飢餓海峡(下) (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101141251

感想・レビュー・書評

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  • 罪を犯した樽見京一郎と彼を愛した酌婦の杉戸八重。執念で2人を追う刑事たち。戦後社会の混乱の最中、飢えと貧困のなかで生きようともがいた男の必死を世相と重ねながら緻密に描く。松本清張の社会派ミステリーでは犯罪の動機は怨恨や嫉妬だが、水上勉の社会派小説は人間の業とひとりの男を罪に追い込んだ社会環境を立体的に描く。しかし、あとがきにあるとおり、現地にも行かず地図だけで地形から街並み、人の暮らしまでなぜここまで細密に描写できるのか。驚嘆する。1954年に起きた青函館連絡船洞爺丸沈没事故に想を得て書かれた社会派ミステリーだが、作家の想像力、構想力に脱帽。

    • 淳水堂さん
      ノブさんこんにちは

      『飢餓海峡』は映画を見たことがあります。
      犬飼多吉(樽見)が三國連太郎、八重が左幸子、刑事役には伴淳三郎や高倉健...
      ノブさんこんにちは

      『飢餓海峡』は映画を見たことがあります。
      犬飼多吉(樽見)が三國連太郎、八重が左幸子、刑事役には伴淳三郎や高倉健。
      犬飼は直接殺人は行っていないが状況的には圧倒的に不利だし、「殺してはいないので無実だが、死ねばいいと思ったこの気持ちに対しては罪がある」という気持ちをずっと持っていて、それが八重が訪ねてきたときに最悪の結果になり…
      貧困から逃れようとしたこと、罪の意識から善行を積んでも宿命からは逃げられなかったというなんとも切ない話でした。(原作と違ってたらごめんなさい)

      映画がとっても濃厚でしたので、原作は読む気力があるかなあ…
      2023/05/28
    • ノブさん
      >淳水堂さん
      コメントありがとうございました。
      犬飼多吉(樽見)が三國連太郎ですか。豪華なキャスト陣ですね。映画は見たことがないので、一...
      >淳水堂さん
      コメントありがとうございました。
      犬飼多吉(樽見)が三國連太郎ですか。豪華なキャスト陣ですね。映画は見たことがないので、一度鑑賞してみます。
      原作では捜査する刑事たちが、樽見の罪を憎みつつも彼の生い立ちを知るにつれて善悪の間で揺れ動く心情や戸惑いを赤裸々に語っている姿が印象に残りました。単なる勧善懲悪でないところにこの小説の魅力があります。
      お時間がありましたら、是非原作もお読みください。
      2023/05/28
  • 宮本輝氏のエッセイ集「本をつんだ小舟」で紹介されている。
    下巻は停年退職した弓坂刑事が捜査に加わり、樽見京一郎の想像を絶する苛酷な生い立ちが明らかになっていく。
    戦後まもなくの時代背景もあるのだろうが、貧しさの中で苛酷な宿命を背負った人たちの物語にどっぷりと浸かり読みごたえがあった。上巻511ページ、下巻も本編は400ページを超える大作だが、土日の2日で1冊ずつ一気に読み終えた。

