歴史と視点―私の雑記帖 (新潮文庫)

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著者 : 司馬遼太郎
  • 新潮社 (1980年5月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (227ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101152264

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有効な左矢印 無効な左矢印
司馬 遼太郎
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歴史と視点―私の雑記帖 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 司馬遼太郎さんの、エッセイ集。
    電子書籍で読んだのですが、まず不満があって。それぞれの文章の初出がどこにも明記されていない。
    まあ、良いのですけど、やっぱり良くない。気持ち悪い。明記して欲しいなあ、と思います。

    #

    僕は司馬遼太郎さんは好きなので。
    エッセイや旅行記や対談本なども、基本、好きです。
    そんなにハズレがありません。
    その代わり、もう随分読んでいるので。新鮮味は特にありません。
    それでも時折、司馬遼太郎さんの文章というか、言葉が読みたくなります。

    #

    いろいろな文章が入っていますが、まあ、いちばん印象に残るのは、
    司馬さん自身が第二次大戦の末期に陸軍兵、それも戦車の下士官として過ごした日々について、そして戦車について書かれた、「戦車・この憂鬱な乗り物」「戦車の壁の中で」「石鳥居の垢」の3篇だと思います。

    司馬さんは文中、自分が乗った戦車の、言ってみれば自動車としての性能や機械としての努力を大いに認めながら、下記のように指摘します。

    ”(日本軍の)この戦車の最大の欠陥は、戦争ができないことであった。敵の戦車に対する防御力も攻撃力もないにひとしかった”

    まあ、思わず笑ってしまう語り口。

    以下、事実かどうかは僕は確かめるすべはありませんが。

    とにかく物資がなくて、かつ、兵器の優劣の戦場でのリアリズム効果を見つめることができなかった昭和の陸軍。
    そうしてできた戦車は、戦車ではあるものの、「戦車 vs.戦車」という戦闘になった場合は、あらゆる意味で、装甲や弾の破壊力で、物理的に勝負にならない代物だったということです。

    そんな戦車で、本土決戦で敵の戦車と戦えと。

    その際に、行軍で避難民が邪魔なら踏み潰して良いと。

    そういう司馬さんの実体験を、司馬さんらしい、時に乾いたユーモアも交えながら冷静に語られるのですが。

    この文章では、なんというか。
    司馬さんがどろどろっとした感情、愚痴、恨みつらみ、そんなものをほとばしらせる感じがありました。

    あふれちゃった。

    そういう状況下で、二十歳前後で、「俺は死ぬんだ、死ぬんだ」と覚悟しなくてはならなかった青春。
    と、言うものを想像しろと言われても、正直、できません。

    そんな時代が「終わったもの」として葬られても、まだ生きている司馬さんにとっては、忘れられない、忘れてはいけない、2度とあんな世界を観たくない、あの責任を誰かに問いたい…。

    そして、「またいつでも、ああいうことになるんぢゃないかと思う」という、悪夢に汗をかいて跳ね起きるような危機感があったんだなあ、と思いました。

    #

    昭和の陸軍に対して、肉体的と言って良いまでの恨みというか、反感を隠すことがなく。
    一方で、明治時代の政府や軍事に対して、一定の好評価と、感情レベルでの好意を持っている。

    そんな司馬さんの、論という以前の、体温、体臭みたいなものが、「受け付けない、気に入らない」、というヒトには、いちばん受け入れがたい本かも知れませんね。「歴史と視点」。

    #######

    以下、備忘録。メモ。

    ●大正生まれの「古老」
    グアム島の密林から横井庄一さんという元軍曹が発見されたのが1972年。恐らくその年に書かれた文章。横井さんは30歳で終戦を迎えましたが、それを知らず、仲間2人とともに、「戦争は続いている」と思いながら28年間生活していました。
    この事件から、「生きて虜囚の辱めを受けず」という考え方は明治以降であることとか、近代国家、軍隊という、個人にとって重苦しいものについて、とか。そして、戦争、戦争だけでなく集団熱狂みたいなものへの嫌悪など。

    ●戦車・この憂鬱な乗物

    ●戦車の壁の中で
    ... 続きを読む

  • 平成28年11月8日読了。「権力の神聖装飾」「人間が神になる話」を興味深く読んだ。見廻組、黒鍬者、菜葉隊など初めて知った。

  • 司馬遼太郎が思ったことを考察したエッセイ
    内容が深く濃いため、よく調べてるなあと感心したけど、まあ当たり前だよね(笑)
    あまり聴いたことない戦中の戦車についてや、妙麟尼の殉教的精神、公家が以外にも質素で、天皇が神だとは信用されていなかったことなど
    なかなかに面白かった
    ただ少し細すぎて多少ついていけない部分があった

