無所属の時間で生きる (新潮文庫)

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著者 : 城山三郎
  • 新潮社 (2008年3月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101133331

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無所属の時間で生きる (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 山元さん オススメの本
    2回目はいいかな…

  • ■時間

    A.4 つの時間
    ・真珠の時間:仕事のアイディアを練る、深夜の時間
    ・黄金の時間:仕事上のゴールデン・アワーとなる、9 時頃から1 時過ぎまでの時間
    ・銀の時間:資料調べや下書きなどをする午後の時間
    ・珊瑚の時間:新聞や郵便物に目を通したり、仕事とは関係のない本を読んだりする、夕方以降の時間退職後の自由時間の大きさにおびえる人もいるが、こうして分割すると、1 日という単位も相手にしやすい。

    B.戦後最大の財界人、石坂泰三は、出張の際、「空白の1 日」を日程に組み込んでいた。そしてその1 日を、どこにも属さない1 人の人間として、ただ風景の中に浸っていたり、散歩したりして過ごした。こうした無所属の時間は、人間を人間としてよみがえらせ、より大きく育て上げる時間といえる。

  • 故城山三郎氏は私の好きな作家の一人である。氏が描く男はどれも漢であり格好いいのだ。
    本書は、城山氏自身が「無所属」というキーワードを軸に書き溜めたエッセイである。城山氏は約10年間の大学教員時代以外はフリーの経済作家として、いわば社会的に無所属の立場で過ごされてきた方である。

    本書にて城山氏の造語が二つ、紹介されていた。

    ひとつは「一日一快」。一日にひとつでも、爽快だ、愉快だと思えることがあれば、「この日、この私は、生きた」と自ら慰めることが出来るということである。私も仕事などで凹み、ぐったりして帰宅することがあるが、そんなときに道端に咲く花が素敵だったり夕焼けが綺麗だったりすると、爽快に感じて疲れを忘れることがある。

    もうひとつは「珊瑚の時間」。一日を振り返って、どう見ても快いことがない場合の奥の手という位置付けである。晩餐後に短時間でもよいから寝そべって好きな本を読み、眠りに落ちていくというものであり、私も実践している。「今日は何ひとつ良いことがなかった、何をやっても上手くいかなかった」という日でも好きな本を読んだり、DVDを観賞したりしながら酒を飲むという至福の時を過ごすことがある。今後、私も「珊瑚の時間」と呼ぼう。

    本書で手に取ることの出来る城山氏の人柄の温かさは、生き馬の目を抜くような経済小説を書いてきたとは思えないほどである。読んでいてホッと心温まる内容だった。今度、久しぶりに城山氏の経済小説を読んでみよう。

  • 無所属であるということは、自分を直に見つめる機会にあるということである。
    いかに生き、いかに精神的な満足(あるいは不満足じゃない)を得られるのか…
    作家となり数十年来、無所属であることを節目節目で振り返る。
    三十代、四十代、五十代、六十代…
    一日の中でも自分の時間をいかに生きるかで、それは大きく変わるのだから。

    “ほぼ完全な無所属の時間の中に、同じように居てどう生きたか、自分をどう生かしたか。
     その差がはっきり顔つきに出てくる”

    のだから、それはとても怖いものだ、とも著者は言う。

    “この日、この空、この私”

    一日一快、その日生きたと思えるような、そんな生き方ができればよいのだろう。
    自己を客観的に見つめ、真っ当な組織社会との接点に己の生き様を映し出そうとする、
    そんな珠玉のエッセイだ。

