王蟻に自分を重ねる女がいて
    気の毒なのはそれにつきあわされる幼い娘だが

    「霊媒のいる街」
    逃げ場のない大人たちはロマンを求めてたわごとを言う
    本当に過去を忘れられない坊やはハードボイルドにひたって生きる

    「谿間にて」
    蝶の採集で名を成したいあまりに精神の様子が少しおかしくなった人の話
    かつて失われた全能性が蝶のまぼろしとなって現れるのだろうか

    「夜と霧の隅で」
    ナチスの断種政策によって収容所送りにされる患者を1人でも救おうと
    無謀かつ無意味な実験手術に走る精神科医の話
    まったくの本末転倒である

  • 第二次大戦下、ナチスによって行われていた障害者の虐殺を題材にした物語。病院の医師の無力感はいかばかりであったか。国家の利益にならないものと切り捨て、死へと連行するSS、一人でも多くを救おうと常軌を逸した治療を患者たちに施す医者。誰が狂っていて、誰が狂っていないと一体誰が断定できるだろう。あの時代は誰もが精神を病まずにはいきてきけなかったのではないだろうか。なんとも後味の悪い物語ではあるが、相模原の障害者施設事件のことを思うと、ただの昔の物語とは言えない気がする。

  • 北杜夫氏の初期作品集
    氏がそう状態の時に書いた、さまざまなユーモアあふれる小説ではなく、深い思索に入った時に書かれた作品が集められている。
    自然に入る、山に入る作品についても、その自然の描写、山の描写は主題ではない。そこに置かれた人の内面を抉り出すように書き残す。
    そして表題作の「夜と霧の隅で」
    ナチスドイツの優生思想の中に置かれた、精神科の医師たちの姿。
    北杜夫という偉大な作家の、ひとつの面にじっくり浸ることができる作品。

  • 「夜と霧の隅で」ナチスのユダヤ人だけでなく不治の精神病者まで間引いていく命令に、考えられる治療を全て行い、患者が連行されていくのを防ごうとする医師。不治の対称でなかった日本人だけが治り、ユダヤ人の妻がもういないことを悟る。退院間近に自殺してしまうが、様々な苦難の現実に覚醒され、彼を絶望に導いたのか。他初期作品4編。2016.8.21

  • ・岩尾根にて
    ・羽蟻のいる丘
    ・霊媒のいる町
    ・谿間にて
    ・夜と霧の隅で
     の五編。

    最初の1編を読み終えて、あれ?
    これって別の話し?「夜と霧の隅で」でじゃないよね?

    とよく見たら、5編掲載の1編目であった。

    「夜と霧の隅で」
    読み始めて、ありゃ?
    これは、同じ芥川賞受賞作品でも、又吉君の「火花」とはちょいと違うな。大丈夫か。読み終えられるのか。
    苦手な、カタカナ名前がたくさんでてくるし。。

    でも、終盤は一気に読んでしまった。
    読み終えて、何ともいえぬ、重いもの(別に嫌な感じじゃなく)が残った。

  • 「岩尾根にて」、「羽蟻のいる丘」、「 霊媒のいる町」、「谿間にて」、「夜と霧の隅で」の五編。

    山を舞台にした話と、脳・心理・精神医学に関わる話が多い。何かを考えさせられるというよりは、不気味な絵を見ているような、引きこまれて不思議な世界に連れて行かれそうな短編が多い。

    「夜と霧の隅で」が面白かったので星を一つ増やした。
     第二次大戦末期、ナチスは不治の精神病者に安死術を施すことを決定した。その指令に抵抗した精神科医たちは、不治の宣告から患者を救おうと、あらゆる治療を試み、ついに絶望的な脳手術まで行う。

    精神病者を救うために博打のような手術に臨む医師らの苦悩。その中にひとり入院している、ユダヤ人を妻にもつ日本人医師高島のストーリーが挟み込まれる。「夜と霧」という言葉が比喩で何度も現れ、精神病者を、医師を、病院を、戦争を、個人を、人を、周囲から切り離していく。答えもゴールも見えないような、内臓の縮むような小説だった。

  • 全体的に灰色がかった雰囲気の中、救いがないストーリー。短編で読みやすいのだが、すべて読み終わるのに時間がかかってしまう矛盾が・・・とても考えながら読んだ作品。
    表題作も引き込まれたが、「岩尾根にて」が一番よかった。

  • 芥川賞の表題作。読んでいるうちに怖いなぁと思ってきました。何が現実でどこからが妄想なのか。脳がそう思い込ませているのだったら、もう分かりようがないよなぁと。そして異常者を排除しようとすることの正当性。読み終わった後も、悶々としています。 他にも短編が収録されていますが、抽象的でよくわからなかったのと、虫が嫌いな私には少し気持ち悪く感じてしまいました。

  • 読み始めました。何年ぶりでしょう。30数年ぶり。
    (2013年11月23日)