  •  1963(昭和38)年刊、昭和のミステリの名作ということなので、読んでみた。作者の水上勉はミステリ作家というより普通小説の作家のイメージで、以前読んだものにはあまり魅力を感じなかったので興味を抱けない作家だった。
     本作は全体としてミステリの大枠を持つ。殺人等の犯人は最初から分かっているが、具体的な行為や背景の真実を求める形のミステリである。
     しかし、下北半島出身の娼婦杉戸八重の境遇の変化が上巻の後半で延々と語られ、人間の生き様や運命をヒューマニスティックに描く普通小説としての側面が強い。単純にミステリを読みたいと思ったこんにちの読者なら、本作を長すぎて退屈なものと感じる可能性があるだろう。刑事たちが試行錯誤を繰り返しながら捜査を続けるさまも、延々と続く。
     昭和22年あたりから物語は進み、その頃の東京などの風俗が丁寧に描かれ、同じ時代を扱いながら横溝正史作品などとはやはり違う観察があって、私にはとても興味深かった。
     巻末の作者あとがきに書かれているように、娼婦杉戸八重の人物像には、ドストエフスキー『罪と罰』のソーニャのイメージが、確かに重ねられているが、魅力的だ。もっとも、彼女は上巻の最後で死んでしまう。
     昭和22年の殺人放火事件を北海道から東北と東京にまで執拗に捜査を続け未完となった刑事の努力と、下巻の初めから描写される10年後の殺人事件を追う京都府の日本海側、舞鶴市の刑事の捜査とがやっと結び付いた場面は快感であった。さあ、いよいよ捜査が大詰めを迎え、一気に盛り上がるぞと思ったら。かなり冗長な捜査の描写が続き、辟易した。
     容疑者や被害者の生い立ちを現地に行って調べる場面が長く続き、ミステリとしては緊張感を欠く。が、きっと作者はこのように書きたかったのだろうと納得する面もある。人物たちの生涯を浮かび上がらせたいという普通小説としての欲求が強いのである。しかも、それを追求する刑事たちの姿も細やかに書きたかったようだ。だが、被害者の遺族に毎度毎度強く同情する刑事たちは、ちょっと主情的すぎる感じがした。
     松本清張なら冗長さを省略し、端的に事実をまとめて記述するだろうと思う。清張のドライで冷酷な傾向と、本作のウェットな文学スタイルはかなり正反対に近いようだ。
     結局無駄足になる捜査の描写が延々と続くし、刑事たちの間違った推測も長々と維持される。上巻の杉戸八重を中心としたストーリー描写によって読者はとっくに知っているのに、数百ページにわたって刑事たちがずっと思い違いを続けている事に、読者は「だから、それ違うって」と苛立ってくるに違いない。おまけに、最後まで読んでも判然としない犯罪のディテールは残るし、長々と記述された推理の伏線もいくつか回収されずに終わってしまう。
     これでは、ミステリとして期待して読んだ者をがっかりさせてしまうだろう。
     人間ドラマとしては、杉戸八重など娼婦たちの人物像は魅力的に感じたが、「犬飼多吉」の方にはほとんど共感できなかった。戦後の風俗や僻地の貧しい村の描写については、大変よく書かれていて良かった。
     が、数十ページにわたって克明に描写された捜査内容を、その後の捜査本部会議で刑事たちがまた克明に口頭報告するのをそのまま長々と書くような冗長さには、呆れてしまった。読者はとっくに知っていることなら、「刑事は調査結果を報告した」と簡潔に書けば済むのに。
     とはいえ、全体としては面白く、楽しませて貰った。記憶に残りそうなイメージも多かったと思う。

  • 老刑事の執念の捜査は、主人公の犬飼多吉こと樽見京一郎とヒロインの杉戸八重の人生が交錯し、悲劇へと至る過程を明らかにする。悲惨な境遇にめげず生きようとする樽見と、明るく純真な気持ちを失わない八重の姿は、社会と人生の明暗を際立たせる。雄大な社会派推理小説は、津軽海峡の壮麗な夕景で終幕を迎えた。

  • 読みおって、石川さゆりの「歌芝居・飢餓海峡」を聴く。
    八重さんの造形に少しズレがあるように感じる。歌の方は「男のために存在する贄のような聖女」という感じだけど、それでも読んできた八重さんの姿や樽見の最期に重なって胸にくるものがある。

  • 弓坂元刑事と味村刑事の執念の捜索が続き、実を結ぶ。推理小説とは違った人間小説と著者は言うが、そのとおりだと思う。ユゴーの「レ・ミゼラブル」や清朝の「砂の器」と似た匂いを感じる。樽見の最期はあっけなく、ややさみしい感があった。2016.3.19

  • ”しかし、最近「飢餓海峡」を再読し、私は<環境という恐ろしい敵>について、あらためて深く考えさせえられた。”と、宮本輝さんの「本をつんだ小舟」というエッセイに書かれていたので、読んでみました。殺人犯を追い、執念の捜査を続ける刑事によって、謎が解けてゆくストーリーには引き込まれました。
    確かに、<環境という恐ろしい敵>を、感じる小説でした。

  • 日本版レミゼラブル。戦後の貧しさを背景に、骨太な人間ドラマに刑事もんトッピング。

  • 松本清張風の社会派ミステリー。社会背景が興味深く物語に力があるが、前巻のネタバレが興趣を削いだ。殺されるヒロインがあまりにも不憫。

  • こういう重厚な、刑事物というのは大好き。
    特に水上文学の中にあって唯一の推理小説であるということも泣かせる。

    名匠内田吐夢によって映像化されたさいは、三國連太郎が極悪非道の殺人者であり、本編の主人公である樽見京一郎を熱演した。

    この原作を読むと、あの映画は、たんなるダイジェスト版であったことを思い知らされる。

著者プロフィール

少年時代に禅寺の侍者を体験する。立命館大学文学部中退。戦後、宇野浩二に師事する。1959(昭和34)年『霧と影』を発表し本格的な作家活動に入る。1960年『海の牙』で探偵作家クラブ賞、1961年『雁の寺』で直木賞、1971年『宇野浩二伝』で菊池寛賞、1975年『一休』で谷崎賞、1977年『寺泊』で川端賞、1983年『良寛』で毎日芸術賞を受賞する。『金閣炎上』『ブンナよ、木からおりてこい』『土を喰う日々』など著書多数。2004(平成16)年9月永眠。

「2022年 『精進百撰』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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