紀ノ川 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101132013

感想・レビュー・書評

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  • 花(明治)・文緒(大正)・華子(昭和)の三代記と、少し前の朝ドラを彷彿とさせる構成。事前に著者の生い立ちを確認していると、自伝的小説だと言うことに途中気づく。

    開始早々泣きそうになった。
    嫁入り前の花が祖母の豊乃と寺の石段を上るシーンから入るのだが、孫へのはなむけの言葉がもう優しくて、優しくて…。
    明治初期に身内が嫁入り前の女子に説くことなんざせいぜい嫁の心得だろうに、「身体を大切にしなさい」等今と変わりないしどれも愛情深い。早逝した実母に代わってどれだけ彼女が手塩にかけてきたのかがよく分かる。

    作家の桂芳久氏は解説にて、著者は紀ノ川に「いのちの流れ」を象徴させたと書いている。出来た嫁の花は作中で紀ノ川に例えられているが、桂氏曰く「(自分より早逝した)夫や義弟のいのちを吸収して逞しい生命力に溢れている」という。正しい解釈かもしれないが、まるで花が悪霊のような書き様に思えて自分はこれに賛同しかねた。

    和歌山市の有吉佐和子記念館を訪れた際紀ノ川も見えたが、水流は穏やかなれど水の色は凛々しい青だった。芯の強い花に屈強な文緒、これからの時代を逞しく生きていくであろう華子を想起させる、揺らぎのない青。性格や得手不得手は違っても、彼女らに共通する強さは脈々と受け継がれる。これが読後に見出した、自分なりの川の解釈。だいぶ単純なものになってしまったが~_~;

    男性陣が儚い印象だが、花の小舅にあたる浩策だけは異色だった。小気味の良いツンデレっぷり(あの重度の皮肉屋を容易にツンデレと呼んで良いものか、書いてから悩んでいる…)で、基本的には長兄や花にジェラシーを燃やすひねくれ者。しかし彼もどこかで花たちと繋がっていたかったのか…?と思っちゃうほど、交流を続けていた。
    子供たちとの交流や、年老いて一人になった花の元に書籍を届けたりして、何だかんだで花も彼への警戒を解くようになっている。
    だが「家」には決して染まらず、登場人物の中で一番思い通りの人生を送れている。桂氏風に言えば、花にも吸収できない川があったってこと。

    毎朝読んでいたから、こちらも自分にとっては「朝ドラ」にあたる笑 先のリアル朝ドラとはまた違った瑞々しさ。バトンをつないだ華子の未来が前途洋々であれと、紀ノ川を眺めた時のように流れを見守っていた。


    『恍惚の人』に続き、こちらも知人から紹介して貰った一冊!有吉氏の代表作にようやく辿り着くことができて達成感でいっぱいです^ ^ この先(一生かけてでも⁉︎)︎他の作品も制覇していきたいです。

  • 年代記。全て備えた全能感に打ちのめされそうな花。その花や旧体制をぶちのめそうとする娘文緒。そして祖母に似たものを感じながらも自立して生きていく孫華子。家を巡る執念の象徴が紀の川なのかと思いながら、時に笑いつつ一気読み。

  • 明治、大正、昭和へと続く、母から子、孫に至るまでの年代記。
    有吉版『細雪』のよう。細雪よりはだいぶコンパクトながら、明治のお家騒動にとどまらず、昭和までの時代の移り変わりが書かれているのがすごい。
    川の流れのように続いていく命と、変わっていく「家」のあり方を体感することができ、しっかり満足感。
    「〜のし」という独特の方言も癖になる。

    • ロッキーさん
      111108さん

      コメントありがとうございます!レビューも読みました〜!
      母と娘の確執がしっかり描かれているの、確かに有吉佐和子さんみです...
      111108さん

      コメントありがとうございます!レビューも読みました〜!
      母と娘の確執がしっかり描かれているの、確かに有吉佐和子さんみですね。家への執着の象徴が紀ノ川という解釈も、すごく腑に落ちてなるほどー!と思いました。
      花と文緒の噛み合わなさ、面白いですよね。文緒のじゃじゃ馬っぷりが魅力的でもあり、花が気の毒でもあり…。
      2024/04/07
    • 111108さん
      ロッキーさん♪
      お返事ありがとうございます!
      何言ってるかよくわからないレビューも受け止めていただき嬉しいです。有吉佐和子さん本当に引き寄せ...
      ロッキーさん♪
      お返事ありがとうございます!
      何言ってるかよくわからないレビューも受け止めていただき嬉しいです。有吉佐和子さん本当に引き寄せ力すごいですね。
      ロッキーさんはakikobbさんおすすめの『櫛挽道守』さっそく読まれてましたね。私も木内さんを‥と思いましたがその前に、皆さんとお話しした時に出てきた山崎豊子さんの『女系家族』読んでこの本と比べてみようかと思ってます♪
      2024/04/07
    • ロッキーさん
      『櫛挽道守』、良い作品でした!『茗荷谷の猫』もぜひ読みたいと思っています。さっそく読まれてましたね。
      山崎豊子さんの『女系家族』もとても気に...
      『櫛挽道守』、良い作品でした!『茗荷谷の猫』もぜひ読みたいと思っています。さっそく読まれてましたね。
      山崎豊子さんの『女系家族』もとても気になっています。111108さんの感想楽しみにしています♫♪
      2024/04/08
  • 有吉さんが20代後半の作品とは驚くばかり。
    明治・大正・昭和に祖母・母・娘女性3代がそれぞれ時代を生き抜いた様子を20代の女性とは思えない成熟した視点で描かれた作品だった。

