松風の門 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101134239

感想・レビュー・書評

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  • 短編集。
    「松風の門」
    八郎兵衛はかつて神童と呼ばれていた。だが藩主の息子の遊び相手を勤めていた際に誤って片目を失明させてしまう。以来、才気も見せず忘れられた存在となっていたが、農民たちの一揆が起ころうとしている時、八郎兵衛は単独で首謀者を斬り殺すことで事態を収束し、腹を切った。主君の片目を奪ってしまった償いの機会を待ち続けていた八郎兵衛の忠義とそれを知る人々の心情が胸に迫る。

    「鼓くらべ」
    大店の娘お留伊は鼓の名手として知られていた。御前での鼓くらべに向けて練習に励んでいたが、ある老人と知り合うことで己の慢心や競うことの愚かさを知る。

    「狐」
    天守閣に妖怪が出る。乙次郎はその原因を解明することを命じられる。天守に泊り込んだ乙次郎は密かに買い入れた狐を退治して見せることで災いは去ったと周囲を安堵させ、本来の原因であった天守の修繕を勧める。いい夫婦。

    「評釈堪忍記」
    短気で知られた千蔵は堪忍袋の紐の締めどころを心得てからは他者と揉めることなく過ごしていた。しかしそれも限界を迎え…。コミカルな話。

    「湯治」
    おたふく物語三部作の三作目。おしずとおたかの姉妹には栄二というろくでなしの兄がいた。不意にやってきては世の中のためと言っては家から金を持ち出す。おたかの嫁入りのために仕立てた衣装すら質屋に持ち込まれそうになり、おしずが兄を責め立てるシーンがつらい。去って行った兄を追ってしまうおしずの姿に切ることの出来ない肉親の情が感じられた。

    「ぼろと釵」
    あたしつうちゃんよ。そう言った幼馴染を男は忘れられずにいた。男はかつて住んでいた辺りの酒場で女を探していると周囲の客に語る。男の語る清純そのものといった女の姿に、客達はあれは強かな女だったと異を唱える。落ちぶれて売女となっていたお鶴は、その店の小座敷で酔い潰れていたのだ。しかしかつての面影を見出した男は嫌悪することなく、垢じみた女との再会を噛み締め、肌身離さず持ち続けたお鶴の釵を見せる。男は女を連れ帰り、店の中は静けさに満ちる。情愛という言葉が浮かんだ。

    「砦山の十七日」
    哲太郎は藩政のために同志七人と立ち上がる。しかし事態は急変し、騒乱の主謀者として追われる立場となる。危険を知らせに来た婚約者と共に砦山に立て篭もり、使者に発った仲間の帰りを持つ。だが仲間の中に己の命を狙う者がいると知り…。

    「夜の蝶」
    お幸という狂女がいる。居もしない赤ん坊を抱いて近所を徘徊するが、住人達も憐れんでか皆が揃って話を合わせてやっている。酒場の客達が旅の男にお幸の事情を語る。お幸は麻問屋の娘で、婿となるはずの手代が店の金を持ち逃げしたことで狂ったという。しかし麻問屋に勤めていたという客のひとりは否定する。手代の高次はそんなことをする男ではない。主人に心からの恩を抱いていた、死に恥を晒させないためにそんな芝居を打ったのだと。それを聞いていた旅の男の正体は…。

    「釣忍」
    天秤棒を担ぐ定次郎は、大店の息子だった。だが腹違いの兄に跡目を継いでほしいためにわざと勘当されるほどの乱行を繰り返した。勘当後は女房のおはんと幸せに暮らしていたが、兄に見つけられてしまう。勘当後の真面目な生活振りに弟の思いを知った兄は定次郎を連れ戻そうとする。切ない終わりだが、いつか理解し合えたらいいな。

