夏の終り (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101144016

作品紹介・あらすじ

妻子ある不遇な作家との八年に及ぶ愛の生活に疲れ果て、年下の男との激しい愛欲にも満たされぬ女、知子…彼女は泥沼のような生活にあえぎ、女の業に苦悩しながら、一途に独自の愛を生きてゆく。新鮮な感覚と大胆な手法を駆使した、女流文学賞受賞作の「夏の終り」をはじめとする「あふれるもの」「みれん」「花冷え」「雉子」の連作5篇を収録。著者の原点となった私小説集である。

感想・レビュー・書評

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  • 映画「あちらにいる鬼」がとても面白かったので、面白かったのに、本書を紐解いた。映画は、中年を過ぎて男と確かに別れるために尼になるまでの、男と瀬戸内寂聴とその妻の不思議な三角関係を、淡々と描いたものだった。

    本書も、著者と不倫男とその家庭との不思議な三角関係が出てくるが、映画の不倫男と本書の不倫男は現実でも別人である。むしろ、映画の前日譚だった。知っていて紐解いた。

    1960年代。未だ不倫が不貞と言われていた時代だ。刊行年は昭和38年(1963年)。瀬戸内晴美(寂聴)が、新進の小説家として台頭していた頃。もしかして未だ井上光晴(「あちらにいる鬼」での不倫男)にも会っていないのかもしれない。晴美(もちろん、小説内では別名になっている。職業も違う)は、経済的に男に依存していない事を誇りにしている。現代ならば当たり前だが、当時としては娼婦以外では画期的だったのか。その他、女性から別れを切り出すとか、新しい不倫の形を描いたとして、当時は意義のある小説だったのかもしれない。

    連作短編で前四篇は登場人物は同じで、むしろ長編の雰囲気。知子(晴美)は、売れない小説家の小杉と8年間付かず離れずの関係を持っていたが、昔の男と寝てしまった事をキッカケとして別れを切り出す。現代になって読んで驚くのは、あまり知られていなかった井上光晴との不倫の構造とあまりにも似ていたことである。

    ・知子は小杉と不倫の終わりかけに、やはり若い男とも関係を持ってしまう。
    ・小杉の妻は、長い間小杉の不倫を知りながら、知子を非難したり小杉を非難したりする事なく、淡々と過ごしていた。
    ・知子は小杉との関係を精算するためには、小杉が通ってくる自宅を畳んで他所に引越しをしなければならないと思い込む。男はそれを淡々と受け入れる。

    コレは井上光晴の娘・井上荒野が書いた「あちらにいる鬼」と同じ経過だ。引越しの代わりに、もっと徹底的な「尼になる」ことを晴美が選んだに過ぎない。瀬戸内晴美は、全く同じ事を井上光晴との関係で繰り返したのだろうか。詳しい人はいるかもしれないが、今回そこまで調べることができなかった。

    短編集の最後の1篇「雉子」だけは、登場人物の名前を変え、彼女の最初の不倫から子供を捨て、次の不倫の顛末までざっと振り返っている。そこで、以下のように「まとめ」のような記述がある(牧子とは瀬戸内晴美のこと)。

    男に溺れこむ牧子の情緒は、いつの場合も、とめどもない無償の愛にみたされていた。それは娼婦の、無知で犠牲的な愛のかたちに似ていた。(略)牧子の愛は充たされるより充したかった。たいていの男は、おびただしい牧子の愛をうけとめかね、あふれさせ、その波に足をさらわれてしまう。結果的にみて、牧子に愛された男はみんな不幸になった。

    ←決定的な不幸を招く直前に、晴美は寂聴になったのだろうか?

    • Macomi55さん
      kuma0504さん
      なるほど、孫悟空か。あの方、ちょっとやんちゃそうに見えますもんね。好きなことやって晩年楽しそうで羨ましい。表面的にはな...
      kuma0504さん
      なるほど、孫悟空か。あの方、ちょっとやんちゃそうに見えますもんね。好きなことやって晩年楽しそうで羨ましい。表面的にはなんでしょうが。
      知的な方たちだから、色々あってもドロドロに汚れて終わらないんでしょうね。ああ、話が止まらない。このあたりで失礼します。
      2022/12/13
    • くろねこ・ぷぅさん
      「あちらにいる鬼」の冒頭にちょっと混乱しまして、検索したのですが、「夏の終り」に出てくる愛人は小田仁二郎という“売れない”作家だったようです...
      「あちらにいる鬼」の冒頭にちょっと混乱しまして、検索したのですが、「夏の終り」に出てくる愛人は小田仁二郎という“売れない”作家だったようです。
      対して井上光晴は「全身小説家」というドキュメント映画もあるし、本もたくさん出てますね。まあ、なんというかゴーストライターの存在もありですが。