  • 身辺雑記のような城山三郎のエッセイ。妻に対して「〇〇させる」って表現してたり、巷のかしましいご婦人たち、女子高生たちへのミソジニーっぷりとか、旧人類男性だなと思うんだけど、そうした強気ないっぽうで彼の日常や心象のなかにやさしさや弱気やシャイっぽい部分が存在する。こんな男っていいかもね、とも思った。
    本書は「無所属の時間で生きる」という。「無所属の時間に」とか「無所属の時間を」じゃないんだよなあ。そうすると恒常的に無所属という感じがするかなあ。確かに彼は、フリーの文筆家だからこういう表現になるということか。いずれにせよ、無所属の自分だけの時間でこそ、生きる、生かされるということだろう。
    そもそも手に取ったのが、「組織の歯車たちよ、そこから離れた時間(余暇とか退職後)のことも考えよ」といったことをきわめて常識でうるさ型のジジイが教訓的に語ってくださるのかと思ったからだった気がするんだけど、そういう本じゃなかった。彼自身も、経済小説の先駆者という認識から商社や銀行など企業上がりの人かと思っていたけど、そうじゃなくて大学教員から文筆家に転身したという人だった。びっくり。
    そういえばこの人、『そうか、君はもういないのか』とか、確かに彼なりの優しい気持ちをもった人みたいだもんな。
    改題前の書名には「この日、この空、この私」とついていて、この言葉が書中にも何度か出てくるんだけど、この言葉もやさしくさわやかでいい言葉だ。実は「この日」も「この私」も結局はいまそのままいるしかない、連続性の範疇のことだと思う。でもこれに、「この空」という言葉が加わって三拍子そろうと素敵なフレーズになるんだよね。そらを見上げる心の余裕とか、そこから目に入る空の広さや高さ、青さを感じさせる。

  • 肩書から意識的に離れて、自分自身の時間を過ごすことの大切さをつづったエッセイ。

    出張時に空白に一日を作る、という点は実行してみたい。

  • 来年からは無所属。
    フリーランス、プータロー、フリーター。
    1つ目以外の言葉の弱さはなぜなのか。


    どれにせよ、どう生きるか、どう在るかが
    充実につながる。

    絶望と希望は常に心の中に。

  • 1999年刊。2002年文庫化。2008年再文庫化。
    執筆時点の著者は70歳。

    【引用メモ】
    ふだん縁のない町へ出かけ、交通機関の乱れや先方の都合などで、ぽっと時間が空いたときには、何か思わぬ広いものをした気がする。そこには、真新しい時間、いつもとちがうみずみずしい時間があり、子供に戻ったような軽い興奮さえ湧く。おそらく、それが人間をよみがえらせるきっかけの時間となるからであろう。(p.19)

    無所属の時間とは、人間を人間としてよみがえらせ、より大きく育て上げる時間ということではないだろうか。(p.20)

  • すごーく面白いと思う話と、全く共感できない話との落差が大きかったのは、やっぱりジェネレーションギャップ?全体的に大変読みやすくすんなり入ってくるだけにむむっと思ってしまうのかも。でも読んで良かったとは思えます。図書館リサイクルに置いてくれた方、ありがとうっ。

  • どこにも関係ない、どこにも属さない一人の人間としても時間、それは、人間を人間として蘇らせ、より大きく育て上げる時間となろう。
    「無所属の時間」を過ごすことで、どう生き直すかを問い続ける著者である。

  • 「一日一快」

    *~本書の引用~*
    一日に一つでも、爽快だ、愉快だと思えることがあれば、それで、「この日、この私は、生きた」と、自ら慰めらることができるのではないか。
    つまり、これは私の造語だが、「一日一快」でよし、としなければ。事実、一日を振り返って、悪いことばかりというの日は、むしろ少ない。
    それでも、どう見ても快いことが無いというなら、奥の手がある。
    本書に記した「珊瑚の時間」、つまり晩餐後に、寝そべって好きな本を読むことである。短時間でもよい、好きなだで読み、眠りに落ちる。

  • 無所属の時間の中に成すこともなく置いておかれるのか、無所属の時間でどう生き直すか生を充実させるか、を探ってみたい。

    一日の時間帯に名前をつけ、何をして過ごすかを決める。急にでかけることが癖になっている。
    作家として、もともと多く持っていた自由時間の過ごし方、参考にさせていただきます。