    女性はかくあるべき。
    長男はこういうもの。
    次男は家を継がずに分家する。
    長男の嫁は跡継ぎの息子を生むのが至上の役目。

    今の時代ではすでに埃を被ったような性別の役割や在りよう、或いは伝統的な家族観こそが、「人の幸せ」と信じられ疑われることがなかった過去。

    そうではない見方やあり方もあるのかもしれないと発想されることもなく、各々が生まれついた家の格式や、性別、家族の役割によって、不文律ながらも規定され、人々はその通りに役割を果すことこそが、手にできる「幸せ」だと信じていた。

    祖母、母、その娘と時代が変遷していくにつれ、その「当たり前」と信じられていた伝統的な家族観や役割が少しずつ変わっていく様子が面白い。

    決してことの善悪ではなく、自分にとって不都合であったり、不満であることを克服するよう自ら新しい道を切り拓いていく女性たち。
    ここが有吉さんの作品に登場する女性像に惹きつけられる所以かもしれない。

    種々の解説によるとこの作品は有吉さんご自身が娘「華子」のモデルであり、幼少期にインドネシアに駐在したのも実体験とのこと。

    自分に近い人々や自分自身を描く際に過剰に感傷的にならず、没入することなく、登場人物たちと比較的距離を取りながら、スパッと描かれる筆致が気持ちよい。

    最近では死語になってしまったような表現や事実も時代背景を感じられ、辞書を引きながら考えを巡らせることができる。

    ・「婦徳に悖る」:女性としての義務に背くの意
    女性がこうあらねばならないという目に見えない役割やあり方が強固であったことが理解できる。

    ・家督を継ぐのは長男の役割で、次男以下は分家や婿入り。明治時代長男は兵役を免れたとのこと。
    従って長男の嫁が妊娠出産しないことは「石女うまづめ」と呼ばれた。ひゃ~!
    「家を守る」ことがいかに重要視されていたかが伺える。

    日頃息苦しさを感じるような社会的因習は江戸や明治時代に遡ることができそうだ。
    文中にあったT.S.エリオットの言葉
    「我々は伝統という言葉を否定的な意味でしか使うことができない」
    否定することで、また「伝統」というものが出来上がっていく。否定の重なりこそ「伝統」。

    和歌山に実在する紀の川のように、人生も時代も蛇行し、小さな流れを含有し、纏まった一つの流れとして最後海にそそぐ。
    宮本輝さんの『流転シリーズ』のように、俯瞰した人生観、世間のようなものを感じられる1冊でした。
    いや~、有吉さん生き急いだんだなあ。

  • 明治時代に和歌山に生まれ育った花を中心に、子の文緒(大正)、孫の華子(昭和)を通して、時代の移り変わりを描いた作品。
    私の義実家は和歌山なので、話言葉や食べ物(駿河屋のまんじゅう、富有柿)、地名(岩出)和歌山城やぶらくり町が聞き覚えがあるもので、読んでいておもしろかったです。
    私は強い女性の話が好きなので、この小説は大好物でした。
    主人公の花は明治時代の女性の見本のような、夫をかいがいしく世話するように見えて自分の野心のために動かすような女性(に見えました)。
    その母を反面教師とした文緒は、「女性でも自立していく時代だ」と大口を叩きながらも、実家のお金を頼りにする女性。
    孫の華子は、花の隔世遺伝を受け継いでいるような女性。花に親しみを感じ、受け継がれてきたものを客観的に見ています。

    女性が直接的に社会に出ていないながらも、家の中のやりとりを通して、間接的ながらも社会に貢献してきたこと、こまごましたやりとりを通して考えが次世代に繋がっていくさまが描かれていておもしろかった。

    「原始社会の母系家族は自然やったんやと思いませんか。いざとなって頼るのは、男の家やのうて、女の実家方ですよ。」
    紀本家の豊乃から、花へ、そして文緒から自分へと確かな絆が力強く繋がれて、花の胸の鼓動が直に華子の胸に響いているのを、華子は感じたのだ。

