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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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人は幼年期を、ごく単純なあどけない世界と考えがちだが、それは我々が逃れられぬ忘却という作用のためにほかならない。しかし、忘れるということの意味を、人は本当に考えてみたことがあるだろうか。なにか意味があって、人はそれらの心情を忘れさるのではなかろうか。
― 16ページ -
そのうちに、すぐと姉が死んだ。姉が並はずれて可愛らしい子であったことを、ぼくはもう書いたであろうか。
たとえば、生きるために生まれてくるのではなく、むしろ死ぬためにのみ生まれてくる人もいるように思われる。しかもそういう〈死〉に選ばれた人にかぎって、ことさらやさしく、ことさら繊細に造られているもののようだ。さながら〈死〉が〈生〉に対して自らの優位を示そうとするかのように。
― 53ページ -
人がはじめて突きぬけた孤独を覚え、自分自身に尋ねようとする時期にぼくは達していた。無限にひろがる〈自然〉にとりかこまれながら、陳腐な、だが永久にけっして尽きることのない問を自分に課した。このぼくは一体どこから生まれてきたのだろう?
― 48ページ
みんなの感想・レビュー・書評
企画コーナー「追悼- Steve Jobs・北杜夫」(2011/11/1-12/22 2Fカウンター前)にて、展示中です。どうぞご覧下さい。
展示期間中の貸出利用は、本学在学生および教職員に限られます。
湘南OPAC : http://sopac.lib.bunkyo.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=1519482
夢と記憶の物語
幼年期の記憶、青年の目の前に現れる自然。人間の記憶と偶然の不思議な連関。
静謐で美しい文章はもとより、描かれる物語は自分の興味にぴったりだった。
北杜夫さんも全集を、しかもうっかり愛蔵版を買ってしまったくらい好きです。
なにか一冊ならどれを選ぶでしょう。
「航海記」?
「楡家」?
「少年」?
いろいろ考えた結果、これだろうと。
身につまされるというかボクにとって追体験しやすい内容だったから。
辻邦生が、その柔らかい瑞々しい文体、文章に嫉妬した様に、やはり静かなその世界は彼(北杜夫)の最高傑作かもしれない。
『楡家の人々』を一度挫折するも北杜夫に再挑戦して功を奏した一冊。
綺麗な文法と透明感のある文章に、時間はかかるも噛み締め噛み締め読む読むしました。大満足。
ライトで読みやすい本もよいですけど、ちょっとずつでもいいから味わいつつ読む小説も良い経験になるですよ。
少年の話なのにメロウってのが素晴らしい。これで100円!北杜夫鉄板。
後日、中央公論社S45年初版を斎藤茂吉と併せて買いました。
9月、図書館。
幻想としての死の美しさとか
暗闇の中でそっと息をひそめる若い魂の揺らぎとか震えとか
自然に対する息苦しいくらいの情熱と恍惚とか
1ページ1ページの観念の波に溺れそうになる…
没入して読んで、
自分の輪郭さえ曖昧になった。融けてしまう。
物語のほうから自分のほうに手が伸ばされて、
頬を包まれたり首すじの血管をそっと押されたりするような感覚。
【本書より】「ママがそう言ったわ。気の毒な人にだけ、幽霊が住み込んじゃうんだって。あなたは気の毒な人だって」
彼女はまた笑った。まるで誰かに喉かなんぞをくすぐられたときのように笑ってみせた。
「僕も幽霊を見るよ」
「そう?」
少女はまじまじと、つぶらな、まだすこし虹彩のあおみがかった目を瞠いて、こちらを見上げた。どことなく、気の毒そうに。
美しい文体で、美しいモチーフを用いて、記憶をめぐる物語を描き出す。紡ぎ出された物語もまた美しいのは必然とも言える。
昭和初期、幼い少年の記憶で幕を開け、敗戦前後の高校生の追憶を中心にこの物語は語られる。
非個性的な彼の感覚を通して淡々と描かれる現実と非現実の世界は幻想的でもある。
他人の心を理解することが不可能である以上、「難解である」という感想はとても生まれやすい小説だと思います。山場もありません。それでも、その世界の美しさに、心を動かされます。きれいな文章です。
耽美よりの方、和風好きでかつ洋物に心惹かれるという方なんかにおすすめです。(H19.04.30)
幼年期というのは、何もわからない時間ではない。むしろ、全てが見えすぎてしまう殉教的な時間のことなのかもしれない。なおかつ、大きく育つために不必要なことは「忘れる」という自浄機能を持った時間。心の奥のひだに、かすかな、確実な痕を抱えるとしても。「幽霊」はそういう物語。
初めて読んだのが中学生の頃だったから、私も大概ませた頭でっかちのガキだったんだろう。
「死」と「人生」と「生きる」ということを繊細に、しかも美しく書いた本書の内容を当時どれだけ理解していたか怪しいものだが、それから何回読み返しても変わらず切なく、哀愁を帯び、そうして愛しい話だ。
安易に論評を加えるのは控えるが、「これ、読んでみろ」と差し出したい本の一冊である。
著者の(ほぼ)処女作といっていい時代に書かれたものだというのに、こんなにクオリティが高いのも驚きの種。
実は北杜夫はこれと「怪盗ジバコ」しか読んだことがない(苦笑)もともと家にあった本だから、たぶん叔母か母が買ったものだと思うんだけど。中学生のとき読んでガツンと頭をぶったたかれたような気がしたのを覚えてます。

以下引用。
人はなぜ追憶を語るのだろうか。
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。――だが、...