  • 司馬さんの考察が深い。
    明治維新後の長州人と土佐人の身の振り方の違い。

    それにしても昭和6~7年から20年までの怒涛のキチガイのような十数年がもったいない。

  • ――――――――――――――――――――――――――――――
    太平洋戦争には戦略というものはなかった。横井庄一氏のような兵隊を汽船に乗せ、地図にあるかぎりの島々にくばてまわり、配るについては海軍がその護衛をし、まるで棄民のように島々に捨て去りにしたあとは、東条英機という集団的政治発狂組合の事務局長のような人が、東京の大本営で「戦陣訓」というお題目をひたすら唱えつづけただけの戦争であった。20

    太平洋戦争というのは、それだけの戦争である。この戦争からひきだせる教訓などなにもない。

    「日本は地理的に対外戦争などできる国ではありませんね」というふうに言ってもらうほうがよく、いわゆる、十五年戦争にわずかでも教訓がひきだせるとすれば、そういうあたり前の、小学生なみの地理的常識を再確認した、ということだけである。21
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    ネジマワシは私は知っていた。しかし陸軍戦車隊ではこれをエツキラマワシとよんでいた。柄付螺廻のことである。陸軍は海軍とちがい、英語と民間語を宗教的禁忌のようにきらう風があった。ミシンはホウセンキ(縫穿機だったかな?)であり、スリッパは上靴であり、ズボンは袴であり、物干しはブッカンバ(物干場)である。アクセルのことを、噴射践板といった。クラッチは連動版であり、ハンドルは転把である。31
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    儒教は行儀がよかった。行儀のよさこそ儒教のかなめであり、儒者たちは煩瑣で形式的な礼を考えだし、それを演出する専門家であった。

    結局、劉邦は儒者を採用せざるをえなかった。皇帝の権威を成立せしめるのは型であるということを、儒者の叔孫通はよく知っていた。長楽宮ができたのを機会に、叔孫通は三十人の儒者をうごかしてまず皇帝に拝賀する儀式を作りあげた。194

    それを実際にやってみると、その型を演技することによって皇帝はナマ身の劉邦その人ではなく、皇帝とは多分に形而上的存在であることがわかった。

    孔子の儒教はこういうものではなかったかもしれない。しかしこの学問が実際に効用を発揮したのはこのときからであり、このとき以後、中国では儒教と政治が不離のものになる。195
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    徳川家康は豊臣政権の欠陥をよく知っていた。家康が天下をとったとき、かつての室町幕府がもっていた殿中の儀礼をしらべさせ、高家という儀典専門の旗本を置き、江戸城を荘重な儀礼の場にした。195

    徳川家の典礼というのは、諸事こまごまとやかましく、武家政権らしい簡潔さというようなものはない。この典礼からみればこの政権の本質は武断主義でなく文治主義であったことがわかる。196
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    こういう西洋謁見方式でいいものかどうか、天皇の権威をたらしめるにはもっと荘重でなければならないのではないか、ということである。特に、保守家の岩倉具視や山県有朋はもっていたにちがいない。198

    欧州はそれよりも先んじていた。王政や帝政はすでに歴史のかなたに去りつつあり、そのことは山県に衝撃をあたえた。

    山県はこの趨勢をみて多くの明治の政治家や思想家たちが奇妙なほどそうであったように彼も、「合衆政」の徒にはならなかった。むしろ出発のときよりも熱烈に日本的君主制の基礎を確立すべく帰国した。

    明治十年代のおわりごろ、伊藤博文が憲法起草と立憲政治に熱中していたときも、山県は伊藤のそういう考え方に冷淡であった。立憲政体ができあがってからも、山県はむしろ日本の体制に反立憲的要素を入れようとし、その公然たる陰謀に熱中した。

    かれは陸軍と官僚をおさえ、そ... 続きを読む

  •  戦時中に著者が所属した戦車隊の話が印象的である。全10作品の短編集。

  • 司馬遼太郎が気になる歴史人物や事柄を拾って行くエッセイ的な本かな?歴史を深く知らない私にはよく理解出来なかった部分があったが面白かった。日本のちゃちな戦車の話や天皇が神だとは誰も信じていなかった話など。

  • 著者が過去に書いたエッセイ、10編を取り纏めた本(1980/05/25発行)。

    全般に渡り、読み易く、内容も面白っかたです。  特に第二次世界大戦時、戦車兵であったことから、当時の日本の戦車の実情をあからさまに書かれていたのは、良かったと思いました。

  • 「戦車は私にとって好奇心の対象になりうる他人ではなく、怨念がこもっているという意味で自分に属する物体だからじつに書きづらかった。」(「戦車の壁の中で」の冒頭の一節)。やはり生々しい実体験は文章や小説の題材ににし辛いのかなあ。
    「戦車・この憂鬱な乗物」や「戦車の壁の中で」は著者の実体験(戦車手として従軍)に基づいて、当時の軍部の戦略のなさや発想の幼稚さなどを鋭く指摘していてリアル。太平洋戦争もの、読んでみたくなった。