  • めちゃくちゃ面白かった。
    第1章が終わり、第2章が文緒が女学生になったところから始まることに気づいた時点で「文緒が女学生になるまでに何があったかも教えてよ!!花の視点を共有してよ〜!」と駄々をこねたくなった。

    内孫、外孫、長男がどう、と家父長制的な視点を持つ花に対し、文緒が「実際に深い交流があるのは外孫ばかりではないか、母系家族は自然だったのではないか」と訴えるシーンは特に印象に残った。
    母と娘が反発し合いながらも、宥和できる部分は時間をかけて宥和し、その様子を見る孫娘は祖母に対して親近感を持つ、という描写は、そうやって昔から連綿と命が続いてきたのだなと思わされた。
    一方で、晩婚化や出産の高齢化、核家族化が進むいまでは、祖母と孫娘の距離はこの作品ほどは近くないのだろうなと少し残念に思った。

  • 私にとって5作目の有吉作品。
    年代やタイトル、装丁などから難しいのでは、ちゃんと読めるのかとなかなか手を出せなかったのですが、取り越し苦労でした。

    なんて面白い。もうすっかり有吉佐和子のファンです。

    馴染みのない言葉遣いと知らない地名で序盤は読むのに時間がかかりましたが、知識欲だけでなく、物語として最後までおもしろく、読み終えた後の余韻も楽しめました。

    戦争や親族の死など事実を並べると大きな波が何度も起こっていますが、波乱の熱ではなく、常にあたたかい温度が感じられるような気がしました。
    花の優雅さや容姿凛然なところがそう思わせたのか、紀州弁がそう思わせたのか…?

    有吉佐和子さんはキャラクターは違えど、どの女性もそれぞれに逞しくて芯の強い魅力のある女性を描くところが好きです。
    だから弱っていくところを見ると本当に切ないし儚いし、自然の摂理であることを痛感します。
    人の一生と世代が流れていくさまを紀ノ川となぞらえているところも心を掴まれました。

  • おそらく、本で読んだだけならここまで強烈に印象に残ることはなかったことだろう。
    毎朝のNHKの朗読で一回、それを録音で収録したものでもう一回。初夏のウォーキングのなかで聴いた。
     柔らかな紀州訛りと、もう失われた少し遠い時代の生活や言葉を背景に、“真谷のごっさん”花の見つめた世界に同化しながら浸った。

     そして、もう一回この手にしている本で三度目の『紀の川』を渡った。
     三度ともなれば、すべてがもう知り抜いた既知の世界。展開も、台詞も文字を目が追う前に既に知れている。
    ただ味わった。もう一度この心地よさを。

     何が心地よいかって?
    それは花の“美しさ”だ。小説のなかでも、その美貌を表現する箇所はあるが、それだけでは私の心は動く筈はない。
     豊乃に英才教育されて身につけた教養と躾、身のこなし。それだけでもない。
     それらと彼女の生きた運命が化学反応して発光する輝きが、孫娘華子(有吉佐和子)によって見事に描かれているのだ。
     絵画に描かれた女性に恋する青年の気持ちと同じだ。
    もう、現実には存在し得ない、失われた“美しさ”だ。

  • 「存在そのものに説得力があり、場の空気を支配してしまう人種」というのがいる。主人公の花はそういう性質の人間だと思う。 美しく、教養があり、出しゃばらず、凛としている。周りの人間は知らず知らずの内に、花の思い通りに動いてしまう。花を、小さな川を飲み込んでおきながら表向きは優雅にたゆたう紀の川の様子に例えた部分が素晴らしかった。そんな花も、最後は大きな時代の流れに飲み込まれ、次第にうまく立ち行かなくなっていく。 読了後しばらく、とてつもなく大きなものに取り込まれてしまったような気分になり、茫然としてしまった。

  • 冒頭は昼ドラのようなチープな物語にも思えたが、主人公の花が紀ノ川のように静謐でありながら何もかもを流れに引き込むと言ったようにして読者も太い本流に含まれる。 家霊的とは否定的に響くが、実は伝統を知り、本物を知り、確固とした信念を持つことだった。

    本物を知る者だからわかる衰退の前に、苦悩する姿が描かれている。
    最近の流行の小説ならば義理の弟との不倫も描かれそうなものだが、それがない。それはこの時代の女の信念や尊厳かと思う。自分を抑えに抑えてる人生を全うした女性の姿。欲望に身を任せるのは案外、容易いことかも。

    読み始めは方言による記述がとても読みづらかったが、だんだんとそれが美しく感じられてよかった。

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著者プロフィール

昭和6年、和歌山市生まれ。東京女子短期大学英文科卒。昭和31年『地唄』で芥川賞候補となり、文壇デビュー。以降、『紀ノ川』『華岡青洲の妻』『恍惚の人』『複合汚染』など話題作を発表し続けた。昭和59年没。

「2023年 『挿絵の女 単行本未収録作品集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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