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みんなの感想・レビュー・書評
日本文学史上の名作とされる「楢山節考」。しかし期待に反して表題作は特別面白いとは感じなかった。良くある昔話というくらいの印象。もちろん上手いが。 ここではむしろ、この中に収録されている「東京のプリンスたち」という作品をお薦めしたい。これがすっかり中原昌也なのだ。あるいはボリス・ヴィアン。 音楽喫茶に集まる若者たちの、上すべりする会話。デートを「デイト」と表記してあるだけでもう面白いのだ... 続きを読む »
あっけらかんとした視点、描写でありながら、人間が生きていくことの楽しみ、おかしさ、苦しみ、哀しみをすべて内包したような短篇群に瞠目。
姥捨て山はもう廃止になったけど社会から見れば存在したほうが回りはよくなるはず。老人ホームという姥捨て山はまだありますけどね。
個人的にはいろんな意味で印象的な作品です。姥捨を題材にした棄老伝説であり、近代の中心的思想とは全くの対蹠的地点にいる深沢氏のアンチヒューマニズムが明瞭に読み取れる作品。選考に当たった三島由紀夫や武田泰淳、伊藤整らを驚嘆させた当時新人作家。扱っているテーマも衝撃的ですが、クライマックスである神の住む楢山に母親を捨てにいくシーンでは、ニヒリズム的な氏の心理描写の中にも肉親の情愛の交感が率直に表現されていて感銘を受けました。
何となく借りて読みました。この前読んだ山下清の本にこの人との対談があってちょっとびっくりしました。
表題作は読んだことがありました。最後、雪が降って来たな、とそれだけを伝えに戻る所はよく覚えてました。それにしても息子とその嫁のラストが生々しいです。確かにこの人はこの作品だけで良いかもしれない、と他2篇を読んで思いました。
三葛館一般 913.6||FU
1958年映画化 監督:木下慶介
キャスト:田中絹代、高橋 貞二
1983年映画化 監督:今村昌平
キャスト:緒方拳、坂本スミ子
カンヌ国際映画祭でパルム・ドール、第7回日本アカデミー賞を受賞。
2度映画化されています。
姨捨山伝説を元にした作品で、超高齢化社会に生きる日本人にとって、年を重ねるとはどういうことかを考えさせられます。
和医大OPAC → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=146481
表題作はさすがにセツナイ。自分の立位置が見える年寄りになりたい。「月の~」はみにつまる。ダンナをハエ叩きでなぐり、近所と揉め事おこし、たまに熱弁ふるう。で、キチ判定され離婚。ワタシ50年前に生まれてたら完全アウト!キチ嫁確定!!
タイトルになっている「楢山節考」は二度映画化されている。
姥捨て山の話。捨てられる姥(おりん)の悲壮感はまったくない。おりんの家族の為に死んでいく使命感が描かれる。村の事情,家族の事情,家族の事情の変化,姥捨て山への過程,姥捨て山での母子のやりとり,捨ててきた後の家族の状態。簡潔に,淡々と描かれている。その文章から多くのことを想像できることに驚いた。
辰平が家に帰ってきたら玉やん(後妻)の姿が見えない。映画では生きているようだが,私は玉やんはけさ吉に殺されたのではと想像した。
表題作のみ読みました。実母を山に捨てていく、どこかの村では実際にあった出来事なのでしょうか。捨てられてどんどん降りゆく雪に埋もれていくおりんが切ないけれど、なんだか美しくも感じた。
信州の山村を舞台にした姨捨山。おりんは渋る息子をせきたてて万全の準備を整えて「楢山まいり」にのぞみ、そして願い通りに成し遂げる。長生きするという選択肢がないため、お供をした息子にも喜びはあれど罪悪感はない。その事で一層胸がつまる。
棄姥伝説(姥捨て山の話)を材に書かれた表題作は現代人にもガツンと来る。近現代の人権観に浸りきっている人ほど、その衝撃は大きいだろう。
ただし巻末の解説にはいまひとつ共感できなかった。私自身は、老婆おりんは「革命児」ではなくて、その村における「優等生」だと捉えている。
タイトル作品『楢山節考』を含む短編集。
『楢山節考』のあまり他者を気に掛けないような人と人との微妙な距離と、行為を淡々と描くやり方は静かでこのテーマに合っていて、悲惨になりすぎず、ただ悲しいのではなくてテーマと情景を浮き上がらせる。
それは『白鳥の死』でもいえるかもしれない。
でも後の2作はちょっと苦手。背景の時代のせいかもしれないが、このテーマ自体が嫌になるのかもしれない。
出久根達郎の『作家の値段』で紹介されていて読む気になった本です。(http://booklog.jp/users/amanjaque/archives/4062766590) 年を取っても歯が丈夫なのは食欲が落ちていないということであり、曾孫を持つのは多産・早熟が三代続いたということだから、どちらも人に嘲られる悪いことであると信じて、火打ち石で歯を欠いたり、曾孫が生まれる前に楢山へ行こうと思った... 続きを読む »
遠野物語中に登場する「デンデラノ」について話している時に、「楢山節考を知らないなんて・・・」とあきれられたので、読んだ本。
「デンデラノ」がどういうものか、という点で話題になったので、楢山節考がどういう結末を迎える話なのかは知っていたが、できるならそういう情報を持たずに読んでみたかった・・・。
巧妙に、また淡々とその日を迎える様子を描くところに、この作品の魅力があるのだと思う。
年をとったものは姥捨て山に捨てるならわし。誰もが、嫌がって生きようとする中で、自ら進んで姥捨ての仕度をするおりんの姿が印象的。家族の誰もがおりんを大切に思いながらも生きていくためには姥捨てをせざる終えない状況が切ない。
今でこそ姥捨てなんて風習はないけれど、年をとって自らの立場を考え、身をひくおりんの姿に尊敬してしまう。
年老いた親を家族の口減らしのために、山へ棄てる「姥棄」。そんな風習が残る貧村を描いた名作。
生きるために、食う。単純な話だが、そのためには、口減らしと称して育ての親を棄てなければいけない時代。そんな残酷な風習と時代でも、村人たちは歌を愛し、棄てられる老婆は自分を棄てろと息子をせかす。むしろ、息子よりも姥棄に積極的だ。
そのせいだろうか、小説に陰気さや悲劇を感じない。ついには、山中で棄てられた老婆と棄てた息子が降り出した雪を喜ぶ有様。作者が言いたかったのは、時代遅れの因習の理不尽さではなく、人間の自己犠牲の尊さ、美しさなのだろう。
姥捨山を題材にした民話
…らしい。
他の解説を読んでやっと色んな意味が繋がった。自分の読解力のなさ、どんまい。
最後のシーンに一気に引き込まれた。振り返っちゃいけないのに振り返って、戻る辰平。雪の中何も言わないおりん。食糧不足の村、犠牲になる老人。現代にも充分通ずるテーマだと思う。
あと表題作以外も月のアペニン山は印象的でした。すごいダークトーンなお話。でも嫌いじゃないぜ。
東京のプリンスたちは登場人物が誰が誰だか分かんなくなって終了。
緒方拳さん主演の映画を中学時代に見ており、小説を読んだのはその後。圧巻は楢山の描写シーン。ページ一杯に埋め尽くされる文字は楢が隙間なく生い茂る様を想起させる。楢山=神の山のイメージを言葉が現出させる。

・1956年 第1回 中央公論新人賞
【楢山節考 - Wikipedia】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%A2%E5%B1%B1%E7%AF%80%E...