    「月夜の眺め」
    武者話をする伊藤欣吾とそれを肴に酒を呑む男達。嫌われ者の下っ引きを皆でやりこめる話。

    「薊」
    鋳太郎の妻おゆきは同性愛者だった。そのことを知らぬ鋳太郎はおゆきとの生活に苛立ちや疑問を貯めていく。そうして死を選ぶ妻を止める手立てもなく…。

    「醜聞」
    功刀功兵衛はかつて妻に密通の末に逃げられた。恥とならぬよう病死と届け出ていたが、ある日その元妻のさくらが乞食同然の姿で現れ、金を強請る。さくらは功兵衛を人間である前に侍であると言い、人間らしさや愛情がないと責める。厄介で醜悪な存在だったが、さくらの登場によって現在の妻ふじへの思いやりが持てるようになったのでよかった。

    「失恋第五番」
    千田次郎は社長の息子であり、会社に在籍してはいるもののいつも気侭に暮らしているが、かつて特攻隊を送り出す立場だった痛みを抱え続けていた。同じ傷を抱える戦友に誘われ、死んでいった若者たちのためにも、「特攻くずれ」達が起こす犯罪を阻止すべく酒神倶楽部(バッカスクラブ)に加入する。

  • GWの台湾旅行中に読んだ本。
    海外旅行行く時には山本周五郎と決めてます。
    ウソです、海外旅行初めてだったし。
    まぁでも海外にかぎらず旅行のときに周五郎持ってくのは割りと習慣化しています。

    周五郎の本は特に順序も決めずに、
    中古屋で見つけたものを適当に買って読んでるんだけど、
    外れがないですね。

    期待通りの面白さ。

    もう社会人3年目か、、、とか
    また年取るのか、、、とか
    今まで何やってて、これから何やってこうかな、、、とか

    別に今に限ったことじゃなくいつも考えてはいるんだけど、

    周五郎の小説を読むと

    人生まだまだなげえな、と慌てる自分を諌める気持ちになったり
    もっとまじめにしっかりやんなくちゃ、と日々の生活を改める気持ちになったり

    とか、

    人生について考えてみたり

    とかね、そんなこんなを考えます。

  • 中学生の時「鼓くらべ」を読んでから、ずっと山本周五郎氏の小説が好き。芸術とは比べたり競うものではない、というところが共感できた。
    何度読んでも、娘が老人の言葉を思い出して鼓をやめてしまうあたりから胸が熱くなる。
    私の人生観を変えてしまった。

    他の短編もどれも良い。

  • 山本周五郎の短篇小説集『松風の門』を読みました。
    『日日平安―青春時代小説』に続き、山本周五郎の作品です。

    -----story-------------
    幼い頃、剣術の仕合で誤って幼君の右眼を失明させてしまった俊英な家臣がたどる、峻烈な生き様を見事に描いた“武道もの”の典型「松風の門」、しがない行商暮しではあるけれども、心底から愛する女房のために、富裕な実家への帰参を拒絶する男の心意気をしみじみと描く“下町もの”の傑作「釣忍」、ほかに「鼓くらべ」「ぼろと釵」「砦山の十七日」「醜聞」など全13編を収録する。
    -----------------------

    1940年(昭和15年)から1964年(昭和39年)に発表された作品13篇が収録されています… 『失恋第五番』だけは、時代小説ではなく、現代小説です。

     ■松風の門
     ■鼓くらべ
     ■狐
     ■評釈堪忍記
     ■湯治
     ■ぼろと釵
     ■砦山の十七日
     ■夜の蝶
     ■釣忍
     ■月夜の眺め
     ■薊
     ■醜聞
     ■失恋第五番
     ■解説 木村久邇典

    山本周五郎の短篇は、安定した面白さですね… そんな中で印象に残ったのは、

    藩主・宗利の幼少時に剣術の仕合で右眼を失明させたことを償うための決死の奉公… 池藤小次郎の忠義の行動に静かな感動を覚える『松風の門』、

    伯父の厳しい忠告により堪忍することを宗とした癇癪もちの青年が、周囲から軽蔑されるが、悶々の挙句、ついに堪忍袋の緒を切って、自身の自主性を取り戻すクライマックスが爽快感な『評釈堪忍記』、