  • 前半、戦争、戦車に対する怨念がすごい。
    半分を割いて当時の話をかきつらねる。

    天皇は神である、とは当時も思っていなかったという著者。
    そう思っているのは以外にも、マッカーサーしかり外国人だったという。
    天皇の人間宣言は旗からみれば滑稽だったのかどうか。
    確かに、当時の庶民の考えは後世の人間からすれば、推測すらできないのかもしれない。

  • 司馬遼太郎による表に出てこなかった歴史の数々を彼独自の視点で描く。なにより、彼自身が所属した戦車第十九連隊のことを描く「戦車・この憂鬱な乗物」は興味深く、実体のない戦略や兵站を直視せず、空気の支配による幻想を作り上げた日本陸軍についての考察は、今の僕らの活動にも非常に参考になった。気合いとマネジメント。このどちらも必要である。

  • 歴史と視点    司馬遼太郎
    戦陣訓
    …兵力の分散を避けるというのは軍事の初歩だが、かれら(昭和の陸軍)は足腰の立つ国民を総ざらいにして日露戦争程度の装備を持たせ、中国から北太平洋、南太平洋の諸島といった、地球そのものにばらまいてしまった。
    ばらまいたあと、どう始末するつもりもなかった。
    いかなる軍事的天才でもこれを始末できるような戦略を考えられるはずがない。
    結局は「戦陣訓」である。
    「生きて虜囚のはずかしめを受けるな」
    と、説教するのみである。
    この一手しかなかった。

    太平洋戦争には戦略というものはなかった。
    横井庄一氏のような兵隊を汽船に乗せ、地図にある限りの島々に配ってまわり、配るについては海軍がその護衛をし、まるで棄民のように島々に捨て去りにしたあとは、東条英機という集団的政治発狂組合の事務局長のような人が、東京の大本営で「戦陣訓」というお題目をひたすらに唱え続けただけの戦争であった。
    そして横井庄一さんが戦後二十八年してグアム島の密林から出てくるのである。

    太平洋戦争というのは、それだけの戦争である。
    この戦争からひきだせる教訓などなにもない。

  • 司馬氏の人生にからめて雑多に歴史について書かれたエッセー。日本の戦車がいかに使えないものだったかを述べた章や、天皇を神だと思っていた日本人はいないのではないかと述べた章は痛快であった。

  • 風変りな視点から時代を切り取るエッセイ集。戦車兵の目線から第二次大戦を考察したり、女だてらに城主代行を務めた尼僧の目線で戦国の世を考察したりする。明治政府の大官となった後輩たちをイビりまくる田舎の先輩白井小助の物語「長州人の山の神」も秀逸。

  • 短編エッセイ集。昭和四十九年刊行。

    太平洋戦争についての記述には、戦中を否定することから始まった戦後の流行に乗ったなという印象を受けた。論理的な批評ではなく感情的な誹謗が端々にあり、やや興醒めし、しかしこんなものなのかなと思いもした。
    戦車隊での従軍記、「戦車の壁の中で」は興味深かったが、否定したりとりなしたり、どうにも明快さに欠ける。


    「長州人の山の神」が面白かった。
    ……山県有朋はひとびとにとって信じ難いことだが、この酔漢(白井小助)の到来を知ると、礼を失せぬように袴を着けた。呼ばれたとき、むろん袴をつけている。小助の前に手をつき、「なんなりとお言い付けください」と言った。……
    まさかあの山県がと思わず笑ってしまいました。
    足軽だったというのと併せて、カチコチの山県像に一色加わりました。

  • 司馬遼太郎は大正時代生まれだったんだ。ますます遠く感じる。
    でも彼のエッセイはいま読んでもそれほど色褪せてはいない。古くさい人だなぁとは思うけども。

    戦争は過ぎ去ってから振り返ってみれば、まるで絵空事だ。
    なのに今でもまだ、その悲しみや苦しみが癒やされないまま耐えている人がいる。
    あんないかがわしいことのために殺し合う必要が本当にあったのか。

  • 2011/8/10読了。昔の人間のなまの感覚を知るのは難しい。

  • 表題の通り、作家司馬遼太郎が日本史上の様々な事象について考えをまとめた本作品。
    戦国時代のある下級士族から、戦後日本の社会まで、考察が加えられる。


    いわゆる蛸壺化が進んでしまったと言われて久しい学問の世界。本書はそのような現状に対する無言のアンチテーゼのように響く。

    時代、領域を越えてみれば、普遍的な何かが見えてくる。

  • 小説では使わないような言葉遣いが、司馬さんの心情を表していて興味深かった。

  • ・5/15 まさか戦車の話しとは思わなかった.でもこの人も従軍経験があったんだ.それがために「坂の上の雲」が臨場感に溢れていたのかもしれないな.確かに日本陸軍の戦車って、イメージ湧かないもんな.
    ・5/18 読了.いろいろな時代のいろいろな人々のエピソードで、なかなか面白かった.

  • 戦車をみながら、戦争を思い出す。思い出す自分を描き出す。
    あと、なんとなくめずらしい、非難する司馬遼太郎っていうのが入ってる。

  • 平成20年11月25日読了

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