  • お叱りの手紙

    日帰りの悔い
       その空白の一日、石坂は二百とか三百とかの肩書をふるい落とし、どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間として過ごした。~おそらく、それが人間をよみがえらせるきっかけの時間となるからであろう。
       永井龍男さんは~とくに短編に名作が多く、「青梅雨」などは、日本の短編ベスト・スリーにでも  入れたいほど。

    子猫とナポレオン

    慶弔積立金

    ヴェネツィアと黒衣

    組織を超え、光の中へ

       砲兵中佐渡辺康夫の死、享年わずか三十。

    自分を見物する心

    東京での一日

    一日四分割法

     「眠るのにも体力が要る。その体力がなくなったということですよ」
     私は深夜のこの時間を「神授の時間」あるいは「真珠の時間」と呼んでいる。

     作者は一日を大きく4つにわけ 語呂合わせで 真珠の時間 黄金の時間 銀の時間 珊瑚の時間  と呼んでいる。

    途方もない夢

    熱い拍手

    どん尻が一番

    渡世の掟

    いまの世の仙人たち

    にがい笑い

    パートナー志願

    ハッダと冷麦

    箱根の夜は更けて

    旅さまざま

    三十代最後の年には

     無所属の身である以上、ふだんは話相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に激をとばし、自分に声を掛ける他はない。

    この日、この空、この私

     自分だけの、自分なりに納得した人生  それ以上に望むところはないはずだ。 
     人生の持ち時間に大差はない。問題はいかに深く生きるか、である。

    四十代最後の年に

    ハート・トラブル

    冬を送り出す

     「例年なんてものはない。一年一年がちがうものなんだ」

    四十代最後の年に(続)

     その四十代の果てに、「毎日が日曜日」を書いた。

    人間の奥行き

     孜孜営営

    五十代半ばにて

     この親友の名は、伊藤肇。

    アラスカに果てた男たち

     クリス
     星野道夫

    人生、当たり外れ

    六十代をふり返る

    湘南、二十四時

    ある朝、東京で

    孫の来る家

    楽しみを求めて

    定住意向

    あとがき

     つまり、これは私の造語なのだが「一日一快」でよし、としなければ。

    解説 高杉 良

     あとがきによれば、執筆(連載)は「一冊の本」(朝日新聞社のPR誌)1996年4月号~1999年3月号。著者69歳から72歳までの晩年の作品。内容は実に若々しい。

     11月16日から12月5日にかけ、毎日一、二編くらいを読み続けて読了。また読みたくなると思う。

  • 一日一日を私はどのように過ごしたいのか考えるいいきっかけをもらった。変わりない毎日を送っていると思い込んでるけど、実は一日一日違うんだよなあ。いろんなことを私は見過ごしているような気がする。
    一日に一つでも愉快だと思えることがあれば、この日私は生きたと思える。もしどうしても愉快なことがひとつもなければ、奥の手がある。寝る前に好きな本を読んで眠りにつくのだ。この『一日一快』の考え方に気持ちが楽になった。人生もっと楽しまないと♪

  • 何にも縛られない自由な時間をどのように過ごすか。
    How to本ではなく、気持ちの持ち方が書かれている。
    楽しむことは見聞を広めたり、深めたりすることだと教えてもらった。
    そしてこれは、退職者よりもずっと若い、これから社会に出て行く人こそが実践できれば幸せな方向に進むための、道しるべなのかもしれない。
    ぼくも同じような立場だから、共感するところが多かった。

  • 私、城山氏が何かの本で紹介していた「静かに、健やかに、遠くまで」という言葉がとても好きなんですが、この本でもたくさんの素晴らしい言葉に出会えました。


    久しぶりに感想が難しい本。
    随筆(集)という事もあって、1冊を通しての感想というのはとても難しい。
    (↓感じるところはたくさんあるのですが、うまくまとめられません。。。。)


    「無所属の時間」とは「どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間としての時間」。
    そして「それは、人間を人間としてよみがえらせ、より大きく育て上げる時間となるだろう」という意味。