      小田仁二郎と別れることができたのに、また妻子ある男性に惹かれ展開してくのが「あちらにいる鬼」と思うんです。きっとこの時代、佐藤愛子の夫だった人も売れない作家で(「血脈」による)ぜんぜん、人から理解されないものを書くことを旨としていたらしく主張はかっこよくても「ヒモ」です。
      きっと能力あるこの時代の女性はそういう男性を好きになってしまう傾向があるんでしょうか。難解な人って影があって魅力的ですからねぇ。

      自分の欲望は求めていても理性は不倫にNOと言っていたんでしょう。
      愛人と別れても男性がまわりにいたんでしょうがやっぱり同じ轍を踏んでしまう。これは彼女の言葉では表現できない性向なのでしょう・・・
      その性向に待ったをかける寂聴さんの奥深さに感動しました。

      私は映画、数年前の「夏の終り」も「あちらにいる鬼」も見られませんでしたので、小説だけ堪能?しました。見られなくて終わったけど、トヨエツがやらしそー?!と少々ビビっていたので(笑)見られなくても後悔はありません。(笑)

      なんだか、ネタバレみたいなコメントで失礼しました~。
      2022/12/15
    • kuma0504さん
      くろねこ・ぷぅさん、こんばんは。
      全然ネタバレじゃありませんよ。
      むしろ、「夏の終わり」も「あちらにいる」もストーリーなんか、単なる不倫物語...
      くろねこ・ぷぅさん、こんばんは。
      全然ネタバレじゃありませんよ。
      むしろ、「夏の終わり」も「あちらにいる」もストーリーなんか、単なる不倫物語だからありふれている。見どころは、付かず離れずの関係の「いったいこの人何考えてんだろ」という事をいろいろ考えるところにあるのでしょう。

      そういう意味でトヨエツは、なかなか食えない男でした。言うなれば人たらしです。ちょっとトランプで占いをやる。晴美の言って欲しい事をちゃんと言ってやる。上手いなあと思います。

      広末涼子(実際もそうだったようですが)という才色兼美の妻がありながら、才能があって愛嬌があり、行動的な晴美さんを恋人にしてしまう。もはや羨ましいとも思えません。「夏の終わり」の方の映画は観ていないので近々観ようと思っています。
      2022/12/15
  • 短編五つから成る。最後以外の四つは登場人物も同じ連作な感じで、最後のみ異なっている。
    著者の本はおそらく初めて読んだけど、これは私小説ということでちょっとびっくりした。私が知っている著者は、既に出家されお年を召してからの活動で信奉者が多数いるように見受けられる方だったので。出家前の氏については全然知らなかった。
    なんというか、情熱的かつ衝動的な方だったのだなぁという印象。

  • もともと映画版がかなり好きで、原作を買ってしばらく積読していたがようやく先月読んでみた。

    登場人物がみんなクズすぎて最高に素晴らしい!(ほめてます)特に知子の年下の恋人涼太はめっちゃイイ。すごいわたし好みの甘えん坊系クズで身を持ち崩している雰囲気がたまらない。私の母性本能がバグを起こしている。源氏物語では匂宮が好きだと言っていた晴美ちゃん(!?)。どうにも他人とは思えない男の趣味に、お互い女学生だったらお友達になりたいくらいだ(大先生にすみません)。

    ついふざけたことを書いてしまったが、この連作集に登場する人々は、すべてを曖昧にしてズルズルと流されながらも寛容にその身に受け入れ、受け流してゆく。令和の日本にはこれほどの「寛容力」はないと思うのでそういう意味ではたしかに旧い時代の物語にはちがいないのだが、なぜか普遍的な男女関係のしがらみがあり、グイグイ読まされる。手紙でしか登場しない慎吾の妻の存在感が胸に響く。

    文章も美しく、夏の花のようないさぎよい余韻とおおどかさがある。大好きな恋愛小説。映画版もすごく良いので観ていただきたい。

  • 瀬戸内寂聴さんの訃報に接して初めてその波瀾万丈な人生を知り、作品が気になって読んでみた。

    倫理的にみるとどうしようもなくダメダメだけど、文章から情景が浮かんでくるような、其々の気持ちが痛い程伝わってくる、美しい小説だった。惹き込まれたぁ〜

    私も、男性に転がり込まれた生活を、別れを決意しそれを告げてもなおズルズルと引き摺って仕舞う遣る瀬無さには覚えがある。隣で横になりながら次の場所での生活の手続きをして、自らの決断で残してきたくせに、心が切り裂かれるように淋しくなって、連絡が途切れたら不安で見捨てられたような気持ちになりながらも、いつの間にか新しい生活に慣れて存在を忘れちゃって、ある時ふと本当の別れを実感して一人感傷に浸っちゃうような…
    瀬戸内寂聴さんには遠く及ばないけど、敢えて辛い状況に身を置き、流した涙の量だけ愛が深まるような気がしていた学生の頃の不憫な勘違いを、思い出した。もうあの頃のような気力は到底ない笑
    なかなかに心が掻き乱される作品でした。