    ◎「岩尾根にて」
    ○「羽蟻のいる丘」
    ほかは、「×」
    (2013年11月25日)

  • 精神病理に通じた作家による、秀作。
    殊に精神病に関心のある自分にとっては、特にその「行間」を読む醍醐味を感ぜられる。
    初読で印象深いのは「岩尾根にて」「夜と霧の隅で」。
    特に「岩尾根にて」は、精神科医ならではの洞察が感じられてインパクトがある。再読してじっくり噛みしめるに値する作品。
    全体的に文体は平易で、描写はややざっくりとした印象はあるが、あまり気にならない。それを補って余りあるだけの充実さがある。

  • 表題作である『夜と霧の隅で』、不死の精神病者に施す安楽死に抗いながら治療を試みる医師、という一見明るいテーマとは程遠い内容。全体が重く息苦しい雰囲気に包まれている。ラストシーンもどこか哀愁を漂わせつつ抜け出せない迷路に自ら足を踏み込もうとしているようで、切なさが残る。

    個人的には『谿間にて』が次点で印象的だった。1匹の蝶を追い続ける男の狂気的な描写が巧い。聞き手の男のどこか無頓着な純粋さとの対比が際立つ。

  • 『楡家の人びと』を読んで再読したくなった初期作品集。
    表題作は述べるまでもないが、他の4作品も締め付けられるような死の臭いが漂う緊張感、そして読者を放り出すような感じでもってそれぞれの解釈に作品そのものを委ねるような結末、いずれも素晴らしい作品ばかり。
    自分の時間を割いたことに対する十二分な報い、小説を読むということの醍醐味を感じずにいられませんな。

  • シャッターアイランドとの関連性。

  • 北杜夫の短編集。『夜と霧の隅で』がよみたかったのだけれど、その他の名前の知らない短編も、非常に繊細で理知的で心に残るものばかりだった。人間の不気味さを綺麗な文章で浮き彫りにしているかんじ。前から読みたいと思っていた『夜と霧の隅で』は、想像以上にグロテスクで悲しい話。ナチスドイツの時代というだけで物語は陰惨なものになるが、さらに精神疾患の患者たちを題材にして扱っている。深く深くまで心が抉られるような、そんな不気味さであり、本当にグロテスク。視点を登場人物から離して語ろうとすればするほど、描写が真に迫ってくる。ここまでじめじめとした話は久しぶりに読んだ。身体的な意味でも心にダイレクトに入ってくる人間の業の深さ。何が正しくて何が間違っているかなんて時代によって180°変わる。だから今この本を読むのはとても怖いことだけれども、多分そこまで計算して人間の罪深さを配置した本なんだとおもう。

  • 精神科の医師がとった行動に賛否が別れるかもしれない。結局、一番状態の良かった人が…。となる所が皮肉のように感じた。この人の文章は本当にスゴイ。派手さもなく素直な文章だと思うけどドンドン引き込まれるし飽きる事がない。

  • 北杜夫を薦められて初めて読んだ。いろんなテイストの短編が収められていて面白かった。台湾、ドイツと舞台はいろいろだが、どれも想像で書いているそうだからこれはすごい。てっきり行ったことがあるんだろうと思った。どことなく沓いユーモアが、カフカを思わせた。
    『夜と霧の隅で』の脳手術の場面が生々しすぎて忘れられない。

  • 北 杜夫といえば『どくとるまんぼう』としか思いつかないのですが先日母が送ってきた本の中にコレがあり読んでみました。
    すごい昔の本で280円で売っていた本です 何十年もうちにあったんだなぁ~と思いました。

    夜と霧の隅で は あの頃の悲惨な時代としか言いようのないものでした。ユダヤ人の迫害や断種 そして精神病に罹患している人の処分 命令とは言えナチスからの 精神病人の安死術に抵抗し 医師の困惑やなんとか助けたい一心で ありとあらゆる治療をしていく。読んでいるだけで吐き気がするような治療法でなんとか救いたいとがんばる医師だか 無念に終わる

    救いがないのであろうか・・・・

    現在の精神医学の世界でも精神病に罹患した患者のどれくらいの割合で救うことができているのであろうか・・・とふと思いました

  • 北さん、やっぱすごい。ナチス統治時の精神科病棟の話。

  • 北杜夫の小説は実はちゃんと読んでなかったりする。イメージでは「どくとるマンボウ」みたいなユーモアある作品ばかりかと思っていた。しかし芥川賞受賞の表題作を始めこの初期作品は何かピュアな狂気を感じる。
    「夜と霧の隅で」は第二次大戦末期のドイツでの治る見込みのない精神病患者、いわゆる(民族と戦争に益のない人間)の安死術を背景にした作品である。ドイツ人医師が患者を安死させないため、非道な治療を試みてしまう話は、抗えない現実には道徳的な矛盾をも呑み込んでしまう人間性を考えさせられる。

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