    たとえば「ふだん縁のない街へでかけ、交通機関の乱れなどで、ぽっと時間が空いたときは何か思わぬ拾いものをした気がする。そこにはいつもと違うみずみずしい時間があり、子どもに
    もどったような軽い興奮さえわく。おそらくそれが人間をよみがえらせるきっかけの時間となるからであろう」(本文)

    城山氏の人生観というか、人生論をつづった随筆。

    1927年生まれの城山氏が、人生観、人生論、時間の過ごし方、生き方を綴った内容ですから、とても骨太な内容という印象。
    知人・友人の作家、財界人、政界人、文化人などとの思い出やエピソード、そして私生活でのちょっとした出来事を交えつつ綴った内容。そして何より出てくる言葉が素晴らしい。

    学術・文化の薫りが高く、粋で、とても自由で、そして重みがあります。
    かといって説教臭く無いところがいいんですよ(笑)
    石原慎太郎氏がゲーテ(雑誌)で連載しているエッセイに似た雰囲気がします。
    こういうのを読んでしまうと、巷のビジネス書(時間術、生き方系)の本はやはり「チャラく」感じてしまいます。
    ビジネスについては書けても、その他の事について言及している内容のものは皆無。



    城山氏と友人のこんな会話が紹介されていました。

    (城山)「君も定年まであと5、6年か」
    (友人)「実質的にとっくに定年だ。40代の終わりからはもう死に体も同然さ」


    それとか

    「この日、この空、この私」という言葉。

    久しぶりにいろいろな事を考えさせられる内容の本でした。
    (30代後半以降の人向けの内容でしょうね)

  • 城山三郎の生き方がゆっくり、じっくり伝わってきました。
    「この日、この空、この私」
    毎日を大切に生きていきましょう!

  • 毎朝、所属する時間に向かう通勤時間で読む「無所属の時間」。。

    結構しんみりするときも、
    スイッチ入ってみるときも、

    所属する時間には裏切られたりもするけれど、

    自分自身である時間を作ってみようと思う、一冊でした。

  • 本文もさることながら、あとがきに魅せられました。
    一日一快、素敵な言葉です。

  • 無所属でいるには、よりいっそう、核として、行動のよりどころとして、自分という軸がしっかりしていなくてはならないのかもと思った。

    城山さんの尊敬する人物や偉人のエピソードがおもしろい。

  • 昨年他界された城山爺さんによる、生き方にまつわるエッセイ集。流れるように読みやすくも刺さる文体は、読んでいて心地よい。けれど、まるで自分の父親の話を聞いているよう、というのも2~3歳程しか違わないから、かもしれない。

    渋沢栄一をモデルにした小説や石田禮助についてのノンフィクション等、氏のいわゆる経済小説なるものは、学生の頃には結構読んでいた。でも年を経ていわゆる「偉人伝」よりも「市井の名もなき人々の物語」の方に興味が移ってきたからか、氏の本からは遠ざかっていた。追悼の意味で読んだけれど、心地よすぎて実は何も残らないことが分かった(笑)。まー私のまわりには、自分も含めて結構「無所属な人」が多かったりするので(笑)、参考まで。(←何の?)

  • 城山三郎。品格ある日本人。読んだ後、とても上質なコーヒを飲んだ後の感覚。とても自然体に、求めない生き方、自然体の生き方。もっと城山三郎の本をまた読みたくなった。「この日、この空、この私」といった気持ちで行きたくなったという、その一節、同感できた。自然体に生きる重要性が日増しに強くなってきた。相手に「求めない」も同じであろう。

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無所属の時間で生きる (新潮文庫)の作品紹介

どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間としての時間-それは、人間を人間としてよみがえらせ、より大きく育て上げる時間となるだろう。「無所属の時間」を過ごすことで、どう生き直すかを問い続ける著者。その厳しい批評眼と暖かい人生観は、さりげない日常の一つ一つの出来事にまで注がれている。人と社会を見つめてきた作家の思いと言葉が凝縮された心に迫る随筆集。

無所属の時間で生きる (新潮文庫)はこんな本です

無所属の時間で生きる (新潮文庫)のKindle版

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