  • 若いころには興味はなかったけれど、親世代あたりが彼女のスキャンダルを小耳に知っていて強烈な言葉でいうと「破廉恥」な話題を世間に知られていたのだと思う。寂聴さんの私的作品は初めてだけど、少し意外で、なんだかしみじみと感動してしまった。
     自分でしたいように自分の心の命ずるままに生きたような世間の認識ながら、彼女の心の内を制御し、抑えながらの文章はとにかく流れ、美しい。少し、彼女がどうやって自分自身について苦しみ、人を傷つけたことへの後悔に苛まれそれでもまっすぐに生きてきた人の作品なんだろうなととても感じ入った。わかる人にはわかり、わからない人にはわからないだろうけれど、自分の罪を自分で良く見、分析し、自分を戒めてきたのかと思った。
     自己責任というのか自分がしたいようにしているに見られてもきちんと自分と世間に対して落とし前をつけて、きっちりと内省。現代の恋愛小説はグロテスクで自分勝手な理論で正当化していくセルフィッシュな感じ(自分勝手という日本語がつかえなくらいセルフィッシュでプラスティック)だと思うけど、この小説のほとんどの事が事実ならとすごく心を動かされた。
    とにかく美しい文章だった。
     最後の「雉子」は衝撃だったー。(つд⊂)エーン
     

  • フォロワーさんからのオススメで読みました。瀬戸内寂聴の私小説。妻子ある不遇な作家である慎吾と8年に及ぶ愛の生活に疲れ、かつて愛し合っていた年下の男・涼太との再熱愛にも満たされない知子。泥沼な関係は何処までも縺れた糸のように知子に絡みつく。読んで感じたのは、人の愛欲の前に正しさは無意味であるということだ。愛に綺麗も汚いもない。不倫でも道ならぬ浮気であっても、心底からその人を好きになり、愛してしまったのなら、それがその人にとって真実の愛なのだ。この場合、後ろ指をさされる覚悟をも引き受けなければならないけれども。人を愛することは生半可ではないのだと改めて知るような作品でした。「雉子」の終盤も凄まじい。

  • 実際、そばにいるときよりも離れている方が恋しいし、こっちといればあっちが恋しいとなるのは当たり前のことなのに、どうしても私たちはこれをこういうものだと割り切れない愚かさがある。二人の男に挟まれていることに優越感なんてないし、ただただ不安と申し訳なさが覆いかぶさってくるだけ、でもそんな苦しみの中で一人になることや二人になることを決めることはできるはずがなくて、ふっと、きっとずっとこうなんだという諦念がある、その時まで待たなければいけないんだろうな。

  • お亡くなりになられたときに私の好きな多くの作家さんが本気で悼み、悲しみから抜け出せずにいるお姿を拝見し、著者の初期の代表作を読んでみたくなりました。
    実は、著者の半生はTVで見ただけ、作品は源氏物語とエッセイしか読んだことがなく、小説を読むのは初めてです。

    本書は私小説で、主人公が、妻子ある男と8年間不倫関係にあり(それを先方の妻も承知している)、そこに、かつて主人公が離婚する原因となった年下の男が登場し、再び関係を結んでしまうという四角関係が連作短編集の形で収録されていました。

    この設定だけ聞くと、ドロドロな愛憎劇をイメージするかもしれませんがそうではありません。
    著者の鮮やかな筆至が、初めに感じていた生々しさを読み進める度にどんどん軽減させ、読後はむしろ清々しい印象まで与えています。
    主人公は自由だし恋愛体質だし奔放なんでしょうけど、でも、それに勝る覚悟や正直さや冷静さの方が印象的です。

    相反する印象が同居し違和感がないのはさすが多くの作家さんが尊敬する方の作品だと思いました。

  • 「あふれるもの」から「花冷え」までは連作の短編。はじまりから終わりまで、丁寧な心情描写が続く。紆余曲折を経た二人の境地は。
    道を外れて、人として終わりなのだとしたら、終わりの先、さらに終わりの先まで行き…、それでもまだ二人は生きていて。
    文章が綺麗で、深く、良い小説だと思いました。
    「不倫」と「出家」という壁が立ちはだかり、なかなか読めずにいた。読んでよかった。

    短編「雉子」は心重い。

  • 寂聴さんのエッセイを読み、小説も読んでみたいと思い読んでみることに。私小説ということで、あの明るいお茶目な寂聴さんと重ね合わせなが読み、過去にこんな波瀾万丈なことがあったのかぁ…と驚いた。不倫、駆け落ち?という、いわば非人道的な出来事であるにも関わらず、じつにみずみずしく書かれていた。そこに嫌悪感はなく、純粋に文学として人間臭さみたいなものを表現していて、素晴らしかった。未婚、独身の私には想像もできないような世界だったが、もうひとつの人生を体験できたような感覚になった。

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著者プロフィール

1922年、徳島県生まれ。東京女子大学卒業。63年『夏の終り』で女流文学賞、92年『花に問え』で谷崎純一郎賞、11年『風景』で泉鏡花賞を受賞。2006年、文化勲章を受章。2021年11月、逝去。

「2022年 『瀬戸内寂聴 初期自選エッセイ 美麗ケース入りセット』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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