    性格の異なる、おしずとおたかの姉妹の鮮やかな性格描写、世直し運動家と称する兄・栄二の両親の扱い… 家族への複雑な思いを描いた『湯治』、

    保守派の家老を斬って隠し砦に立て籠った青年武士たちの極限状況における17日間の微妙な心理を揺れ動きをテーマにしたサスペンス色の強い『砦山の十七日』、

    著者が"一場面もの"と名付けた作品のひとつで、市井の生活の一場面を切り取り、舞台劇を観ているような展開が新鮮な印象を与え、深い余韻を残す『ぼろと釵』と『夜の蝶』、

    肉親への愛情を断ち切って裕福な実家への帰参を振り捨て、しがない棒振りの暮らしを選ぶ心意気が爽やかな下町モノ『釣忍』、

    かなぁ… 読めば読むほど、味わいが深くなる山本周五郎の作品、次も読んでみようと思います。

  • 45年前に出された13編から成る山本周五郎の短編集。昭和15年から39年にかけて編まれた武家物 町人物とバラエティーに富む内容です。時代小説はいつまでも色褪せないので その意味では作り手にとっても取り組み易いジャンルかも知れないけど力量の問われる分野でもありますね、日本人の琴線に触れることが多いジャンルだけに。山本周五郎は安定の作り手でした。

  • 壮烈な心と凄絶な生き方を描いて周五郎の右に出る者はあるまい。この作品を発表した2年後には天下分け目のミッドウェー海戦があり日本軍の敗色が濃くなる。八郎兵衛夫婦のやり取りと比べれば、宗利と相談役の朽木大学の会話は宗利の底の浅さが露呈している。江戸300年の安定した歴史は主従の関係を絶対化したものだ。
    https://sessendo.blogspot.jp/2018/04/blog-post_29.html

  • 名もなき江戸庶民の物語は波乱万丈。喧々諤々な展開にハラハラさせられたかと思うと、最後あっと驚く結末。それがハートウォームゆえにどの作品もはまる。釣忍は最後の一文でホロっときた。

  • 短編集。
    山本周五郎は老後まで取っておくつもりだったが、中年にして読み出してしまった。
    まぁ、最近記憶力減衰しているので、四半世紀後には忘れていることでしょう。

  • 山本周五郎を立て続けに読んでるのだが,僕の好きなのは下町物より武家物だな.ただし本書の中での一番のお気に入りは「鼓くらべ」である.鼓くらべで相手を打ち負かすことしか頭になかった娘が本当の芸術の意味に気がつくおはなし.「醜聞」は武家物なのだが,話の骨幹は実は「鼓くらべ」と同じである.

  • 一度読みたいと思っていた山本周五郎の短編集。時代ものが中心だが、一つだけ現代ものが掲載されている。どの話にも、忠義、孝心、覚悟、家族愛、友情、知恵などが盛り込まれており、読んでいてとても気持ち良い。師走に読むに相応しい、日本的なものの良さ、美しさが感じられる。

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著者プロフィール

山本周五郎(やまもと しゅうごろう)=1903年山梨県生まれ。1967年没。本名、清水三十六(しみず さとむ)。小学校卒業後、質店の山本周五郎商店に徒弟として住み込む(筆名はこれに由来)。雑誌記者などを経て、1926年「須磨寺付近」で文壇に登場。庶民の立場から武士の苦衷や市井人の哀感を描いた時代小説、歴史小説などを発表。1943年、『日本婦道記』が上半期の直木賞に推されたが受賞を固辞。『樅ノ木は残った』『赤ひげ診療譚』『青べか物語』など、とくに晩年多くの傑作を発表し、高く評価された。 

解説:新船海三郎(しんふね かいさぶろう)=1947年生まれ。日本民主主義文学会会員、日本文芸家協会会員。著書に『歴史の道程と文学』『史観と文学のあいだ』『作家への飛躍』『藤澤周平 志たかく情あつく』『不同調の音色 安岡章太郎私論』『戦争は殺すことから始まった 日本文学と加害の諸相』『日々是好読』、インタビュー集『わが文学の原風景』など。

「2023年 『山本周五郎 ユーモア小説集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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